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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第47話 魔王の言葉

 魔王を馬車の中に迎えて。

 恐らくこの星の人類史上、初、なんじゃないか? 同じ馬車に魔王と英雄が同席するのなんて。


 窓際に並び立つ俺達の前を、ヒューさんが魔王を案内していく。あくまでも丁寧なその態度は、ナグルザム卿に取っていた態度と随分違う様に感じる。

 やっぱりヒューさんは、ナグルザム卿から何か不審な雰囲気というかオーラというか、そういったものを感じ取っていたのだろうか……


「お役目ご苦労。貴殿の名は?」

「はっ。わたしはヒュー・ウェーリタスと申します。ローリス国の、侯爵位を持つ者です」


 ぶはっ!

 初めて知った、ヒューさん子爵では無かろうとは思っていたら、王族以外のてっぺん、雲の上の『侯爵』なの……??


「ローリスの侯爵殿か。これだけの馬車を用立てた張本人と見て、違いないかな?」

「はい。英雄シューッヘ様は子爵にございますれば、王宮にあまり無理を通せませぬ。代わりにこの老僕が動き申します」

「なるほど。若き英雄と、それを支える老翁か。人間の、短い生命時間を上手く組み合わせて使っている。すると、英雄の横の女性は」

「あっ、アリアと言います! シューッヘの、シューッヘの……第二、夫人です……」

「あれ? 英雄殿? 君の第二夫人さんは、無理矢理輿入れさせでもしたのかい? 夫人である事を、あまりよく思っていない様に感じるけれど」


 アリアの尻すぼみな名乗りに、魔王に言われるまでもなく、こりゃどうしたものかと思っていた。


「いえ、そういう夫婦不和みたいな事は無いんですが……元々は第一夫人だったところ、そこのメイドさん、フェリクシアと、夫人の順序を入れ替えまして」

「つまり、第一夫人を第二に、第二を第一に、入れ替えたと。これは興味深い、人間のつがいは、存外残酷な事をするものだ。これは僕も知らなかった。ヒュー殿、こういう例はままあることなのかな?」

「はっ? そうですなぁ、そこまで頻繁に起こる事ではございません。されど、稀にはある。その程度の事でございます」

「ふうん……魔族の感覚からすると、一度その地位と決めた妻の格式を落とすのは、本人の心を思って、まずしない事だな。それだったら、いっそ別れてしまう。まぁ一夫多妻制って形自体、人間世界ほど魔族には一般的でないからかも知れないけどね」


 さっきと同じ様に、独壇場に長尺の言葉を残しつつ、魔王は正面の席に腰を下ろした。

 ヒューさんがスッと下がり俺の手前に来る。俺は魔王に軽く一礼をし、魔王の正面のソファーに進んだ。


「さて……君からの言葉を待っても良いのだけれど、君は僕ほど話し好きではないらしい。だから僕があれこれ聞いていってしまうけれど、それで構わないかな?」


 言葉こそ柔らかいが、主導権は頂くが良いか、という問いだ。

 とは言っても、この魔王という人物、主導権を握らせなくても喋り続けて独壇場になりそうだ。ここは認めても問題無いだろうし、認めなくてもきっと持っていかれるし。


 俺が魔王の目を見て頷くと、魔王も微笑みつつ頷いた。

 相手が、人類の敵の親玉である魔王でさえなければ、非常に穏やかで緩い感じの会談のスタート、だな。


「魔王様は、ルトラのハーブ水をお召しになられるか」


 間隙を突く様に、フェリクシアが冷蔵庫前から言葉を差し込んだ。


「ルトラか。グレードは?」

「味からしてサンルトラ・グレードよりは少し下、と言ったところだが、確証は無い」

「サンルトラともなると、結構苦いよね。僕が生まれ直す度に、毎回毎回その時のお付きの者が必ず、サンルトラの葉をペーストにした物を僕に無理矢理食べさせるんだよ。魔力向上効果を狙ってね。悪意が無いのは分かるんだけど」

