第8話 魔族が呆れる頑ななヒューさんと、これからどうしていこうか。
「よろしいので? そちらのご老体は、若い貴殿の『おもり役』かと思いましたが」
「まぁ、間違ってはないですね、いつもとてもお世話になってます。でも、魔族への意識が古すぎるのは、ちょっと……オーフェンに一緒に行けなかったのが大きかったかなぁ……」
俺の眉は寄り、眉間に力が入ってしまう。
そう、ヒューさんももし、あの白亜の王宮の「あの場面」にいたら、きっと考えが変わったはず。俺は少なくともそう信じる。
「オーフェンに差し向けられたサキュバスは、任務自体は失敗しても、英雄の意識を変える大業を成し遂げた、と言ったところですか」
「ですね。でも申し訳ない事に俺も、出会ってすぐにはこの短剣を抜いて、問答無用で斬りかかってるんです。ヒューさんの事をどうこう言える人間ではないんですよ、本当は」
と、腰の短剣をちょっと抜いて、刀身を明らかにする。
暗い中でも、少しの光を反射してキラリと光る星屑の短剣。ナグルザム卿も目が少し真剣になった。
「それは……魔導水晶に強硬化の表面処理が為されていますな。そちらはどういう来歴で?」
「これは、俺もヒューさんから結婚祝いに頂いただけなので、来歴は……ヒューさん、分かります?」
俺がヒューさんに向くと、ヒューさんはぷいっと顔を背けた。
子供かっ! と思わず内心突っ込むが、そこはそこ面白くないんだろう。
「ヒューさん、今はナグルザム卿がこの短剣の情報を欲している場面です。ヒューさんが知っているなら、こういう会話こそ、関係性の始まりですよ?」
「シューッヘ様もお人が悪い……星屑の短剣、と呼ばれるこの宝物は、ローリスに『いつの間にか』あったとされる宝具です。
少なくとも200年は前から存在し、時の王が権威として腰に着けていた事もありました。ただ結局来歴は不明で、ある日宝物庫にあった、とだけ言われております」
「ある日突然ですか……」
ナグルザム卿が軽く首を傾け、杖のない手で顎に触れ、深く考える様な顔付きになった。
目をゆっくり、大きくつむったり、時折眉をひそめたり。そうした後に、前を向いて口を開いた。
「これを言うと、そちらの爺やは余計腹が立つやも知れませんが、もしかするとこれは、我が主、魔王様が戯れに授けた物やも知れません」
へっ、魔王が?
ローリスの、宝物庫に?
ゴミでなく使える武器を?
いやいや……訳が分からない。
「ナグルザム卿、魔王陛下が、というのはどういう意味ですか? 魔王陛下は、ローリスに来たことがあったりするんですか?」
「最近はあまりお出かけをなさらないと伺いますが、しばしば行方知れずになるのが我が主でございます。
魔族領内のいずこかにお出ましの場合もあれば、人間の領土のいずこかの場合もあります。地図1枚さえあれば、自在に転移・移動が出来る御方ですので」
地図だけで移動できる転移魔法か。距離の制限とか無いんだ……魔力が凄いのかな。規格外の魔導師な魔王様だな。
でも仮にローリスにまでは来たとしても、宝物庫に入れたのか? しかも何で人間にもの凄い武器を? 分からん。
「魔王陛下が移動が自由なのは分かりました。ですが、ローリスの……言わば敵側の宝物庫に、本当に役立つ凄い武器を、何故?」
「あくまでお戯れにございます。700年ほど前からの今世のお身体で陛下は、発明を好んでなさる様になられました。武器や防具に限らず、様々な魔道具もです。
魔道具などは、その発明を分解・解析し、直領地やその他領地の利便の為に使われる事が多くございます。されど、武器防具は、それがありません。
発明家としてのお気持ちなのでしょうか、御自身の発明が『何かしら』で活用されるのを願って、使いそうな所に置きに行かれるのです」
魔王陛下は発明家?
イメージ崩れるな、凄い魔導師で高貴で……ってより、油まみれになってスパナ握ってるイメージしか湧かん。
「ナグルザム卿。いい加減なことを言うのはやめられよ。ローリスの宝物庫に魔族が侵入出来ようはずもない。対魔族防衛は完璧だ」
「さればご老体、わたくしが魔族であることを証明されよ」
「証明? そんなものを待つまでも無く、貴殿は魔族であろう」
「だからそれを証明してみせよと申し上げている。姿形でも、魔力の性質でも何でも構わない。我が人間では無く魔族である、と証明してみせてくだされ」
「…………」
言われたヒューさんは押し黙った。あれっ? 魔族と人間って、実はそんなに近い存在なの?
