第4章 第1話 外交行事どこいった?
ここから第4章、本編になります。
エルクレア国。大きな正門があり、更に大きくて高い、都市を囲う壁があった。
さすが魔族と人の諍いの本拠地だっただけあり、その門も壁も、いずれも非常に堅牢な作りで、高さも見上げる程ある。
馬車はまぁ当然のこと、一度門の所で衛兵に止められたのだが、親書を持ったヒューさんが出張ったらすぐ通してくれた。親書恐るべし。
都市の中に大きな馬の預け場所があるとのことで、フライスさんの手綱でそこへ向かっている。
俺も都市の中に入ってから、スリッパを片付けてブーツに履き替え、いつでも降りられる様にしている。
「わぁー、エルクレアの建物って、随分カラフルなのね」
窓に貼り付く様にして外を見ているアリアは、あちこちに視線を向けながら言った。
どれ、と俺も窓に寄る。アリアが、あそこほら、と言って指をさしたので、それを見てみる。
「黄色の屋根に、青い外壁と赤いドア? 信号機だなあれじゃ」
「しんごうき?」
信号機はローリスにもオーフェンにも無いので当然通じはしないんだが、その配色は信号機以外思い浮かばなかった。
他の建物も、1階と2階の外壁のカラーリングが違ったり、隣の建物と補色になってて目がチカチカしたり。なんだこの都市。
「ヒューさん、この街の色使い、随分特殊ですね。もともとそういう文化なんですか? エルクレアの」
「どうでしょうなぁ。わたしも先だっての潜入調査の際には驚きましたが、エルクレアの民にとってこれは普通の事らしいですぞ」
「これが、普通。凄いな、よく目が疲れないもんだ……」
まぁ、エルクレアの悪口はこの馬車内だけにしておこう。
文化的なものをけなされると怒る人は幾らでもいる。わざわざ地雷踏みに行くことはない。
「これからの予定はどうなります? いきなり王城に乗り込みます?」
俺はソファーにゆったり腰掛け直して、ヒューさんに尋ねた。
「親書がありますので王城へ直行でも良いのですが、シューッヘ様次第にございます。
街を検分されたいですとか、何か調査をされたいですとか……
あるいは、エルクレアの名物グルメを食べたいなどあれば、公務の前に済ませた方が宜しいかと」
「グルメか。それは興味深い」
俺より早く反応を示したのは、フェリクシアだった。
多分だが、グルメを『楽しむ』方面ではなく、新しい献立の探求の方面だと思う。
「アリアは? 先に何か美味しいもの食べてから仕事にする?」
「あーそれ嬉しいかも。食べ過ぎない様にしないとだけどね」
「じゃ決まりでいっか。ヒューさん、エルクレア名物みたいな物が食べられる所、案内してもらって良いですか?」
言うと、ヒューさんはニカッと笑顔になって、
「エルクレアの料理は、どれもこれも量が多いですので、注文しすぎにはご注意ください」
と言った。あの笑みは、ヒューさんもやらかした故の、自戒の籠もった笑みな気がする。
「馬の係留所から程近い所に、主に観光客向けの『名物をどれも扱っている』レストランがございます。
それとはまた別に、抜群に美味い『名物のアレンジ』がメインのレストランもございます」
名物という歴史を取るか、あくまで美味さという実を取るか……ってとこ?
エルクレアはある意味経由地に過ぎず、別にここの文化に馴染まなくても良いので、美味しい方が良いな。
「名物アレンジの、美味しい店の方にします」
「少し言い方が悪かったですかな、名物自体もそこそこ美味しゅうございます。アレンジが段違いに美味いだけです」
「名物に美味い物なし、なんて、俺の元いた世界では言った位です。アレンジして美味しくしてあるなら、やっぱそっちですね」
「なるほど、古典的な名物料理は確かにいずこでも、あまり褒められぬ味の場合が多いですな」
ハッハッと笑い、ヒューさんは背中にザックを背負った。既にスリッパではなく、ショートブーツだ。
「では馬車が止まりましたら、ご案内いたします。歩いて5分程でしょうか、遠くはございません」
「フェリクのお陰で、馬車道中も美味しい物食べられたけど、やっぱりレストランには、ね」
「それはそうだ。コンロの火力も足りないし、食材も痛む物は持ってこられなかったしな。変に気を遣わずとも良い」
「気を遣うつもりは無いけど、フェリクシアの料理、美味しかったよ。やっぱりバザールでの香辛料が良かった?」
「うむ。単調な芋にあれだけ変化が加えられるのであれば、もっと大量に買うべきだったと悔いている。ローリスでも扱っている所があれば良いんだが」
ふーっとフェリクシアがため息を吐いた。さすが我が家の料理番、徹頭徹尾食事には拘ってくれる。
