第19話 美味しいエルレ茶と黒糖クッキーは好みが分かれる。
エルクレアの気候は温厚だ。日差しも穏やかで、まるで日本の春のようだ。
陽光星という太陽の、直射光の下に置かれたこじゃれた金属製の椅子。空かし模様がオシャレで、がたつきも無い。
円形のテーブルは、空色をメインに淡い色のタイルをあしらった、これもオシャレなデザイン。
丘の下からは見えなかったが、サービング用なんだろう、白いクロスの掛かった小さな机もあった。
丘の上からは、庭園が一望できる。なるほど、庭園の中を歩いてきた時も花は美しかったが、見渡すとなお美しい。
程なくさっきの門兵さんが、銀のトレーを持って現れた。この国には執事に当たる職の人はいないのかな?
「お待たせいたしました。本日は晩餐会の最後に最高級のエルレ茶が出ますので、敢えてノーマルグレードのエルレ茶をご用意しました」
言ってサービングテーブルにトレーを置き、各人の前にティーカップを置いていく。
実に手慣れている。動きに無駄が無く、鎧を着けている事を忘れれば、一流の執事と見まがうばかりだ。
「エルレ茶は、温かいうちも美味しいのですが、冷めるとまた独特の芳香が楽しめます。是非ごゆっくりお飲みください」
俺の目を見てそう言ってくれる。ローリスでの生活ですっかりお茶にうるさくなってしまった俺にとって、新しいお茶、期待しかない。
ティーポットから注がれるエルレ茶は、紅茶や中国茶の様な濃い色ではなく、浅い色だった。地球で言うと、ジャスミン茶の様な。
眺めているうちに、他の面々にもお茶が注がれる。それぞれじっと、カップを見つめている。
「晩餐会に響くといけませんので、お菓子は軽く焼き菓子にいたしました。もしご要望があれば、もう少し食べ応えのある物もご用意出来ます」
「お気遣いありがとうございます。エルクレアの料理は凄く量が多いと感じますので、焼き菓子で十分です」
と、中央にうずたかく山盛りに盛られたクッキーがそっと置かれた。
……晩餐会に響かない様に、なのでは?
シンプルな円形・四角形のクッキー、中心にドライフルーツらしいのがあるクッキー、マーブル模様のクッキーなど種類は様々だ。
「このお庭は、既に去られた王族の方々が育てられたものですか? とても整っていて綺麗ですね」
「は、はは……この庭は、王族の所有であったのは違いないのですが、設計から施行まで全て、魔族の者が行っています」
門兵さんが乾いた笑いの後、実情を話してくれた。ふとヒューさんを見る。興味深そうに聞いている。
と、ヒューさんが少し前のめりになり、口を開いた。
「伺いたい。魔族の中には、造園に特化した種族の様な者もおられるのか?」
声の調子を聞く限り、魔族を嫌悪する色は無い。
「庭造りは時間が掛かります。それでいて、担当が変わると大体トーンが変わってしまいます。
ですので、魔族の中でも手先が器用で美的感覚に優れ、かつ長命な種族が長となり、長く管理をしています」
「なるほど。人間の基準で長命と言うと、せいぜい80か90程だが、魔族の長命はどの位なのか?」
「300歳を平均寿命とする種から、長命種と呼ばれます。庭を担当しているのはダークエルフですので、寿命は平均で1,200年ほどありますね」
「なんと! 人間の10倍以上の時を生きる種族が! そ、それでそのダークエルフ殿はいつからこの庭を?」
ヒューさんが『普通に』驚いている。
魔族だからと忌避していた、少し前までの雰囲気はもう無い。
これでヒューさんも、きっと問題無く晩餐会をやり過ごせる。ホントに良かった……。
「少しいわれがありまして……数代前のエルクレア王国に捕縛された者なのですが、当時からエルクレア王族は捕虜魔族の有効活用を図っていました。
その結果、ダークエルフ、名をクロウヴェルと言いますが、造園責任者として200年ほど掛けて、この庭園を今の姿にしています」
「200年。クロウヴェル殿は、1からこの庭を今の姿に?」
「はい、そう聞いています。200年前は単なる花壇程度の物だったのを、王族に提案し、この円形の大きな庭にしたそうです」
「人間ではとても及ばぬ、時間と労力の掛かる大事業であるな……改めて魔族の特性と能力に驚いている」
「まぁ、私ら魔族からすると逆に、短い人生であれこれと素早く、多くの事を為してしまう人間も驚きなんですけどね。まぁお茶でもどうぞ」
「お、これは失礼。頂くとしよう」
ヒューさんと門兵さんのやり取りが終わる。
ちょっとヒヤヒヤしてお茶にも手が伸びなかったが、ふう、一息つけた。
2回目エルレ茶。ノーマルグレードという事だが、どんなだ……
……んー、なんかこう、最初のより荒っぽく青いな。これはこれで俺は好きだが……ああやっぱり、フェリクシアはちょっと表情が固まっている。
