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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第5話 開けて良いような箱ではなかった。


「構造自体は複雑ではないが……敢えて箱に偽装した意味が分からないな」


 手をかざしたままのフェリクシアが言う。

 箱に、偽装? つまり、これ自体は箱ではないのか。木箱にしか見えないんだけれど。


「箱じゃないなら、これは何? 俺には全く木箱にしか見えないんだが……」


「厚い金属表面に、木箱に見えるよう木材を貼り付けてある。材木の貼り付けも精緻で、隙間などもない。

 木材の内側は厚みのある金属層、その内部には、大きなるつぼの様な物がある様に感じとれる。

 るつぼの中には、組成不明だが鋳溶かされたであろう金属塊と、その上に山積みの、恐らく金属貨幣の様な物がある。


 箱を開けるには、天地左右のいずれの面から開けようとしても、開き口がない。箱の下、3分の1の箇所に極細い切れ込みがあるから、地面と水平に持ち上げれば良いだろう。

 かなり精密加工されていて無駄な隙間は一切ないので、相当な力持ちでないと隙間を空ける事すら出来ないだろう」


 と、一通りの解説をしてくれたフェリクシアが、箱に向けていた手を引いた。


「鋳溶かされた金属って……この箱の中って、炉なの?」

「炉か。ある意味間違いではないが、ご主人様は『るつぼ』を知らないか? 高温に耐える焼き物で、金属を溶かすのに使うんだ」

「るつぼ、るつぼ……何か知ってる様な気がしなくもないけれど曖昧だな。罠とかの方面はどうだった?」

「罠はないと断言出来る。箱の中に動く余地のある魔力は一切無かったから、突然爆発したりは、絶対無い」


 フェリクシアの安全宣言を聞いて、俺は改めて箱を見下ろす様に立った。

 箱は、膝丈より大きく、横幅もある。ワインのエイジングにしたって2本積み重ねて入れられそうな程の高さがある。

 それが、実は中にるつぼ? という金属の融解炉があるらしい。


「あの、衛兵さん。どうにも重そうなので、開けるのを手伝ってもらっても良いですか?」

「はい、勿論です! しかし、マギ・アナライズですか。上級の魔法をお使いになられる……」

「職務で正体不明の物をよく扱うんで、必要から習得、ですね。フェリクシアもそうです」


 衛兵さんは感心した様に、なるほどと言って顎を撫でている。

 いや、それはともかく、力仕事手伝ってほしいんだが……


「俺こっち持つんで、この辺りかな? フェリクシア、この辺りを上げれば良いの?」

「ああ、つかみ所が無いだろうが、無理矢理まっすぐ上げればかぶされた蓋は開く構造だ」

「って事なんで、この辺りを持って、グイッとお願いします。俺も準備します」


 俺は勢いよく一息、息をフーッと吹いた。

 息を吸い込むのと同時に、腕にその息が魔力を伴って高圧で充填される様をイメージする。

 足でやると違和感無いんだが、腕でこれをやると、途端腕が2倍くらいに膨らんだ感じがして、ちょっとキモい。


「じゃ行きますよっ、せーっの!」


 衛兵さんと息を合わせて、箱の側面に手をべたっと押しつけて、そのまま上に引き上げる。

 さすが精巧に作られているだけあって、空気がじわじわ入ってくる程度の速度でしか上がらない。

 けれど、その速度でも着実に、木箱だと思っていた物の蓋が上がる。蓋がズレた所は、金属になっていた。


「もう少しですっ、ゆっくり、まっすぐ!」


 声を掛け、衛兵さんとタイミングを計る。蓋が箱から外れると、突然軽くなってぐらっとした。

 幸い衛兵さんがしっかり蓋をホールドしていてくれたので、落とさず・転ばずに済んだ。


「……な、なんと、こ、これはっ!!」


 箱の蓋を両手で持ったままの衛兵さんが、箱の中を見てその表情が変わった。

 俺も箱の中を覗き見る。るつぼ、というのが素焼きっぽい焼き物だと分かった。かなり大きく、箱一杯の幅があるそのるつぼ部分の形状はぐっと凹んでいるんだが、その凹みの8分目辺りまで、固まった金色の金属で満ちていた。

 冷えて固まったのだろう金色金属とは別に、その上に、小さな金貨が大量に乗せてあった。これは、溶かさなかったのか?


