第28話 朝は俺にゆったりした時間をくれる。余裕の時間は良い時間だ。……って、朝!!
今日も今日とて朝だ。まだ朝日も浅い、早朝ではあるが。
この部屋には小さい洗面台と鏡があり、顔も洗える。
鏡にしろ、それからタオルハンガーにしろ、磨き込まれていて指紋一つない。
毎回「あぁ指紋付いちゃう」とか思いながら使う俺は小市民だ。
試しに、いたずら心で指紋だらけにしてみたら、ちょっと俺が部屋を出ている隙に、ピカピカになっていた。
お城にはメイドさんがいるのでその人達が働いてくれたんだと思うが、拭いてる場面を見たことは、未だ無い。
廊下を歩いてたりすると、たまーに、メイド服姿の女性とすれ違う。
大体家庭を持ってそうなご婦人のお年だが、若そうな人もいる。けれど正直言うと、年齢不詳でよく分からない。
メイドさん達は皆、メイド服の着こなしも含めて非常に清楚であり、端正でもある。
すれ違う時はいつも、絨毯の無い廊下の隅を、足音すら一切立てずに歩いている。あの歩行法も魔法だったりするのか……?
メイドさん、という存在自体、リアルに「そこにいる」ことにまだ慣れておらず、メイドさんと話した事は無い。
けれど、メイドさんは確実に、俺のいないタイミングに、仕事をしてくれている。
ベッドやソファー、テーブルのメイキング、更に洗面台の鏡も磨き込まれている。毎日だ。
メイドさんの仕事はそればかりではなく、ハーブ水の入ったピッチャーへの補充や、コップの交換などもしてくれている。
俺の外出が5分程度の時は来ない。けれど40分位の時には、部屋がリフレッシュされていたりする。仕事が早い。
しかもリフレッシュ頻度は、地球のホテルならどんなに高級ホテルでも1日1回だけれど、ここでは1日3~4回は最低でもある。
何かで出掛けたほんの数十分の隙に、座ってた痕跡、水濡れの跡、指紋などは綺麗にされ、使ったコップは改められ、ピッチャーも氷が足されている。
周りが砂漠な為、どうしても昼間は暑いこの国では、氷入りの飲料はまさに天の恵み。それ位、癒やされる。
それを支えてくれているのが、メイドさんである。
あ、今までチップとか出した事が無かったが、これこそチップのタイミングか!
海外旅行に行った友達が言ってたな、枕の上にお金を置いておくって。
部屋を出る時に、あとでそうしてみるか。
そうこうして、顔を洗い髪の毛を整える。因みに風呂はこのフロアの逆サイドにあるが、24時間、ならぬ25時間やっている「らしい」。
今までそんな夜中に行く様な機会も無いので本当かどうかは知らないが、ヒューさんはそれっぽいことを言っていた。
そういや「朝風呂も気持ちの良いものですぞ」とか言ってたな。今日はそういう気にはなれないけど、行ける時に行ってみるか。
タオルは、タオル掛けに掛けてあるのの予備が、タオル掛けの下にある小さめのチェストにたくさん入っている。
どうしても髪の毛まで濡らしてスタイリングしようとすると、タオル1枚では心許ないので、ありがたい。
朝の身支度で未だに違和感があるのが、歯ブラシだ。動物の毛なんだそうだが、やけに柔らかい。
磨いている、というより、撫でているような感じで、綺麗にはなるんだが物足りない感が強い。
で。
今日の10時には、アリアさんが来る。だがまだ6時少し前だ。寝坊しなかっだけマシだが。
俺はとにかくパパッと手に取った昨日の服に着替えて、上階の食堂へ。この時間は昨晩分のおにぎりがまだ残っている。
おにぎりをひょいと4つほど抱えて、部屋に戻る。さぁ、こっから考えていかねば。
まずは場所だ。何処に座ってもらおうか。おにぎりを頬張りながら考える。
アリアさんはきっと、恐縮して入ってくるだろう。緊張も相当していると思う。
ソファーの座り位置だよな、これは。緊張のコントロールとかにも重要だ。
地球の頃、何かの心理学の本で読んだのは、対面の席は対決の席だから、緊張感が高まる、みたいな話。
