第17話 夕飯食べた、翌朝起きて、街に出る。
ゆ、夕飯、食べ、きった……凄い量だった。
エルクレアのもてなしは、量。それを再体験した格好になった。
その凄い量の夕飯を、もの凄い勢いと美味い美味いの連発で食い尽くしてたのが、ヒューさん。
俺たちの方が若くて胃袋も元気なはずなんだが、前回2ヶ月の分の遺恨もあってか、とにかく食べる食べる。
こちらもよろしいですか、とか、都度遠慮気味なセリフは、言うよ?
けれど、どうぞと言うやフォークがすっ飛んでくる様を見るに、遠慮する本心は無いと見た。
あれだけ食べて、消化促進魔法も使わずに言った言葉に恐れ入った。
「この、腹がはち切れそうな思いをすることこそ、食の本分と思います故」
冷静を装って言ってたが、ふーふー言ってもいたので相当苦しかったんだろう。
部屋に戻った今は、俺はアリアに消化促進魔法を掛けてもらった。フェリクシアは適度に食べてたので大丈夫なようだ。
アリアは、酒が良かったのかとても上機嫌である。
ベッドに寝そべって、にへらにへらしてる。元が可愛い子なので、そういう一人笑いみたいなのも可愛く感じる。
「ねぇアリア。御機嫌だね、よっぽど美味しかった?」
「んー? うん、オサシミって言うのがー、凄く新鮮なー、アレ? えっと、味が新鮮だった!」
パッと華やいだ顔で言う。可愛い。これが俺の妻、あぁ、幸せでしかない。
「お刺身は、俺の元いた世界だと普段で食べてたよ。もっとも、魚によって値段とか違うって話だけど」
「そうよねー、あんまり安いお魚がオサシミで食べられたら、すっごく人気出ちゃって売れ切れちゃう」
「んー、そこは俺の世界の例から行くと、魚獲れさえすれば大丈夫みたいだよ? 大衆魚、なんて言い方あったけど、安い魚でお刺身向けってのもあったし」
「へぇー、美味しい世界なんだね、シューッヘ君のいた世界って」
にへー、として言う。
何か話のピントが合っていない気はするが、可愛いから良い。
「あとは、超新鮮じゃないと刺身に出来ない魚とかも聞いことあるよ。今日出てた塩漬けかな? あの細長い魚。アレも獲れたてだと刺身で行けるらしい」
多分アレはサンマと同じラインに並ぶ魚だと思う。
太刀魚です、とか言うオチはあるのかも知れないが。そこまで俺も魚に詳しい訳では無いからな。
「あーあの、ちょっとしょっぱかった、あのお魚ね? あのお魚はちょっとだけ臭み? あったわよね」
「臭みっていうより、ああいうクセかな。生を氷でしめてるだけでも、焼いて内臓まで全部食べる人も多かったよ、アレ」
「内臓までー? すごい食欲ね、ヒューさんでも内臓食べなそう」
「どうだか、あのモード入ったヒューさんだったら、骨までしゃぶりつくしててもおかしくないや」
「あははー、すっごくがっついてたもんねーヒューさん。あんなに食べる人だったんだって思った」
「だねー。王宮の食堂じゃ、そこそこの量をゆっくり食べてるイメージだったんだけど、今日は随分違ったね」
「もーすごいよね、次から次へ手伸ばして、パクパクパクパク止まんないの。お酒も結構飲んでたし」
「あーそう言えばお酒美味しかったね。俺、あの位緩い感じのお酒なら飲めるわ。アリアは濃そうなの飲んでたね、どうだった?」
「美味しかった! もうね、芳醇。すっごく芳醇。香りがね、こう、ふわーって来てから、どーんって。そのどーんが、もうすごくって」
何がどう凄いのやらよく分からん。満足できたって事は、伝わってくるんだけれど。
「アリアはハッピーな感じだね、良かった」
「はっぴぃ? それ何の魔法?」
「あいや、これは魔法じゃなくて……俺の世界の異国の言葉? かな? 簡単な言葉だから、普段の生活でも使ってたんだ」
「なんだか魔法名みたいなひびきの言葉ね、はっぴい。どんな魔法なのかなー?」
「きっとみんな笑顔になれる幸せの魔法だよ。ハッピーって、そういう意味だから」
「すっごーい、ステキ! みんなを笑顔にする魔法なのね? はっぴいがもっと広がればいいのにー」
「はは、魔法とは違うんだけどね」
さすがにズレが激しくなってきて会話が困難になってきた。
「フェリクシアは? 何だか凄く吟味する様に食べてたけど。口に合わなかった?」
「ん? ああ、もし不快な思いをさせたのならすまない。本格的な海産物というのは、実は初めてでな」
「えっ、初の海の幸?」
「ああ。食べた事があるのは、塩蔵のサーヴァの切り身を焼いたもの位で、今日の様に新鮮な物は初めてだ。頭も尾もあったしな」
「あーあたしのターンもうおしまいなのぉ? もう少ししゃべろうよう」
「じゃ入ってきなよ話に、アリア。フェリクシア、多分明日の晩餐会でも海の幸出るよきっと。もっと変わったの出るかも知れない」
「変わったのと仰ると、何がありそうなのだ? 海自体私は知らないから、海産物はとんと分からなくてな」
「あたし知ってるよ! アレでしょ、あのトゲトゲした中の食べるの! アレぇ、なんだっけ名前、えーと……」
アリアが大仰に頭を抱える。言いたいのは分かる、ウニだ。
この世界でもウニ食べる文化がある事には驚く。あの外見のを最初に食べた人には、世界を問わず敬意を表したい。
