第27話 俺、また泣き出す。
『なんか随分悩んでると思ったら、そんなこと? まあ組織の統治は大切ではあるけれど』
俺がソファーに浅く腰掛けたまま手をぎゅっと組んでお呼び立てしたら、普段より2割増し位明るく機嫌の良さそうな女神様が応えて下さった。
俺は自分の気持ちを上手く説明出来ず、たどたどしく話していたら、女神様の御声が聞こえないフェリクシアが、
「女神様に届くことを願いつつ言うと、組織のトップとして不手際をやらかした部下をどう処罰するか、またはしないか、という事でご主人様は悩んでおられる」
と、さらりと一文でまとめてくれた。
……相変わらず俺の悩みなんて、毎度こう、他人からすると一文で簡単にまとまってしまう程小さい悩みなんだよな……
そこに、冒頭の一言だった。俺は恥ずかしくなって、
「はい……そうです」
消え入る様な小声で言った。
『あのねぇ。組織の統治って言っても、たった4人程度の規模であれば、ボスのあんたがやりたいようにすれば、それが最適解よ。逆に言えばそれ以外無いわ』
スパッと言い切る女神様に、ともかく無言でいる訳には行かないと思った俺は、頭の中のグチャグチャそのままに、とにかく口を開くことにした。
「で、でも女神様っ、俺、そんな折檻とか拷問なんてその、それに俺がやったら絶対ヒューさん死んじゃうし、えっと」
『じゃ、しなきゃ良いんじゃない?』
「で、でも、その、お、俺のプ……プライドと言うか、俺の立場がその……」
『じゃ、すれば良いんじゃない? 折檻でも拷問でも』
なんてことない事を言う様に軽く仰る女神様に、段々俺の心の方が辛くなってきて、気付いた時には涙がだばだば溢れていた。
「おっ、俺は! 仲間を傷つける様な真似はしたくないんです! で、でも俺の、気持ちが、納得が……」
と、アリアが不意に、
「あの女神様、恐れながら……シューッヘの心はもう限界に見えます。あたしが言うのもなんですけど、もう少し優しい対応を……」
『優しい対応ねぇ。でも実際、折檻や拷問って手段にするかはともかく、罰するか、許すか。それしか無いのよ。それはアリアちゃん分かる?』
「は、はい。シューッヘの立場は、間違いなくこのパーティーの長です。長が許せないと思うのなら、その長の気持ちが晴れるだけの処罰をすべきと、あたしも思うんですが……」
俺の心は、アリアが言うとおり限界だった。勝手に涙が溢れ、嗚咽が止まらない。
今まで見ない様にしていたヒューさんを一瞥すると、目を伏せ沈痛な面持ちでうつむいていた。
と、それが視認できた瞬間、視界が突然真っ白になった。
「え、あ、アレ?」
『私の空間へようこそ、迷える子羊ちゃん』
いつの間にか正座してる俺。右見る。左見る。白い雲の床、その空間が、ただ広がっている。
前を見ると、女神様がニコッと御機嫌良さそうに笑みを浮かべ、白い3本猫足のガーデンデスク的な物の横に、背付き・腕付きの白い大理石造りの椅子で座っておみえだった。
「えっ……と、俺は、今この、女神様の空間に?」
『そう言ってるじゃない。まずは顔、拭いなさい。べちゃべちゃよ?』
女神様がスッと指をこちらに伸ばすと、どこにでもありそうな白いタオルが俺の胸の前に現れ、そのままパサッと太ももに落ちた。
「あ、ありがとうございます」
俺は顔をそのタオルで拭った。
天界のタオルはふわっふわで、それでいて吸いが良く、顔はさっぱりした。
『あんたはねー、まだ若いもんね。私も地球の詳しい事は知らないけれど、最初に出会った時にあんたの心を読んで、あんたがリーダー気質じゃないことは分かったわ♪』
相変わらず上機嫌な声音で仰る。そういう声音で言う内容ではない気がするが、どうにも御機嫌が良い。
