第55話 魔王の溜息と人間の発見
「まさか人間がそんなおかしな方向へ行くとは……」
天を仰ぎ目を伏せている魔王は、呟くようにそう言った。
声は小さく、言い方もまさに呟きだったが、幸い俺の耳には届いた。
それからすぐ魔王は、背中をドサッとソファーの背に預けた。
ヒューさんを見てみると、魔王の様子に少なからず戸惑いがある様で、俺と女神様との間を視線が行ったり来たりしている。
「ヒューさん、ありがとうございます。と……言う訳で魔王様、今のローリスはそんな感じです。加工魔導水晶については、魔族領では使っていないと聞きましたが」
「当たり前だ。そんな『どう考えても危ない物』を作ろうとする奴など、まともな頭の奴ではない……」
天井を向いていても答えてはくれるらしい。話を進めていこう。
と、更に口を開こうとした時、フェリクシアが不意に立ち上がった。目で追うと、魔導冷庫に進んでいった。
魔導冷庫の前でしゃがんだフェリクシアは、手を魔導冷庫の脇から奥へと差し込み、何かカチャカチャ音を立てていた。
それから立ち上がったフェリクシアの手には、手のひらに収まる程度に小さく、真四角に切り取られた、曇ったガラスか水晶の板の様な物があった。
「魔王様、これが現物の加工魔導水晶だ。今私は手で、何の保護具もなく扱っている。これも危険な行為か?」
「何っ?! この馬車内にそんな放射線源……ん? それは本当に、終末粉体を圧縮したという、その物か?」
一瞬フェリクシアから飛んで逃げそうな程うろたえた様子を見せた魔王だったが、フェリクシアが手にする加工魔導水晶をじっと見つめたまま動きを止めた。
フェリクシアはただゆっくり頷いた。魔王からあれだけ危険物扱いされた物を素手で触るのは勇気がいる事だったろうに。
「僕は……放射線域の光でも感知する事が出来るのだけれど。その板からは、放射線は生じていない。少なくとも生体にダメージになる程度は完全に下回っている。
言い換えれば、その加工魔導水晶の板は安全だ。それに見た限りでは、オリジナルの魔導水晶と同様の魔力放射を認める。良ければ僕に渡してくれるか?」
さっきの飛び退きはどこへやら、魔王はフェリクシアに手を伸ばした。
フェリクシアが加工魔導水晶をその手に乗せる。魔王は水晶板を胸元まで寄せ、じっくりと、穴でも空きそうな程に、見つめている。
加工魔導水晶、屋敷の魔導冷庫だと4枚とかそんな話を聞いたが、あの小さな冷蔵庫だとそのサイズか。何というか、ガラスタイルみたいな感じだ。
俺が魔王の手の中のそれを眺めるよりうんと真剣に、魔王は観察をしている。
傾けたり、指で表面をこすったり、ひっくり返したり。まるでおもちゃもらった子供みたいだな。
「えっと……魔王様?」
「これが、あの終末粉体を圧縮して作られるのか……何故放射線が出ていない? 圧縮行程で何が起きている?」
「えーっと、魔王様ー」
「何かしらの添加剤が放射線を封じている? いや、放射線源に何を混ぜても、そう簡単に放射性は失われない。圧縮することで粒子の性質に変化が生じた? しかし……」
ちょっと大きな声で呼び掛けても、反応が返って来なかった。
何だかブツブツと呟いているが、魔王的にもまだ答えは出ていない様だ。
「うーんどうしよ、これ……あの、女神様。粉体からは放射線が出ていて、加工魔導水晶から放射線が出ていない。その答えはつまり?」
『何よその、つまり、って。私だって全ての事を知ってる訳じゃないわ、加工魔導水晶なんて、この文明が初めて作り出した代物だし』
「えっ? ローリスの発明品なんですか、それ」
ちょっと驚いた。何度も文明が滅んでいると聞いて、毎回核戦争とかで滅んでるのかと、勝手に地球的世紀末を想像していた。
世紀末が訪れる様なパワーがあるとしたら、核融合にしろ核分裂にしろ、核のエネルギーに違いないだろう。いやもっとも、この世界だと魔力って凄いエネルギー源もあるけれど。
『粉体を圧縮する事自体は、ローリスのオリジナルって訳でもないわ。ただ、産業として国を挙げてそれをやってるのは、今はローリスだけね』
「今はって事は、昔はあったとか?」
『偶発的に生成されるのを除けば、昔も産業的生産は無いわ。寧ろこれから先の方ね。人間の頭数が増えエネルギーが必要な時、加工魔導水晶によるリサイクルは必須になってくるでしょう』
「りさいくる? シューッヘ、りさいくるって何?」
女神様の言葉にアリアが反応する。そうか、リサイクルって観念は、この文明にはまだ無いのかな。
「幾つかやり方はあるけれど、『ゴミを上手く処理して再度資源として使える様にする』とかかな。特に魔導水晶の話だと、まさにそれだと思う」
「魔導水晶に付く白い粉がゴミで、それを工場で圧縮すると資源になる……って事で良いの?」
