第26話 初めての図書館散策 どこの図書館も嫌な司書さんに当たると気分が悪くなる件
フラワリー・ティーは美味しかった。渋さがほとんど無く、紅茶本来の香りが鼻を駆け抜けていく。
地球で言うアールグレイの様な着香茶とは違うらしい。なのにこの香り。日本で飲んだことのない超美味。
何でも、オーフェンの商会からこの国に入ってくる、最高級の紅茶なのだそうだ。
ただヒューさんによると、今の季節は去年の茶葉だから美味いと言ってもまだまだ、と。
本来の収穫後の季節であれば、もっと感動的なお茶が出ますぞ、と熱く語ってくれた。
そんな、平和な紅茶談義に、不快そうな視線を送ってくる、ワントガルド宰相閣下。
別に文句を言ってくる訳でもなく、ただ手元のケーキをちまちまとつついているんだが……顔が全然笑っていない。
不機嫌な顔、という訳ではないが、無表情。感情の無い視線。国の重鎮らしいと言えば、らしい。
俺も王様に言われたもんなぁ、分かりやすいのは良いかもだけど政治となると大変だぞって。
うーん、俺が貴族かぁ……そもそも貴族っての自体が、体感的に理解出来ない。日本は当然、世界中でもほとんどもう無かったし。
国王、はまだ世界にはいたし、報道にも出てきてた。日本も王様とは違うが制度があった。ただ、貴族制度は無い。だからこそ、分からない。
英国なんかは貴族制度があったはずだが、日本にいても普通に過ごしていては、英国の貴族制度の情報など入らないし。
「シューッヘ様、難しい顔をなさって、いかがされましたか」
「いや全然脈絡の無い話なんですけど」
と前置きして、俺は貴族の事がまるで分からない、という事をヒューさんに訴えた。
「左様でございますか。ただ、貴族制度、または貴族という生き物を、一言でご理解頂くのは、かなり難しいですな」
「先だってのアリアさんの件でも、貴族の権力? が凄いのは分かったんですけど、何故そこまで? とも思いました」
「確かに、貴族制度が無い世界から来られたシューッヘ様にすれば、貴族が単に貴族であるだけで、権力を持つのは不可解かも知れませんな」
ヒューさんがカップに残った紅茶をくいっと飲み干した。
「もしシューッヘ様のお気が向けばですが、図書館に参りませんか? 貴族制度の是非にまで踏み込む過激な本すら、蔵書してあったはずです」
「図書館、あるんですね。この王宮の中ですか?」
「いえ、民衆も貴族も王族も、学問の前には皆平等、という建前がありましてな。貴族街の外れに存在しておりますが、王宮からは接続廊下がございます」
「街の外れにまで廊下が伸びてるんですか? 随分遠そうですね」
「これも王宮の特権なのでしょうが、王宮廊下からが一番近いのです。準備が出来ましたなら」
ヒューさんがそう言うので、俺はカップを空にして立ち上がった。
***
王宮、の外れにあった、白亜の廊下。突然廊下が現れる変な構造。
仕切る扉すらなく、いきなりの廊下だ。その手前までは赤の絨毯なのに。
正直これ言葉で考えるとよく分からない構造だが、例えば「アトラクション入口はここから」とか、そんな感じだ。ちょっといきなり過ぎな感じ。
廊下は、両側が窓で、床も壁も白い石材そのままなので、反射光がかなりまぶしい。目が痛くなるほどだ。
緩い下り坂になっていて、このまま進むと貴族街の端の方に達するのは概ね想像が付いた。
と、かなり向こうの方に警備兵さんらしき、槍を持った男性兵士が2名。
この国の兵士さんは、結構ゆるい。槍を担いでいる様でいて、槍先は廊下の壁に預けている。
その兵士さんが守っているのは、檻のついた扉。白亜の壁を切り抜いて檻をはめたみたいな形だ。
見間違いか分からないが、同じのが更に向こうにもあるように見える。
「今日もここは随分と平和なようだな」
