第15話 『先生』公認 闇魔法回復魔法ゲット そしてヒューさんの改心、なるか。
マギの呪文の組まれ方は理解出来た。ネックはこの、マイナスのマギの発し方か。
ヒューさんも闇魔法の召喚魔法使っていたし、帰ったら聞いてみても良いかも知れない。
と思っていると、『先生』が開いていた手をグッと握った。
バシュッ、と圧が抜ける様な音がして、黒いもやが四散した。
「小僧、これが闇魔法の初級回復魔法、テラペイアーだ。どうだ、模倣出来そうか?」
「マイナスのマギ……えっと、闇のマギの出し方さえ分かれば、いけると思います」
「マイナス、か。小僧はセンスが良いな、なるほどガルニアの秘伝をコピーする素質はあるらしい。
他の魔法と闇魔法のマギの出し方の違いは、引くか押すかの違いだけだ。コツはいるが、大した事はない。
押し出さず、引きながら生じる様にすれば、闇のマギは使える。ちょっと、こっちへ」
呼ばれるままに、俺は『先生』と女将さんの近くに移動する。
「身体に触れるぞ? つまり闇のマギの出し方は、こうだ」
俺の腰にバンと手を当てられたと思ったら、手の先から少し下を掴まれた。
と、俺の腕の中に向けて、エネルギーが流れてくる感じがする。
いや、違うのか? 中に来る感じがあるが、もっと大きな流れは、外に出る流れだ。
「そこでマギを引っ張るように意識してみてくれ」
マギを引っ張る……俺はえいっとマギだけを身体の方に引っ張る感じで、マギを引いた。
すると、ふわっと手のひらの先から、黒っぽいもやが生じた。ただ、見ていても気持ち悪さはない。
「これが闇のマギだ。試しに回復魔法を使ってみるか? まだルリファスの顔に、少しアザになりそうな深いやけどが残っている」
「えっ、俺の為に患部を残しておいてくれたんですか?」
「いやそうじゃないさ。ワシの力ではここまで深いやけどを単回では治療出来ないだけだ。
5レアも離れてこれだけのやけどを負わせる力があれば、治す方に回ればなと思ってな。試してみてくれるか?」
「は、はい! 何か間違ったら、すぐに止めてください」
俺はちょっと深呼吸をした。
闇魔法のマギの扱い方は、今までの火魔法や水魔法とも、聖魔法とも違う。
引く。
この扱い方が、そもそも真逆なんだ。引き寄せるとも違うし、引いて吸収するのとも違う。
強いて言えば、引くとギアが働いて、引いているのに前方向へ力が行く感じ。そのギア自体は身体の中に既にある感じでもあった。
「女将さん、初めての闇魔法ですけど、先生も横にいらっしゃるので、リラックスして下さい」
「う、うん。あんまりリラックス出来る感じが、あんたからしないけれど、まぁあたしも覚悟決めるわ。頼んだわよ」
頷いて、目を半眼まで閉じる。手は伸ばして、女将さんの顔に向ける。
じっくりゆっくり、引く。まずは身体の中のギアが掛かる様にしないといけない。
ある程度引いていると、ギアに上手く掛かったのか、手先からもやが生まれる。準備は出来た。
マギを一気に自分の側に強く引きながら、唱える。
「[テラペイアー]!」
すると『先生』の黒よりうんと深い、漆黒のもやが生じる。
向こうが見えない感じでもなく、もやの密度は同じくらい。黒の黒々さが濃い感じ、ってところか。
そのもやは速やかに女将さんの肩から上を包み込んで、さっきの『先生』の時の様に、時折波打っている。
う、うーん……確かに俺の側の負荷は大きいな。胃が重くて気持ち悪い。腐った何かの近くにでもいる気分だ。
「……うむっ、もう良いだろう! ご苦労さん!」
と、突然腰をバンと『先生』に叩かれる。不意だったので集中が持って行かれ、魔法は途切れた。
「先生ー、どうです? 顔は痛くなかったから気付かなかったんですけどぉ」
「痛くないからと言ってやけどしていない証拠にはならんこともあってな。深い層だけが焼かれると、痛みが出るまで少し掛かる事もある」
女将さんがベッドから上半身を起こし、その腕を自分でペタペタと触っている。
「治ってる治ってる! 先生、いつもありがとうございます!」
「いやなに、疵が残ってからではな。早めの対処が大事だ。小僧の魔法も大したものだ、ワシより適性がありそうだ。さて、と」
と、『先生』は立ち上がった。
「では大事にな。もし痛みが出たり、突っ張り感が出るようだったら、すぐに来てくれ。聖魔法やけどは時にしつこいからな」
「はーい。聖魔法を喰らったのは初めてだったけど、結構ややこしい事になるのね」
「す、すいません女将さん」
「あー良いのよ良いのよ。お仲間さんへの気持ちで手一杯になっちゃうわよね、人間のあんた位の歳だと。無理ないから、大丈夫よ!」
ポーンとベッドから勢いよく女将さんが降りた。首を左右に倒したり、腕をぐるんぐるん回したりしている。
