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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第42話 分かれ道に立つ俺達と、その結論と。

 へたり込んだ俺に、アリアがサッと身体を支える様に手を伸ばした。


「ごめんアリア。やっぱり俺、サリアクシュナさんの言った言葉がどうしても忘れられないみたいだ」


 空を見上げる様に、きっとそこにおられる女神様を仰ぐ様に……それとも、ただ脱力しきっただけなのかも知れない。

 アリアに身体を全面的に支えてもらった俺の視点は、空に向いていた。


「シューッヘ様。ナグルザムに騙されてもなお、魔族との融和を模索されますか」

「ヒューさんからすれば、きっと信じられないですよね……俺自身も、なんでここまで頑ななのか、わかんないんです、でも」


 サリアクシュナさんは、人に惚れて、魔族の側から人の側へと移った。

 あの白い大聖堂で、真っ白な顔をして倒れたオーフェン王をその腕に抱え、目に涙を浮かべながら何度も陛下と、私の陛下と呼んでいた。


「俺の中で、サキュバスのサリアクシュナさんと人であるオーフェン王が、あんなにも仲睦まじくなれるならって。ヒューさんからしたら、馬鹿馬鹿しい話かも知れないですけど……」


 冷静に考えれば、アレは稀な例外なのかも知れない。

 だけれど、その例外をもし1例でも2例でも増やすことが出来るなら。

 ひょっとすると、俺の全人生何十年を賭けたとしても、そんな数例の例外しか作れないかも知れないけれど。


 俺はあの二人に、魔族と人間との新しい有り様を間違いなく見出した。

 魔族と人間は、融和が可能だ。無論簡単な道のりなはずがない。


 今回俺は、陛下の親書を持って英雄が出張れば、相手は警戒して本性を現すと、そう単純に思っていた節がある。

 結果はコレだ。その英雄なぞ、軽く相手の智略であしらわれてしまった。

 だが、まだ決定的破綻では、無いと俺は思う。少なくとも英雄である俺もその仲間も、誰一人危害を加えられてすらいない。


「シューッヘ様……」

「ヒューさん。こんな未熟な俺の事、今まで支えてくれて、本当にありがとうございました。

 俺はこれから先は、ヒューさんの考えとは真反対の方向に進みます。ヒューさんは無理せず、ヒューさんの道を」


 俺が半ば諦めの気持ちを持ちながら、ヒューさんにこの時点での離脱を勧める事にした。

 ナグルザムの事、エルクレアの事では、ヒューさんの元々の警戒意識こそ、妥当な対応であったのだ。


 俺はそれを、全く見抜けなかった。

 ヒューさんを保守的に過ぎると思ったが、単に俺が楽天的に過ぎただけだった。


「シューッヘ様。わたしはシューッヘ様が必ずや、新しい人間と魔族の関係を築き上げる事と、信じております」

「うん……俺の事はもう良いから……ヒューさんは、ヒューさんの信じる道を。陛下と共に歩んでもらえれば」


 俺がそこまで言った時だった。ヒューさんはへたり込んでる俺の前に、突然立ちはだかる様な位置に立った。

 俺は思った。きっと、ヒューさんからすれば、青二才の俺がやらかした事に、「それ見た事か」とか、思ってるのかなぁ、と。


 ヒューさんの次の言葉で、俺の浅薄な予想は、外れに外れていた事が分かった。


「再度申しますが、シューッヘ様は必ずや、世界をお変えになるものとわたしは信じております。

 その新しい世界で、魔族に対して要らぬ偏見を持ち続ける事は、軽く言えば『流行に乗り遅れること』にございます」


 俺はその言葉の真意がつかめなかった。流行……?