「もしサンルトラに良い思い出をお持ちで無いのであれば、ローリスの普段使いの茶葉ならあるが」

「いや、別に嫌いな訳じゃない。余分に手を煩わせるのも悪いからね。サンルトラのハーブ水を頂こう」


 ……飲み物決めるのに、これだけのやりとりせにゃ決まらん相手なの魔王って。



 これは……

 思っていたのとはまるで違う方向で、交渉が難しい相手かも知れない。


 俺の根気が保たない気がする。

 頑張れるかな俺。大丈夫かな……。



 これから始まる交渉に幾らか不安感を抱いているところ、フェリクシアは常と変わらない流れるような動作で、サービングをしていく。

 魔王の前にサービスワゴンを進めた。机も無いのにどこに置くのかと思っていたら、フェリクシアが空いてる方の手を魔王の手前に差し出して結界を宣言した。


 グラスに入ったハーブ水が、うっすら白濁した、浮いてるタイルの様な結界の上に置かれる。

 なるほど、そう言えば俺も屋敷で風呂道具をああやって作ったっけ。臨時の茶托はアレで十分か。


「君は綺麗で過不足の無い結界を張るね。ただの夫人でも、ただのメイドでも無さそうに思うけれど?」

「魔王様を相手に誇るほどのものではないと思うが、ローリス国・火魔法系魔法使いの最上位者であった。ノガゥア家に雇われて以降、最上位がどうなってるかは知らない」

「へぇ。火魔法が得意な者は、僕の思いつく限りでは大体こういう緻密な魔力操作は苦手で、大雑把にどっかんとやってしまうタイプばかりだけれど、君は違うね」

「私は、魔導師である以前にメイドなのだ。夫人以前ですらある。メイドがどっかんと魔法を使っていては、普段の生活で役に立たないだろう」

「はは、それは確かにね。そうか、君の意識の中核は、メイドである事、なんだね。幸せかい? その生き方は」


 流れるような会話の中、不意に飛んだフェリクシアへの質問に、フェリクシアは目をキョロッと開いて、ふっと口角を上げた。


「私はメイドとして生きる道以外に、幸せな生き方を知らない。今その幸せが叶っていて、特にこれ以上に望むものも無いほど、幸せだ」

「そうか。メイドが単なる仕事ではなく、君の生き方そのものになっている。シューッヘは君を生涯雇ってくれそうかい?」

「どうだろうな。ご主人様の、いや失礼、シューッヘの考えは、私には分からない。若い時だけかも知れぬしな」


 ふふっ、と声に出し、魔王に一礼をしてフェリクシアはその場を離れた。

 ……アレ? 今もしかして、フェリクシアは魔王にナンパされてたりする?


 と、サービスワゴンを俺の前に押してきたフェリクシアが、同じ様に茶托結界を作りつつも上体をこちらに傾け、顔を寄せてきた。


「ご主人様、油断はなさるな。魔王は相当、切れ者だ」


 ボソッとそれだけ言うと、敢えてなんだろうな、サービスワゴンを少しギシギシ言わせながら動かし、横のアリアにも同じ様にハーブ水を置いていく。


 切れ者、か……

 確かに今の、フェリクシアとのちょっとしたやり取りだけで、フェリクシアのアイデンティティーを丸裸にしてる。数ターンのやり取りだけで、だ。

 それだけでなく、今のポジションの安定度も、計られてしまっている。裏切りやすそうな相手を探っているのだとしたら、既に劣勢だ。


 あの軽い調子の口調も、こちらの口をつい滑らせるには十分だ。

 かと言って、それを警戒して口を重くすると、それだけで不自然になってしまう。


 この会談、決して簡単でない。

 オーフェン王の自慢話に、こっちも自慢ぶつけて顔色変えさせてたあの時の方が、よっぽど楽だった。


「ところで魔王様。この度はどういった御用向きで、我々の上空においでになりましたか」


 ヒューさんが言う。しまった、ヒューさんに話を通すタイミングが無かった。


「英雄殿には一通り話してあるのでかいつまんで話そう。君たちは通ってきた道すがら、森を大規模に焼き払ったと聞いた。その森については、僕自身既に上空から検分を済ませている。

 僕は、突然生じた巨大な魔力反応に、何かしらの異常事態を懸念した。王城からすぐ転移し、上空から偵察をしていたんだ。

 魔法の爆心地と思われる森は、そこに住む魔物たち、生き物たち全てと共々に、死んだ。大地が焼き締められてしまっていて、もうあの森は、簡単には再生出来ないだろう。

 誰がそれをしたか、という話で、アリアさん、あなただと聞いた。エルレ茶の遺恨の話もね。あの森の奥に、襲ってきたゴブリンの家族達が、そして子供達がいるかも知れないとは、微塵も考えなかった?」


