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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第35話 フライスさんの株、上がる。

 ナグルザム卿の手を取り、ステップを昇ってもらう。

 やはり魔族にとって思い入れの強い品物を取り扱うのだから、一時的な据え付け箇所とは言え、見てもらった方が良い。


「今ここにある荷物をどけて、丁度この奥行きの真ん中に置きます」


 手で指し示しながら、ナグルザム卿に説明をする。ナグルザム卿は静かに小さく頷いている。


「こちらの、御者のフライスさんが操る馬車は揺れと無縁なので、るつぼの、ヒモなどでの固定は、今のところ考えていません」

「フライス殿と仰るか。強靱馬を4頭立てで操る、並外れた『御者』が来たと、報告が上がっています。馬用の魔力ポーションなど、もし必要があれば、提供出来ます」

「そ、それはありがたいお申し出ですが……」


 ん? 言葉を止めたフライスさんが、俺の事をチラッと見る。

 俺が沈黙していると、フライスさんの目が必死に何かを訴えてきた。

 ……そんなに目力を籠められても、馬用の魔力ポーションという物がどれだけ必要なのか、俺が知る訳も無い。


 俺はそう思いながら、その気持ちも乗せて、ヒューさんにしっかり目線を飛ばした。

 ヒューさんは俺の視線に、小さな頷きを返し、ひとつ咳払いをした。ナグルザム卿がそちらを向く。


「ナグルザム卿のご厚意は、ありがたいものです。幸い今回は、マギ・エリクサーを馬車に積載しておるので、ポーションは不要です」

「ぶっ」


 む? あのナグルザム卿が、ハッキリ吹き出したぞ?


「な、あ、あなた方は、ま、マギ・エリクサーを、馬、に?」


 明らかな動揺を見せるナグルザム卿に、ヒューさんは少し誇らしげに胸を張った。


「マギ・エリクサーはローリス秘伝の霊薬ですからな。体力も魔力も消費が激しい強靱馬には、魔力ポーションでは心許ないのです」

「とは言っても、あのマギ・エリクサーを、馬に使うとは……まぁそれだけの用意をしてこそ初めて、魔王直領地に行けるだけの支度、と言ったところですが……」


 半ば呆れた様な顔をして口が半分開いているナグルザム卿だったが、ふとした咳払いで、元に戻る。

 さすが老熟の統治者だ。一時は動揺してもすぐに切り替えが効くあたり、俺も見習いたいものだ。


「それで……こちらの中央に置くのですな? うむ、床板はしっかりしていそうだ。これならばそこまで大きくない敷板で問題無いでしょう。フライス殿、いかがです」

「えーっと、私はまだ物を見ていないので何とも言えませんが、そのるつぼというのは、重いんで?」

「ええ、とても。魔族の力自慢4人でなんとか運べる重さです。もうしばらくすると、ここに着くものと」

「アレ? ナグルザム卿、あのるつぼ、床に固定されてたのでは無かったでしたか?」

「いえノガゥア卿、固定はされておらず、自重だけで。固定されていて動かなかったのではなく、重すぎて誰も動かせなかっただけでした」


 ……大丈夫かな床。

 魔族の力持ちさん4人でなんとか、って、それ相当規格外に重い部類に入ると思うけど……


「フライスさん、ちょっとちょっと」


 離れた所に呼ぶ訳でも無いので話は筒抜けにはなるが、それでもコッソリ言いたい。


「重さ、並じゃ無いですよ。少し予想も混じるんですけど、この位の大きさの、高さの、金属塊を想定してもらった方が、重さ的には合ってると思います」


 俺の言葉にフライスさんの目の様子が変わった。

 最初は驚きの目、それから計算をしている様な、そして最後は、『プロ』の目になった。

 そしてその、険しさの中にも全てを理解している余裕を含んだ目で、フライスさんが静かに答えた。


「シューッヘ様。どれだけ重くても、敷板さえあれば、確実に大丈夫です」

「……何か秘策があるっぽいですね。期待して大丈夫です?」

「はい。金塊より重い物でも、なんとでもなります。馬車も荷物も安全に運べます」


 俺は再びフライスさんの『目』を見直す。軽々なハッタリのような自信ではなく、本気でそう言っている。

 俺にはその方法も想像は付かないが、『プロ』が言う言葉なのだから、ただただ信じるのが正しいだろう。


「あーただシューッヘ様、ステップはあくまで人の体重基準の強度なので、直接床に持ち上げてもらうしかないです」

「了解です。ナグルザム卿」

「心得ました。敷板を先に上げ、そこに乗せる様に持ち上げさせましょう」


 それからしばらく……大体15分くらいだろうか? 魔族の力持ち、と呼ばれていた人たちがやってきた。

 ガタイのデカい、リザードマンの様な魔族さんたちが、4名。筋肉のパンプアップ具合が半端ではない。余程重いと、それだけで分かる。


 それでも、ナグルザム卿がテキパキと指示を与えていく。馬車の入口ギリギリまで、るつぼが移動する。

 後ろからついてきていた、敷板を肩に担いだ岩の様な骨格と表情をしている魔族さんは、ナグルザム卿からの指示を受けて板をカットし始めた。

 刃物を使わず魔法だけで、板は一回り小さく切り出された。切れ味と言い作業の早さと言い、相変わらず風魔法の刃は、怖い。


 板、それからるつぼ。

 馬車の中にそれが乗る。ギシッと音がして、馬車が傾くのが分かる。と、フライスさんが馬車の真ん中で目を閉じ手を合わせ、何か唱えだした。

 詠唱魔法的な? と感じたがその通りだったようで、不意に風が、馬車の中に吹き込んできた。だが、それだけの様に思えた。


 結局何の魔法だったんだろう、と思ってると、フライスさんの方から告知がされる。


「風の精霊に、敷板と床の間に入ってもらう様に整えました。随分軽く動かせますから、気をつけてください」


 風の精霊……床とのクッション代わり? それ、動物愛護的に大丈夫なの?