 確かに、もしも俺が魔族との融和を達成出来たら、魔族憎しの感覚は、古くさい・時代錯誤な感覚となっていくだろう。


「わたしはシューッヘ様と共に、世界がその姿を変えるまさにその瞬間を、是非この目で拝見したく存じます。

 これは私の意志であり願望です。一度二度上手く行かなかったからと、諦めるシューッヘ様で無い事を、わたしは知っているつもりです」


「でもヒューさん。ヒューさんの考え方と俺の目指す世界は、明らかに真逆ですよ?」


 やりとりしつつも、ヒューさんの言いたい事の『核』がつかめないでいた。

 そこへヒューさんは更に続ける。


「それで結構でございます。わたしとて、変わる事が一切出来ない程には、まだ老いてはおらぬつもりです。

 無論、幾らかの衝突はあるとは思います。シューッヘ様がその衝突を迷惑と感じられるのであれば、私も退かざるを得ません。

 ですがもしシューッヘ様のお側に、幾らか古びた考え方の者がいても良いと思われるなら、わたしはシューッヘ様に是非同道したいと、心より思っております。

 シューッヘ様のご意志は、如何に」


「俺の意志、ですか……俺は、今回の失敗で、楽天的過ぎて浮き上がる俺を、地面に留める『重し役』が必要なことを痛感しました。

 だから保守的な部分をしっかり持っているヒューさんがその役を担ってくれれば……とは思います。

 ただ一方で、それを俺がヒューさんに言うのは、半ばヒューさんに命令している様なものです。

 ヒューさんの思想信条をねじ曲げてまでそうしていいのか……そんな葛藤はあります」


 ヒューさんは、静かに目を伏せ、ゆっくり一つ頷いた。


「シューッヘ様は、いつもお優しく、わたしの様な者にも常にお心配りをして下さる。それ自体は、とてもありがたく思います。

 されど、パーティーリーダーであれ外交の団長であれ、長であれば部下に命令を出し、指示に従わせるのは当然のこと。

 故にシューッヘ様がわたしに何らかをお命じになることに、ご遠慮をなさる必要は一切ありません」


 静かな口調で語るヒューさんに、迷いは一切無い様に感じられた。

 ヒューさんの、自身の人生すら俺の為に方向性を変えてくれるという言葉に、俺自身がいたたまれない思いを抱いた。


「はぁ……俺は、こんなにも仲間に恵まれて、女神様からもお助け頂いて……

 それなのに、こんな弱気じゃ、女神様にもみんなにも、申し訳ないです」


「シューッヘ様、ご自身を低く見積もる癖は、さすがにそろそろお辞めください。

 シューッヘ様は少なくとも、陛下の親書を携え魔族の手に落ちたエルクレアで現状を検分されました。これ自体、前代未聞です。

 更にエルクレア国・現首脳部から卑怯な騙し討ちにあっても、仲間の誰一人傷つかない結論を、我々に与えてくださいました。

 それだけのご功績を、シューッヘ様以外の誰が為し得ましょう。繰り返しになりますが、まずはご自身に対して、正当な評価をなさって下さい」


 そう言ったヒューさんが、相変わらずアリアに身体を支えられてる俺の前に、女神様にするかの様に片膝を付いて、深く頭を下げた。


「ひ、ヒューさん?」

「わたしにとってシューッヘ様は、残る生涯全てを掛けてお仕えする主人にございます。また半面で、出来の悪い孫を見ている様な微笑ましさも抱いております。

 わたしに血のつながった子や孫はおりませんが、孫の言う事であれば何でも聞いてしまう爺は世に多くおります。わたしも、その一人の様です」


 その姿勢のまま顔をこちらに向けるヒューさん。

 優しく微笑むその顔は、言葉通り幼い孫を微笑ましく見る老翁のそれだった。


「シューッヘ様がどれだけワガママであろうと、それこそ人にあらざる様な不道徳な事をされようと。このヒューはいつも、シューッヘ様の味方にございます」


 そこまで言って、ヒューさんはニコリと歯を見せる笑顔を俺に向けた。

 俺はヒューさんの気持ちとその笑顔と、俺を思いやってくれている深い度量と優しい気持ちに、涙を止める事が出来なかった。


「あたしもだからね」


 俺の頭の後ろから、少し涙ぐんだ様なアリアの声が届く。


「シューッヘはいつも、なんでも、自分一人で背負い込もうってしちゃう。責任感が強いって言えば良いけど、あたしもシューッヘのしてる苦労、一緒に分かち合いたいよ」

「アリア……」

「そう言っても、あたしはヒューさんよりうんとシューッヘに迷惑掛けると思うよ? でも、あたしの事もここで追い返したりはしないよね?」

「それは、もちろん……その、アリアがそれで良いんなら」

「そこが余分なのっ。シューッヘはあたしのご主人様なんだから、俺に着いてこいっ、それだけで良いのよ。どんな所でも、それこそあの世でも……どこまでも着いてくから」


 アリアが後ろからハグする様に抱きしめてくれる。

 その温かさを肌で感じ、改めてアリアの言葉が頭の中に何度も反芻される。

 アリアにまでそんな事を言われて、俺の涙は更に止まらない。


「ヒュー殿の言う通り、ご主人様はご自身を低く見積り過ぎる。

 考えてみてくれご主人様。ローリスでもっとも老獪で国家権力にも深く通じるヒュー殿。ウロボロスの瞳という伝説の魔導具で最大火力と化した奥様。そこに、少々引けを取るがアルファの私もいる。

 これだけの『力』を、これまでも容易く束ねておられたのだ。ご主人様ご自身の、女神様由来の力もさる事ながら、ご主人様の人としての魅力にも、そろそろご自身が自覚的になられると良い」


 フェリクシアは俺とアリア、ヒューさんから少し離れた所から、腕組みしてそう言った。

 表情からは、困ったもんだ、とでも言いたげな、不満は無いが言いたい事はある、と顔に書いてある様な印象すら受けた。


「……ありがとう、みんな」


 俺は、嗚咽の合間にそう言葉を出すのが精一杯だった。

 少しそうして、めそめそしていた俺だったが、そうしていられる時間は長くなかった。


「ヒュー閣下! 後方より相当規模の馬が迫っているようにございます!」


 その言葉にハッとし言葉の主を見ると、地面に両手をつき目を閉じ、真剣な面持ちのフライスさんがいた。

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