第59話 魔王と「ケジメ」
「俺の希望を言えば……その、魔族領の広さも、実際に体感してみたいな、と……色々な魔族の方とも、会ってみたいし……」
俺の口から出る言葉にしては、何だかナヨナヨしてるなと、言いながら思った。
いや事実、魔王様は転移でお帰りになる様だけれど、地図が当てにならない以上道順だけは聞いておかないといけない。
そう言えば北ルート・南ルートの選択の話もあった。ナグルザム卿の言う事が真贋不明である以上、このルートについても聞かないと。
「ふうむ、英雄は根が真面目なのか? 別に今回と限らずも、外交の機会は幾らでもあろう。功を焦っているのか?」
「功を? 俺、加工魔導水晶の話でもそうなんですけど、これが俺自身の成果だってこう、誇る感じになれないんです。粉の件も、魔王様が放射線を測定してくれたから無害化も出来たってだけで、俺はあくまで脇役」
「とんだ脇役がいたものだな。ローリスはこの世界的発見の鍵になる人物を、国の脇役で済ませるつもりか? どうだヒュー侯爵」
「はっ。もちろん陛下には、陞爵の進言も当然させて頂きますし、シューッヘ様にはどのような地位でも財産でも与えるべき旨、これも陛下にお伝えいたします」
「だそうだシューッヘ。お前がしでかした事は、それだけの名誉ある事だ。もっと誇れ、でなければ我が城に入れぬぞ?」
「えっ、それ関係……」
「いずれにせよ、成果を挙げた者が正しく評価されるべきなのは、人間国も魔族国も変わらぬ。無論、そのように正しく動いていれば、ではあるがな」
と、話終わる寸前に不意に魔王が立ち上がる。女神様に一瞥すらなく翻り、ソファーの背でグンと加速を付けて客車出口に飛んだ。
「ま、魔王様っ、俺まだ魔王様に聞きたい事が!」
「それは『厄介』をどうにかしてからだな。来るぞ」
何が来るのか、と思った瞬間だった。客車の天井に激しく何かを打ち付ける音が、耳が割れんばかりに鳴り響く。
「なっ、て、敵襲ですか?!」
「ああ、ナグルザムだろう。まぁ、手勢の全てを始末されれば、手向かってくるのも仕方ない」
な、ナグルザム卿?!
魔王のあのキラッと光ったアレでは、さすがにナグルザム卿は死ななかったのか?!
『あら魔王あなた、全部始末したんじゃなかったの? 生き残りがいるなんて聞いてないわよ』
「エルクレアの支配層で、格段に、別格に『堅い』のが、あのナグルザムなんだ。逆にナグルザムに火力の強さを合わせたなら、罪もない魔族市民まで全て、完全に灰になってしまう」
女神様と背中で対話しながら、出口の窓から上を、覗き込む様に見ている。
今の攻撃からしても、魔王到来の時と同じパターンで、俺達は再び「上」を取られてしまったらしい。
「魔王様、俺に出来る事はありますか」
ナグルザム卿は、俺達をまとめて攻撃してきた。
攻撃対象は魔王だけなのかも知れないが、馬車の全てが攻撃に晒されたのだから、既にナグルザム卿は共通の敵だ。
俺も魔王に駆け寄り、窓から外を覗く。
辺りの地面に、ドス黒く錆びた鉄の矢の様な、黒くゴツゴツした細い棒が、地面にほぼ垂直に、びっしりと地面を埋めていた。
俺は攻撃に気付くことさえ出来なかったが、馬車の天井がアレに破られる事は無かった。
気付いてたのは魔王だけ、いや女神様もだろうが、動きからして魔王の結界なんだろうと思う。
いきなりの襲撃から、外の異様な範囲攻撃の様子を実際目にして、頭に血が上ってくるのが分かる。
もう一度魔王に聞こうかと口を開き掛けたその時、
「君が助力として出来る事は幾らでもあるんだけれど、これは魔族同士、しかも支配層同士の『ケジメ』の話だからね。君は家族と仲間と、御者と馬を守っていれば良い。次の攻撃が来たら僕は外へ出るから、僕が出たら閉めてね」
魔王の口調も声のトーンも、ごく日常、といった雰囲気。扉閉め忘れないでね的な言葉が更にその安穏さを際立たせる。
そ、そうか、ケジメの話なのか。ナグルザム卿は魔王の右腕とも女神様から聞いているから険しい戦いになると思うけれど、俺の仕事はただ一つ。
「[絶対結界 客車天井から上空方向50センチの位置に、半径25メートルの円盤状]」
天井に向けて手をかざして絶対結界を定義する。そのほんの僅か後、周囲の明るさが消失した。
25メートル向こうからの遠い光は入ってきているが、馬がパニックになりかけた様で、フライスさんが馬に声を掛けている。
これで十分か? 上空からは100%入り込めない・攻撃通らない。だが、25メートルを迂回して同じ平面上に来られると攻撃は通る。
括りが難しいが、少し凝った結界を張るか。条件は……
「……[対魔法結界 『俺達の居場所』から10センチの範囲全域]、[選択的透過型 対物理結界 酸素のみ結界除外で対魔法結界から1メートルの位置に設置、酸素以外のあらゆる物とその運動を阻め]」
2発の結界を、組み立てるが早いかポンポンと連発する。