因みにその本曰く、気軽に接したいのであれば斜め位置の席に座ると良いと言う。友情の席だったか、そんなのらしい。
……斜め、か。このソファーが対面部2と2で4人がけのソファーだったら、ストレートにそう出来るんだが。
このソファーの幅は、どう見ても対面部3と3の6人がけに、一人座席が1つ付いて都合7人がけ。
うーん、一人席の方に俺が座っちゃうと、アリアさんの事よく見えないしなぁ……
あ、いや。今回は寧ろその方が好都合か。アリアさんを緊張させちゃいけない。
アリアさんとヒューさんが対面で座ってもらう。こうすると事務書類とか捗りそうだし。
そして俺は悠々と一人がけで、ある意味偉そうに座る、と。
偉そうにしたい訳ではないんだが、どうにもこの一人掛けのソファーは、肘置きと言い、頭の横のスポーツカーみたいな張り出しと言い、座って謙虚さは出ない。
んー……これから先の魔法を教えてもらう時は別だけど、今日はアリアさんを罰する英雄、という立ち位置だから、偉そうにしとこう。
これで座り位置の問題は解決した。じゃ次は服装かな。
この世界の衣服の「ランク」みたいなものが分からない。
日本で言えば、綿より絹、みたいな。人によっては化繊より綿、ってのもあるな。
ヒューさんが用意してくれた服は、チェスト2段分、ぎっしりある。他に下着やハンカチ、靴下などが最下段にもう1段。
上の段には、普段着っぽい服。着回しも考えられた、色が喧嘩しない服だ。
2段目は、少し変わった素材の服などもある。触った感じサテン生地みたいなのも。
日本でサテン生地ってあんまり普通の時には、特に男性は着ない印象だが、こっちではどうなんだろ?
これ、自分一人で考えていてもどうしようもないパターンか。文化知らないし。
うーん……いっそ「正装」の学生服に頼っちゃおうかな。アレだったら、俺だけの服って位置づけだから。
けれど、それもなんか違うような気がする。それに次着る時の問題もある。
数日後の叙爵の際に着る服を今日着ていたのを王様が見たら、いや見ないとは思うけど、不快感を持たれてしまうかも知れない。
悩むなぁ……王宮内で今まで見てきた「人」は、大概礼装した訪問者か、あるいはヒューさんや俺の様に「居着いてる人」。
参考にすべきは後者だが、人数がいない。
ヒューさんの真似しても俺、魔法使いのおじいさんにはなれないし。ワントガルド宰相の服は、あのドワーフ寸だから似合うものだろうし。
うーん……悩みにハマるとどうしようもなくなるので、ここは先だってギルドに行った時の様な服を選ぼう。
無難と言えば無難だ。初めて会ったのもそんな服なんだし。
よし。これで服装の方向性が決まった。色とか考えて、用意しよう。
ふむ。トラブルになった胸ポケットのシンボルはどれも着いているが、今日はシャツスタイルにしてみよう。
麻っぽい素材感の、白いシャツ。しわになりやすそうだから、そこは気をつけよう。
パンツは、素材感に合わせて色合わせ。浅い色でチョイス。
ふー……俺は2つ目のおにぎりにかじりついた。中には魚の焼いた身が入っている。味としては川魚っぽい。
因みに、砂漠に囲まれた完全に内陸の国のはずなのに、おにぎりには海苔が巻いてある。
地球の海苔と同じかどうかは、ちょっと分からない。色合いも若干、地球のそれよりわずかに緑色だ。
ただ味は、焼き海苔なんだよな。握り立てじゃないからパリパリ感とかは無いが、しっかり海苔の味と風味。
立て続けにもう1つ。ハーブ水をコップに移してあおる。食事の邪魔をしないハーブで、意外に合う。しかもクセが無く飲みやすい。
あと何か事前に用意しておくものとかあったかな……
ヒューさんには、花束ブーケ禁止令を出されてしまったし。
何か「来てくれてありがとう」って気持ちを表したいんだけどなぁ……
只今6時15分。あと3時間以上ある。
うーん、緊張して考えてたら、少し眠くなってきてしまったな、少し寝るか。
これだけ明るくまぶしければ、1時間少々で目は醒めるだろう。
***
ノックの音が。ん? あーー!!