「あ……あの女神様、御機嫌、麗しいご様子で……」
『え? あ、やっぱり出ちゃってる? ごめんねー、あんたは真剣に悩んでるってのにね。あんまりに久々の事で、ちょっと浮かれちゃって』
「浮かれる? ローリスで信者さんが増えたりしました?」
『それそれ! 増えたなんてもんじゃないのよ、激増! それもこれも、あんたのお陰だからねぇ、私もあんたに感謝しないといけないわ』
「感謝なんて恐れ多いんでいいですけど、激増って、100人くらいドンって感じですか?」
『ケタがちがーう♪ 少なくとも2,000人くらいは、私のレリクィア礼拝所で礼拝済みよっ、ふふ』
「にせん?! そ、そりゃあ、良かったですねぇ。一時期信者は俺一人だったのに」
『そうよ、それが2,000人。しかもレリクィア以外の、イリアを祀ってる礼拝所にも私が合祀される様になって、そこも合わせたらもっともっと、うんとたくさん!』
「はー、それは何より嬉しいでしょうね……ペルナ様は信者ゼロ期間長かったですし、いたと思ったらストーカーのイスヴァガルナだし」
『ちょっと、嫌な過去にわざわざ触れないでくれる?』
「すいません」
正座姿勢のまま頭を下げると、どうにも土下座になってしまう。
まぁ相手は女神様だし、土下座でもプライドがどうこうって事も無いけれど。
『その考え、大事よ?』
「へっ?」
突然言われて、俺は鳩が豆鉄砲になった。
何を考えてたっけ? えっと……土下座だけど、女神様が相手だから、プライドは……
『そこそこ。プライドを構える相手、ってところよ』
「プライドを構える、相手……」
『あんたにとってヒューは、ライバル視するような相手? それか、馬鹿にされたら腹が立つ相手?』
「……いえ。ヒューさんは俺よりよっぽど『出来る人』だし、俺がこの世界で生きていけてるのも、アリアと出会えたのも、全部ヒューさんのお陰です」
『男のプライドって、男性中心社会を構築しているどこの世界でも、大抵ややこしいしトラブルの元になるんだけど、あんたにとってヒューを一言で表すと、何かしら』
「一言で……うーん……親代わり、でしょうか」
『うん。毎度だけどあんたは純粋で人思いで、だから人に恵まれるのよ。更に言うと、ヒューにあんたの親代わりを務める≪義務≫って、あると思う?』
「いえ、全く無いと思います」
そう答えた俺の頭の中で、ヒューさんとの出会いや王様との初めての謁見、レリクィア教会での出来事や叙爵の儀の日のこと、そして、アリアと王宮で顔合わせした時の、いたずら満載のヒューさんのあの顔も……次々とヒューさんとの思い出が浮かんだ。
「……でも俺、どうにもプライドが前に出てしまって。ヒューさんが頭を下げても、それでも許せなかったんです。情けない限りですけど……」
『それが"情けないことだ"って分かってるんなら、答えまではもうちょっとじゃないかしらね』
「女神様は、俺がこうするべきだって、答えが分かってらっしゃるんですか?」
『まぁ、あんたとヒューにとって、必ずしも最適かは分からない。けど、今のままウジウジ妬んでるみたいな状況よりはマシな答えは持ってるわよ?』
グサッ。心に木の杭でも刺さったような音がした気がした。
「う、うじうじなんて……」
『あんたのあの有様がウジウジで無くてなんなのよ。いじこじ? グチグチ?』
「うぅ、女神様がいじめる……」
『あのねぇ。それがあんた、卑屈なのよ。ウジウジする事だって、人だったらあるわ。でもそれを素直に認められないのは、正直頂けないわ』
女神様が足と腕を組み、少し困った様な顔をなさってこちらを見てらっしゃる。
俺は、自然とため息が口から漏れた。俺ってそんなにうじうじしてるのかなぁ。
