第25話 ヒューさんのメダルの行方と女神様の力の源 ~それとワントガルド宰相閣下の糖尿病疑惑~
メダルは、俺の手から消えたんだから、確実に女神様のお手元に届いた。そこまでは良い。
けれど、そのメダルを、女神様はどうなさるのか。大切にしてくだされば良いんだが……
ヒューさんの大切なメダル。ヒューさんは、女神様には届いたんだからそれで良い、って言いそう。女神様のご自由に、とか。
けれど、俺としては、ヒューさんが自分の人生それ自体の証として捧げたのだから、大切に、良い取り扱いをして欲しい。
でないと、捧げ物として仲介した俺自身が病みそう。どうにか女神様、大切に扱ってください……
『んー、なるほどね。あんたとしてはそういう思いなのね。病むところまで行くかしらねぇ』
「シューッヘ様、今のは? お話しに少し飛躍があったように思いますが」
「あー、女神様は心をお読みになられるので、俺が思っていた事が伝わったんです。何でも伝わるんで、悪口とかダメですよ?」
「悪口など滅相もないですが……わたしの心も、女神様はご覧になられているのでしょうか、今の今、繫がりを頂いたばかりですが」
『ちょっと二人とも、一度に2つの質問をよこさないでよややこしいから。まずシューッヘちゃんのね』
ちゃん?! 今まで"あんた"だったのに、なんでいきなり"ちゃん"なの?! しかも修平ちゃんじゃなくて、シューッヘちゃんだし!
『このメダルは、球体浮揚ケースに入れて飾るわ。これほどの物、滅多にないもの』
「球体……浮揚ケース? なんですそれ」
名前からすると……でっかいシャボン玉みたいに浮く、飾り物用のケース、とか?
『そうね。天地前後裏表全部を見たいコレクションを入れる上等なケースよ。透明なガラスのボールの中心に、メダルが浮いている、と思えば良いわ』
「コレクション? となると、ヒューさんのメダルは、ずっと女神様のお手元に?」
『そうなるわね。ヒューも気付いてないみたいだけど、この刻印、前国王自ら打刻してるわよ。ローリスでの階級としては一番低い褒賞メダルだけど、
年齢とか考えてそうしたのねきっと。でも王は、本当に義理堅かった。讃える文言を、自らの振り上げたハンマーで打刻している過去がハッキリ見えるわ』
その御言葉に、やはりと言うか一番驚いていたのはヒューさんだった。
よく「わなわなと震える」という表現を地球の小説で見たが、俺は今リアルに、初めてその「わなわな震える」人、ヒューさんを見ている。
果たしてこの「わなわな」は、だったら渡さなければ良かった、の「わなわな」なのか、知ってたらもっと大切にしたのに、とかの「わなわな」なのか。
……無粋だが、直接聞いてみよう。
「ヒューさん、ショックを受けてるみたいですけど、どこに一番ショックを?」
「誠に、誠に全てにでございます。女神様が常にお手元にメダルを留めて下さることも、まさかあの刻印が先王陛下お手ずからの物だったことも」
「ヒューさんもしかしてですけど、後悔してます? 先代の王様が自ら刻印してくれたのに、って」
「いいえ! 後悔など微塵もございません。女神様からすれば、単に個人の思い出に過ぎぬ様な品物を受け取って頂けた、更にそれを女神様のお近くに置いて下さる。
それだけでももう十分ですのに、私も存じ上げなかった刻印の秘密を教えて頂き、今日の日まであのメダルを大切にしておって本当に良かった、と……」
ヒューさんの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
ずっと王様に仕えてきたヒューさんの一生の、最初を作ったメダル。
それが実は、王様自身が刻印して作った、って言うのは……さぞ衝撃だろうなぁ。
『ヒューは、単に個人の思い出の品、と言うけれど、捧げ物って、あたしも含め神にとってはそういう性質のものじゃないのよ。知ってた?』
涙を拭くこともなく、ヒューさんが声の聞こえてくる方向を見つめる。丁度応接セットの机の上の上から聞こえてくる。
『あたしたち神の力の源って、よく祈りだと勘違いされるのよね。まぁ、完全な勘違いでもなくて、祈りも力になるんだけど。
実は捧げ物として受けた物が持つ力・性質も、神としての力になるのよ』
んー……捧げ物が力になる?
