第43話 後方からの何かと、退路確保。
「て、敵襲ですか、フライスさん」
「恐らく。数体の馬の接近では、精霊たちはここまで怯えません」
てっきり地響きとかから判断してるのかと思ったら、ここも精霊関連らしい。相変わらず凄いスペックだ。
「シューッヘ様、早速来ましたな。どうされますか」
「俺としては……ここは逃げの一手かと思います」
俺がそう言うと、ヒューさんは目を見開き、意外なものでも見る様に俺の顔に寄った。
「されどシューッヘ様、先ほどまでの地理からして、エルクレアからの出兵に間違いございません。討伐なさらないのですか?」
「あくまで向こうの立場に立った時、先ほどのアリアの魔法を理由に、俺達の身を案じて来てやったのに、と言われる可能性があります。
助っ人を誤って討伐したとなれば、以降エルクレアとは完全に敵対せざるを得ない。それは今のところ、避けたいんです」
俺がそう言うとヒューさんも納得してくれた様で、一つ頷いてその顎に手をやった。
「ではシューッヘ様のお心のままに。ただ、どのようにここから逃れますか。これ以上魔族領奥地へ逃げ込むのは、一掃危険です」
「さっきアリアが、魔法で森を広範囲に吹き飛ばしていたので、基本はそれで行くつもりです。出来るだけ直線路を、絶対結界とアリアの魔法で強制的に切り開き、退路を作ります」
「なるほど。ただそうなると、荒れ地を馬に走らせることになり、強靱馬と言えど速度は殆ど出ません。敵からの追撃があった場合、いかがされます」
「これはもう力業で、俺の結界で全て防御しつつ進もうと思います。あ、そう言えばこういう時に良い魔法が1つ思い当たります」
ふと頭に浮かんだ、とある古代魔法。基礎数6とそこそこ重いのだが、罠専用、という記述に少々心躍ったのを覚えている。
「そうなれば、事は急いだ方が良いかも知れません。シューッヘ様、ここはこの老僕に、現場の指揮を任せて頂けますか?」
ヒューさんの目は真剣そのものだ。俺はその射貫くような目に仰け反りそうになりながら、目線を合わせて大きく頷いた。
「ありがとうございます。ではアリア、先ほどの魔法の構築に入りなさい。シューッヘ様は結界を。わたしが光で示す範囲にアリアの魔法が集中するよう、内向き方向への反射型の結界にて、調整をお願いします」
「私は何をすれば良いか、ヒュー殿」
「フェリクシア殿は、後方からの速度の速い魔法攻撃を警戒し、随時結界の展開をお願いしたい。万一とは思うが、3.5クーレアを直線で飛ぶルナレーイの矢を、エルクレアが所持している可能性もある。その点も」
「承知した。後方の守りは安心して任せてくれ」
パッとフェリクシアが貨物車より更に向こうまで移動した。アリアは数歩前へ出ると、森に身体と手を向けた。
「アリア、本気で撃ち込んで。細かい調整とアリアの手や身体の保護は、全部俺がするから」
「うんっ、ありがとシューッヘ!」
アリアの後ろに立ち、アリアの肩に優しく手を乗せる。
声こそ元気だが、緊張しているのだろう、肩は僅かに震えていた。
そこへ、ヒューさんが魔法を行使する。初めて聞く魔法、ライトゾーニング、と聞こえた。
その魔法が、スッキリ晴れて非常に明るい朝にも関わらず、それより更に明るい光でアリアの正面の一区画を照らす。
「あそこへ撃てば良いのね、行くわ。[フレア・ボール][プレス]!」
「[可視光透過結界 アリアの手のひら前面5センチに、アリアの背丈分展開]」
アリアのこの魔法は、構築開始から発射まで、結構時間が掛かる。
更に、魔法が発射されてから着弾にもまた、時間が掛かる。
前回アリアは、特に結界を張ることもなく魔法を重ね、発動まで至った。アリアの手を保護する結界は、ひょっとすると必要ないのかも知れない。
だが前見た限りでは、術者も火傷しそうな程の熱量を帯びる魔法なので、アリアの連続詠唱の開始に合わせて、俺も早口でもって結界を生成する。