クッキーと合うのかな、クセが強いけど。1つつまんでみよう……んー……かなり甘めのクッキーが、青々しいお茶と合うな。さっぱりする。
こっちのチョコっぽい色のクッキーは……ん、黒糖だった。甘さの種類が違うと、これは残念ながら合わないな。
と、俺がポコポコとクッキーを食べていると、それを皮切りにアリアもクッキーに手を伸ばした。
「あらこれ、面白い風味の組み合わせね。お茶の爽やかさとお菓子の甘みが重なって、すっきり美味しいわ」
「アリア、そこのマーブルのも、合わないけど面白いよ。チョコかと思ったら黒糖だったけど、不思議なマッチングがする」
「まーぶる? ちょこ? よく分かんないけど食べてみるね。……ん! これ私好きかも!」
合うんだ。人の好みは分からないものだ。
「お気に召していただいて何よりです。庭園内は自由に散策して頂いて構いません。晩餐会の準備が整い次第、また参ります」
そう言うと門兵さんはペコリとお辞儀をして、丘を下っていった。
「……あの姿で、魔族さんなんだよなぁ。やっぱり見た目じゃ分かんないですね、ヒューさん」
「左様ですな。しかも、エルクレアがそこまで古くから魔族を取り込んでいた事実にも驚きました。
表向きには、魔族の一方的な攻勢を、国を挙げて防衛・歯止めを掛けていた……事になっていましたので」
「それでその防衛費みたいなのを、同盟国に出させてた、ってことですよね?」
「はい。随分と長い間、まんまと騙されていた訳ですな」
どうもエルクレアは普通の国というより、ダブルスタンダードの狡猾な国だったようだ。
「視察とか偵察とか、エルクレアの実情を探る事は無かったんですか? 同盟国として」
「あまり回数はありませんが、そういう事はございました。ただやはり、魔族が自ら魔族と名乗らぬ限り分からない以上、視察団も見抜けなかったのかも知れません」
「防衛費って、国の軍隊を維持出来る程って事ですよね? そこまでの大きなお金を騙し取ってたのって、酷くないですか?」
「はい、大変けしからんと思います。ただ、魔族と友好的になった、などと他の同盟国に知れていたなら、エルクレア国自体も討伐の対象になっていたやも知れません。
それを考えれば、現にエルクレアで暮らしている魔族の平和な日常、そして人間と魔族の融和を守る為の、必要な嘘であったと言えるかも知れませんな」
なるほど、必要な嘘か。確かにエルクレアがオーフェン・ローリス連合軍から攻められたら、さすがに厳しいだろう。
エルクレアが国として討伐対象になれば、そこに住む魔族も恐らく討伐対象だ。誰も幸せにならない未来しか無かったはず。
「はぁー、それにしてもヒューさんが、魔族、って言葉に過剰反応しないようになってくれて、俺、嬉しいです。きっと無理はしてると思いますけど……」
「無理する、という程のものもございません。『紅の酒』の女将にしろ今の兵士にしろ、何ら人間と変わらぬ優しき精神性を持っているように思いました。
今まで魔族というと、野蛮で粗暴な危ない生物、という認識でおりましたが、その根底が崩れました。シューッヘ様にご迷惑を掛ける事も、もう無いかと思います」
「良かったぁ、これで俺たち、魔族領へも揃って行けますね! 魔族領は絶対、魔族しかいませんから」
「そうですな。魔族、領ですからな。今のダークエルフ殿の例もそうですが、どれだけ多彩な種族が魔族と一括りにされているのか、少々楽しみですらあります」
ヒューさんが穏やかな笑顔になった。ヒューさんなりの興味を持って魔族を見てくれれば、それはそれで良いだろう。
「ねぇシューッヘ、お庭見に行かない?」
「そだね、せっかくの大庭園、じっくり見ないともったいないね」
アリアに促され、俺たちは庭園へと降りていった。
***
「ローリス国使の皆様、まもなく晩餐会のお時間となります。控え室へご案内いたします」
庭をつぶさに鑑賞していたら、結構な時間が経っていた。日は少し落ち、夕暮れ少し前、といった様子だ。
さっきとは違う兵士さんが呼び出しに来てくれた。ニカッと笑顔がよく似合う、体育会系な雰囲気の若い兵士さんだ。
「ありがとうございます。みんなー、時間だってー」
「はーい、今行くー」
庭の一番端にいたアリアの声が響く。
「ヒューさん。いよいよ晩餐会ですね。心の準備は良いですか?」
「はい。シューッヘ様のお陰様にて」
「ご主人様。私は参加するのか? メイド服の人間が、客として席に着くのもどうかと思うが」
「ああ、それは考えてなかった。ごめん……もし何か言われるようだったら、悪いけど……」
「気にしなくて良い。可能な限り護衛の出来る場所・距離を保つよう努力する」
「国使の皆様ーっ」
「あーはいはいっ、今行きます! ……じゃみんな。行こう」
俺を先頭に、迎えに来た兵士に続いて渡り廊下の向こうの建物へと入った。