 俺は、この乗ってる金貨は、見たことが無い。ローリスで使われていた金貨より相当小さく、小指の先ほどしかない。

 コインの表面には、コインの円に従って一周ぐるりと何か文字っぽいものが刻印がされているんだが、これも読めない。


 手に取って観察したかったが、今まさに衛兵さんはわなわなと身を震わせて、怒りとも仰天とも違う複雑な表情をして、箱の蓋を持ったまま。

 もしかすると、エルクレアの重大儀式的なものに関わる何かかも知れない。

 不用意に触れるのはやめておこう。


「箱の蓋、預かりますね」

「……あ、あぁ、助かる……これは、ナグルザム卿に御報告しなければ。皆様恐れ入りますが、この中身には触らずにお願いいたします!」


 俺は衛兵さんの必死さ溢れる声と形相に、強く頷いた。他の面々も然りで、それぞれにしっかり頷く。

 衛兵さんは薄暗い宝物室から駆けて出て行った。当然今この宝物室には、俺達ローリスの面々だけだ。


「……何なんだろ、金貨? でも金貨だったら価値はあるんだから、王族の人たち新しい領地に持っていくんじゃないのかな……」


 俺が独り言の様に言うと、それにフェリクシアが応じてくれた。


「金、と考えるのは早計かもしれない。例えばだが、黄銅鉱の様な『金色の金属』でしかなくて、王族にとって価値がないとかな。にしては、衛兵殿の焦りぶりは……」

「アリア、丁度都合良く衛兵さんの心読めてるとかって……」

「あったりするわよ? ふふ」


 アリアがちょっと意地悪そうに微笑んでみせた。


「あの衛兵、『これは勇気の小金貨ではないかっ、愚かしきエルクレアの王族共は、敵兵の心の支えすら、易々と蹂躙するか』って。怒り心頭だったわ」

「えっ、怒り心頭って程だったんだ。そこまでは気付けなかった、これはちょっと気をつけた方が良いね。勇気の小金貨、って言ってたの?」

「うん。あの人がそう言っただけだから、あたしはそれが何で、何の意味があるのかは分からないけれど、蹂躙とか、心の支えとか、思ってた言葉が強いのは気になったわ」

「エルクレアの王族への、怒り……蹂躙とか随分怖い事を思ってたんだね。これはちょっと、静かにしてた方が良いな。アリア、誰かの声が読めるようなら、バンバン読んでおいてくれる?」