「うん、どうやらそうらしい。ゴミのまま、つまり粉体のままだと相当有害なゴミだけれど、圧縮処理さえしてしまえば、無害どころか有益な物に変わる。これこそ理想的なリサイクルだね」
俺達の会話をよそに、魔王は加工魔導水晶を光にかざしてみたり、軽くコンコンと叩いたり。
さっきより少し「恐る恐る感」が減った感じがする。そう思った直後だった。
「[マギ・アナリシス・オールチャンネル]」
魔王が自身の手元に向け、ぽわっとした光が現れる。今は日中だからその光は随分弱い光と感じる。
魔法を唱えた後の魔王は、目を見開いている。どれだけの情報が頭の中に流れ込んでいるのか分からないが、真剣そのものだ。
「……魔王様? マギ・アナライズの結果はいかがでした?」
「うん、何も得られない」
興味本位で魔法行使中の魔王に話しかけたら、思いっきりずっこける内容が返ってきた。が、魔王の声はしっかりしていて、少し興奮気味にすら聞こえた。
魔王は、アナライズ系の魔法は不得意とか? いやでも、ナグルザム卿が唱えてたのが『チャンネル・タイム』で、こっちは『オールチャンネル』。魔法自体は上位に聞こえるんだが……
「何も得られなかったんですか、結果。マギ・アナライズの上位版とかでは?」
「うん。間違いない、これは魔導水晶と同じ性質を有するぞ!」
魔王は俺の言葉を聞いていなかったのか、嬉しそうな笑みを蓄えながら何度も一人頷いた。
魔導水晶と同じ性質? と言ったら……アレか? 魔法は全部吸われる、とか。
あぁ、だからマギ・アナライズ系とは言っても魔法だから、魔法的応答すら加工魔導水晶に飲まれて消えたのか。
「おや? 魔王様、一度私に戻してもらっても構わないか?」
フェリクシアは、言葉上は丁寧だが、既に手を魔王の目の前に差し出している。有無を言わせるつもりは無いらしい。
その雰囲気に負けたのか、はたまた別の理由か知らないが、魔王は素直に、フェリクシアに板水晶を渡した。
「どれ……」
フェリクシアが腰のポケットから白いハンカチを取り出し、加工魔導水晶版を包む。
そのまま手の中でぐいぐいと、あれは拭き上げているんだろうな、手の中でよく見えはしないが。
フェリクシアがハンカチでつまむようにしながら、板水晶が俺にも女神様にも見える様に、少し上にかざした。
『あらっ、透明になってるわね。魔導水晶だと魔力のチャージで紫から無色に変化するけれど、加工水晶は白濁から透明化するのかしら』
俺的には「あれ何か綺麗になってる」位の印象しか無かったが、女神様が解説を付けてくれたので起きてる変化に気付けた。
さっきまでは確かに白く濁っていた板水晶は、今やそれがある事を意識しないと見えない位、極めて透明度が高くなっている。
「魔王様、先ほどの魔法でこの加工魔導水晶は完全に魔力が溜まった様だ。先ほどとの変化もご観察されてはどうか」
さっさとフェリクシアがハンカチを操って、さっきまでつまむように持っていた魔導水晶板は、ハンカチの中央に移動していた。
そのハンカチのまま、フェリクシアは魔導水晶を魔王に返した。横から見ていてハッキリ分かる、魔王の高揚っぷりったら。
「これがっ、人間という種が新たにこの世界を開拓した証かっ! 素晴らしい!! すぐリスクを負いたがる『人間』だからこそ成せた事だ!」
キラキラした目は、こちらにも向けられる。頷いて良いのか微笑み返せば良いのか分からず、顔が引きつってしまうのを感じる。
横を見ると、アリアは事の次第が良く分かっていないのか、きょとんとした顔で魔王を眺めていた。
魔王に話しかけても、何だかまともな返答が帰ってきそうに無いな。ヒューさんに聞いてみるか。
「ヒューさん、この魔導水晶の圧縮工場って、相当人が死ぬ様な危険なところなんですよね?」
俺が言うと、ヒューさんは眉間にシワを寄せつつ頷く。
「左様にございます。未だ魔導水晶の粉の毒性とその害の防止策が無く、工場では布を何重にも口元に巻いておると聞きます、が……」
一旦言葉を切ったヒューさんだったが、溜息を一つ挟んで、
「幾ら布を巻いても、死者が減る事も無く……また、工員がひとたび吐血したならば、既に致命傷であって、聖魔法でも回復がおぼつきません」
と、苦々しく言った。
そりゃ……工場で扱ってる粉が放射線を放っているのなら、吸ってもダメだし近付いてもダメだ。
放射線にも種類はあるが、微粉末だったりするとタオルを何枚重ねても、防塵はかなり難しい。内部被曝も外部被曝も、どちらもあり得る。
全行程を機械化出来ればあるいは、とは思うが、この世界に来て機械と言ったら、ヌメルスのマシンガンと、あとはせいぜい時計くらいのもので、それ以外は……
……時計?




