第46話 ラスボス感の無い爽やか魔王、現る。
「魔王様。ストレートに伺いたいと思います。そもそも何故、突然俺達の上空に? 魔王直領におられたのでは?」
俺が言うと、軽く頷いてみせ、そして口を開いた。
「僕が直前まで魔王直領の王座の間にいたのは間違いない。ただ、看過できない程の魔力反応を、エルクレアから少し離れた地点で感知した。
エルクレア軍の演習、と考えるにしては、あれだけの魔力量を撃ち放てるのは、ナグルザムくらいなもの。もしナグルザムがそうしたとしたら、何らかの異常事態が発生している。
更に、ナグルザム以外の者があの魔力を行使したとあれば、新たに魔族に敵する侵入者の侵入を、既に許している可能性もある。少し迷ったけれど、結局直接見ておこうと、そう思ったまでだよ」
魔王は腕組みをやめ、手振りを交えて説明をする。
言いたい事は分かるのだが、聞く側の身になって欲しいと思ってしまうほどに、長い。
長いだけでも聞いてて苦しいが、息つく暇も無いほど言葉が詰まっていて、相づちを打ついとまも無い。
「えっと……魔力反応と言うと、あちらの森の、ですか?」
「そうだよ。先にあちらも見に行ったんだけれど、かなり凄惨な有様だったね。あの辺りは、言葉を上手く使えないゴブリン族が、原始的な生活をしている森。
事の前後を把握出来ていないから推測でしか物は言えないのだけれど、偶発的な遭遇、と言うか、襲撃を、君たちが受けた末の自衛行為だと、僕は信じたい。
ただ自衛行為だったとしても、明らかにやり過ぎだとは思うよ。あの森の深くに点在していた集落は軒並み消し炭になって、あの地域のゴブリン族は壊滅に近い。
君たちを襲撃したゴブリンが撃退されるのは、これは仕方ない事だと思う。実力差を考えないで襲いかかった末路だ。けれど、彼らの家族は? 子供たちは?
無辜のゴブリン達が、あそこまで大規模な魔法に晒され、命を守る術も無く死んでいった。これについて君は、どう思う?」
独壇場、とも言うべき程長いセリフを、俺が何か差し挟む余地も無くスラスラと述べる魔王。
そうか、攻めてきたあのゴブリンの村とかが、森の中にあったのか。そりゃ考えれば、ゴブリンも家族があってこそ増えるんだろう。
そのゴブリンの村とやらは、アリアのあの魔法で、すっかり森ごと消滅してしまったが……
「森を焼いた魔法については、パーティーリーダーとして、俺が責任を負います」
「ん? その言い方からすると、実際の魔法行使者は、君ではない?」
「はい。俺の仲間であり妻でもある、アリア・ノガゥアが放った、一発の魔法です」
俺が言うと、初めて魔王は表情を変えた。眉をひそめ、いぶかしがる様な表情をする。
「ちょっと待ってくれ。あれだけの森を焼失させたのが、たった一発の魔法だと言うのかい?」
「はい。事実、俺のアリアがその……土産物のエルレ茶をゴブリンに台無しにされて、怒りに我を忘れて放った一撃でした」
「エルレ茶の代償が、東部大森林の大規模焼失と、そこに生きる者たち全ての死、か……英雄とその仲間たちは、相変わらず苛烈な性格なんだね」
魔王の視線が、俺の事を非難する様な、どことなく蔑む様な視線に感じられる。
ん? 今、「相変わらず」って言ったよな。森林消滅とそこに住む生き物の死の責任は俺にあるとしても、相変わらずとは?
