第20話 魔族の「正装」はやっぱりそっちなのか、な晩餐会。
迎えに来てくれた兵士さんの後を付いて廊下を進む。
進む先には、大きな観音開きの扉があるのが見える。
いよいよ、晩餐会。ナグルザム卿に無理を言って設定してもらった、『外交・リトライ』の場面。
既にナグルザム卿からは、魔王陛下への書簡を書いてもらえる事になっている。これ自体は成果。
けれど、そこに至るまでの道中の安全保障が無い。ナグルザム卿は「出来ない」と言っていたが。
人間世界と接する重要領地の統治者であるナグルザム卿なら、きっと出来るはずだと、俺は思う。
晩餐会が形式的なものだったら、話す事も出来ないので何も成果は得られないが、せめて会話のチャンスがあれば……
そんな事を思って歩いていたら、もう目の前に大扉は迫っていた。……いよいよだ。
「お席までご案内します。ノガゥア卿がナグルザム卿の正面、ヒュー様が奥、手前にアリア様、フェリクシア様の順になります」
……正面? 晩餐会って、会場中央のひな壇に乗って、食事食べたりするんじゃないの?
いやいや、うろたえてたってしょうがない。どういう座り方か分からないが、正面に座れるなら、話せるチャンスがある!
「ではよろしいですか? 参りましょう」
兵士さんがドアをコンコンとノックすると、観音開きの扉が向こうに向けてザッと素早く開かれた。
中に進むと、一瞬目がくらむほど明るい照明が照らされていた。天井からは大きなシャンデリアが何本も下がり、豪奢な雰囲気だ。
と、会場で拍手が起きる。俺たちを拍手で迎えてくれている。
俺は黙礼をし、他のメンバーが中に入りきるのを待った。
全員入ると、後ろの扉が閉じられた。拍手は鳴り止まない。歓迎してくれている様だ。
メンバー共々数歩進み、会場全体が見渡せた。会場中央に長四角の大きなテーブル。白い布が掛けられ、カトラリーや燭台がある。
左右、少し離れた所に、円形のテーブルがあり、こちらにも同じくカトラリーと燭台。そして……
全ての席に座る者は、一目で魔族と分かる格好をしていた。大きな者、小さな者、肌の色が人間のそれと違う者たち。
ナグルザム卿もいる。さっきまでの、腰の曲がった老人姿ではない。頭髪は相変わらず手入れされていないが、肌色も髪色も違う。
薄黒い肌の――地球のいずれの黒人系とも違うトーンの黒――銀髪の小柄な人物だ。遠目に見るに皺一つ無く、随分と若返っているように見える。
「どうぞお進みください。皆様お待ちかねですよ」
兵士さんに声を掛けられ、足が止まっていた事に気付いた。俺は軽く礼で受け、兵士さんの後に続いた。
長四角のテーブルの、席の前まで進むと、俺以外のメンバーの後ろにも兵士さんが立ち、席を引いてくれた。
俺は少し恐縮する思いを感じながら席に着いた。そして顔を上げると、そこにナグルザム卿がいる。
「ノガゥア卿。無事、成員皆さんでご出席となりましたな。何か良いきっかけでもありましたか」
外観が違い、声の張りも違うナグルザム卿。少し戸惑ったが、敢えて戸惑いを隠すことは辞めることにした。
「はい。宿泊していた宿の温泉の女将さんが、ヒューさんにとって良い仕事をしてくれました」
「温泉? と、言うと……『紅の酒』か『たらふく食家』ですか。宿はどちらを?」
おっとナグルザム卿、エルクレアで温泉持ってる宿を把握してるのか。さすが統治者だな。
「『紅の酒』の方です。アリアが温泉でのびてしまって、女将さんがその介抱を手伝ってくれました」
「なるほど。人の行動に心を打たれ自身も変化する、というのは、人族も魔族も変わりありませんからな。
頑なであった外交使節の方を変えたのですから、その女将には褒賞を出さねばいけませんな」
そう言って、笑顔で笑う。宝物室での不機嫌な様子は、今はない。
「まぁ、積もる話は食べながらと行きましょう。いつまでも我々が話していると、食欲旺盛な者が暴れ出してもいけない」
と苦笑いをする。冗談なのか本当なのかよく分からないので、俺も苦笑いで答えておいた。
***
酒も食事も、どれも素晴らしい。さすが晩餐会。
前世では縁の無い世界だったが、これも女神様のおかげだ。
会場には弦楽器の音が流れているのだが、バイオリンやヴィオラの様な高音はなく、ベース音だけの曲。
それが何というか、随分落ち着くというか。会場の喧噪を上手く打ち消すようになっていて、その工夫にも驚かされる。
と、ふとフォークを止めたナグルザム卿が少し身を乗り出して言う。
「後ほど地図をお渡ししますが、お話ししたとおり、西進し山脈を迂回するにあたり、北と南、どちらのルートを通るか、判断が難しい。
北側には虫型を中心に交渉の成立しない相手が住む区域があり、うっかり立ち入ったり指定領域外に出ている者とばったり出くわせば、まず戦闘になります。
但しルートは平坦で、馬車道が通っている為、馬車での移動では速度も出せます。一気に駆け抜けてしまうのも、手ではあります。
南側は獅子王『ネリオス・レオヴァリス』領地の自治領都市、『レオン』が、街道を塞ぐ形で存在します。それ故、獅子王との折衝が必須です。
獅子王はその性格上、気に入る者はとことん優遇し、気に入らない者は排斥する、極端な性格をしています。それ故のリスクがあると言えます。
ただ、獅子王は他の領地への影響力を強く持っているため、仮に獅子王に気に入られれば、その後の道程は安楽になる事でしょう」
食べながら話した限りでは、魔王直領に向かう為には、エルクレアから西へ1,000クーレア、そこから北西へ進路を変え更に500クーレア程を進む必要があるとの事。
西へ向かうと200クーレア程の所に、直進できない山脈が立ちはだかり、北側・南側のルートへの迂回を余儀なくされる。その内容が、今ナグルザム卿が言っていた話だ。
「仮に北側を突っ切るとして、もし虫型魔族と遭遇してしまって戦闘になったら、俺たちは戦って良いものですか」
魔族には、生存権の概念がある。全ての魔族生物の、生きる権利。
戦闘が発生すれば、そんなのに配慮している余裕は無い。俺たちが殺されてまで相手の権利を考えるなんて、バカな話だ。
だが、地球の人権侵害がことさら問題になる様に、生存権の侵害が魔族領の価値で『大問題』なのであれば、そもそも戦わないで逃げなければ後が大変そうだ。
「英雄殿。言いたい事は大体理解します、生存権の絡みですな?
