第27話 『もし貴族』でお手軽貴族勉強タイム、の後は、実際に偉い人を見てみたが……なんかちがう。
うーん……
まず3冊、パラパラと見てみた。
どの本も共通して、中身の文体が固い。貴族云々の本だからか、それともこの世界の本の書式がこうなのか。
幸い、女神様のご加護のおかげで、全然違う文字なのにスラスラ頭に意味は入ってくる。凄い不思議体験。
けれど、その入ってくる意味を伴った言葉が固いので、どうしても頭が疲れる。もっと本を読んでりゃ良かった、地球で。
3冊の中でもかなりマシだったのが、『もしあなたが貴族になったら ~貴族として失敗しないためには~』。
うん、『もし貴族』とか自分の中で略しておこう。
『もし貴族』は、ちょっとした小説の様な小話を入れつつ書いてあり、説明部分は固いが少しは楽しんで読める。
読んだところまでの『もし貴族』の大まかなストーリーはこうだ。とある平民がいた。王様がその平民のいる村に視察に来た。
視察の途中で突然、王様が襲われた。それを身を挺して助けた。そうしたら、王様から騎士か爵位か選べと言われた。
よく分からなかったので、騎士って強そうじゃないといけないと思ったその平民は、爵位を選んだ。
さてそこから始まる知識ゼロからの叙爵、貴族なっちゃったストーリー。なんだかどこかで聞いたような話だ。
小説部分が1ページの見開きになっていて、それを楽しんだ後に2~6ページ程の解説が入る。この解説は固い。
ただ、主人公の戸惑いも含め、また失敗してピンチになる点とかも含め、意外とサクサク読めてしまった。
解説の方は、とにかく説明の語もたくさんあるからまだ全然覚えきれないが、男爵になったらこんな感じ、程度のぼんやりしたイメージまでは出来た。
因みにこの世界の本は、地球で言う上製本である。表紙が分厚い、如何にもお固そうな本。
『もし貴族』も書名は少し柔らかいが装丁は堅苦しい。
表には、その本の名称と作者名が金の箔押しで書いてあっ……
元老院長 ヒュー・ウェーリタス
って……自作本の自薦かっ!!
どっかで聞いた事のあるストーリーだなぁとは思ったが、まさかヒューさん自身の体験談をベースにしているとは思わなかった。
ヒューさんも自作の本を渡したならそれはそうと言ってくれれば良いのに。そしたら感想言える位読み込んだのに。
まぁでも、確かに分かりやすい本だった。どういう功績が叙勲や叙爵につながるか、爵位が上がる陞爵という用語なども理解出来た。
まだ本の第1章を終えたところなので、貴族になる条件や貴族位の順序、それに伴う用語などのところまでだ。
ヒューさんの本、となれば、まずはこの本を読破することから始めよう。体験談的小説も面白い。どこまでフィクションか、後で聞こう。
と……懸命に読んでたので忘れてた感じだが、さすがに腹が減ったな。
時計の針は19を差している。食堂は16から21。そこからはおにぎりなどの軽い食事が、夜警さんの為に置いてあるのだそうだ。
19時だと、日替わりは終わってるかな……まぁ、行かなきゃ食べれないので行くとするか。
***
食堂へ行くと、ヒューさんの後ろ姿を見かけた。その正面にはワントガルド宰相閣下。
ちょっとこれは気軽に声を掛けられないので、俺は見つからないように気をつけながらキッチン部分へと向かった。
この食堂、いわゆる学食風なんだが、誰もお金を払っていない。王宮勤めの人はフリーなのか、それとも月末まとめて引き落としとかなのかな?