ダンベル捧げたら力が上がるとか……ではないよな。
正直、よく分からない。
『シューッヘちゃんが理解出来てないみたいだからもう少し言うと、このメダルの様に、人の心が凄く詰まった物品は、
その「心自体」が神にとってのエネルギーで、それを捧げられることによって神はエネルギーを得る。だから力になるのよ』
なるほど。人の心って、エネルギーなんだ、神様にとって。
そっか逆に考えれば、祈りだって「祈る心」だから、それがもしエネルギーになるなら別の心でもあり得るってことか。
「女神サンタ=ペルナ様、畏れながらお伺いを立てます身勝手をお許し頂きたく希奉りまする」
『堅いっ。あたしそういうの苦手だから、何か聞きたいならもっと砕いた言葉で聞きなさい。でないと、答えないわよ?』
「さ、左様ですか。では改めて……サンタ=ペルナ様にお伺いしたい事がございます」
『うん。良い感じね。それで、聞きたいことって言うのは?』
「1つは大予言書について、もう1つは真の女神像にお掛けになられた魔法についてでございます」
大予言書。
俺があの大司教から写本をもらった、アレのことだ。
なんでも、救世主が現れたら、人類は滅亡する、という事らしい。
それって救世主って言わないじゃん、とか細かい所ツッコミたくなるんだが、ともかくこの世界で信じられている模様だ。
『あの予言書は、かなり当てずっぽうって言うか、いい加減よ? それこそ街で売ってる新聞の方が信憑性高いわよ』
「とは言え……救世主様が現れたことで、人類の滅びがとありますと、やはり不安がございます」
女神様が、ふーん、と言って、沈黙した。
予想でしかないが、ヒューさんの心の中を読みに行っているのだろう。
『不安って言うけどね。魔族領が今より大幅に拡大するのは、少なくとも20年後。ただ個別の戦闘で大規模なものなら幾らか起こるわね』
「ふむ……大予言書には、寧ろその様な個別の戦闘の事などは、一切記述はございません」
『だからいい加減な物だって言ってるのよ。アレに従って動いても、空振りに徒労に骨折り損に。良いこと何も無いわよ』
「されど、ここのみ詳しくお教えください。英雄様の降臨、救世主様の再来、それが何故人類の滅亡に繫がるのか。もしくは、完全に噓の記載なのか、を」
『気になるのは分かるけどね。もしシューッヘが、今の心を捨ててこの世界の人類に嫌気が差したら、人類は滅ぶわね。確定でね。それ以外の滅びは無いわ』
無い、と明快に断言なさる女神様に、ヒューさんもそれ以上疑いを延々尋ねる事はしなかった。
それにしても女神様、気になること言ってたな。俺が今の心を捨てて人類に嫌気が差したら人類滅亡、って、それ俺が滅亡させるって事?
そりゃまぁ……女神様から賜った力、地球の高校までで習った科学、趣味でよく動画見てた兵器類の知識。
この辺りを総合して人類を攻撃したならば、残らず殲滅することも不可能じゃないとは思う。
けど、そんなに酷い心変わりを、俺がしてしまう可能性があるのかなぁ。
女神様が敢えて仰るんだから、もしかするとあるのかも知れない。
『シューッヘちゃん、今その心変わりについて考えても、ほぼ無意味よ。時期が来てないから』
と、女神様が仰る。
反対から考えると……時期が来たら心変わりを考える事が有用になる。俺……人類滅亡させちゃうの?
まぁでも、今考えても意味ない、と明言してくださってるのだから、今はそのことをウダウダ考えるのはやめよう。
『ヒュー。あなたはあなたで、大予言書みたいな雑多な物に振り回されず、真実を見なさい』
「ははっ! ……しかし、真実とは? わたしの浅慮にては、考えも及びませぬ」
『あなたが今仕えているのは誰? その人は何をしたいの? どういう性格? その人に平和的に過ごしてもらうには?
《その人》に破壊を、人類滅亡をさせないようにするには、あなたがどうすれば良いと思う? そういう実用的な事を悩みなさい』
ヒューさんが、改めて「畏まりました!」と叫んだところで、ふと女神様の雰囲気が消えた。
これも不思議なものなんだが、女神様には独特の空気感がある。俺しか感じ取れなかったが、今ならヒューさんも感じるかも知れない。
あれ? そう言えばヒューさんがしてた、真の女神像の魔法の話、思いっきり無視して帰っちゃったな。
……言いたくなかった、に一票。イスヴァガルナ様と密着24時間なんて、思い出したくも語りたくもないだろうし。
「ヒューさん、お疲れ様でした。初めての女神様とのお話し、どうでしたか?」
「いやぁ、緊張致しますなぁ……ただ、真の女神像については、伺えませんでした」
「ヒューさんもペルナ様とお話し出来るようになったんですから、また伺えますよ。ただイスヴァガルナ様みたいには、しないでくださいよ」
「建国の英雄を悪く言うのは、いささか抵抗がございますが……隙間も置かず語りかけ続けるのは、された側としては堪りませんな」
「相当酷かったみたいですよ? あの女神様が、思い出したくない事のトップみたいに言ってみえましたし」
「わたしも気をつける様に致します。ところでシューッヘ様、勝手な提案出申し訳ないですが、ティールームへ参りませんか? 緊張で喉が渇ききってしまい」
「良いですね、前回飲んだアイスティーも美味しかったですし」
と、俺たちは4階のティールームへ行くことにした。
***
「おや、ワントガルド殿」
カランカラン、とドアを開くと、カウンター席に見たことのある背中があった。
その人物が振り向いた。ひげにクリームが付いている。髪は自然任せ、というと聞こえは良いが、ボサボサというかツンツンというか。
因みにワントガルド宰相閣下は王様の前でも髪型はこのままだ。ドワーフ族は毛質が硬すぎて寝癖どころじゃないとかあるのかな?