大分近付いてからヒューさんが兵士さんに向けて言った。言葉にちょっとトゲがあるような言い方だった。
「ひ、ヒュー閣下! 図書館にご用ですか」
「この廊下をあちらから歩いてきて、他に用事がある場所などあるまい」
「そ、そうですね。失礼致しました……」
「この廊下は、王宮防衛の急所になり得るのだ。平和であることにあぐらを搔くな」
「はい! 失礼致しました!」
左右の兵士さんが、ヒューさんに向かって敬礼をする。槍も今はまっすぐに立てている。
「ヒュー閣下、畏れながらそちらの方は? お付きの方ですか?」
「馬鹿もん。警備兵長から聞いておらんのか? 英雄のシューッヘ様である」
「え、英雄……この方が……」
兵士さんの表情から余裕が消える。おかしいな、ヒューさんの方が英雄より偉いはずなんだが。
「まぁともかく扉を開けてくれ。どの位滞在するかは、シューッヘ様のお気持ち次第だ」
「はっ! 只今お開け致します!」
と、鍵束をじゃらじゃらさせながら、兵士さんの一人が檻を開けた。
ヒューさんの後を付いて入ってみると、更に向こうにやはり檻がある。
もしここで後ろの檻を綴じられたら、逃げようが無い。白亜の石壁には剣も負けそうだし。
「第2警戒柵閉門、第1警戒柵直ちに開け!」
先ほどの兵士さんの一人が大きな声で言った。と、すぐに後ろの檻が閉じられる。
閉じられるとほぼ同時に、目の前の檻が開く。そちらにも、兵士さんが2名いる。
「うむ、ご苦労」
ヒューさんはただそれだけを言い、敬礼する兵士さんの横をすり抜けていく。
その後ろを付いていく俺は、やはりちょっと緊張してしまう。偉い人は凄いなぁ……
檻の扉を抜けたそこは、ちょっと薄暗い通路になっていた。さっきまでの白亜の明るい通路では無い。
通路はまだずっと続いているようだが、少し行った左側に開いている場所があり、どうやら建物の中に入れるようだ。
「ヒューさん、この廊下、向こうの方にも下っていってますけど」
「これこそ『建前の具現化』にございますな。あちらには平民街からの入口がございます」
へー……一本の廊下で繫がってるんだ、図書館の入口って。確かに「みんな平等」って感じがしなくもない。
「では中へ参りましょう。図書館内は静粛が基本ですので、お話は小声にて」
「はい」
地球の図書館と、その辺のルールは共通な様だ。貸し出しもあるのかな?
図書館スペースに入ってみると、そこは地球のそれと似たような感じだった。
棚があって、番号が少し大きく記されていて、本を読んでいる人が、置き付けのイスとかソファーとかに座っている。
「シューッヘ様。この番号でもって、本の種別が分かれてございます」
ヒューさんがいつもより小声で、ささやくように話しかけてきた。
俺もその大きさに声を絞って答える。
「このシステム、地球と多分同じようなのだと思います。1冊1冊にも区分がされている、とかですよね」
「左様にございます。通し番号も振ってあり、その辺りに幾つかある魔導検索装置で探す事が出来ます」
「やっぱり合理的に作ると、何処の世界でも同じようになるんですかね……」
と、何処かからウォッホンと咳払いが聞こえてきた。司書さんだろうか、事務机の所にいる人がしたようだ。
「しゃべっちゃダメみたいですね」
「今日の担当司書は、細かい事にうるさくて有名な者にございます。奥へ参りましょう」
と俺とヒューさんは、その司書さんの目が届かなさそうな奥の方の書架まで足を進めた。
「シューッヘ様、この辺りがちょうど、貴族制度などに関する書籍にございます」
「あれ……思ったより少ないですね、図書館の本自体はもの凄い量あるのに」
そうなのだ。奥まで進むのに、大体20程度は書架を通り越している。
通路の左右に書架があったのだが、それはあくまで「ここの」通路の話。