システムはよく分からないが、美味いのは間違いないのでありがたい。異世界メシの当たり外れは小説でよく読んでたからな。
で、今日は丼物の気分なので、「鳥玉子と肉の合い飯盛り」を頼んだ。
ここのメニュー名は、女神様翻訳が効かないのか、正確性優先なのか、「親子丼」ではない。他のメニューも大体そうだ。
オーダーすると、その場でちゃちゃっと料理を作ってくれて、出してくれる。
待つと言うほど待たずに作りたての料理が食べられるんだから、嬉しい限りだ。
どんぶりを受け取って、さて目立たない席をと振り返ったら、バチッとヒューさんと目が合ってしまった。
う、どうしよう。そう思うが先か、ヒューさんが大きく手招きをして俺を呼ぶ。ワントガルドさんも一緒にご飯って、重苦しそうだが……
ともかく、呼ばれたら行かねばなるまい。俺は気持ち苦笑いだが、ヒューさんたちの席へと向かった。
「シューッヘ様、奇遇でしたな。もう夕餉は済まされたものと思っておりました」
「いえ、借りてきた本が面白くて……ヒューさんの」
「おっ、気付かれてしまいましたか。分からぬところがあればいつでも補足致しますので仰ってください」
「お前らは読書同好会でもやってるのか?」
ちょっとワントガルドさんが冷ややかだが、気にせずヒューさんの横に座った。
「シューッヘ殿。貴君の叙爵の日取りが決まった。5日後の午後、14時より執り行う。場所は当然玉座の間だぞ」
「うわっいきなりご飯が美味しくなくなりそうなお話しで」
「慣れろ。貴君も授爵をし、貴族の一翼ともなれば、会いたくもない嫌な輩と無駄話やら食事会だのせねばならんのだ」
「おや? わたしはそのような事は一切しておりませんが? ワントガルド閣下」
「ヒュー、お前のはみ出し事例が何の参考になるか。むしろお前は慣例の破壊者とも言うべき人間だろうが」
何だか、権力者の偉そうな云々というより、声音も含めて苦労人の慰め合いにしか聞こえない。
でもそうか、貴族になるのって、貴族同士の付き合いの輪に入る事だよな……俺、付いていける?
「シューッヘ様については、叙爵後お慣れになるまでは、このヒューが付きますのでご安心を」
「はんっ、なんとも過保護なことだ」
ワントガルド宰相閣下の言う事の方が、多分正しいんだろう。貴族になってまでサポートが手厚い方が、多分違う。
とは言え……この国の、という以前に貴族制に慣れなんか無い俺だから、サポートしてもらわないととんでもない事をやらかしかねないしなぁ。
取りあえず、親子丼は美味い。冷めたらいけないので食べながら話す事にする。
「あ、そう言えばワントガルド閣下。叙爵の時の服装って、特別な何かを着るんですか?」
「我が国の慣例でな、他国にルーツがある者については、その国の衣装、民族衣装などが正装とされる」
「え゛っ。俺の場合、あの学生服ってことですか?」
「あの服は学生の制服か。洗い場の者たちが、ズボンの素材を珍しがっておったぞ」
「いやそれは地球オリジナルみたいな素材なんで……でも、単なる制服ですよ? 俺の国に行ったら、何万人が同じの着てることか」
「だが、ここでは一人だ。しかも学生の身という事を示す衣装でもある。叙爵にはふさわしいと思うが」
「そうなんですかねぇ……」
「シューッヘ様。貴族の位というものは、本来その家の格を表すものでございます。されど」
「そうそう。家の格で得る爵位が通常だ。功績で、騎士号ではなく爵位を持ってったこいつの言う事を聞いて、とんだ恥をかかぬようにな」
と、ワントガルド宰相閣下はトレーを持って立ち上がった。この食堂、どんなに偉い人でも、片付けはセルフである。
「ヒューさん……俺ちょっと自信無くなってきましたよ」
「まぁそういうものにございます。自信満々で、鼻高々で叙勲を受ける者などまずおりません」
「えー、でもヒューさんは?」
「私は当時は全く無知でしてな、貴族と騎士と、強くなくてもなれそうなのは貴族、という無知故の意味不明な判断で貴族となり申した」
「そしたら、やっぱり王様を救った人だから、鼻高々じゃなかったんですか?」
