第52話 俺達の勘違い
『魔王ガルドス。あなたの方から呼びもしないのに奥地から出てきてくれたのは助かったわ。あそこは神には【遠い】のよね』
「……対魔神・対神結界。未だにあれが有効だとは……あの時代の部下達の、底知れない有能さを思い出すね」
女神様は先ほどの魔王との掛け合いで、馬車の外がよく見えそうな程に馬車の入口に近付いていらっしゃる。
魔王は、言葉は聞こえるけれど俺の位置からは背中しか見えない。ただその背中は、ある種の哀愁とでも言うか、肩に力が入っておらず『がっくり』という感じに写る。
「ペルナ神。僕は着席をしても構わないかな」
魔王が横顔をこちらに覗かせながら、女神様の方を向いて着席を請うた。
『良いけど、席が違うわね。私が今ここにいる以上、あなたの席はあそこよ』
と、女神様が俺が座っていた席を指差された。
なるほど、神と魔王という序列では、神の方が上座になるらしい。
『シューッヘ、アリアちゃんは、二人で仲良く左側ね。ヒューは右。フェリクシアは、悪いんだけれどコイツが要らない動きしたら、首をはねちゃって欲しいから、この魔王様の横に立っててくれる?』
「かしこまった。秒とかからず首をはねることをサンタ=ペルナ様に伏して誓う」
「なんだか、処刑台にでも座らされる思いだね。やれやれ……」
半ば溜息交じりに俺達の横を通り過ぎる魔王。魔王が着席するや、そのすぐ近くに陣取るフェリクシア。
俺はアリアと目配せして、女神様から指定された左側の席に移動した。ヒューさんも静かに移動する。
そこへ、女神様が堂々と進まれる。俺が頭を下げると、パーティーメンバーは揃って頭を下げた。
魔王は……まぁさすが一極の長だけあって、女神様を目で追ってはいるが、先ほどまでの様な悲壮さも無くなっていた。
『さあ、それじゃあシューッヘちゃん。少し前に【ナグルザム卿に騙された】みたいな事を言ってたけど、具体的には?』
「具体的……まず、地図が違いました。ガルマの砦ではない所をそう書いてある地図を渡されて、それから……」
ナグルザム卿に騙された。それは間違いない。
だが、具体的に「何を言った」から騙した、となるのかと考えると、スルッとは出てこない。
「あとは……分かっているウソの範囲では、昔の話にはなるのですが、ルナレーイ軍事王国の人々が殺されておらず、転移して別の場所に移ったと言われました」
『ルナレーイ? 私もルナレーイの滅亡に関しては、ジャストオンタイムでは見てないから、転移した可能性も完全には否定出来ないわね。魔王、実際どうだったの?』
ジャストオンタイム、という言葉にアリアは視線で俺に解説を求め、ヒューさんはその眉間にシワを寄せている。
前々から感じてはいたが、女神様のお言葉はどうにも地球ライクで、カタカナ語もひょいひょい出てくる。
この世界でカタカナ語に聞こえるものは大抵何らかの魔法関連の事が多いので、アリアやヒューさんにすれば、何かの魔法について話している様に聞こえるかも知れない。
魔王は、眉を下げ口角も下げて、少し不満げな様子で話し出した。
「ルナレーイの事が、それ程重要なのかい? 既に混血が進んで、ルナレーイ王国の王族貴族の純血もいないし、再度の国家形成を考える者もいないのに」
『あら、つまりもう純血維持は出来ていないけれど、ルナレーイ人自体は滅亡していない、っていうこと?』
上座に座った女神様がひょっと腕組みをされて首を傾げられた。
それに対して魔王は、本当にさっきまでの威風堂々さは何処へ消えたと言いたくなるほどに、目線はあっちこっちするし顔の締まりも無くなっている。
「ああ。あの時は……僕が最初に、全ての生命体に対して強制移動の魔法を用いて、それが片付いてすぐに、王城を、更に言うとルナレーイが開拓したらしい特殊魔法を決して再現されない様に、都市含め城を完全に破壊した。
ルナレーイのドワーフ達は、シューッヘ達が止まった壁から少し進んだ、切り立った山、と言うかなぁ。アレは巨石を埋めて単純に切り出して、道を二手に分けただけなんだけど、その二分したルートを、北に取る。
その北側ルートの更に中程で、進路を北側の森に。その奥に、サキュバス族が過去に使っていた城があったから、強制移動でそちらに転移させた。だから、ルナレーイは国家としては滅亡しているけれど、ルナレーイの人や生物に、死者は、少なくともその時点では、出していない」
両手のひらを、肩の横で上向きに。
地球でも同じ様なジェスチャーがあるが、何ともウンザリしている様だ。
『あら、じゃあナグルザムはウソを吐いてはいなかった、という事かしら?』
「さあ。ナグルザムが誤解を受ける様な言い方をしたのかも知れないし、事実を曲げて伝えたのか、僕もその場にいた訳ではないから何とも言えない」
女神様の視線がこちらを向く。ちょっとどうなってるのよ、とでも言わんばかりの視線だ。
