第33話 レオンの通告 ~魔族領はどこも簡単にいく気配がない件~
俺は翌朝、エルクレアの市場をアリアと共に巡っていた。朝ご飯も外で。心に残るお土産探しがメイン。
両手に一杯の荷物を抱えて宿に戻ると、ヒューさんが自分の部屋から荷物を運び出しているところに出くわした。
「あれヒューさん。もう出発しないといけないような、何か事故とかトラブルとか、ありました?」
俺が問うと、いえいえ、とにこやかな声で答えつつ、重そうな木箱を両手で持ったままで、
「いつご出発のご指示を頂いても良いように、既に必要なさそうな物を、馬車へ戻しております」
と答え、横を失礼、と言いながらこちらに来る。その箱はそこそこデカかったので、布の袋で荷物持ってる俺たちが壁際に寄って避けた。
「もう出発なのかしら。あれ? 書簡もう届いたってこと?」
「きっとそうなんだろうね。つくづくこの都市で俺、良いところ取れない役回りだ」
もう嫉妬や妬みなど、ネガティブな意識をヒューさんに抱く事は無い。
とは言え、ナグルザム卿の書簡を直接受け取る事もまた逃した、となると、もうつくづくエルクレアと相性が悪いのか、としか思えなくなってくる。
「まぁヒューさんでもフェリクシアでも、書簡が届いた時に誰か居てくれて、受け取ってくれたなら、それはそれで良いんだけどね……」
「あれ? シューッヘの心の中、またちょっと、メラメラ火がついちゃう?」
ひょいと俺の前から覗き込むアリアだが、
「火はさすがにもうつかないよ。安心して。書簡は、ヒューさんが受け取ってくれたなら、それで構わない」
「本当? ……みたい、ね。ちょっと安心した、あたし。パーティーの中で揉めるって、初めてだったから」
「俺も初めてだよ。と言うか、このパーティーが俺にとって唯一無二のパーティーだからね。もっと大切にしないと」
言いながら、滞在中の部屋のドアを押し開く。っと、ちょっと開いたところからは勝手に開く。
「ああ、ありがとうフェリクシア。これ、また馬車の中で食べる用にと思って。ハチミツとジャム買ってきたんだ」
「ご主人様、言ってくれればそのような雑貨、すぐ私の方で」
「いやまぁ、エルクレア観光も兼ねてだから、良いんだ。アリアにも色々買えたし。あ、これはフェリクシアに」
両手の袋をフェリクシアに渡し、俺はシャツの胸ポケットから、小さな白い布袋を取り出し、その中身を出して見せる。
「はいこれ。少し動きがある髪飾り。フェリクシアにはこんなのが似合うかなって思って」
「髪飾り。それは何か、魔法を防ぐ効果があるだとか、ご主人様をお守りする機能を足し算出来るものなのか?」
「へっ? いや、全然。普通に髪飾りだけど……嫌だった? あ、それか、メイドの仕事の邪魔になるかな……」
可愛いと思って、小さな金属製の花と短冊な髪飾りを買ったんだが、可愛いだけではダメか……?