「魔族が真体の姿でいる時であれば、明らかに魔族であると区別も付くでしょう。されど、人型を取っている時、区分をするのはまず無理です」
「魔族には、特有の魔族波長があると伝えられている。それを計測できれば、魔族であることが証明出来る」
「迷信ですな。真体が発する魔力には、魔族特有の波長は確かにあります。されど人型を取るとそれは消え、区別はつきません」
「い、いやしかし……接すれば必ずや分かるであろう!」
「では貴殿の横に立つ衛兵は人か魔族か。二つに一つです、お答えください」
「この者は間違いなく人間であろう。背格好にしろ、魔力の自然さにしろ、魔族ほどの強さは無い!」
「ザムザ、見せてやれ」
「はっ。では失礼して」
ザムザと呼ばれた、ヒューさんの横に立っていた槍持の衛兵がナグルザム卿に敬礼をし、その槍を近くの棚に立て掛けた。
そして、フッ、と強く息を吐いた。すると直後、驚くべき事に腕も肩も足も、筋肉が倍増した。
固いプレートアーマーでは無いので、パンパンに膨らんだ太い筋肉は自由にその姿を鼓舞し、鎧は一回り膨れた様な形状になった。
思わず目を剥いて驚いていたのだが、身体の変化は如実なものがあったが、顔はそこまで変化していない。
確かに筋肉質特有の太い首、引き締まった顔付きではあるが、そこは兵士、元々それなりに身体は出来ている。
ナグルザム卿がああ言って、それで変化したという事は……これが「人型から魔族型」への変化なのか?
「ザムザ。中途半端はいかん。そこの無礼者共に、魔族の体付きを見せつけてやれ」
「ははっ! ぐぅ、グアアアア!!」
上を向いて咆哮を上げた衛兵ザムザ、その途端、上半身のアーマーを繋いでいたベルトが、バツンと音を立てて切れた。
筋肉は何倍にも膨れ上がり、もはや筋肉の化け物だ。人間がどう鍛えても、こうはならない。首と肩は同じ幅だし、腕は大木の丸太の様に太い。
アーマーの留め具が外れた事で、ザムザの上半身が完全に露わになった。色も違う。血管で身体が出来ているかの様な色をしている。
そしてそのザムザは、さっきまでの立位から、四つん這いに姿勢を変えた。
なるほど、四つん這いのスタイルを見ると、この筋肉の付き方も納得が行く。極太い後ろ足で蹴り進み、かつ腕でも攻撃が出来る。特攻型アタッカーだろう。
「ご老体。貴殿はこのザムザを人間と言った。今のご気分は?」
「く、くぅ……わたしの見識不足であった。ザムザ殿は、魔族だ」
「人化、もしくは擬態が上手い者であれば、見た目で人間か魔族かは判断つかぬものです。それすら知られていないとは、寧ろ驚きに値します」
ナグルザム卿はあくまで冷静な調子で言う。それだけ『文明の差』が歴然なんだろう、と俺は思う。
数々の、神様による滅びを経て、リセットを積み重ねながら進んだ人類と。
発生の太古からずっと存続し続け破滅の憂き目に遭っていない魔族と。
育んでいる歴史が違うのに、人間は魔族を軽く見て、ただただ感情的に滅ぼす事ばかり考え、情報収拾を怠った。
2ヶ月、ヒューさんがエルクレアにいた時に、人と思って接してた魔族はどれだけいただろう?
エルクレアに入植が進んでいるのだとすれば、3人に1人くらいは魔族でもおかしくはない。
思いを巡らしていると、ザムザと呼ばれた衛兵は、その姿のまま槍を小脇に抱え、思った通り四つん這いのまま後ろ足で蹴り進む――ウサギのような――進み方で、宝物室から出て行った。
「ザムザさん、見事な筋肉でしたね。あれは、種族固有のものなんですか? それとも、鍛えたからですか?」
「両方ですな。元々『筋肉兎人族』とも呼称される位、筋肉がつきやすい種であるのは間違いありません。
とは言え、その筋肉が無駄に重しになったりせず、スムースに、かつ力強く動けるのは、訓練の賜物です」
俺とナグルザム卿との会話は、何となく無難に終わる。
問題はヒューさんなんだよな。この人も入れて、無難に話せる様にならないと、これから先がキツい。
「ヒューさん、どうでした? ザムザさんの筋肉。人間が鍛えても、あそこまでは行かないですよね」
「ム、ムム……ま、まぁ、魔族固有の力なのでしょう。我々から見れば、穢れた力とも」
「なんでそうなるんですヒューさん! 筋肉に穢れも清いもあったもんじゃないでしょう!」
俺がさすがにイラッときて年の差も忘れてどやしつけるも、ヒューさんは釈然としなさそうな顔付きである。
と、いつの間にか真横にいたフェリクシアが、トン、と肩に手を乗せた。俺もテンションが上がりすぎてるのを意識出来、ハッとなる。
「ご主人様。ヒュー殿にそれ以上迫るのは、単に無理な題目を押しつけることになるだけかも知れない」
「フェリクシア、それはどういう意味?」
「ヒュー殿の中には、魔族とはこうだ、という固いイメージがあるようだ。私の世代には無いものだから、前々王の教育課程などが関係するのかも知れない」
「前の前のローリス王の、教育政策ってこと……?」
「あくまで予想ではあるが、幼い時に強く教育されてきた概念は、とても変えづらい。今ご主人様がヒュー殿に迫っておいでなのは、そういう内容な気がする」
「そっか……だから堂々巡りというか、どう言っても理解が共有されないのか……」
俺はここで、ヒューさんとこれからどうやって行くか、考えなくてはならないことに気付けた。
少し更新ペースがマチマチになります(現状ストックゼロです(涙))。