 魔王の微笑みは崩れない。目線は少しだけ、鋭い様には感じる。

 名指しされたアリアは、表情を硬直させた。そりゃそうか、俺もその件じゃ、エルレ茶の話なんてすべきではなかったな……


「あ、あたしは……」

「アリア」


 俺はアリアが膝の手前で重ねている手に、更に俺の手を重ねた。

 こわばり、唇の先も震えているアリアが、不安目一杯の表情でこちらを向く。


「あれは、俺の結界の張り方が悪かったんだ。アリアは悪くない」

「で、でもっ! あたし、その、ゴブリンの家族とか、そ、そんな……目の前の、気持ち悪いのをどけたい気持ちばっかりでっ」

「気持ち悪いのねぇ。君たち人間からすれば、ゴブリンって種は汚らしいと見えるかも知れない。けれど、彼らの中では彼らの美醜の概念もあるんだよ? 人間が気持ち悪いと思う生き物は、皆殺しにすべき、と?」

「あ、あ……」


 アリアは、こういう詰めてくるタイプには弱い。

 勢いで行けるタイプであれば、持ち前の明るさと度胸で何とかなるんだが。


「失礼ながら俺も、あの場にいたゴブリンの見た目は、かなり気持ち悪いと感じました。

 もしあのゴブリンとの友好関係を結ぶのであれば、彼らにもう少し、人間寄りの衛生観念を教える必要があると思います。それに」


 何を言えば良いか分からず、とにかくしゃべった。

 ただそれは失敗だったのか、すぐヒューさんがスッと身を乗り出して、俺の言葉を止めた。


 ヒューさんは、焦って早口になっている俺とは対照的に、ゆっくりと落ち着いた口調で言った。


「恐れながら魔王様。オーフェン国に於いては、言葉を、不得意ながら話すゴブリン達が、城下の街に人と共に、居を営んでおります」

「つまり、人間の基準に沿う相手は生かしてやる、けれどそうでない醜い相手、魔族なら尚更、殲滅。そう捉えて良いのかい?」


 魔王の、挑発でもあるんだろう。だが俺は、その極論に反論しないではいられなかった。


「そっ、そうではなくて! 俺が思うのは、お互いに共通項が見いだせないと、交流もままならないと思うんです!」

「ほう、共通項。オーフェンの例で言えば、たとえ不得意でも人間と同じ言葉を話す事、オーフェンの衛生基準を満たしている事、辺りかい?」

「例えばそれらはあると思います。ただその他にもっと大切なのは、互いに交流する意志です。生活圏を同じくする、そういう意志だと思います」


 俺の中に、明白な焦りがあるのがハッキリ分かる。着地点が見いだせないのも、焦りを余計に煽る。


 アリアが、自身の少し軽はずみな行動の厳粛な結果を眼前に突き付けられ、フリーズしてしまった。

 俺としては絶対にアリアの行為を正当化しないといけないし、けれども、今俺が話した言葉も、論理としては……


「なるほど、君の言いたい事は分かる。焼き払われた彼らは、君たちの生活圏、旅程を侵した。だから焼き払われた。人間は、つまり君たちは、正当な事をしただけだ。

 けれど、森深くに暮らす無辜の家族達、非戦闘員達は? 彼らは君たちに『何もしていない』。交流してもいないし、するつもりも無かったはずだ。

 関わりも無い相手にまで危害を撒き散らすのは、敢えて言葉を選ばず言えば、それはもう害獣ではないのかい? 人間という、害獣」


 最後の一言に、魔王はずっしり重しを掛けてきた。

 見方を変えれば、人間びいきで見なければ、大規模魔法を撒き散らすこちらが害獣か……


 単純には否定が出来ない。厳しい問い。


「もし……その、もしそうだとしたならば、魔王様は俺達人間の『駆除』を真っ先に考えますか。害獣であるならば」


 俺が言うと、肩に手が乗ったのを感じた。ヒューさんだった。

 気付かぬうちに俺は席から半分立ち上がっていた。いけない、冷静さを完全に失っていた。


 俺は、この圧倒的劣勢を何とかして欲しい思いを目一杯乗せて、ヒューさんに視線を絞った。


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