多段階を経ないと発動できない遅さは、一般的な戦闘では弱点にしかならない。
が、今回の場合は寧ろ、その魔法の効果を最大限に出来るよう干渉が出来るので、利点とすら言える。
「[完全反射型絶対結界2枚 反射向きを内向きに反転 距離・森の手前10メートルから直線50キロメートル、高さ10メートル]」
ヒューさんの魔法で光っている木々を挟み込む様に、鏡の様に輝く絶対結界が伸びる。
光の操作については、俺は女神様のお陰で何らの代償を払わずどれだけでも行使可能だ。
魔法で作る結界だったら、50キロメートルなんて途方もない距離の壁を立てた時点で、どんな魔導師でもさすがに倒れるだろう。
「[フレア・ボール][プレス]! [ダブルプレス]!!」
アリアの魔法が、最後の1プロセスを残すのみになった。
開放空間に撃ち放しただけでも、見通し距離の全ての木々が消え去る程の、極めて強大なエネルギーを持った『火球』。
それを俺は、内側に反射させる絶対結界で、全エネルギーを結界内に留める。
「[完全反射型絶対結界 反射向きを内向きに反転 既にある結界の『天井』を作る様に50キロメートル先まで延伸、隙間無く融合]」
俺が作っているのは、全てのエネルギーを内向きに跳ね返す『筒』の様な物だ。
その全長こそ異常に長い50キロではあるが、考えているのは鉄砲か火縄銃の様な感じ。
結界が、銃の銃身に当たる。前方だけ開けていて、後方も左右も上下も、全てエネルギーを内向きに跳ね返す。
つまり、結界による閉鎖空間で炸裂したエネルギーは、開放されている前方に全て集中し、咆哮をあげる。
「行くわシューッヘ! [ダブルプレス・フレア・ボール]!!」
「[完全反射型絶対結界 アリアの魔法に追従し定距離を維持し移動、既存結界に触れ次第、その結界と隙間無く融合]」
アリアの魔法の『火球』が動き出したのを確認してから、その後ろ側に絶対結界を出す。
動くターゲットを追従させる結界は初めてだったが、心配を余所に問題無く出来た。
鏡状の結界壁がアリアの魔法を俺の視界から隠して、次第に森の方へと寄っていく。
森の手前に伸びた結界と同じ位置まで行くと、結界の移動は止まり、大きな鏡の壁となった。
頭でのイメージだと、上と左右、それから火球入口の4面が鏡張りの、四角いトンネルの様な物が出来るつもりだったが、幅も高さもあり過ぎて、目の前の結界で視界はゼロだ。
そうして、ほんのふた呼吸くらいした時。
地面が突き上げる様に激しく波立った。
「おわっと!!」
「きゃっ、地震?!」
同時に、ズズーン……と低く響く地響きと、目で見てすら分かる地面のうねり。
そのあまりの突き上げに、俺は足払いを受けたように足が浮き、そのまま腰から地面に落ちた。痛ぇ。
幸いアリアはその場にぺたんこ座りをしてるので、痛い事は無かったように見える。
左右と天井だけ作って地面は木々ごと魔法を喰らって欲しくて結界無しだったが……
想像以上に破壊力が凄まじかったようで、剥き出しの地面を激しく揺らしたようだ。
「さて、と。結果はどうなったかな……[全結界 解除]」
俺が言葉にすると、眩しいほど朝日を反射していた鏡の結界はパッと消滅した。
ヒューさんが区切った範囲の森は、黒焦げ地面の、遙か長い直進路が出来ていた。木の根・切り株すら見当たらない。
「フライスさん! これで強靱馬を走らせられますか?!」
「行けると思います。皆さん急いで馬車に乗り込んで下さい!」
俺はフライスさんの言葉に従い、馬車に乗り込んだ。但し、窓を一枚開けて、上半身を乗り出して。
そうして見ると、フェリクシアは馬車の後ろについてきてはいるが、敵がいる方向を今も注視したままで、馬車に乗り込まない。
「フェリクシア! 馬車に乗り込んで!」