「俺の世界ではウニって言ってたね、トゲトゲ。美味いらしいけど、美味いのに当たった事がない」
「それも新鮮さがなければ美味くはないのか?」
「多分。街のスー……えっと、食料品店でも売ってたけど、瓶詰めのは。美味くはなかったな」
「瓶詰め? 身をほぐして瓶に詰めてあるのか?」
「身、ってか……ウニはアレはなんだ? 内臓? 脳みそ? よく分からない。生きてる栗みたいなもの、かなぁ」
「クリ? あの植物のクリか? あの外観の物が、生きている……トゲが動いたりするのか??」
フェリクシアの疑問符の顔。目を閉じて、首を傾けて、眉間にシワが寄る。
「俺も直接見たことはないんだけど、トゲがウニウニ動くんだって。それで少しは移動もするらしい」
「クリの外見で、動くのか。海底に転がっている、そのウニとやらを踏んだら、随分と怪我をしそうだな」
「痛いだろうね、ウニ踏んだら。ただ生ウニだったら、相当美味しいらしいから、見つけた人は喜ぶかも知れん」
「そんなに美味いものなのか、ウニとやらは。海は不思議でいっぱいだな」
納得っぽい言葉は言っていても、表情が疑問符の顔のままだ。ウニの想像がついてってないとみた。
まぁ、ウニが晩餐会で出る出ないはともかくとして、海は魚だけじゃないしな。海苔とかはローリスでも食べたが。
そうして夜は更け、眠くなる順に寝ていった。俺はアリアの後。
フェリクシアは静かに落ち着いていたな。どんな時も冷静で、頼りになる。
***
朝ご飯を頂き、みんなで街に出てみた。
時折、「あれ、ヒューさんじゃないの!」みたいな呼び声で止まったり。顔広く活動してたんだな、ヒューさん。
女将さんからは聞いていたが、ふと本人からも聞いてみたくなり、どういう目的でエルクレアに来た事にしてたのか、聞いてみた。
すると、
「設定としては、ローリスで一財成して隠居の魔導師が、終の棲家として気候の穏やかなエルクレアを目指した、という筋書きです」
と返ってきた。
なるほど、ローリスの気候は、知ってる人なら『城塞都市内部は穏やか』と知っているが、普通そうは考えまい。
「因みに、実際にそういう引退計画があったりします? エルクレアかどうかはともかくとして」
「はっはっ、わたしが引退させてもらえるには、引き継ぎ出来るだけの人材をまず育てねばなりません。
百名、二百名の優秀な者の中から、更に選りすぐった者が数名残る程度でしょう。
その者たちが皆、内政にせよ外交にせよ、何かしら使い物になるまでは、引退をする気はございません」
元気に笑いながら言う。一体何歳まで現役を張るつもりなんだろう。
ん? そう言えば、ヒューさんの年齢を知らないな。随分長い付き合いになってきたはずなのに、知らない。
「そう言えばヒューさんって歳いくつです? 失礼ながら、若くはないでしょう?」
「そうですな、若くはございません。今年で81を数えます」
「ヒューさん80代?! 外見はそこそこ納得行くけれど……よくその歳で、そこまで元気ですね。凄い」
「魔導師の才がある者は、外見こそ抗えませんが身体は元気に老いるものなのです。ですからシューッヘ様もきっと、元気に長生きなさる事でしょう」
「元気で長寿の秘訣って、魔力量とかなんですかね。それとも、循環が良いとかなんですかね」
「さあ、どうでしょうな。魔力循環と体液、即ち血液などの循環は、相関性があると言われています。ただ確定されたものではありません」
街を歩き、左右の店や建物を見ながら、よもやま話に興ずる。
この世界の長寿は、魔力に依存するのか。俺も第二の人生、長生き出来るらしい。
「そう言えば、ヒューさんが『中層領域』で活動してた、って話を聞いたんですが、この辺りがそうですか?」
「はい。主に生活に余裕がある層が住み、生活をする居住区ですが、宿などもございます」
「ヒューさん、この辺りを拠点にして、何をしてたんです? 秘密の会合に忍び込んでたとか?」
俺が言うと、ヒューさんは困り顔で笑った。
「よそ者がそのような事をしては、見つかった時に命の保証がございません。あくまで『生活』をしておりました」
「生活。そこでこの、エルクレアの地元民の人達に聞き込みとか、そんな感じですか?」
「はい、シューッヘ様の仰る通りです。2ヶ月もおれば、区域長クラスと話をする機会もあります。その辺りから、情報は得ておりました」
区域長ってのがどの位偉い人なのか分からないが、情報を持ってる人に2ヶ月でアクセス出来るのは凄いと思う。
と、少し遠目に、立て看板を置いている建物があった。これは、本体は白い。ただ、てっぺんから金のモールが飾ってある。
なになに……回復所はこちら?
「ヒューさん、アレってガルニアの回復所ですか? 俺、現物は初めて見ました、ローリスでも見たことなくて」
「はい、ガルニアの回復所ですな。シューッヘ様、少し奴らの鼻っ柱を折りに行きませんか? ガルニアの連中は、傲慢なのです」
ヒューさんがいじわるな顔をする。
鼻っ柱を折るという事は、俺の回復魔法を使うって事なんだろう。実際の施術者と比べられるのは面白い。俺は賛同した。




