第2話 食 べ す ぎ でも公務に取りかかる。
は、腹が苦しい……
酒も飯も、この上なく美味かった。美味くて、食べて食べて食べまくった。
フライスさんへのお土産も山ほど出来た。人間が食べられる限界を軽く超えてきてる気がした。
アリアも、苦しそうに腹をさすり、浅い息をしている。今日は飲むより食べる比重が大きかったアリアも、ポンポンの様だ。
フェリクシアとヒューさんは、程よく頬を赤く染めて、あれだけ食べたのに平然としている。いや、平然というか、上機嫌な感じだ。
最後に出た紅茶がこれまた美味しかったんだが、カップ1杯がどうしても飲みきれない程に腹一杯。
消化促進魔法とか無いだろうか。生活魔導師のアリアなら、何か知っているかも知れないな。
ヒューさんと女店主は、意気投合といった調子でワイワイとよく話していた。
ただ、会話の内容は決して与太話ではなかった。ヒューさんが上手いこと誘導して、エルクレアの現状を聞き出していた。
曰く、エルクレアの主たる貴族と王族は、現在この国にはいないとの事だった。公然の秘密として、誰も口にはしないと。
ではどこへ行ったのか。これも公然の秘密で、王族貴族たちは皆、魔族領内の都市に移ったのだそうだ。
となると、今この国には統治者たる国王がいない。貴族もいないとなると、いわゆる支配層が丸々いないことになる。
ヒューさんも、酒に酔った調子で軽口を叩くかのように、大声でそこは突っ込んでいた。いったい誰が統治するんじゃそれはー、と。
どうも今の統治者は、魔族であるらしい。ただその、国トップの魔族が人前に出る事は決して無いらしく、あくまで噂だ、と言っていた。
ただ、魔族による支配だからと言って何か不都合があるかとヒューさんが問うと、即答で「いや全然?」と返ってきた。
何でも、商売の利益に掛かる税金が安くなり、国外品の値段も下がり利用しやすくなった、と。関税を下げたのだろうか。
税金面だけでなく、ガルニアが絡む治療院の増設や、生活に役立つ魔道具の積極輸入政策なども行っているそうだ。
治癒魔法がガルニア独占である以上、ガルニアと話を付け魔導師を派遣してもらわないと、治療院は決して作れない。
魔族がどう交渉したのかは分からないし、そもそも聖属性を苦手とする魔族なのに治療院を誘致するとは。明らかに領民思いの政策と言えそうだ。
とは言えまず俺に必要なのは、消化促進の薬か魔法だ。アリアに何かないものか。
「ねえアリア、食べ過ぎに効く生活魔法ってない? 消化促進とか、そういう感じの」
「あー……あるわそう言えば。どの位の強さで使う? 強すぎると、すぐおなか空いちゃうのよアレ」
「そうだな、満腹は維持されてても、苦しくない程度に」
「分かった。あたし自身も必要だわ、[ダイジェスト・フードアンドドリンク]」
アリアが自分のおなかに手を当て魔法を唱えた。黄色の光が生じ、次いでアリアがフーッと息を吐いた。
「楽になったわー、ホント食べ過ぎちゃったから……シューッヘも、今するね。[ダイジェスト・フードアンドドリンク]」
俺のおなかに当てられた手の黄色い光が腹に当たると、胃袋がグググッと突然強く動くのを感じた。
これはこれで、未消化の食べ物を胃から無理矢理送り出してる様な気もするが、後で下痢とか便秘にならんのかな?
「ふー……うん、楽になった、ありがとう。これ後で便秘とかにならない?」
「ならないよ。胃が動くからびっくりすると思うけど、同時に消化促進が凄く効くから、消化不良にはならないんだ」
「ほっ、そうなんだ。便利な魔法、さすが生活魔導師様!」
「なにそれー」
アリアは苦笑いをした。生活魔導師、という括りは無いのかも知れない。
「ヒューさん、フライスさんに食事を届けてから、王城に行く感じで良いですか?」
「そうですな。フライスもこれを食べきれるのか疑問ですが、まぁ傷みやすい物は無いので良いでしょう。
王城へ参るにしても、親書を以てしてもそのまま入れるかどうか、少々疑問です。魔族が支配層となると……」
うーん、確かに。元々この親書、エルクレア国王宛ての物でもあるし。
「とは言ってもヒューさん、二の足踏んでいても進まないので、門前払い覚悟で行くしか無いと、俺は思います」
「わたしもシューッヘ様と同意見です。こうしている内にも我々の情報は諜報機関から現エルクレア上層部に伝わっているでしょうから、早い方が良いでしょう」
フライスさんに食事を届けた。
さすがに(すごく大食らいそうな)フライスさんも、ヒューさんとフェリクシアの両手の袋一杯の食事に面食らっていた。
***
「あれが、王宮? 思ったよりあんまり立派じゃ無いって言うか……」
街の高台にある岩場の影から遠目に王宮を見ながら、アリアは首を傾げながら小声で言った。
確かにアリアの感想ももっともだ。外観も城っぽい作りですらない。
オーフェンの巨大城、ローリスの普通の城、より遙かに、うんと小さい、領主館程度の建物。
だが、ヒューさんの調べによれば、アレが王宮なのだと言う。
遠いから見づらいが、入口に門兵もいるから重要な建物なのは間違いなさそうだ。
「ヒューさん、あの門兵に親書を示して、それだけで通れそうですか?」
「微妙なところですな。ローリスの国章を知らぬ門兵はおりませんでしょうが、魔族の息が掛かっておると、交渉に入れないやも知れません」
ローリスとは違い、高台には涼しい風が吹いていて、居心地が良い。
ずっと眺めてても良いけれど……
「結局、動いてみないと分からないですよね」
「そうですな。時を浪費しても良い事はございません。早速参りましょう」
ヒューさんが立ち上がって進む。それに続いて俺達もみんなで進む。
高台からは一直線に領主館、じゃない、王宮に行ける。これ高台から攻撃されたら一発じゃね?
