第34話 輸送準備 ~フライスさんは馬と仲良し~
あれからしばし、ヒューさんがエルクレア側から受け取った地図を見て検討。
概ね4~5時間程度でレオンには到着するだろう、という話と、地図上幾つかの砦や村落なども見受けられた。
『うそっぱち戦争中』のガルマの砦も、街道を塞ぐ形で存在するので、通る事になる。
ナグルザム卿の事だから、多分エルクレア国内扱いのガルマの砦で揉める事は無いよう手配はしてくれると思う。
結局はレオンに足を踏み入れてみないと、どの程度「歓迎されていない」のかは分からない。
貢ぎ物の酒やら、水と食料の補給やら、準備が整ったら早めに行った方が良いだろう。
と、扉がノックされる。
スッと音も無く立ち上がり、音も無く滑る様にドアに近付く、影の人。フェリクシア。
「どちら様であるか」
「女将にございます。エルクレア王宮より、近衛兵団の方がお見えになっております」
女将さんもハッキリとした口調で言ったので、内容は部屋の中にも届いた。
フェリクシアが視線で俺に、どう対処するか、と問うている。
俺は規模が気になったので、小さな声で、何人くらいか聞いて、と伝える。
エルクレア王宮の、しかも近衛兵が、わざわざ足を運んできた。
となると、るつぼが来たか、来るか、今持ってきてるかは分からないが、るつぼ関連なのは間違いなかろう。
「女将、近衛兵団の人数規模はどの程度か」
「3名です」
扉越しのやり取りだが、フェリクシアも通る声をしているし、女将さんも高めの声がよく通る。
フェリクシアが、判断を仰ぐ視線を投げてくる。今の段階で近衛が出てくるのは、寧ろ渡りに船でありがたい限りだ。
俺は大きく頷いて、それから立ち上がる。忘れ物は無いかと、座ってた場所も確認しつつ。
「女将。我が主が、直接ご対応される。1階の椅子とテーブルを使うかも知れないが、良いか?」
「は、はいっ。ご自由にお使い頂ければ」
俺は、すぐアリアとヒューさんに目配せをした。皆ひとつ頷いて、立ち上がった。準備万端だ。
*
階段を降り、見回す。建物内には入ってきていない。
入口の横の窓から、儀礼用の銀甲冑がチラ見えしたので、扉の外で待機している模様。
俺はメンバー全員の準備完了を、頷きをそれぞれに交えて再び確認し、問題無いのを確認した上で、宿の扉を開いた。
外には、銀甲冑・フルフェイスの銀兜の鎧達が、左側に2名、右側に1名、店の前の道を塞がない形でそこにいた。
扉を開けた俺に気付いた、一番手前の甲冑が、ゆっくりした足取りで近付いて、フェイスプレートを上げて顔を出した。
「ローリス国使の皆様。晩餐会に引き続きとなり恐縮ですが、登城して頂く様にと、ナグルザム・ド・ヴィナード卿より、仰せつかっております」
登城要請か。近衛兵達は3名だけで来た様だが、少し離れた所に馬車がある。
俺たちに用意された馬車か、離れ方が微妙で判断がつかない。
「分かりました、直ちに登城します。何かこちらとして準備しておくべき事柄はありますか?」
「ナグルザム卿からは、身一つでお越し頂いて構わない、と伺っております」
「では、このまま向かいましょう」
「ありがとうございます。馬車もご用意いたしましたので、ご案内いたします」
うむ、俺たち宛の馬車で間違いなかった様だ。甲冑の後を付いて歩いて行く。
宿屋の前庭になっている所を越えて石畳の道に出て、そこから坂道を少々登って、馬車に辿り着く。
……この坂道こそ、馬車欲しかったな。ちょっと汗ばんだ。
馬車に乗り込み、一路王宮へと向かった。
*
馬車を降りると、門からナグルザム卿がゆっくりした足取りでこちらに来られた。
俺はふと頭を下げそうになるが、会釈はあまりメジャーではないことを思い出し、こちらからも歩んでナグルザム卿の元に向かい、手を差し出す。
ナグルザム卿が俺の手をグッと握る。顔は、落ち着いた表情だが笑みが伺える。握手をどちらからとなく解くと、ナグルザム卿が言った。
「ノガゥア卿始め皆様。日も置かずまたお越し頂き、かたじけない」
「いえ、ナグルザム卿には大変良くして頂いておりますので、呼ばれればいつでも、喜んで馳せ参じます」
少し言い方固いかな、と思いつつも、あの書簡から始まり、晩餐会エルレ茶を融通してくれた件も含め、本当に良くしてもらっている。呼び出しくらい全く何てことはない。
「そう言って頂けるのは幸いです。早速本題に移っても?」
「はい、もちろん」
相変わらずこの人は実務的と言うか、グダグダ無駄な時間を使わない。
宝物室でのやり取りも、緊迫していた当時は精一杯だったが、今振り返ると、ナグルザム卿の問題解決への前向きな姿勢が感じ取れる。
「ノガゥア卿らのパーティーに運んで頂く小金貨のるつぼですが、相当重い。ここまで重くしてある理由も不明ですが、それも魔王様の元に差し出せば理由は明らかになりましょう。
重さも然りですが物が物ですので、ノガゥア卿が乗られる馬車まで城勤めの力持ち数名に持たせ、その後ノガゥア卿の馬車に合わせた設置をその場で工作しようか、と考えておりますが、いかがでしょう」
馬車については、俺は乗ってるだけでその構造とかもまるで分かっていない。