魔族の生存権は、あくまで他の生き物の生存を侵害しない範囲に於いて認められます。つまり、戦闘になった時点で、相手の生命に配慮は不要です」
ナグルザム卿が先回りして教えてくれる。なるほど、生存権と生存権がぶつかる時には、無効になるのか。
俺はちょっとヒューさんの意見が聞きたくてそちらを向いた。
ヒューさんは、昨日のドカ食いが何だったんだと思える程に上品にフォークとナイフを扱い、静かに肉を切り分けていた。
「ヒューさん、北側のルートを取る事について、どう思いますか? 馬車道は通ってるようですけど」
「シューッヘ様。恐れながら申し上げますが、北側のルートを取ることにわたしは反対です」
ヒューさんが手を止め、俺の目を見てハッキリと反対の意を表した。
「それはまた何でです? 馬車道が通っていれば、強靱馬であれば高速で駆け抜けられるのに」
「虫型魔族の大きさ・種類・個体数が不明です。それこそローリスで見かける様な、サバクアリの様な小さな生き物が数百万という規模で押し寄せたら、馬がパニックを起こしてしまいます。
また、飛翔するものもいるかも知れません。以前わたしが魔界召喚をした『血喰い蜂』の様な、小さく厄介な飛ぶ魔物ですと、1匹……もとい、1体でも撃ち漏らせば、こちらが壊滅します」
血喰い蜂。屋敷でヒューさんが呼び出して、みんな刺されて鬱に落ちた、あいつか。
確かにアレの接近を1体でも許したら、戦意は消失してそのままガタ崩れになる。
虫型魔族って言うから、ついデカいムカデみたいなのがドーンといる様な事しか考えてなかった。
「ナグルザム卿、北側ルートは虫型魔族の生息域という事ですが、生息する種類などは豊富ですか?」
「ええ、大変豊富です。基本的に陸生の虫型魔族全ての生息域が、北側ルートの更に北の、大森林に集まっていると言ってもそれほど過言ではありません。
それ故、運が悪いと、そちらのヒュー殿が仰る様な遭遇もあり得ます。ルート自体は森林からかなり離れているので危険性は低いですが、無い、という訳ではありません」
うーん。運が悪いと……っても、わざわざ賭けに出ないといけない程に差し迫った状況って訳では無いからな。
獅子王ネリオスなんたらさんの性格にちょっと不安はあるが、自治都市レオンを経由した方が安全ではある、か。
「南側の、獅子王ネリオス……」
「ネリオス・レオヴァリス、ですな」
「あ、はい。ネリオス・レオヴァリス陛下の」
「ノガゥア卿。魔族の間では、王を自称するものを陛下と呼ぶ習わしはありません。全て『様』です。魔王様も含めて」
「あ、は、はい。獅子王ネリオス様の領地には、エルクレアと比べて何か特別な事はありますか?」
「特別なこと、とは?」
「例えば、獅子王様と会うのには野生生物を差し出すとか……」
俺の頭の中の基準がライオンだ。
獅子、ってライオンの意味の他に、架空の最強生物の意味がある。獅子は我が子を千尋の谷に、の方の獅子。
だが俺の中で、どうも獅子=ライオン、って頭が抜けない。結果、捧げ物は血の滴る動物って頭になった。
「貢ぎ物であれば、獅子王は酒を好みますよ。狩りは獅子王自身の何よりの楽しみですから、獲物だけ差し出されても喜ばないでしょう」
と、ナグルザム卿は静かにふふっと笑った。
そっか。狩りを楽しみでするものなのか、獅子王様は。
「もしレオンを経由するのであれば、わたくしが紹介状を書きましょう。レオンの官僚機構に巻き込まれると、待たされますからな」
「待たされる?」
「単なる訪問者として獅子王に会うとなると、数ヶ月程度は書類が役人の間でたらい回しにされます。わたくしの紹介状であれば、それは避けられます」
「あっ、ありがとうございます! その、もし良ければなんですが、良い酒の仕入れ先も……」
「良いでしょう。明後日の朝までに、『紅の酒』に使者を遣わせます。紹介状と地図と酒。他に要りような物は?」
俺は左右の仲間達に目を遣った。
ヒューさんはごく軽く頷く。アリアはニコッとして頷いた。フェリクシアは、アレ? 何か言いたそうだな。
「フェリクシア、何か必要な物があったりする?」
「必要な物という括りではないのだが……」
フェリクシアの言葉に、俺は主題の一つをすっかり落としていた事に青くなった。