「いや、ただ私が着飾っても、何か楽しい事は、何も起こりはせぬと思うが……」
フェリクシアが見るからに困った表情をする。
この表情、以前見たことがある。靴を新調する事にした時に私靴を買うのをとても躊躇してた時と、同じ顔だ。
「良いの。俺がフェリクシアに似合うと思って、フェリクシアに着けてほしいなーって思ってるだけだから。ダメ?」
「も、もちろんダメなどではない。似合う、のか……自信は無い、ぞ?」
俺の手からおずおずと髪飾りを受け取って、少し眺めた後、スッと前髪の辺りから差し込んで、留めた。
「ど、どうだろう。私に花など、も、もったいないと言うか……」
「似合ってるよ! 是非ちょっと動いてみてよ」
フェリクシアは相変わらず戸惑った様な表情を浮かべつつ、その場でスタスタと一周してみせた。
髪飾りの小さな短冊が、シャラシャラと小気味良い高音を奏でる。
「音が……」
「うんっ。フェリクシアはよく動くタイプだから、動きがプラスになるデザインが良いかなって思って!」
さぁ、フェリクシアの反応は?! ……反応は……あれ? 芳しくなさそう。
髪飾り、着けた所が見えてないからかな。鏡の前に行くように言おうか……
「ご主人様。折角買って下さったが、この髪飾りを私が着けるのは、難しい」
「えっ? えっ? それは、どういうこと?」
少し悲しそうな顔で目を伏せ気味にして言うフェリクシアの表情。
俺は、キョドった。不意の拒絶に、俺の頭はいきなり白煙を上げてオーバーヒートだ。
俺のそんな様子を見てか、少しその悲しそうな目のまま、口角だけを上げたフェリクシアは、優しく、少し沈んだように聞こえる声で言った。
「これだけ派手に音が鳴ってしまうと、気配を消して姿を隠しても、音で分かってしまう。また視界の無い夜間戦闘中であれば、この音を頼りに、敵から魔法を撃ち込まれかねない」
「えーっと……じゃ、安全そうな時だけ着ける、とか?」
「安全だと思っている瞬間が、いつ突然、危険に変わるかは、全く読めないからな……ご主人様のご厚意は、その……本当に、嬉しいんだ。けれど、護衛兼メイド、という役割を考えると、身に着けられない」
「そ、そっか。うーん、じゃあ、今回で言えば王宮訪問の時みたいに、ドンパチしちゃいけない時に着けるとか、どうかな。諦め悪すぎる? 俺」
「ご主人様のお気持ちには、出来れば応えたいのだが……そうだっ、馬車での移動時なら、余程安全だから着けられるぞ?」
パッと閃いたと言わんばかりの顔で、一本指を立ててフェリクシアは言った。
「馬車の中だけでも、着けてもらえるなら嬉しいな。あ、よく考えたら、ローリスに帰ったらいつでも着けられるか」
俺の言葉に、フェリクシアもローリスの事は度外視だったようで、ハッとした様に目を見開いた後、ウンウンと2回頷いた。
「それでは今は、ひとまず外させてもらう。……ふむ。やはりご主人様はセンスが良いな。とても綺麗だ。ありがとう、大切にする」
そう言って柔らかな笑みを浮かべ、髪から外した髪飾りを、メイド服のポケットから出したハンカチに包み、再びポケットにハンカチごと戻した。
うーん……贈る側が思う可愛いからとか、似合いそうだから、って理由だけじゃダメなのは、なにもここが異世界だからって訳でも無い……のかな。非モテだった俺には少し難しい。
フェリクシアの挙げた理由は、たまたま戦闘や警護に向かないから、だったが、例えば日本でも、水に弱いアクセを家事する人に贈るのは、少し難しい話なのかも知れない。
おでかけの時専用で、みたいに、割り切ってプレゼントするならそれでも大丈夫そうだけれど……うーむ、物を贈るだけの話も、考え出すとややこしいものだ。
と、不意に扉をノックする音がするので振り向く。
開いていた扉の向こうに、ヒューさん。
「シューッヘ様。わたしの部屋は先ほどの大箱で、大方の片付けは終わりました。こちらもお手伝い致しましょうか」
「いやヒュー殿、こちらの部屋で重いのは、私が持ち込んだ私物の書籍くらいの物で、ご主人様、奥様の荷物はすぐに運び出せる」
「左様ですか。少し失礼しても宜しいですかな? シューッヘ様」
俺はただ頷いて肯定の意を示す。
俺の頷きに頭を下げて応えたヒューさんが、部屋に進んでくる。