いや、してるか……女神様がそう仰るんだから、してるんだろうなぁ……
『時に心が淀む事は、人であれば誰でもあること。あんたの純粋さは出来るだけそのままに、もう少し大人になりなさい』
「大人に……でも、俺は俺です。そんな急に変われないし、どう変わればいいかも、全然……」
『じゃ一番身近な大人のヒューが、よ? リーダーとして4人パーティーを組んで、下っ端にいいとこ持ってかれました。ヒューならどうすると思う?』
「……笑って許す、いや、許すとかじゃなくて、その部下に『よくやった』とか言いそう……」
『そんな感じでしょうね、ヒューという人間は。だからこそ、元老院長なんて職責まで登り詰められた。それだけ人望が半端ではなかったって事よ』
「俺にも、ヒューさんの様になれ、と?」
『そうは言わない。あんたにはあんたの性質・性格もあるしね。ヒューとあんたは、違う人間だから。けれど、大人になるってどういう事か、参考くらいにはならないかしら』
「…………」
俺もふと腕組みして、頭に意識を集中させる。
ヒューさんのやり方は、ヒューさんのもの。俺のものではない。
けれど、大人になるって事、大人って存在としてのヒューさん。
俺には、あれ程に度量の深い人間にはなれそうにない。
でも、何かあるはずだ。俺が俺として、成長出来る方法や道筋が。
『あんたの周りの大人は、何もヒューだけじゃないわ。この世界に来て、今まで出会ってきた数々の人達。たくさんの人たち。覚えてる?』
「あんまり自信は無いですが、個性的だったり印象に残った人は、覚えてます」
『印象薄いのはこの際無視して良いわ。ヒュー以外で、3人挙げろって言ったら、誰になる?』
「……初めて出会った異世界人の、オーフェン王。それからローリスの王様。それと……」
俺は目の前をじっと見た。
種を問わないのであれば、目の前の女神様が一番大人だろう。
『ん? あと1人は?』
「女神様です」
『はっ?! 私なの?! う、うーん……国王2人と私って、大人とか言うより特殊すぎて、参考になるのかしら……』
「参考に、なりませんかねぇ」
『まぁ、誰からだって学べる事はあるとは思うわ。けどねぇ……例えばローリス王から何を学べそう? 思いつく?』
俺はちょっとだけ考えて、すぐ答えた。
「ローリスの王様は、配下からの信頼の篤さがあるからか、宰相閣下にもヒューさんにも、とてもフレンドリーです。あ、俺にもです。
アレが大人の余裕なのかな、って思うんですが……違うでしょうか」
俺の言葉に、女神様は困り顔の様に眉間に少ししわを寄せて、口をつぐんでいらっしゃる。
おかしいな、ローリスの王様はまさに、大人中の大人、だと思ったんだけど……
『ローリス王が配下から慕われてるのは間違いないと思うけれど、王権が物言ってるところもあるからねぇ……』
んん……女神様、渋いお顔である。
王権、か。やっぱり王様ともなると、単に大人だとか、そういう枠からははみ出てしまうのかな。
『うーん、まぁ良いわ。じゃローリス王を参考にするとして、彼が大人だと思えるポイントとか、どこからその印象を受けるのかとか、考えてみて。時間は幾ら掛けても構わないわ』
「え、あの、あんまり長くここにいると、エルクレアの俺の仲間が心配しそうに思うんですが」
『次元の壁すら易々超越する、転生転移の女神の私が、時間軸程度で不都合起こすと思う? あんたがこっちに来てから丁度20秒後の時点に、正確に送り返してあげるわよ』
うーむ、さすが女神様。ここでの時間経過と下界の時間経過を、リンクさせない事が出来るのか。
ん? なんか引っかかる……
……ひょっとして、これは……
つまり、『答えが出ない限り居残り』って事か……?