「魔王様、失礼ながらその、『相変わらず』というのは?」
「君たち人間の時間軸からすれば、相当昔の話にはなるのだろうけれど……僕は君と同じく女神ペルナの加護を受けた英雄、イスヴァガルナに命を奪われた事がある。
イスヴァガルナは、ローリスから最短距離で魔族領へ侵入した。立ちはだかる生物は、全てその光魔法で死滅させられた。その範囲と言い規模と言い、大虐殺と言い切って過言でない。
それとあまり変わらないことを、やはり英雄という生き物はするものだなと、少々の懐古と共に思い出してね。ただそれだけの事だよ」
魔王はふと目を閉じ、過去の風景でも思い出したのか、首を少しだけ傾けた。
すぐにその姿勢も元に戻り、ふわりと腕組みをし直して、再び俺の事を緩い視線で眺めている。
俺は、どうしたら良い? この雰囲気で陛下の親書を出しても、あまりに身勝手だと非難されるオチしか見えない。
少なくとも、この魔王は、今すぐ俺達に敵対したいとは考えていない様に見える。ただそう見せているだけかも知れないが。
もし魔王に敵意が無いのであれば、今この『印象の悪さ』を何とかすれば、少しは打開できる方向へと導けるかも知れない。
今は、俺の仲間達の上空で、サシで話している。魔王の独特の語り口のせいもあって、少し負担が大きい。
それに、ともかく相手は魔族の王でもある。上空に留めて話をするよりは、地上に降りて出来るだけ丁寧に遇するべきだろう。
「あの、魔王様。もし宜しければ、なんですが……俺の仲間達がいる地上に降りられませんか? 些少でしかありませんが、お茶くらいは出せますし」
「噂のエルレ茶かい?」
「あ、う、その……」
アリアの、あの時のセリフが頭にリフレインすると共に、魔王の心情を思えば配下をお茶の為だけに大虐殺されて……
「いや、済まない、そこまで真面目に受け止められるとは思っていなかった。君が随分と真っ直ぐな瞳をしているから、少し意地悪を言ってみたくなっただけさ。済まなかった。
ただ君は、僕のことを警戒はしないのかい? 魔王が突然来て、領地を焼き尽くされた事に憂慮を述べている。地上に降りるや一転、魔法行使されるとか、心配しないの?」
魔王の口ぶりは、まるで他人事だ。
ただ、他人事の口ぶり故に、なんだか『そういうことをする当事者の言葉』とは思えなくなってくる。
「……しません。俺は、あくまで俺の直感でしかないですが、魔王様はそういう騙し討ちの様な事はされない方だと……そう信じています」
「随分と買いかぶられてしまった感じがするね。でもまぁ、その様に評してくれたのであれば、僕もそのように振る舞おう。下へ案内してくれるかい? シューッヘ」
「はい、先に下に合図を出し、馬車含め保護してる結界を取り払いますので、少しお待ちください」
俺は遙か下の方に小さく見えているアリアを見据え、心に強く念じた。
これから魔王と共に下に降りる、結界も外す。魔王に敵意は無いが、魔族の王様だから相応の接遇をして欲しい。
1回そう念じて、動きが無かったのでもう1回念じたら、アリアがパッと動いて馬車の中に駆け込んでいくのが見えた。
こういう時、読心術を持ってる妻というのは、戦場に近いところでも役に立ってくれる。
妻としてだけでなく、パーティーメンバーとしても、ありがたい。魔王の呼び寄せに成功した功績者でも、あるのかな。結果的に。
俺はそのままフォーカスをずらし、馬車の上を守っている結界の消失を念じた。元から透明な結界だから違いは分からないが、これで結界は消えているはずだ。
上空にいると、辛うじて誰が誰か、分かる程度にしか見えない。それだけこの場所の高度は高い。
アリアに続いてフェリクシアも馬車の中に入った。ヒューさんは、俺達が降り立てる場所を整えている様に見える。
「では、降ります。勝手ながら魔王様、まだフライの魔法に慣れが無いので、ゆっくりしか降りられません。後に続いて頂けますか?」
「今の時代に、古代魔法のフライが使える人間がいるだけでも……あぁ、君の場合は、英雄か。単に人間だと、そう考えるのは間違いかも知れないね。良いよ、君の後を追うように降下する」