1発目は、対魔法結界。俺の意識をねじ込んだ結界だ。馬車のー、とか、馬からどれだけー、ではなく、『俺の居場所』。そして複数形で『俺達の居場所』。
対魔法結界の距離を大きく取ると、敵に内側に入られそこで魔法を使われると非常に厄介なので、距離はほぼゼロのようなものに。ちょうど、ラップでくるむイメージだ。
対して、もう1つの結界は対物理。初めてトライする、一部透過・他は全て遮断、という、実現出来れば理想的な結界だ。
酸素の透過を指定して酸欠で死ぬのを回避しつつ、物理系を遮断する。物の運動、と指定したのは、火矢みたいな物を放たれた時に、その熱を止める為だ。熱は分子振動なので、運動。つまり、結界にその振動は阻まれ、火や熱は届かない。
と、魔王が扉から降りた。急いで扉を閉める。
扉の向こうでは、きっと凄まじい戦いが繰り広げられるのだろう。
魔王は、俺の張った天井の結界の外へ出る模様だ。スタスタと早足で馬車から離れていく。
そりゃそうか、逃げる訳でなくケジメを付けに行くのだから、攻撃も出来ない場所ではどうしようもない。
『シューッヘちゃん、あなた見物しなくて良いの? あの魔王が、恐らく本気で戦う、希有な場面よ?』
「へっ?! と、言われましても……」
女神様がとんでもない事をぶっ込んでくる。
そりゃ戦いは見たいし、俺は女神様の結界のお陰で致死ダメージ無効の不死身ボディーだ。
致死的でないダメージが通ったとしても、回復魔法もある。けれど……
「俺が下手に出て行って、魔王の邪魔になりませんか? 魔法の威力を弱めてしまうとか」
『あの魔王の性格上ありそうだけれど、さっき使った魔法と同類の魔法を使うなら、火力を削る事は無い』
女神様の断言に、思わずうろたえてしまうが、俺も俺で考える。
確かにこの機会を逃せば、友好国になりたい魔王領のトップ、魔王の戦い方を見る機会は永久に失われるだろう。
物見遊山で魔王城を見たいと言ったが、いやそもそも物見遊山って言葉通じたのか? まぁそれはともかく、このシーンだって絶対見逃せないクライマックスだろう。
「……俺っ、馬車を出ます!」
「シューッヘっ、気をつけてね!」
「ああ、アリア! 行ってくる!」
俺は一度は閉ざした馬車の扉を、今一度開いた。
まだ戦況は動いていないのか、魔王が歩いた道幅だけ、錆び鉄の矢が根元から折れてどけられているが、熱波も冷感もなく風も普通に吹いているだけだ。
俺は駆け出した。少し離れた、丁度25メートルの天井結界の出口に魔王は差し掛かっていた。
俺が魔王の横まで駆け付けると、自然に振り返った魔王は言った。
「おや? 来たのかい、英雄。出来れば君に出だしはして欲しくないんだけど……」
「はい、そのつもりです」
つい、満面の笑みでそう答えてしまった。期待感がハンパない。
「えーとつまり、ここに来たのも観戦・見物か。はは、これはこれで豪胆なことだ。結界は自分持ちで頼むよ」
そう言いつつ、魔王と共に天井の結界の外に出る。
魔王が上空をキョロキョロと探すように見ているので、俺も空に目を遣った。
ん? なんだあれ……空飛ぶ生首?!
「キョェィィィィィィィ!!」
上空の生首が、如何にも忌々しそうな、悔しげな鳴き声をあげる。
距離があるので少し分かりづらいが、よく見ると、ナグルザム卿の顔の面影がある。
魔族特有の変化なのか、エルクレアで見たナグルザム卿の顔とは少し異なり、目は倍以上に大きくなっていて、生首の周りに赤い炎の輪の様な陽炎が見える。
「声帯を半端に失ったな、アレは。ああなってしまっては、もはや話し合いも何も無いな。殲滅する、反撃に気をつけてくれ」
俺は黙って頷いた。反撃の対処は、女神様のオート結界に任せるつもりだ。
魔王が上空に手をかざす。それに生首はすかさず鳴き声をあげた。すると全面に鉄鍋のデカい奴の様な、多分結界が展開された。
「やれやれ、頭しか無いとやはり思考は冴えない様だな。去れ、[滅びの光]」
滅びの光、という物々しい言葉とは裏腹に、魔王の手先に宿った光は、LEDライトの様な眩しさはあるがその程度の小さなものだった。
その光が、生首の「盾」を照らした。わずか後、盾はボロボロと崩れて落下を始める。
粗方、視線を遮っていた「盾」が無くなると、その向こうには、顔を真っ黒に焼かれたナグルザム卿が浮いていた。
さっきまでの陽炎の代わりに、黒い煙を周りにたなびかせている。よほどこんがり焼けているのか。
「ケジメも何もあったものでは無かったね。やはり言葉を交えないで意思疎通を図るのは、土台無理というものだ」
「アレは……もう終わったんですか?」
「ああ。そのうち降ってくるから、当たらないように。当たりたくないよね、アレには」
魔王は苦笑いをしつつきびすを返した。
俺も浮いてる黒焼きが気になりつつも、魔王の後を追って馬車へと向かった。
さすが魔法、というべきなのか、さっきあった禍々しい錆び鉄の矢はすっかり無くなっていて、地面が穴だらけになっていた。