今何時だ?! 9時50分?! ぎゃーまだ着替えてもないし、テーブルにおにぎり置いてあるし!!
「ど、どなたですか!」
「ヒューにございます。なにやら冷静でないご様子故、失礼致しますぞ」
と、ガチャッと扉が開いた。……良かった、ヒューさんだけだ。
ヒューさんは部屋の中をぐるっと見回して、
「……二度寝ですな? アラームを使われなかったのですか」
と言った。アラームの説明受けてない!
「まぁともかくお着替えだけなさって下さい、後は何とか致します」
そう言われ、俺は大急ぎで先ほど決めておいた服に着替えた。
「お召し物はそれで宜しいですか? あまり威厳はござらぬ普段着、という感じを受けますが」
「この世界の『威厳のある服』が分からなかったんですよ! それで仕方なく、ギルドに行った時の様な。それでも、シャツにはしたんですよ」
「まぁまぁ、シューッヘ様のお立場であれば、どのようなお召し物でも非難されはしませんので」
慰めるように言うヒューさんの言葉。非難されない=ふさわしくない、だと思う。哀しい。
「ではメイドを入れますぞ」
ヒューさんがパンパンと二度手を叩くと、開いていたドアからメイドさんが。一人、二人、三人……どんどん来る?!
ドアの所で必ず一礼をして次々入ってくるメイドさんは、既に10名。部屋が手狭になる感覚を覚えるほどだ。
それぞれのメイドさんが、テーブルの上を片付けたり、普段使いのピッチャーをもっと豪勢なのに取り替えていったり。
ベッドを手早くメイキングした上にベッドカバーをかぶせて、今まで寝てた痕跡も見事に消えた。
その他のメイドさん達は、窓を拭き上げたりチェストを拭いたり床ふき道具で床を拭いたり、ゴミ箱もキレイにしてくれた。
そしてメイドさん達は、それぞれの持ち場を去る前に、「シャイン」と声を発した。すると不思議なことに、床も窓もピッチャーも輝きを増した。
「御苦労、皆下がってくれ」
ヒューさんが言うや、メイドさん達全員一目散に部屋から出て行く。
素早い撤退の後に残ったのは、どこもかしこもキラキラに見える、俺の部屋。
まるで誰も使っていない新品の部屋……変な言い方だがそんな感じの、清潔さと輝きに満ちていた。
言うまでも無く、4つ目のおにぎりは片付けられた。
テーブルの上には、織物のクロスが置かれ、銀の小さな卓上盆に豪奢な水差しとコップ。コップも日常使いとはひと味違う、うすはりのグラスだ。
「さあシューッヘ様、お部屋は整いました。既に王宮ロビーに、アリアとルイスが来ております」
「む、迎えに出ます!」
「いやいやお待ちください。通常貴族など貴人が客を呼んだ時に、格下の者が訪れるのがルールにございます」
「えっ、でも出来れば迎えに……」
「ダメでございます。御自身のお立場をお弁えになられ、ここで堂々とお待ちください」
と、ヒューさんまで出て行ってしまった。
どどど、どうする? どこに座って待つ? それとも立ってお出迎え?
分からん! この世界の常識が分からんからどうにもならないっ!
と、俺の心の中が一悶着しているその真っ最中に、再び、今度はしっかりとした音で、ノックが2度された。
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