「分かったわ」


 そうして箱の蓋を地面にゆっくり下ろした俺は、仲間共々黙り込んだ。

 俺の横には、アリアがいる。何か気付いたらささやき声で聞こえる距離だ。


 静まりかえっていた宝物室に、遠くからカツーンと甲高い音が届く。ペースは遅いが、繰り返しその音は届いた。

 あの音は、間違いなくナグルザム卿の杖の音だ。重たい杖で、石の床を突いて進んでいるんだろう。急いではいるようだ、さっきよりペースは速い。


「アリア」


 俺はごく絞った声でアリアを読んだ。

 アリアは俺にしゃがむよう、肩をつかんだ。俺がしゃがみ、耳と口の高さが同じになる。


「ナグルザム卿も激怒してるわ。こんなことならば、あの者共に恩情など掛けるべきで無かった、と繰り返し思ってる。間もなく来る」


 アリアがスッと離れると、杖の音がダイレクトにこの部屋に響き渡った。


「衛兵! 人間共の愚行の証はいずこか?!」

「はっ! この奥の、箱状に偽装された炉にございました!」


 カツン、カツン、と鋭い杖の響きが近付いてくる。

 別に俺たちは、同じくくりの「人間」ではあるが、悪いことはしていない。

 緊張する事も無い、と頭では思うが、気持ちがヒリヒリして来る。


 カツン。俺達の前まで、ナグルザム卿がやってきた。その顔は、さっきまでの弱い雰囲気は無い。頑なに怒りを抱いた者の顔だった。

 俺達の目を一巡し、その顔のままに再度衛兵に向いた。


「ローリスの方々は、その炉の存在を知っていたか」


 衛兵に向けられた声は、さっきまでとは俄然違う威厳と、底知れぬ恐ろしさに満ちた声だ。


「い、いえ恐らくご存じでは無かったかと。また中身についても同様に、知らなかったと思われます!」

「ふむ……検分させてもらう。ローリスの方々も恐れ入るが、この場に留まって頂く」


 箱から少し離れた所に集まって立っていた俺達の左右を、槍持の衛兵が挟んだ。

 ……あくまで念のため、それから逃げ出さないように、ってところか。槍をこちらに向けるでなく、槍兵は厳しい顔して立っているだけだ。


 カツン、カツン、カツ。杖の音と共に進み、箱の前に立ったナグルザム卿は、杖を傍らの衛兵に渡し、その両手を合わせた。

 目をつむり、頭を軽く下げ……何かを弔っている様な、日本式っぽい感じの弔いの仕方に見える。

 そのままナグルザム卿は、金属塊の上に手を差し出した。


「[マギ・アナリシス・チャンネル・タイム]」


 ハッキリした魔法の発話だ。俺の知らない、マギ・アナライズ系の上位版なんだろう。

 ナグルザム卿の手から発されたふわふわと揺らぐ光が、穏やかに、るつぼと箱全体を照らしている。

 黙ってそうしているナグルザム卿には、どんな情報が入っていっているんだろうか。


 魔法の静かな発動はしばらく続いた。魔法の外観とは違い、ナグルザム閣下の表情は硬い。それだけ得られる情報が多い魔法なのだろう。

 ナグルザム卿が、黙って一度、深く頷き、そのまま目を伏せた。そして、手を引いた。魔法の光も消える。


「……英雄殿は、この金貨をご存じか?」


 あくまでるつぼに視線を落としたまま、ナグルザム閣下が聞いてきた。


「いえ、初めて見ました。ローリスには出回っていませんでしたし」

「でしょうな。これは魔族世界にしかない……通貨ではなく、まじない・願いの類を受ける、呪具です」


 呪具、という言葉に、背筋がゾクッとした。



「この金貨の成れの果ては……最初の1枚は、330年前に炉に投じられ、溶かされた物です。

 時はルナレーイ軍事王国にドワーフの新王が即位した時代。前線がここより遙かに魔族領奥側にあった時代です。


 この金貨、一般に『勇気の小金貨』と呼ばれますが、これは兵は持てず、部隊を率いる将のみが持つ事を許される物です。

 しかも、全ての将はそれぞれその名を陛下から呼ばれ、直接賜ります。魔王陛下から直接、下賜される大切な金貨です。


 魔族は死すると、魔霊界という死後の世界に渡ります。再びこの世界に生まれ変わるためには、この小金貨1枚分の労働が、魔霊界にて必要です。

 死後の世界の労働は、ほとんど賃金が与えられず、死後は皆、この世界での何年何十年と時間を掛け苦労して労働し、生まれ変わります。

 が、この金貨を持って死んだ者は、すぐに生まれ変われる。魔王陛下が魔霊界との取り決めを付けて下されてあり、そういう事になっておるのです。


 人間にとっての死後の世界は、聞くに随分と曖昧なものですが、 魔族の死後の世界は非常に明白です。陛下が、生と死の中間におられる様な御方でありますからな。

 陛下がこの金貨に託される思いは、その者が将として兵を率いる際、自らの命惜しさに足を引っ張られないよう、死後の約束として与えられる。それが『勇気の小金貨』なのです。


 将達は戦いの際は、必ず身につけて出陣しました。

 それがここに、鋳溶かされ原型の無い物も含めこれだけの量あるという事は……人間は、戦いに敗れた魔族の遺体を、ことごとく漁ったのでしょう。

 陛下からの賜り物であるのに、わざわざ鋳溶かされてしまって……人間は、一体何を考えているのだ。魔族の尊厳を、命の尊さを踏みにじり……」



 ナグルザム卿の声も手も怒りに震え、横の衛兵がその身体を支えに入るほどだった。

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