第24話 ヒューさんの手柄、ヒューさんの手柄、ヒューさんの手柄。くそっ。
俺は疲れたと連呼しながら列から前にはみ出してどんどん歩いて行った。
自分でも、情けなさが心に刺さる。こう言ってごまかしてはいるが、何のことはない、単なる嫉妬だ。
しかも、例えば敵に良いところ持って行かれたんなら、まだ分かる。味方も味方、しかもヒューさんだ。
俺自身、こんな事でこんな感情が浮かぶとは思っていなかった。正直言えば……ヒューさんが憎い。
俺の活躍できるところを奪ったヒューさんが……いやいや、でもアレは、ヒューさんだからこそ成り立ったんだ。
ヒューさんはアンチ魔族の立場から一転して、それが魔族の人達にも伝わった。だから、ああなった。ああなったんだ……!
だから、俺が嫉妬をするのは、お門違い。うう、頭で納得しようにも、心がそれを激しくはねつけてくる。苦しい……
「ご主人様、大丈夫か? 辛そうだぞ」
「あ? あ、うん、だ、大丈夫、だよ?」
「明らかに大丈夫では無いな。大方何のことか想像は付くから、歩きながら話そう。2人はもう随分後ろだ、聞こえはしない」
「アリアには、伝わるんだけどね……でもヒューさんに聞こえなければ良いや。はぁ……俺、情けないんだけどさ、その……」
俺は歩調を合わせて付いてきてくれたフェリクシアに、俺の思い・葛藤を包み隠さず話した。
俺自身、話しているだけで、頬が熱を持つのが分かる。それ位女々しいし情けない話だが、事実俺が感じている事でもある。
フェリクシアは俺が話している間は、特に相づちも打たずにただ横を歩いていてくれた。
俺がひとしきり話を済ますと、一言、ふむ、と言う。フェリクシアを見ると、顎先に手をやり、何か考えてくれている様に見える。
「まず確認だが、ご主人様としてはあの言葉を取られたくなかったのか? それとも、ナグルザム卿との結論の握手が奪われた事が嫌だったのか?」
言われ、今度は俺自身考える。
頭の中では2つの出来事はごっちゃになっていたが、確かにあのセリフと握手は、流れの中にはあるものの別の行為だ。
そのうち俺の心のNGゾーンに踏み込んだのは……
「言葉だ。あのナグルザム卿を唸らせるだけの、決めゼリフ。それを持って行かれたのが……」
「そうか、言葉の方か。ヒュー殿も恐らく必死だったのだろうな、普段のヒュー殿であれば、ご主人様に花を持たせる事を忘れたりはしない」
「花を……そうでもしてもらわないと、俺は結局、成果なんて上げられないってことだよね……」
「いや、悲観をなさるな。そういう意味で言った訳ではない。今回の晩餐会はあくまでチーム戦。人間代表対魔族代表、という構図だ。分かるな?」
「うん」
「代表戦であるならば、本来であれば、決めるところは代表の中で最も格の高い者が努める。これは暗黙の了解だ。ヒュー殿はそれを怠った」
「……そうなの?」
「ああ。もちろん、結論として上手く行っている様だから誰も責めはしないが、代表団として動いた時に団長の面目を潰す事など、良い事では決してない」
「面目、か……確かに俺も、あの時頑張って言うこと言って、今一歩のところまで頑張ったつもりだったんだよ。それがヒューさんが……」
「私も聞いていたのでよく分かる。あのままヒュー殿が出張らなければ、ご主人様があのセリフは言っていただろう。ヒュー殿に少し文句を言ってこよう」
「まっ、待って! その……面目とか確かにそうなんだけど、ヒューさんも悪意があってやった訳では無いし、それに、結果は上手く行っているし……」
「組織にあっては、規律と規範というものがとても大切だ。我々パーティーも、ご主人様が主軸で成り立っている。ヒュー殿に下げる頭を、私は持ち合わせていない」
と言うや、フェリクシアは翻って後ろへと歩いて行った。
俺はポカンとしてしまい、その場に立ち尽くした。
この街に限らず、異世界の「街」の夜闇は本当に暗い。
日本であれば電柱にいちいち街灯があるか、家やコンビニの光があったりして「真っ暗」という事はなかなか無い。
が、この世界では、メインの通りはたいまつが灯されているが、一本入るともう真っ暗。
ここもメインの通りより手前の、王宮からの直通道なのだが、たいまつも無く真っ暗で、月と星々の光が頼りだ。
よく俺もこの暗い道を、恥ずかしいからではあったが一人でズンズン歩いたものだ。
しばらくその場に突っ立っていたら、ヒューさん達が追いついてきた。見える限り、ヒューさんが先頭で縦一列だ。
暗い中でも、ようやくヒューさんの表情が見える距離まで歩いてきた。その表情は、固かった。
「シューッヘ様。フェリクシア殿より諫められ、己の浅はかさに気付きました。シューッヘ様のお立場を考えず、我先にと動いてしまい、誠に申し訳ございません」
と、俺の前に来て直角90度の礼をする。
俺はその姿を見ても、あまり気分が晴れない。何せもう、あの場面は過ぎてしまったことだし、やり直せる事でもない。