高台を降りきってレンガで舗装された道に降り立つと、さすがに衛兵らしき人が寄ってきた。
衛兵、と言ってもそこまで厳つい格好でもない。細い槍こそ持っているが、鎧は軽装の革鎧、それだけ。
「旅の者か? あの高台から直接王宮へ接近することは禁じられている」
「王宮の者であるか? ならばこの国章を見てからそういう口をきくべきだったな」
ヒューさんがずいっと、エルクレア王宛の親書を衛兵の目の前に突きつけた。
うっ、という感じで少し下がった衛兵は、一拍置いて国章が目に入ったらしく、ぎょっとした顔付きになった。
「こ、これは! ローリスの国使様でいらっしゃいますか?!」
「うむ。正確にはわたしではなく、こちらの英雄、シューッヘ・ノガゥア子爵がローリス国王、ローリス・グランダキエ3世陛下の親書を預かっておいでだ」
「どうした、何があった」
と、もう一人の門兵が駆け付けてきた。もう一通り同じ事言うのかな、と思ったが、
「ンヌ?! ローリス国章?! こ、これは失礼いたしました! と、ともかく中へどうぞ!」
上役だったのか? 素っ頓狂な声を出したが、俺達を中に入れるって決定を即座にしてくれた。同じ事をリピートするのは面等なので、楽できて助かった。
木の大扉が開かれ、中の様子が見える。長い廊下になっている。
「ではシューッヘ様、参りましょう。衛兵殿、案内を頼む」
「はっ! 私の後についてお進みください!」
左側は窓で、右側に部屋がある。一番手前は兵の控え室の様で、幾人かに敬礼された。なんとなく頭を下げて返しておいた。
なんかこう……日本の学校みたいな部屋の配置だな。一直線の廊下の片側に、教室、みたいな。
先頭の衛兵さんは、特に何か言うでなくそのまま歩いて行く。俺達も黙って着いていく。
大分進むと、部屋側に階段があるのが見えた。衛兵さんが昇っていくのでそれにも従う。
2階に上がると、左右に開けた廊下になった。がこれも、やはり廊下・窓・片面側の部屋、という配置は変わらない。
「国使の皆様、恐れ入りますがこちらのお部屋にて、しばらくお待ちいただけますか」
階段を上がり右手、つまり奥の方に進んだ2部屋目で、衛兵さんは止まった。
ヒューさんが俺をちらっと見たので、俺は頷いて答えた。
「うむ。ではこの部屋にて待てば良いか? どれ位待つことになりそうか」
「突然の事ですので、心苦しいですが30分はお待ちいただくかと思います。お茶などお持ちいたしますので、どうかご容赦ください」
「30分だそうです、シューッヘ様」
「衛兵さんの言うように突然押しかけて30分で済めば相当良い方じゃないですか? お茶には少し期待します」
「はっ! エルクレア特産のエルレ茶をお持ちいたします! せめてもの時間つぶしに、お楽しみください!」
エルレ茶? 初めて聞く。
俺は口パクでエルレ茶? と発音しながらフェリクシアの方に向いたが、フェリクシアも知らないようで首を横に振った。
ヒューさんが部屋に入っていくので俺も入る。おお、中は立派な応接室だ。入口がここだから、上座はあっちか。
上座下座の概念は、日本とあまり大差ない事が今までの体験で分かっている。だから俺は奥の真ん中席に一人どすんと腰掛けた。
エルレ茶は、すぐに届いた。ティーワゴン、だな。華奢な作りだが、どこか東洋風な雰囲気がある。
湯の入った藤巻きみたいなポットと、小さい白磁のティーポット、青磁っぽい皿に山盛り盛られた茶葉を、匙で適宜入れるスタイルらしい。
最初の1杯は、先ほどの衛兵さんが淹れてくれた。
流れるような動きが、兵士のそれと言うより執事のそれだ。
それぞれ、小さい杯に入れられ配られる。中国茶の作法に似ている感じがする。
一口味わってみると、なるほど国名を冠する茶なだけあり、実に芳醇で美味い。香りが強く、味わいはさっぱりした感じだ。
「こちらのお茶は、適宜茶葉を加えつつお淹れ下さい。茶葉が一杯になりましたら、こちらに」
と、日本の建水の様な金属の容器がティーワゴンの下段から出てくる。
「では、お待たせしてしまい申し訳ございませんが、今しばらくお待ち下さい」
深々と礼をし、衛兵さんは去って行った。