そっか、回復魔法でヒューさんの腰が治った様に、傷だけに効く訳じゃなくて、足りない所は全部直すのか、回復魔法系は。便利だな。
「あんたがやってくれた首、調子良いわよ。凄いわね、ここ何年か首ずっと痛かったのよ。先生でもダメで」
「俺の闇回復魔法、上手く効きました?」
「効いたわよー。首の痛みが無いのなんて何年ぶりかしら。まぁでも、しばらくしたらまた痛むんだろうけどね、慢性痛だから」
あっはっは、と明るく笑う女将さん。
取りあえず結果オーライと言うか、少しは役に立てたようで良かった。
そうして俺と女将さんは王宮から下がり、宿に戻った。
***
「な、何と! 魔ぞむぐもご」
「声デカいっすヒューさん」
俺はヒューさんの口をダイレクトに手で塞いだ。
女将さんが魔族だと伝えた瞬間に、顔付きが厳ついものに変わった。
出そうな言葉は大体分かって、言えば塞ごうと思ってたらこれだ。
「王宮で『先生』と呼ばれるガタイの良い男性と会いました。その人に、闇系の回復魔法を教えてもらったんです」
「むぐ……ふう、シューッヘ様、いきなり口を押さえずとも」
「押さえなかったら、間違いなく叫んでたでしょヒューさん。で、その『先生』ももちろん魔族なんですけど、見た目人間と違いはなかったです」
「それだけこのエルクレアには、もう魔族がはびこっていると」
「あーんもう。はびこるとか表現がいちいち偏見づくめなんですよ! 魔族の人達が、普通にっ、暮らしてるんです!」
「魔族の『人たち』と仰るのも解せません。魔族は魔族であり、人ではございません」
「ややこしいなあもう。数え方として、ひとりふたりで数えるんですって。文句あるでしょうけど、現状そうなんです」
「つまり、この宿の中にも、魔族が何匹いるか分からぬと」
「『匹』はダメー。それは家畜を数える数え方でタブーだそうです。普通はひとりふたり、獣寄りの方で一体二体です、さすがに観念してください!」
「う、ううむ……」
ヒューさんが難しい顔をする。
フェリクシアは、幼い時に受けた教育の影響を指摘した。
前の前の王様の時代なんて想像も付かないが、きっと保守的だったんだろう。
そういうのは、簡単には変わらないのが普通だと思う。
だが、魔族領への旅を一緒に続けるのであれば、変えてもらわないと困る。
「シューッヘ様。魔族というのは、元の性質は非常に残忍、かつ狡猾で、人と相容れぬものにございます」
「ヒューさんが今日知った魔族は、残忍でしたか? 狡猾でしたか? 今と昔で変わっている可能性を考えてください」
「しかし、本性というものはそう簡単に変わるものでは……」
「本性だ、と教わったのはいつ、どこでですか? 魔族の本性が、残忍で狡猾だと」
「それは幼い時代にございます。学校のみならずもっと幼少でも、そういう絵本はたくさんありました」
「絵本。それじゃあ、イスヴァガルナ様の活躍の絵本もありますよね。讃えるような、そんな感じの」
「は? はい、それはたくさんございます。断腸の思いと覚悟を持って、ローリス国民を犠牲にした、と」
「それ大嘘です。実際のイスファガルナ様は単純バカ。人の命でなくて良いのに、女神様の話を半分も聞かないでローリス国民を虐殺したんですよ?」
「そ、それは真ですか」
「女神様が仰っていたんですから間違いありません。それだけ情報というのは、発信元に都合良く書き換えられてるんです。教科書だって例外じゃないです」
難しい顔だったヒューさん、更に難しくなるかと思ったら、何か得心がいったかのように、ふむ、と一言発して、軽く頷いた。
「何か思い当たる節でもありましたか?」
「大した事ではないのですが、昔から不思議に思っていたことがございました。
魔族がそれだけ残忍無比であったのであれば、徒党を組んでローリスにしろオーフェンにしろ、攻めて来てもおかしくないはず、と。
しかし実際には、ローリスは二百年以上一切攻められておりませんし、オーフェンも先日初めてサキュバス1体の侵入と、初の直接侵攻を受けましたが、最近のこと。
幼き頃に学んだ様子では、野蛮で戦闘好きで領土拡大に野望を持ち……そんな教えから早七十数年が経ちますが、魔族が動き出したのはごく最近のみです。
領土を接していたエルクレア、魔族と人間の平和的融合は確かに見事です。仮にこの宿の女将が魔族であるならば、人間相手に商売をするだけの知己もある。
野蛮で知恵足らずの戦闘狂、というイメージを持っておりましたが、それはこのエルクレアの実例で、否定されました。
教育は絶対のものと思っておりましたが……やはり教科書編纂者の意志であったり、当時の陛下のご意志であったり、色々とノイズが混じるものなのですな」
ヒューさんの、自戒とも感じられる言葉。
これで魔族への偏見が一層されれば良いんだけれど……