これはこの場のメンバーではヒューさんだな、と思い、振り返ってヒューさんに視線を投げる。
頷いたヒューさんが一歩前へ進み出て、ナグルザム卿の方に向き、応える。
「この度シューッヘ様がご使用の馬車は、大型の客室車と、そこに客室車の半分程度の荷台車を、後部に連結させております」
「荷台の中身を伺っても?」
「荷台車の中は、食料と水、あとは道中買い求めた土産や、あとはシューッヘ様がお買いになったエルレ茶の大樽など、雑多な物です。出し入れも頻繁で鍵も単純な物なので、大切な物品の積載は避けたいところです」
「左様ですか……荷台車の後ろに、更に荷車を連結出来る仕組みにはなっていますか?」
「連結器具さえあれば連結は可能ですが、強靱馬4頭立てを手慣れた御者が操作する馬車ですので、速度が相当出ます。大切な、かけがえのない品物を最後部連結で、というのは少々心許なく感じます。シューッヘ様」
と、話が突然こっちに来る。
「シューッヘ様のお許しがあれば、最も安定する客車内に積載するのが最良と考えます。いかがでしょうか、シューッヘ様」
客車内、つまりソファーベッドのある、いつもの居場所に、か。
単なるるつぼ、単なる金属塊、と考えれば、何てことは無い。
ただその金属塊は、魔族将兵の命そのもの。祟りとか、無いなら良いんだけど……
「ノガゥア卿、こちらとしては無理は申しません。将の命に関連する物である以上、人間が言う霊魂であるとか、その呪い・障りであるとか、我々とは異なる人間世界の考え方もあるでしょう。
割れる壊れるがまず無さそうな丈夫さは、あのるつぼ自体に見て取れます。ですので、後部に連結して運んで頂いても構わないです」
「その……ナグルザム卿、あのるつぼを人間が取り扱ったり、近くにずっといて、健康を損ねる危険性はありますか? ちょうど、闇魔法のような」
俺の問いかけに、一瞬目を大きく開いたナグルザム卿だったが、至極平静な様子で、
「るつぼ自体には、何らの力もありません。中の金にも、です。るつぼは単に、るつぼです」
「それだったら、客室の中にご安置しようと思います。あれ、でもアレかな、床が抜けるとかあるかな、重さで」
ちょっと重さに引っかかった俺に、ヒューさんが素早くフォローを入れてくれる。
「シューッヘ様、面積のある木か金属の板を敷き、その上に乗せれば、床板への重さは分散できます」
「ありがとう、ヒューさん。それではお手数ですが、一度馬車を実地に見てもらって、置き据えたい場所もそこで決めるので、適宜その敷板を用意してもらっても良いですか?」
「問題は全くございません。厚みのある木の一枚板、または金属板。いずれも時間掛からずご準備出来ましょう」
ナグルザム卿が言うのであれば、敷板については問題なさそうだ。
と、方向性が決まったので早速俺たちは、街中から少し外れた、馬車を停めてある場所へと向かった。
しばらく馬車に揺られて、いざ着いてみると、フライスさんが馬のブラッシングをしていた。鼻息交じりなのか、身体が揺れている。ゴキゲンな感じでニコニコしているのが、少し離れてもよく分かる。
馬たちの停泊地みたいな所の手前で、俺たちは馬車から降りた。
「フラーイスっ、馬車の客室を開けてくれ!」
すぐにヒューさんが大きな声でフライスさんを呼んだ。
ブラッシングしていたところに突然の大声で、フライスさんは驚いた様にひょっと肩をすくめた。
フライスさん、チラッと俺たちの方を向いて、すぐにパッと駆け出した。
右手には大きなブラシを持ったまま、左手には、馬車に装着するステップを抱えていた。
馬車の客室にステップを取り付け、ととっと昇って腰から取り出した鍵を扱うフライスさん。
ガラガラっと客室のドアが開かれた頃には、ナグルザム卿ご一行の馬車も、馬停め所? に着き、近衛兵さんと共に、こちらへとゆっくり歩いてきていた。
俺も扉の開いた馬車へと向かってサクサク進む。
「フライスさん、お疲れ様です。馬たちの状態はどうです? 場合によっては突然出発かもです」
「これはシューッヘ様。いつでも行けるだけの状態に仕上がっております。今日は、あちらの方々のご用事ですか?」
そう言えばフライスさんには事情をまるで話していなかった。
手短に、ナグルザム卿のこと、新たな重要荷物のことなどを伝える。
「るつぼ。で、大きさはこの程度、ですか。重量物ですと、後ろは壁に寄せるとしても、左右の真ん中に置きたいところです」
「左右の真ん中、ですか。んーと、来る時のままだと……携帯用の書棚を置いてた所、ですかね」
頭の中に客室を描いてみる。進行方向後ろ側の壁付けには、個々人の荷物をまとめて置いていた。
中でも大きかったのは、俺とフェリクシアの書棚だ。ただ大きいと言ってもるつぼより小さいし、2竿、って感じに分けられる。
「そうですね。書棚をちょっとどけても良ければ、馬車のバランスを取るのにありがたいです」
「了解です。先方とはその方向で話し合いますね」
「お願いします」
置く場所も決まったので、俺はナグルザム卿を馬車の中に案内した。