「あ、あれ? いやでも、女神様もルナレーイに凄い魔法反応があったって」
『それは間違いないわ。見た時は、既に地面が赤く煮えて沸いてた。けれどそれが、強制移動魔法の後、人っ子一人いない建物や土地に向けられたものなら、ある意味単なる掃除よね、それって』
「そうさ。僕としてはルナレーイの属性消去魔法だけは何とかする必要を、部下から再三再四言われていたからね。どうも土地固有の魔力を使うらしいと報告があったから、彼らの居場所を変えさせ、更に魔法研究の痕跡も残さない程度に、強い魔法で一帯を焼き払った。
もちろんルナレーイの当時の王族とは協議をして、この場所替えと引き換えに森林奥深くに広大な領地を与えた。当時ルナレーイは城とその周囲しか公認の領地は無かったから、余程の加増になったはずだよ? 何か非難されるいわれは無いと、僕は思うのだけれど」
『シューッヘちゃん、騙されたって言い切った割には、誰もウソを吐いていないわよ? あなたが困っていそうだったから降りてきたんだけど』
女神様からの視線が少し険しくなる。
うぐ、女神様の睨みはとても心身に悪い。一気に冷や汗が背中全面に溢れ出てくるのを感じる。
「そ、その……あっ! ナ、ナグルザム卿が俺達に渡した書簡では、ウソの内容を!」
『魔王?』
「僕を見られても……ナグルザムはウソを平気で吐く性質があるのは確かだけれど、自己保身のウソが大半だ。それ自体は否定すべき事でも無いから、たとえウソであっても、極端に事実を曲げない限り、許容している」
魔王の視線までも俺に向けられる。
い、いやだってその……俺達、ナグルザム卿にまんまと騙されて、騙され……あれ? でも騙されたにしても、実害は……
『シューッヘちゃん、外交関係にウソは付き物。ほんのささいなウソも許せない、っていう性格だとしたら、あなたは統治者には向かないわね』
「えっ、あの……確かに、その……でも、ナグルザム卿からの情報の不確かさでもって、魔王城への道のりに障害……いやでもアレは俺達が勝手に道を変更しただけか……」
ぐるぐるする頭の中、自分達が『勝手に』そうしただけでその根拠がことごとく間違っていた事に、焦りを越えた『やらかした』感を覚える。
今まで熱かった頬はむしろ冷たく感じられ、手の平に冷たくとても気持ちの悪い汗が、ヌルヌルと染み出ているのが体感として感じられた。
同時に、手が細かく震えだした。
と、
「英雄は勝手に道を変更しただけか。そこに『東部大森林とそこに住む生物の殲滅』も、そうした『だけ』と付け加えてもらえるかな。
そうすれば、英雄とは、かくも残酷で悪辣非道な相手だと、まさに昔から変わらない存在なのだと。僕の認識が正しい事を証明してくれる」
フー、と強い吐息を交えて、ウンザリした様な顔で魔王は言った。
俺は、必死にこれまでの自分達の行動を頭の中で反芻した。
確かに、ナグルザム卿から渡された地図は、不正確だったかも知れない。
ただそれは、ひょっとしたら、数千年生きる魔族にとって地図の更新は頻繁な事ではない、という事もあり得る。悪意の無い文化的な差だ。
道を急遽変えて森を切り開いて南進した事も、フライスさんが精霊が怯えている「から」大規模な馬が来る、と言った。
だが実際は、遙か上空に突如現れた魔王に、精霊は反応していた。エルクレアからの軍勢でもなければ、馬ですらなかった。
ガルマの砦……唯一そこか。あの時あの空間で、女神様は仰った。……なんと? ここは正確に思い出さなければ……
....『ここ、今の最前線ね。魔族軍に押されて、北方連合軍はかなり追い詰められてるわ』....
不意に記憶が、鮮明に蘇る。あの広い、転生の間。俺を見つけたペルナ様は、今思えば少しはしゃいでいらっしゃったのだ。
魔族軍に押されて、追い詰められていると。いやだが、あの砦がガルマの砦だと、女神様は仰ってはいない。
俺の視覚の記憶が確かだ、という前提ではあるが、女神様が見せて下さったのは見た感じ崩れた建物、という程度であって、道幅を全て塞ぐほどの建築物ではなかった。
ひょっとすると、ガルマの砦は別にある? 地図も、勝手にあの壁がガルマの砦と思ったが、もっと奥地に本物があったりする?
もしくは、勝手に人間がガルマの砦を最終防衛線に設定しているだけで、女神様が見せてくれた『本当の最前線』は、別の場所だったり……?
「おい英雄。少しは何か言ったらどうか。僕は君達の行為行動に対して、責めている。単に沈黙するならばそれを君の正式な回答とみなすが、それで良いか?」
魔王の最終通告。このまま黙っていても良いことは何も無い。不可侵条約どころか、オーフェンの通商交渉にすら悪影響を与えかねない。
俺は、身勝手だな、と自分自身に嫌になりながらも、息を吸い込んで口を開く準備をした。