「ヒューさん……」
「シューッヘ様が、代表団の団長として宣言すべき大事な言葉を、軽々に発してしまったこと。取り返しが付かぬ事をしたと、悔いております」
「…………」
「またあの場に於いて、書簡が示されました。大陸共通語・古語にて記されていた為、シューッヘ様にはお読みになれないと思い、相手方へすぐ渡してしまいました。
しかしたとえお読みになれないとしても、形式ばかりであったとしても、団長に見せること。それをせず相手方へ返してしまったのは、わたしの大失策です。どうぞ如何様にも罰してくださいませ」
と、また直角お辞儀に戻る。
はあ……めんどい。
ヒューさんを罰するつもりなんて無いし、どうせ俺が出来てない人間だから悪いのに、フェリクシアも俺を持ち上げるからこんなことに……
「ねぇシューッヘ」
ふと、俺の真横にアリアがいた。顔を覗き込む様にして俺の事を見ている。
見ている……アリアの場合、顔を見てるだけじゃ無くて、心の中もなんだよな……
「うん、見てるわよ。だから言えるって事もあるんだけど……いい?」
「うん……俺、もうどうでもいい」
「そんな投げやりにならないで。宿に帰れば、いいことあるから」
「えっ? それはどういう」
「さーっ、みんなで宿に帰りましょ! ここは暗くて足下も危ないから、急いで通りまで出ましょ!」
「あっ、アリア?!」
パッと駆けて行ってしまうアリア。俺はそれを追いかけて走った。
***
大通りを抜け、しばらく行って、また路地に入って、そこ。
『紅の酒』の建物が見えてきた。アリアはそのまま駆けていき、建物の中に入っていった。
「はぁ、はぁ。息が切れる……あ、アリアは元気だな……」
俺もアリアを追って建物の中に入った。その後ろ姿が階段を昇っていったのが見えたので、俺も階段を昇る。
アリアはさくさく昇っているが、俺は両方の手すりを掴みながら息切れ切れで昇った。
そして昇りきると、部屋の扉の前でアリアがニコッとして立っていた。
「あ、アリア……」
「うん、ちょっと待ってね。[レット・マギ・フル][ビルドアップ・タイニーコンテンツ]」
アリアの魔力が膨れ上がったとほぼ同時に、階段を、レンガの壁の様な物が蓋をした。
「うん、出来た! [レット・マギ・フロー]」
「あ、アリア? これは?」
「うん。ちょっと二人きりになりたいなって思って」
それで階段に蓋、か。ビルドアップ、の詠唱は土魔法だよな? いつの間に土魔法なんて手に入れてたんだろう?
「この、壁? 蓋? 階段を塞いでるけど、後で外せるの?」
「うん、土魔法で外せるから、大丈夫よ。ね、こっち来て?」
とアリアが部屋の中へと誘う。俺は誘われるままに部屋へと入った。
「うわっ、こりゃ凄い! さっきまでの部屋と全然違うじゃん!」
「えへへー、あたしが晩餐会成功のお祝いに、あらかじめ仕込みましたー。失敗してたら目も当てられなかったけどね」
と苦笑いをするアリア。
部屋中が金銀のモールで飾られ、更に床に幾つもの小さなライトが上向きに置かれ、モールをライトアップしている。
中央の、それ程大きくはないテーブルには、ワインクーラーとグラスが4つ。水滴がいっぱいに付いたボトルが2本、差し込んである。
「取りあえず、飲も? あの場じゃ、高級なのあったけど、味なんてよく分かんなかったし」
「そうだね、ナグルザム卿目の前にして美味い美味いって騒げる訳でも無かったし」
と、アリアがボトルの所まで進みボトルを1本手に取る。何か詠唱? をしたら、コルク栓がひとりでにポンと飛び出た。
「え? 今のなに?」
「ん? 生活魔法よ。栓抜きって、欲しい時に限ってどっか行っちゃうじゃない。だから開発されたって聞いてるわ」
「あぁ……確かに栓抜き、不意に行方不明になるよな」
もっとも俺が思い浮かべてるのはビンの栓を抜く方だ。前世ではまだワインボトルのコルク栓はご縁が無かった。
「さ、グラス持って? 赤と白、どっちが良い?」
「うーん、晩餐会が重かったから、白で」
「はーい。注ぐよー」
グラスに白ワイン、と思いきや、発泡白ワインが注がれる。グラスの内側から泡がぷくぷく浮き出ている。
「注ぐよ」
「ありがと」
アリアは濃いめ・強いめの酒が好きなので、もう一方の赤ワインを手に取る。傾けようとして、栓が付いたままな事に気付く。
「あ、外すね。[キャップ・リムーブ]」
アリアの言葉に反応するように、栓がひとりでにズズッと動き、そのままポンッと音を立てて抜ける。
やっぱり生活魔法便利だなぁ。俺のファンタジーの知識にない魔法体系だけど、俺も生活魔法極めてみたいな。
アリアのグラスにワインを注ぐ。かなり濃い色の赤で、俺には胸焼けしそうな色合いだ。
「じゃ、ちょっと解消しないといけない事は残ってるけど、概ねの成功に、かんぱい!」
「ん。乾杯」
グラスの頭をちょんと当てる。ガラス自体が良いものなのか、カチャン、ではなく、ティーン、と良い音が鳴り響いた。




