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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第36話 エルレ茶Lover

 出発の朝。前日の打ち合わせ通りに、俺達は日が昇る少し前の薄暗い時間に、馬停め所に集まった。

 エルクレアはそれ程長い滞在では無かったが、それでもいざ去るとなると、わずかに寂しさを覚える。


 ナグルザム卿や衛兵の人々、そして魔族流回復魔法を教えてくれた「先生」とか……やはり思い出すのは『人』だな。

 エルレ茶も美味しかったし『魔族殺し』も印象深いが、去り際に思い出されるのはこの地の人の顔・姿であり、生き様だ。


「ご主人様、荷物の固定も済んだぞ。いつでも出発可能だ」

「分かった。アリアもヒューさんも、忘れ物とかやり残しは無い? 多分ここに戻って来ないから」

「うん。エルレ茶も樽で買えたし、食べ物も美味しかったし。良い国だったわね」

「アリアの言うとおりですな。やはり食文化が優れている土地は、良い思い出となります」


 思い思いに口にするのが食べ物飲み物関連の話ばっかりだ。アリアたちにとってはナグルザム卿とかの印象は薄いのか?

 まぁ、ともかく思い残しさえ無ければ良い。次に向かう都市レオンは、完全に魔族オンリーの地。美味しい食文化があるとは限らない。


「じゃあ、出発しよう。フライスさーん、いつでも行けます、お願いしまーす」

「はいかしこまりました! 只今扉をお閉めします」


 御者台を降りたフライスさんが駆けて来て、扉をガラガラと閉じ、また戻っていく。踏み台も小脇に抱えていた。


 掛け声と共に、馬の鞭なんだろう、ヒュンと風を切る音、パシンと何かを叩く音がして、静かに景色が動き出す。

『馬車が動き出す』と思えない程に揺れも何も全くないのは、ナグルザム卿もびっくりしてた風の精霊のお陰なんだろう。


 馬停め所から幅の広い道に出て、そのまま真っ直ぐ。視界に城塞の壁が入る頃一度止まったが、すぐにまた動き出した。


 エルクレア国の門を抜け、馬車は進む。

 窓から顔を出して後ろを覗くと、エルクレアが段々遠くになっていく。


「シューッヘ様! 速度を徐々に上げて参りますので、安全の為に窓はお閉めください!」


 御者台に通じる小窓から、フライスさんの声が飛んでくる。そっか、いよいよ本格的にエルクレアとはさよならだ。

 温かかった魔族の人々。美味しかった食べ物。超セレブ感に浸れるエルレ茶。

 また会う日まで、バイバイ。



 ***



「えっ?」


 エルクレアを発って1時間ほどした頃、ふとアリアが虚空を眺めて呟いた。エルレ茶飲みたいなぁ、と。

 アリアの手の中にはよく冷えたハーブ水があるのだが、どうもそれを飲んで余計にそう感じたようだ。


「馬車を止めますか、シューッヘ様」

「ううーん、馬車も良いスピード出てるしなぁ。止めると再加速にも時間掛かるだろうし……」


 俺が言葉の端々に難色を示すと、アリアはしゅんとして、黙って頷き手の中のグラスのハーブ水を口にした。

 その様子は、如何にも一生懸命自分の欲求を我慢しているのがありありと出ていて、何だかこちらが悪い事をした気分になってくる。


「エルレ茶かぁ……小分けの缶入りのも買っとけば良かったな」


 エルレ茶の販売店では、色々なグレードを試飲もしたのだが、買ったのは結局『樽』サイズで用意できる中で最高級のものを、樽1つ分だ。

 その樽は、この客車の後ろに連結されている食料庫的な貨物車に入っており、馬車を止めないと取りにはいけない。


 さてどうしたものか、次の休憩まで予定1時間。それを告げれば少しは、などと思っていた時だった。


「て、敵襲ー!!」


 フライスさんの声が馬車の中に響き、同時に凄まじい減速Gが掛かって床に叩き付けられ転がる。

 這いつくばったまま周りを見ると、フェリクシアは耐えた様だがそれ以外全員床に伏せている。しかも全員スリッパ。いきなりマズい。


「ふ、フライスさんっ、敵の方向と数、それから武装は?!」

「敵は左の森から多数! 既に矢が多数飛来、精霊の力で避けていますが、限界があります!」


 俺はヒューさんに、次いでフェリクシアに視線を向けた。

 各々頷き、パッと立ち上がり動いた。フェリクシアが扉を手早く開放し、ヒューさんと共にスリッパのまま飛び降りた。


 俺がすべきは、全体の防衛だ。立ち上がり、急ぎブーツに履き替えた。

 まずとにかくフライスさんと馬を守らないといけない。もちろんこの馬車も。


 窓辺に駆け寄り、外を見る。精霊の力で馬車にも弓は来ないと信じ、窓を全開に開いて首を出し、音のする方を見た。


「あれは……」


 小さい、土色の人の様な生き物が、手に様々な装備を持って、街道と並走する森からどんどん駆けて出てくる。

 森の中から放たれていた矢は大きな山なりの軌道を描いて、空を埋める勢いで大量に飛来中。

 地上では、既にフェリクシアが馬の横辺りまで前進し火の波を放って敵を牽制しているが、1体2体の小人が火の波を喰らって、魔法に隙間が出来た所から、後続が続々と流れ込んでくる。