 そんな俺の、この世界的には的外れな心配をよそに、先ほどの力持ちリザードマンの1人が荷物に触れる。

 すると、恐らく大して力も入れていなかったのだろう。が、るつぼはスーッとひとりでに床面を滑る様に敷板ごと進んでいった。あっ! とフライスさんの叫び声が響く。

 一番焦ったのはその力持ちさんだろう、バッとるつぼの上を飛び越えて滑っていくるつぼの先に降り立ち、滑り進んでいくるつぼを、ガシッと受け止めた。力持ちからフーッと大きな溜息がこぼれた。


「風の精霊魔法。今でもその使い手がいるのですか」


 荷物が滑っていく様子をギョッとした目で見ていたナグルザム卿は、目を見開いてフライスさんを見る。

 当のフライスさんは、荷物が反対側の壁に激突する前に止められた事に安堵してだろう、深く息を吐いている。


 とそこに、馬車の外からヒューさんが声を掛けた。


「ナグルザム卿。フライスは、エルフを祖先に持ちます。当人が言うには、4代以上前で、誰がどうと細かい事は判然としないそうですが」

「4代前? 祖先のエルフは、ハイエルフか何かだったのですか? 馬術にせよ荷物の補助の使役にせよ、ここまで細かく指図が出来るのは……」

「どうでしょうな。稀にある『先祖返り』という現象やも知れません。いずれにしても、フライスは風の精霊たちと、非常に懇意なのは間違いありません」


 ヒューさんとナグルザム卿が淡々と言葉を交わしている様は、それこそ国の大臣同士で話し合ってる様な『重鎮感』がハンパない。

 単に老齢で、という訳で無く、その静かな迫力にせよ、都度どこか含みのある発言の仕方にせよ、俺自身が小物に思えてくる。

 魔族を嫌悪していた時はどうなるかヒヤヒヤしたが、今では魔族らしい姿をした相手を見ても、表情が歪むことも無い。


「しかし、荷物がこれ程床を滑ってしまうと、それはそれで安定しないのではありませんか?」


 るつぼが馬車の、入口から見た奥行き中央に据えられたタイミングで、ナグルザム卿が言う。

 この言葉に、フライスさんが一言、ご心配なく、と言ったと思うと、またフライスさんはごにょごにょ手を合わせて呟く。


 詠唱魔法、と捉えたが、実は精霊と会話してるのかも知れない。

 フライスさんが呟いていると、るつぼを乗せた板がわずかに下がった様に見えた。ほんのわずかに、だ。


「これで良し。板の下に薄く、板を囲む様に分厚く、精霊たちが支えています。もう動きません」

「ここまで細やかな精霊使役、見聞きしたことが無い。試しに押してみても良いですか?」

「はい、どうぞ」


 ナグルザム卿がゆっくり近づき、るつぼの横腹に手を当て、押した。

 体勢からして随分体重を掛けて押しているが、微動だにしない。動くどころか、揺れもしなかった。


「もっと大きな力が掛かると、精霊たちがクッションとなって少し板が動いて、力を分散させます。より安全にお荷物を輸送出来ます」


 フライスさんが追加の説明を加えた。

 ナグルザム卿はフライスさんの方をチラッと見て、るつぼから手を離した。


「なるほど魔王様に直接お目通りをなど、大層なことを言うと正直思っておりましたが、相応のパーティーで準備をしておったのですな」


 僅かに笑みを浮かべたナグルザム卿は、俺の顔をまじまじ見つつ、ゆっくりと馬車から降りていった。

 ……相応のパーティー、と言われても、フライスさんの力の底を、俺は知らない。どころか、単に馬操縦の達人くらいにしか思っていなかった。


「では私たちはこれで。いつ頃エルクレアを発たれますか」


 俺も馬車を降りたタイミングで、ナグルザム卿はこの場から去る旨を告げてきた。

 いつ発つか。レオンが微妙に強硬な態度を取ってきた以上、寧ろ間を開けずに訪問しないと、余計頑なになられても困る。


「レオンの対応が気に掛かるので、なるたけ早くと思っています。早ければ、明朝。日が昇る頃」

「左様ですか。本来国使様をお見送りするに大々的にすべきところですが……」


 ナグルザム卿が、何とも言いづらそうな表情と共に、言葉を濁した。

 まぁ、エルクレアにはエルクレアの事情があるのだろう。魔王直領に行く『人間』を喜んで送り出すのがNGとか、幾つもNGパターンはありうる。


「ナグルザム卿、どうかお気になさらず。晩餐会まで開いて頂いて、それ以上わがままを言うつもりはありません」

「こちらの事情をご理解頂けたものと、勝手に思っております。ではここからの道中、我らが魔神エルドラドン様の御加護がございますように」


 ナグルザム卿が深々と頭を下げた。俺も釣られて頭を下げる。

 しばしの沈黙の後、ナグルザム卿はスッと身体を起こし、そのままくるりと来た方を向いて歩いて行った。

 あれ。そう言えば、今日はあの魔法使いっぽい感じの杖をついてないな……今更ながらに気付いたが。



 さて。早ければ、明朝、か。

 ちょっと勢いで言っちゃった感じはあるけれど、変に見送りの儀式とか無いのは、気楽で良い。


 ナグルザム卿を乗せた馬車と、早足で馬車の両サイドを歩いて行く力持ちリザードマンたちと、岩の人。

 それらをまとめて視界の端まで見送ったところで、俺はフーッと息を吐いた。肩の荷も下りる感覚だった。

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