「先ほど、シューッヘ様方がご不在の内に、エルクレア王宮の使者が宿を訪れ、ナグルザム卿の書簡を受け取りました」
「了解です、立ち話もなんなんで、みんなも、座りましょうか。これからの予定も決めないといけないし」
物静かに黙礼だけで応えるヒューさんの様子は、普段のヒューさんからするとほんの少しだけ、いつもと違う感じを受けるものだった。
***
「レオンが対応を保留した? それってつまり、どういう事です?」
席に皆が着くと、ヒューさんは少しの序文を述べた後、言った。
獅子王の支配都市レオンが、エルクレアの呼び掛けに対して、対応を保留する、と通告してきた、と。
「獅子王ネリオス・レオヴァリスの指示か、あるいは厄介らしい官僚機構含め臣下が独断で動いたのか、詳細は不明です。
が、態度としては『レオンはナグルザム卿が発した3箇条に直ちに従うつもりは無い』、と返答した、との事です」
ナグルザム卿の3箇条。つまりあの書簡の中で箇条書きにされた、3項目。
ひとつ。
俺たちが魔王様との謁見が出来るように取り計らう様に。
ふたつ。
小金貨のるつぼを運ぶ際に俺たちから援助依頼があったら誇りに賭けて受けよ。
みっつ。
俺たちが魔王様のお膝元、魔王直領に入るのを邪魔してはいけない。
……という、3つの内容だと記憶している。
「王宮側が伝えてきたのは、それだけですか? 3箇条のどれが通せないからー、とか、細かい情報は?」
「わたしも伝令の者に問うたのですが、そもそもレオン側がとりつく島も無い状態だったらしく、エルクレアとして追記できる話は無いと、頭を下げられてしまいました」
「うわぁ……エルクレアを何とかしたら、次は更に頑固そうなレオンか。俺たちが辿り着いても、一般の列に並ぶと、謁見は下手すると数ヶ月待ちとか、でしたよね」
「そのような事を、ナグルザム卿が仰っておいででしたな。ただそれは、書簡を持っていけば回避される、とも言われました」
「対応の保留は、3箇条に限定、なのかどうなのか……単に『来て欲しくない』の意味だったら、官僚の書類たらい回しに任せてしまう、って事もあり得そうだし……」
俺の言葉に、ヒューさんは腕組みをして目を伏せ、口を真一文字に結んだ。
「もうこれはいっそ、北側ルートで行きませんか? ヒューさんは見たこと無いかもですけど、フェリクシアの火魔法最高位、属人大魔法[炎の精霊 イフリート]……オーフェンでの大使館防衛の際、飛ぶ虫を全て焼き払ったって話ですよ?」
「イオタ殿から当時のお話しは伺いました。火炎の帯が出来るほどの多量の虫たちを、瞬時に全て焼き尽くした、とのことで」
「そうそう。だから、北側ルートでもイフリートに全方位の結界? かな? を展開してもらえば」
「シューッヘ様、そのお考えは聡明かと存じますが、魔法の性質が魔法名の通り精霊魔法に関わるのであれば、厳しいと申し上げざるを得ません」
「え? 精霊魔法、みたいなのだと、厳しい? 魔族領には精霊を呼べないとか?」
「いえ、そこは恐らく問題ではないのですが……四駆の強靱馬の操縦に、フライスが常に風の精霊魔法を用いております。火の精霊魔法と干渉し、フライスの使役する精霊が逃げる恐れが」
フライスさんの精霊が、逃げる? 火の精霊と風の精霊は、相性問題が出るのか?
あの馬車が、氷の上を滑る様な異様なスムースさで進めるのは、精霊魔法があるお陰だ、という話は、この世界に来て早々聞き、味わった。
今は、強靱馬4体で1つの馬車を引いている。しかも、相変わらずのフライスさん流豪速操縦術で、高速道路並のスピードは最低でも出していそう。
風の精霊がいなくなる、というのは、単に馬車内の安定性、操縦のスムースさの問題だけでは、ない?
「仮に風の精霊魔法と干渉して、フライスさんの精霊が北側ルート途中で消えたら、どうなりますか?」
ヒューさんの目に、明らかに力が籠もった。
「端的に、精霊が消えたその場所から移動不能となり、全滅します」
俺が思っていたより遙かに、フライスさんの風の精霊魔法込みの馬術は、絶対に必要なものだった。
虫対策をイフリートに頼れないとなると、北ルートの駆け抜けは晩餐会の会場でヒューさんが言ったとおり、リスキーに過ぎる選択肢。外さざるを得ない、か……