「いやいや全く。叙勲の日までに騎士と貴族の事を勉強致しましてな。貴族は家柄のものという大前提を知り、青くなったものです」
「え、青くなるようなら、騎士に取り替えてもらったらとか……」
「国王陛下御自身に『貴族に』と申し上げ、陛下御自身が『分かった、貴族にしよう』と約束してくださったものです。変更など」
と、ヒューさんが今までで一番困ったような、苦笑いなのか困惑なのか分からないような顔をした。
「その後も、住んでいた領地の領主に呼び出され、散々嫌みを言われましたな。何せ、領主が男爵でしたので、最低でも同格になってしまいますので」
「……領主さんからしたら、自分の領地からそれだけの栄誉がって、嬉しくないんですかね?」
「幸いにして違いましたが、場合によってはその領地が私の物として与えられる可能性もあったのです。領主からすれば……」
「それは領主さん、かなりビビっちゃいますね」
「どの領地を授けるか、と言った事項は、国王陛下のお心一つです。誰も一切意見すら出来ません。故に、本決定となるまでしばらく針のむしろでございました」
「それで、結局どうなったんです? 領地ももらったんですか?」
「はい、それはもちろん。貴族位と領地はセットですからな。丁度失態をやらかした貴族がおり、その領地の一部を国に返納、そこを頂きました」
なるほど。ヒューさんの場合はタイミング良く領地が「切り取れた」のか。
けど俺の場合、領地なんてもらっても、運営なんて……それに、そこに住むの? 文化の違いも分からないのに?
「ヒューさん、俺が貴族になって領地をもらったら、そこに行かないといけないんですか?」
「それは寧ろ困りますな。会議の度にいちいち何日も掛けてきて頂くのでは、誰も得をしません」
「でも、そしたら領地はどうなるんですか?」
「幸い中央官僚が爵位を得た時の制度としてよく使われる『代官制度』がございます。優秀な者を派遣し、代わりに統治させます」
なるほど、さすが3,000年とかの単位で国があるだけある。色々考えられているもんだ。
そして、突然はっはっ、と水の入った汎用なコップを持って笑うヒューさん。
「シューッヘ様は心配性にございますな。何事も上手く回るよう、このヒューも手配致しますのでご安心ください」
「それは正直嬉しいです。あ……でも、儀式の時の作法、本番はやっぱり手助け無しですよね。大丈夫かなぁ」
「叙勲の式典とその儀式自体は、決まった様式を単に行うだけですので、それさえ覚えて頂ければ大丈夫です。決まったところで膝を折り頭を下げ、決まったセリフを言うだけです」
「ヒューさん。特訓、してもらえませんか? 俺本番に弱いんですよぉ……」
俺の弱気な気持ちを、ヒューさんは闊達に笑い飛ばしながら、
「はっはっ、ご緊張は分かりますので、練習、お付き合い致しますぞ。いやしかし、本当に簡単なものなのです」
式典の内容を知っているヒューさんと、全く知らない俺。
簡単って言っても、レベルがある。決まったセリフを言う、というのが、ネックになりそうな気がする。
「それより明日は、アリアが王宮に来ることになっている日ですぞ。そちらのご用意は大丈夫ですか」
「はっ、もうそんな日……用意って、やっぱり花束とか、ブーケとか用意したりした方が良いですか」
「は?! いやいや、シューッヘ様の胸の内のご真意はともかく、形の上では『家庭教師を迎える』だけですので、花束やブーケはやり過ぎかと」
「あ、そっか。魔法の先生として来るんだった」
「そうです。いきなり明日求婚などなさったら、叙爵の儀が吹き飛んでしまいますのでお止めください」
「きゅ、求婚?! い、いえ俺そんな、そこ、までは、その……」
「はっはっはっ! お若いですな! 若い時代は飛ぶように過ぎます、存分にお楽しみを」
と、ヒューさんがトレーを持って立ち上がった。
ヒューさんの背中を見送りながら、俺は丼に残った最後の一口を頬張った。
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