入口から見た限り、放射状に広がる書架があり、8本くらい書架の間の通路がある。
ついでに言うと、何処から上がるのか分からないが2階書架もある。あれは閉架なのかもだが。
そんな大図書館なのに、貴族関連の書籍は、棚1つ分しかない。それでもあると言えばある方かもなんだが……
「うーん」
ジャケ借り、と行こうと思ったのだが、どれもこれもタイトルからして難しすぎる。
・貴族制度の維持発展に対する民衆統治の考え方
・正当な統治者としての貴族 属領地を統治する際に肝要なる事
・貴族子弟の心得
・貴族社会に於ける爵位別の一般常識を知る ~より上を目指す貴方へ~
・貴族制度と民主制併合の可能性 より民主的な国家のために
と、見る感じこんなのばっかりだ。
俺としては「初めての貴族入門」とか「貴族になったら最初に読む本」とか、そういう地球風ライト解説書が良かったんだが。
「迷っておいでですね。どのようなタイプの本を読んでみられたいですか?」
「幾つか……貴族としてのふるまい、貴族社会の常識、あと……貴族が持つ刑罰権について」
「それでは……この辺りが良いかも知れません」
とヒューさんは棚からサッサッと本を引っ張り出す。まるで既に狙いを付けていたかのようなスピードだ。
ヒューさんが取り出してくれた本は、以下の3冊。
・もしあなたが貴族になったら ~貴族として失敗しないためには~
・貴族としてふるまう ~男爵から侯爵まで、各々(おのおの)の弁え方~
・貴族と平民-3- 貴族が有する刑罰権とその正当性について
んー……俺の目に入った本よりは、幾分タイトルも優しい。最初の以外はほんと、「幾分」でしかないが。
俺はヒューさんからその本を受け取った。『もしあなたが~』は比較的薄くて軽いんだが、他の2冊が重い。
まぁタイトルから言って、重くて当然の本ではあるよな。刑罰の本なんて1冊完結の本ですら無いみたいだし。
「どうされます? ここでお読みになる事も、借りていってお部屋で読む事も出来ますが」
「借りていけるのであれば、借りていきたいです。ちょっと俺には、ここの図書館の静寂は重いです」
地球の学生の頃、図書館なんて真面目なところにはほとんど出入りしなかった。本だってあまり読まなかった。
果たしてそんな俺が、女神様の自動翻訳があるからと言って本が支障なく読めるとも思えないが……必要なんだから仕方ない。
「借りて行くには、登録とか必要ですか?」
「そうですな。ただシューッヘ様はまだこの国での正式な戸籍がありませんので、わたしの名で借りておきます」
「因みに、借りていられる期間はどの位ですか?」
「平民は2週間、貴族やそれに準ずる者は4週間、王族と公爵様は無制限です」
おお、そこには区別があるんだ。でも平民でも2週間貸してくれるってのなら、仕組みとして充実してる。
王様は当然として……公爵様って、確か王様の親類とかだよな。やっぱり同じ貴族でも信用度が違うなぁ。
「では、戻りましょう。お時間の方も、もう少しで夕餉にございます」
「あっ、もうそんな時間なんですね。じゃ部屋に本を置いたら、一緒に食べに行きませんか?」
「それはありがたい御言葉。ただ本日は、国王陛下にお伝えしなければならない事がございますので、もし時間が合えば」
そうして俺たちは図書館を後にした。
俺は借りた本を持って部屋に戻ったが、ヒューさんは王様に例の件を報告するとの事で、別行動になった。
食堂は、俺の部屋のちょうど上のフロアになる。それこそ香りくらい漂いそうなのにそれが無いのが不思議だ。
ヒューさんも「時間が合えば」と言っていたので、ちょっと遅めに夕食にするか。
俺は借りてきた本を読んでみる事にした。
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