 森からの矢は遠目で見る限り通常の矢のようで、大きな山なり軌道、着弾まで少しの余地がある。が、あれだけの数が着弾すれば、馬もパニックになるし精霊魔法の限界も怖い。


「巻き込みが怖いな、ある程度広く取るか……[可視光透過結界 範囲100メートル]!」


 宣言した時点で、俺は大失策をやらかした事を目で見てしまう。

 100メートルの範囲の内側に、既に50は優に越え、100でもおかしくない数の土色小人が入り込んでいた。


「しまった、フェリクシア! 結界の範囲を広く取り過ぎた! 敵の増援は入れないから、中の殲滅を頼む!」

「分かった!」


 と、御者台の方でガガガっと激しく何かが連続で当たる音が響いた。


「フライスさん?!」

「シューッヘ様! 馬の鎮静含め、こちらはお任せ下さい!」


 今の音は、結界の中に入り降り注いだ矢を、ヒューさんの結界で弾いてくれたのだろう。

 馬の鎮静。馬がパニック起こすと、強靱馬の馬力だけに非常に怖い。鎮静してくれるのであれば、馬のパニックを心配する必要は無くなる。


 俺も戦いに加わるべく、馬車の出口に駆け寄ったその瞬間、


「ご主人様は中に! 武器にいちいち毒が付与してあるっ、慣れない近接戦は危険だ!」


 力強い声に、飛び出しかけた足が止まる。

 毒か、確かに俺の接近戦の技量では、敵も盾も剣も星屑の短剣で切り裂けはするが、相手の武器がかすって毒で死ぬ。


 となれば、俺は俺で遠隔攻撃に徹しよう。


「女神様、御加護を……」


 一瞬目を閉じ唱えた後、腕と指とを、真っ直ぐ構える。

 異界の地でいざ戦いとなると、祈らずにいられない気持ちだった。敵は、数はともかく大したことは無さそうだが、その数がやたら多い。結界内は敵の怒号でやかましい。

 ここで放射線ボムでは、敵だけでなく味方全員死んでしまうので、新技のレーザーを固定砲台となってひたすら打ちまくることにする。


 指鉄砲に構えた指先に、魔力を集中させると共にそれを細くこよっていく。

 俺の魔法、女神様に散々『遅い』と言われてるからな。俺も暇な間に少し工夫は考えてみたんだ。いきなり実戦とは思ってなかったが。


 こよって十分に細くなった魔導線を、意識して弱い内向きの結界で包み、固定する。

 銃には銃身が付き物。これの場合、単に左右に動いても魔力が散らない様にする為なんだが。


「よし……[レーザー・連続射撃]!」


 指を土色小人の頭に向け、魔力を前に飛ばす。レーザーが発光すると、(こびと)は硬直してその場に倒れ込んだ。

 その様子を確認して、射線が確保出来る土色小人の頭に、次々指先を向け、レーザーを放っていく。

 100メートル範囲なので遠すぎて外す事が何度もあったが、大して魔力的負担もないので微調整しつつ連射して沈める。


 と、馬車から少し距離を取って火の波を連発しつつ更に前進していたフェリクシアが、俺が始末した馬車の側方側にチラッと目を遣った。その視線はすぐにこちらに向く。

 フェリクシアと視線が合って、俺は鉄砲のポーズを顔の横に構えて、歯を見せて微笑んだ。それを見てくれたフェリクシアは、思い切り、首をブンブンと横に振った。


 えっ?


 と思ったら、フェリクシアが俺の左の方を指差して何か叫んだ。距離と、土色小人の怒号で、言葉は聞き取れない。

 俺は馬車の扉から身体を乗り出して、馬車の後方側を見て、ギャッと思った。貨物車の扉が開いている様で、土色小人が次々入り込んでいる真っ只中だった。


「しまっ!!」


 打ち漏らした?! いや、後方側からも敵は来てたのか?!


 ともかく俺は馬車を飛び出して、まだ貨物車に入り切れていない土色小人の頭を次々撃っていく。

 貨物車の中に向けてレーザーを撃つと、恐らく貨物車自体を貫通してしまう。客車の出口、貨物車出入口の前方真横から、敵が出てくるところ待って撃つ。


 麻袋を持って出てきた頭を撃ち抜く。次いで出てきた木箱持ちの頭も撃ち抜く。

 その勢いで、デカい樽を頭の上に抱えて飛び出してきた奴も撃つ。が、樽が軽いからかハイジャンプで飛ぶので初弾が外れ、更に動きが早く2発目も外してしまう。

 頭を狙うのを諦めて、もう少し的が大きい胴体に照準を合わせ撃つ。さすがに今度は当たり、動きが鈍くなる。即座に頭をロックオンし、射貫いた。

 熱性の穴を頭に開けられた盗人な土色小人は、ビクッと大きく痙攣した。その動きで樽が随分と遠く高く、ぽーんと放られ、そのまま地面に叩き付けられた。上下の蓋が外れて中身がざぁっと出てしまう。


「あぁ、エルレ茶が」

「えっ? エルレ茶がどうしたの!」


 いつの間にか馬車の扉口まで来ていたアリアが言う。俺はアリアに目を向けた。

 アリアは一方で、俺がさっきまで見ていた場所に目を向けていた。


 アリアの表情が、緊張したそれから一転、何も感じていない様な能面に、化けた。


「アリア! まだ危険だ、中に入ってて!」


 俺が大声で言うも、アリアは能面のまま、目も開いたまま静かに首を横に振った。

 さっきから目がずっと開かれててまばたきもしてなくて、見るだになんか怖い。


 アリアの表情に言い知れぬ怖さを感じていると、アリアはその視線をエルレ茶の樽に向けたまま、馬車からストンと降りた。


「アリア、危ないからっ」


 アリアが表情の無いまま進もうとするので、その手を掴んで止めた。いや、止めようとした。

 が、掴めたなと思った瞬間に振り払われた。何この凄い力。あ、アリア……?


「あたしの……あたしのエルレ茶……」


 辛うじてその言葉までは聞き取れた。

 まるで亡霊の様に呟きながら、エルレ茶の樽に向けて歩いて行く。

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