第25話 エルレ茶と伝達事項
「エルレ茶出なかったね。ちょっと楽しみにしてたのに、最高級って言ってたから」
ソファに腰掛けたアリアが、一口ワインを含むと、そんな事を言い出した。
「ああ、そう言や執事役してた兵士さんが言ってたね、晩餐会の最後でエルレ茶出るって」
「うん。あたし結構、エルレ茶、気に入っちゃったんだー。お菓子との相性が凄く良くてさ」
そう言えば、待ってる時間に出してくれたクッキー、結構ほおばっていたのを思い出す。
「ねぇ、シューッヘ。ちょっと嫌かもしれないけど、ズケズケ言うね」
「う、うん」
ズケズケ言う、と前置きしてくるんだから、俺の心の中のことをどんどん言い連ねるんだろう。
アリアに見られて恥ずかしい事など……あるな。ヒューさんへの嫉妬みたいなのは、やっぱり今思えば恥ずかしい。
「シューッヘが、今回の外交使節の団長なのは、これは明らかなこと。けれど、団長が言うようなセリフをヒューさんが言ってしまった。
しかもそれで、妥結まで持って行ってしまった。それがあなたにとっては、とっても嫌だったって言うか、ほとんど屈辱と感じてた。そうよね?」
言われて思う。屈辱、とまではっきり思った訳では無いが、確かにアレは、俺を差し置いて……という強いネガティブな怨嗟に近いものはあった。
「ただ一方で、実はナグルザム卿があなたの事を高く評価してたの。
表情にこそ出していなかったけれど、ヒューさんの変化をもたらした事に、とても強い思いがあったわ」
「とても強い思い、って? 確かにあの場では、ナグルザム卿の表情とか全然読めなかったから分からない」
「ナグルザム卿は、宝物室でのヒューさんを第一印象として強く持っていた。けれど、晩餐会でのヒューさんはまるで別人の様に変わっていた。
宝物室でのやりとりで、ヒューさんに物を言えるのはあなただけだ、って事は伝わってたから、あなたがヒューさんを変えた事、それをとても大きく評価していたの」
アリアはソファーから立ち上がり、手持ちしていたグラスをテーブルに戻すと、真っ直ぐ俺の目を、貫くような視線で見た。
「ナグルザム卿の中で、ヒューさんはあくまであなたの下。下の物が飛び跳ねているのをしっかり制した事。
それと、魔族全体かは分からないけれど、ナグルザム卿は『誰が成果を取るべきか』みたいな事は気にしない人だった。
だから、使節団の一員として、あなたがガラッと変えたヒューさんが、率先だって魔族との橋渡しを申し出た事は、ナグルザム卿にとって驚きと共に、あなたの力量にも感服してたの」
「う、うーん。ごめん、ちょっと話が難しくてよく分からない」
「じゃ、少し簡単に言うね。ヒューさんはあなたの部下。これはナグルザム卿の中で確定。その部下が、不適切な行動を、宝物室でしてたよね?
けれど、次に会った時には、そんな不適切な行動は無くなって、寧ろ魔族との積極的な関係性を模索する様になった。変えたのはあなただ、って確信が、ナグルザム卿の中にあった
だから、表面上の手柄はヒューさんが持っていった様になってるけれど、ナグルザム卿の中では、あなたが一番高く評価されてるの。部下を正しく教育出来る、若いけれど立派な上役として、ね?」
そ、……っか。俺としては、ヒューさんが問題発言を連発するから、それをあくまで何とかしようと必死だっただけなんだけど、それを評価してもらえたのか。
でもこれ、俺だけじゃないよな。女将さんの献身的な姿勢もあったり、衛兵さんの人間と変わらぬもてなしの心があったり。俺だけの成果って訳じゃ……
「そこ! シューッヘの良いところは、たとえ自分の手柄だってほとんど明らかでも、関わった人達みんなの手柄を考えるところよ。
だから色々な人にも好かれる、好感度もあるし。もし『俺様が全部やってやったんだ!』って人だったら、誰も付いてこないわ」
「そ、そっか。それじゃ、俺はこれはこれ、俺のスタイルで良いのかな。これから先も通用するかどうかは、正直分からないけれど……」
「また違うパターンが来たら、あたしもヒューさんもフェリクシアもいるんだから、相談して? 一緒に知恵を出して解決していきましょ!」
「……うん。ありがとう」
アリアの、俺を励まそうとしてくれる熱心さがひしひしと伝わってくる。
やっぱりアリアは、俺の事を一番に思ってくれてるんだなぁ……
俺が凹んだ時も、メンタルやられた時も、一緒になって寄り添ってくれたし。
「アリア」
「ん、どした? 何だか真面目っぽい」
「うん、俺さ、アリアにずっと頼りっぱなしじゃん」
「えーそう? あたしこそシューッヘに頼り切りだと思ってるけど」
「ううん、俺の方が助けられてると思う。アリアが俺の事を裏切ったり捨てたりする事が無いって確信が持てて、俺、凄く安心出来るんだ……」
「あー、また心配の虫が沸いてきちゃったのねシューッヘ。あたしはあなたに、骨の髄まで惚れてるの。あなたが捨てるって言ったら、足にしがみついてでも付いてく」