「ワントガルド殿。甘い物はお控えにならねば、病気が悪化しますぞ」
ヒューさんが言う。ワントガルド宰相、糖尿病とかなの?
「甘い物でも喰っておらんとやっておれぬことが出てきてな。やけ食いじゃ」
ヒューさんの影から横にずれ、ワントガルド宰相のカウンターテーブルを見ると、ケーキがホールで置いてある。しかも半分食べた後だ。
「やけ食いをするならば、せめて肉にでもしておけば良いものの。フラワリー・ティーを2つ」
カウンターの向こうにいる男性にヒューさんはオーダーをし、すぐ俺のイスを引いてくれた。
「あ、すいませんいつも」
「いえいえ、いずれ貴族になられる方ですので、自らイスを引く癖があるなら、むしろ直して頂かねば」
「そういうものなんですか貴族って」
ヒューさんが頷きながら、自分のイスは自分で引いて座る。
「ヒューさんだって、この国の重鎮なんだから、自分でイス引いちゃだめなんじゃないですか?」
「わたしは、以前であればともかく、今は引退をした身。権力など無い気楽な立場です」
と、楽しげに笑う。
すると、あからさまに、という感じで、カウンターからデカいため息が飛んできた。
「お主ら揃って気楽よのお」
「宰相閣下は、ケーキすら味わえないほどに苛立っておられるご様子。何がありましたかね閣下」
「原因はお主らだよ、レリクィア教会の」
その単語に、俺も「あー」となった。きっと真の女神像の話が宰相閣下に知れたんだろう。
「宰相閣下は、レリクィアの事、どこまで聞いておられるか?」
「相変わらず自分からは情報を出さぬ男だなヒュー。真の女神像とやらが、50年前にオーフェンに売却された、という話までだ」
「そこまで知れているのであれば、こちらが言う事も特にござらぬな、シューッヘ様もそうお思いでしょう?」
はっ?! いきなり俺?!
「そ、そうですねぇ……後ちょっとだけ言うならば、祈りが全然通ってないよとか、それについてサンタ=ペルナ様は相当お怒りだ、とかくらいで」
と……言い終えたら、広くないティールームの空気感が変わった。
誰も口を開かないし、息すらしてないかの様な、変な静寂。
その静寂を、青い顔して破ったのは宰相閣下だった。
「サンタ=ペルナ様は、今、お怒りになられてるのか……?」
宰相閣下の目は真剣だった。
「えーと……何故ペルナ様の御機嫌に、そこまで関心が?」
と俺は聞いてみた。
すると返ってきたのは、国の重鎮らしい発言だった。
「サンタ=ペルナ様は、破壊を司る女神様。我々ローリスの民にお怒りであったなら、神罰で我々は根絶やしになりかねぬ」
深刻な顔つきの宰相閣下。
と俺は、ヒューさんの方を見た。思った通り、ヒューさんは普通の顔でいる。
「多分、今の今はお怒りじゃないですよ。むしろ御機嫌良いんじゃないかな」
「シューッヘ殿、何を根拠に?」
眉間にしわ寄せた宰相閣下が、カウンター席から乗り出して問うてくる。
「さっき、俺とヒューさんとで女神様とじっくりお話ししてて、その時のご様子からです」
「……今、『俺とヒューさんと』と言ったか?」
「はい、ヒューさんも女神サンタ=ペルナ様とお話し出来るようになりましたから」
宰相閣下は、俺の言葉にようやく少し緊張の張りすぎが収まったようで、ふーんと鼻息を吹いた。
「この件については、陛下もまだ対応を決めかねておられる。お主らも、まだ内密にな」
そう言いながら、宰相閣下はケーキの上のイチゴのような赤い果実をフォークで突き刺した。
いつもありがとうございます。ご評価、本当にとてもありがたいです。
より一層頑張りますので、是非この機に「ブックマーク」といいねのご検討をお願い致しますm(__)m