「馬車が無事森の中に入り、追撃の心配が無くなってからだ! 馬車の旋回時に横腹に一撃喰らえば、この場から動けなくなる!」
なるほど、言われればそうか。
俺はフェリクシアの真剣な瞳に頷きを返して、次の一手を考えていた。
古代魔法に、面白い魔法がある。
いや喰らった方は全然面白くない、相当な妨害魔法なんだが。
その名を、『時空停止』。
古代魔法の特徴で呼び名は掲載された書籍ごとに違うのだが、一般的には、時空停止と呼ばれている魔法。
個別の対象に仕掛ける魔法ではなく、フィールドに設置するタイプの罠魔法だ。
時空停止魔法で生成される壁を知らずそのまま通過した者は、一切の動きが無くなる。心臓も止まる、脳の活動も止まるそうだ。
だがそれは死を意味せず、単にその通過者が、自然乗っている時空の流れから切り離されるだけ、と書物にはあった。
元の時空の流れに戻れるのは、本によって記載は異なるが、概ね3時間から12時間ほど後の事らしい。追撃の妨害には十分だ。
この魔法は、退路などに壁状に設置するのが王道らしい。まさに今回のシチュエーション。
フェリクシアが馬車まで戻ったら、切り開かれた森の入口に展開する。
しかし、敵はどこまで迫って来ているのか。既に馬車の半分が森に入った今、それを確認する術は無い。
ただここまで、魔法も矢も共に飛んできていない。本当に敵意が無い可能性もある。
だからと言って油断は禁物だ。エルクレアでは完全に騙されているのだから、エルクレア側の悪意は間違いない。
そうこうしているうちに、馬車の全体が森に入った。フェリクシアも駆けてきて、開いた扉に飛び込みその扉をガラガラっと閉じた。
「戻った。目視できる範囲に敵影は無く、遠方からの攻撃も無かった。敵の規模は分からないが、偵察兵かも知れないな」
「安全圏まで出たら、フライスさんに詳細を聞いてみようか。さて、フェリクシアも戻ったし。念のための妨害魔法、仕掛けますか」
結界を工夫して直線路に切り開いた関係で、木々が消滅し、でこぼこ・黒焦げ地面の退路部分と、森が残存した部分とは、線で分けた様にくっきり分かれている。
その、明確な『森の退路の入口』の全幅プラス左右それぞれ50メートル程度を狙い、目視して確認しながら、意識を集中させる。
「古代魔法[時空停止]」
古代魔法はいつもながらシンプルで、魔力さえ足りれば、意識するだけで幅も自由になる。高さも自由だ。今回は先ほどの結界の高さと同じ10メートルとした。
魔法が発動されると、そこに何とも不気味なエネルギー体の壁が出来た。不透明で、グルグルとエネルギー模様が回転している様は、如何にも『触れたら何かありそう』な怪しい壁だ。
通路を塞ぐ1枚の横広な壁は、上手いこと森の開口部を塞いだ。開口部の横に回り込んでも、そこから左右50メートル幅は罠の範囲内だ。
「ご主人様、あの壁は何だ? 結界魔法にしては、魔力が静止していないのも不可思議だが」
「あれは、古代魔法の『時空停止』って魔法だよ。罠として設置するのが主な使い方で、あの壁をうっかり通ってしまうと、その相手は時空から切り離されて、完全に静止する」
「完全に静止? 動きを止める、と言う事か。スタンの魔法の亜型なのか?」
「いや、今の魔法で言えば時空魔法の仲間になる。心臓も呼吸も何もかも止まるけど、そもそもその相手の時間そのものが止まるから、魔法の効果が切れて時間が動き出せば、何の後遺症も無く元に戻る」
俺は魔法の性質を考えながら、出来るだけ分かりやすくなるようにと説明した。
だが、フェリクシアのまぶたは半分閉じられたまま、少しだけだが、その首を傾げている。
やはり古代魔法は今普通に使われる魔法と比べて変わった代物が多い。説明すら難しい。
まぁ、効果さえ問題無ければ、今回はそれで良しとすることにした。