「あはは、その物理な対処がアリアっぽくて好きだ。アリア……唐突だけど改めて、俺アリアの事好きだよ。これからもずっと、一緒にいてね」
「もちろん!」
アリアが、破顔と言うのだろうか、満面の笑みを超えたニッコニコの顔をして、テーブルのグラスを取ると一気にあおった。
「あ、飲んじゃった」
「注ぐよ」
もう一回乾杯でもしようと思ってたのか知らないが、素っ頓狂な声で飲んじゃったと言うアリアが可愛かった。
グラスにもう一度ワインを注いであげると、ありがと、と一言言って、俺のグラスをすっと俺の手に持たせた。
「そろそろ階段の蓋取らないと大騒ぎになっちゃうといけないから、これが今日の分の、二人の最後の乾杯ね」
再びティーンと上品な音が鳴った。
***
「階段がレンガの壁で閉鎖されておった時には、一体何事かと思いましたぞ。アリアが先に駆けて行ったので心配はしませんでしたが」
ヒューさんが渋い顔で言う。既にレンガ壁はアリアによって取り払われ、部屋に集まっている。
ちょっと不可思議だったのは、デルタさんの土魔法と違って壁が一瞬で消滅した事だ。
デルタさんの『壁』は、大使館の庭の芝を全滅させるに十分な砂を庭中に残した。
生活魔法とのコンビ? にしては、土魔法って一大ジャンルと生活魔法を組み合わせても……イマイチ消滅のトリックが分からない。
「ちょっとアリアと、二人で話してて。そのお陰で、俺の気持ちも平常に戻りました。ヒューさん、抜群の決めゼリフ、お疲れ様でした」
「こ、これは大変恐縮でございます。シューッヘ様のお手柄を奪った身でございますので、そのような……」
「そこも、大丈夫になりました、アリアのお陰で。ヒューさんはヒューさんの仕事をし、俺は俺の仕事をした。その結果、ナグルザム卿が何か、特別な書簡をくれたんですよね?」
「はい。当初魔王様への謁見願いだけと聞いていたところ、かなり詳細な推薦状と、当初無理と言っておられた道中の安全確保要請まで含まれておりました」
「おお、心強い。となると、南側ルートのレオンを抜ける時にも、スムースに抜けられるのかな?」
「獅子王、と、魔王様がいるのにわざわざ王を名乗る相手ですから、油断は出来ませぬ。ただぞんざいな扱いを受ける事は無いだろうと思われます」
なるほど。絶対の王様がいるのに自ら王を名乗る。それはそれでかなりくせ者な可能性は高い。さすがヒューさん。
ただ北側ルートで虫型魔族を殲滅して進むのは、魔族との融和を掲げる俺たちにとっては取り得ない選択肢だから、ナグルザム卿の配慮はとてもありがたい。
「因みにヒューさん、書簡の内容、かいつまんで教えてもらって良いですか? 一応パーティーで共有しておいた方が良いと思うので」
「かしこまりました。かなり文量がありましたので、一度にまずお伝えします。ご質問などは後ほどまとめてお受けします。では……」
この度エルクレアに人間の使節団を名乗るローリスの者が4名訪れた。使節団の一員には既に先行してエルクレアを調査していた者も含まれた。
この者達は知己に優れ、魔族への嫌悪や畏怖など人間が抱きがちな感情は薄かったが、ただ一名その先行調査者は魔族への嫌悪が剥き出しであった。
城内を案内していた時、彼らが300年前の遺物を発見した。これは今まで我々も遺憾にも見過ごしてきた物であった。
箱に擬態されたるつぼの中に、歴戦の将達の物である勇気の小金貨が多数、またそれを鋳溶かした物も半量ほどはあった。
彼らは300年前の将にも敬意を払い、礼節、そして死者への畏敬の念を欠くことが無かった。人間であるにもかかわらずである。
彼らは、勇将を魔王領にて讃える施設を建立すべきと主張した。我々魔族では無く人間たる彼らがそれを持ち込むと言った。
当初魔王様へのへつらいと感じたが、彼らの思いは純粋で、かつ「敵であった人間が、讃える事を要請する」事に意味を見出している様であった。
300年の過去と言えば、我々にすれば生の一部分に過ぎない。だが彼ら人間にすれば、4世代は確実に超える『昔の事』である。
その昔の事でありながら、勇将たちへの敬意を忘れず、かと言って魔王様へのへつらいとも感じられぬその様に感服した。
よって東方部調整支配者の任を受けた我ナグルザム・ド・ヴィナードの名をもって、以下の事項を各諸侯に命ずるものである。
1. この者たちが魔王様に支障なく謁見出来る様、各位の努力を命ずる事。
2. この者たちが勇将の遺物を運ぶに際し、援助を求めた場合、魔族の矜持にかけてこれを援助・手助けをする事。
3. この者たちが魔王直領に入る事を、如何なる方法に於いても妨害・遅延工作をしてはならない事。
以上を、わたくしナグルザム・ド・ヴィナードの名で、中部領有域・西部領有域・西奥地領有域の各支配者に第一級指示として伝達する。
「……以上の内容でございました」
言うとヒューさんは少し疲れたのか、ソファーに腰掛けた。
すごいな、一言一句漏らさないヒューさんの記憶力って。
これで俺より何十歳も年上……つまりご老人のはずなんだから、人間分からない。