「ありがとうございます」
俺は一度大きく息を吸い、グッと胸でその息を止めた。
フライの魔法に慣れが無いのは本当だが、速度を留める方法にこそ、慣れが無い。豪速で飛ぶなら魔力ぶっ放せば良いだけだし。
ゆっくり降りる事の方がむしろよっぽど大変なんだが、下では下の準備があるだろうし。何事も急速に動くと、人にも馬にも動揺を招くといけない。
「それにしても、随分ゆっくり降りるね。まるで鳥の羽根をこう、高い所から落とした様な、ふわふわとした速度だ」
「申し訳ないです。うっかりすると、地面に穴が空く速度で突っ込んでしまうもので」
「それは危険だね。フライの魔法は少しコツがあって……」
そこから魔王様直々の『フライの魔法講座』が始まったのだが、辛うじて相づちは打つが聞いてる余裕は全く無い。
とにかくストンと落ちて良いなら楽なんだ。敢えてゆーっくり降りる。これがなかなか、低速の維持と調整が、とても難しい。
俺は俺で、ドラゴンブーツに付与されてる『飛翔』の力で、高い所から落ちても靴で踏み止めさえすれば、落下ダメージはゼロだ。
多分魔王も、高い所から落ちて怪我する様な弱い個体じゃないだろう。その意味では魔法切って落ちてもいいメンツではある。
心配なのは、馬車の屋根を突き破るとか、馬に激突するとか、守りの弱そうなフライスさんに突っ込んじゃうとか。ヒューさんなら何とか止めそう。勝手な想像だけど。
「……魔王様、ご高説の途中ですがすいません。そろそろ常識的な高さになってきたので、ここからはストンと降ります」
「あぁ、そうだね。この高さから落下して怪我する様な英雄では、人間世界も心許ないだろう。ただ、準備は必要だろう? 君が先に降りて、10数えてから僕も降りよう」
思いの外こちらの事情を考えてくれる紳士な魔王に、俺は思わず目を見開いてしまった。
自分でその表情に気付いて、いかんいかん、と思い直し、目を伏せ黙礼をしてから、ストンと降りる。
と言っても……普通の人が落ちたら足どころか腰と背中の骨が砕けそうな高さではある。地球のビルだと、5階建てくらいの高さか?
その高さからでも、自由落下する時に耳を撫でる高速の風は、いつもながら怖いと感じる。が、着地に恐怖は無い。ドラゴンブーツ様様である。
「『飛翔』!」
別に詠唱みたいに言葉にする必要もないのかも知れないが、気持ちのお守り代わりにいつも言ってるこの言葉。
落下スピードがグンと遅くなり、ふわりと着地する。減速Gがほとんど無いのは、付与魔法『飛翔』が物理を無視する魔法たる由縁だろう。
「シューッヘ様、ご無事でいらっしゃいましたか! 相手が魔王であると、アリアより聞きました。いかがされますか!」
「その魔王様が、あと何秒かでここに来ます。危険は無いと仮定して、王族として歓待する形で、交渉に入りたいです」
「かしこまりました。こちらはお任せ下さい、どうぞ馬車の中へ」
その場に膝を折ったヒューさんは、チラリと上空を見てから俺の目を見て頷いた。
俺も頷き返して、馬車の中へと飛び込む。
「シューッヘっ! 魔王との、直接対話になるのよね?! 席はこれで良い?!」
フェリクシアがソファーベッドを動かしている。既に一番先頭の所に、こちら向きに座れる様に、俺のソファーベッドがある。
「魔王様の席はそれで良い。あとの3つは、こう、扇状に」
「オウギって?」
「ああごめん、えっと、1つは向かい合う様に、残りの2つは左右に、少し中心に向けて振って置いて欲しい」
「人の配席はどうなさるか。真正面はご主人様で確定としても」
「俺とアリアは、二人で正面の席に。奥の席にフェリクシア。お茶とかの給仕も、そっちの方がしやすいだろうし」
そこまで指示を出したところで、ふっと場の空気感が変わった。
何かこう、空気の粘度が高い様な。何かの密度が酷く高い状態の様な。
その変化に気付いたのは俺だけではないらしく、外で馬が一斉にいななき、馬車が少しだけ揺れた。