と、馬車がスーッと減速し、止まった。扉辺りでガタガタ音がし、ガチャン、と鍵の開く音がして扉が開かれた。
「どうぞ皆様お降りください。馬停所ですのでむさ苦しいですが、今来たすぐそこの通りが、メイン通りになっています」
フライスさんが下から声を掛けてくれる。俺は扉からちょっと身体を乗り出し、キョロキョロしてからステップを降りた。
降りてみると分かるが、空気が違う。ローリスの乾いた空気とは違い、湿気がある。日本の不快な程の湿気ではないが。
臭いはここが馬停所なので、馬臭いのはどうしようもない。早く大通りに出たい。言えば、早く食事にしたい。
他のメンバーも、それぞれ馬車から降りた。事前に打ち合わせしていた通り、ヒューさん以外は荷物を持っていない。
ヒューさんの、背中全体位の大きめザックには、親書が箱入りで入っている。無くす訳にいかないので、身につけてもらう事にした。
俺やアリア、フェリクシアは、何か持っても良いんだが、特に持つ物が無い。
強いて言えば、ヒューさんから貨幣を幾らか受け取って、小袋に入れポケットに持ってはいる。でもそれだけだ。
荷物の大半は、宿が決まり次第フライスさんの管理している馬車に取りに戻る予定だ。
「ではシューッヘ様、皆様。エルクレアで最近流行の店、『ベロシアン・アルケミスト』へ参りましょう」
と、ヒューさんが先頭に立って歩き始める。
「あ、アレ? フライスさんは?」
「シューッヘ様、どうぞお気遣いなく。私には、砂漠を5日間頑張ってくれた馬達をねぎらう仕事が残っておりますので」
フライスさんは笑顔で言った。遠慮とか形式上言ってるって感じはしない。
「じゃあ……もし持ち帰りが出来たら、何か買ってきますね。時間的にフライスさんも食事しちゃうでしょうし、軽い方が良いですか?」
「重くて大丈夫ですよ。馬達の給餌と洗浄、ブラッシングと色々やることはあるので、食べれてもサンド程度ですので」
「これっフライス! シューッヘ様に食事をたかるとは、お前はっ!」
「ははっ、怖ーい見張り番がおりましたなそう言えば。あぁシューッヘ様、食事の件は、どのようでも構いませんので。あっても無くても」
「美味しい店らしいんで、持ち帰りメニューあったら、何か買ってきます。持ち帰り無かったら、ごめんなさい」
フライスさんはいつもの笑顔、笑い飛ばす感じでもって、そこそこ期待してお待ちします、と答えてくれた。
***
「ここが、なんとかアルケミスト?」
なんと珍しい事に、看板に文字らしい記載があるのに、読めない。
「はい、ベロシアン・アルケミストにございます。今ご覧になってる看板は、飾りですので文字ではございません」
なんだ、読めない訳だ。
時間はまだ11時くらいのはず。流行のレストランにしては、行列が出来ているとかは無い。
「では、入りましょう」
ヒューさんを先頭に、4人で店内に入る。
「いらっしゃいませー。あれっ?! ヒューさんかい?!」
入口に出てきた恰幅の良い女性が、驚いた顔をしてヒューさんを見ている。
「おお、覚えていてくれたのか。数度しか利用しておらんのに、繁盛店はさすがだな」
「いやいや、2回3回と食べに来てくれれば、誰でも覚えるさ。こちらのお連れさんは、ご家族かい?」
「いや、わたしがお仕えしている方々で、ローリスの子爵様とご夫人様方だ」
「おっと、それは失礼があったら申し訳ない。おいカルルス! 入口締め切っておくれ!」
と、厨房から若い男性が飛び出してきて、今入ってきたドアを開け閉めし、更にドアの鍵をガチャッと掛けた。
「えっ、あの俺達そんな、お昼時間帯の儲けが全部出せる程は食べないですよ?」
貸切状態を作られてしまい、俺は少しうろたえつつ伝えた。
「まぁ儲けは関係無いさ。あのヒューさんの大切な方となれば、私らも全力でもてなさないとね!」
ヒューさんの人徳が効いている様だが、それにしても良いのか?
「ヒューさん、貸切みたいですけど……良いんですか?」
「宜しいかと思います。エルクレアは元々貴族の評価が高い国ですので、他国貴族も同様に賓客として扱うのでしょう」
「『あのヒューさん』とか言ってましたけど、何かしたんですか?」
「目立った事をした覚えはないのですが……それ故、覚えられている事にも驚いた程です」
「さぁさぁ! お客様は宴会室へお通ししますよ! どうぞこちらへ」
女将さん? 女性マスター? なんて呼べば良いか分からないが、仕切りのその女性が俺達を奥の方へと誘導してくれた。
「お料理はおまかせで良い? それとも何か食べたい物があったかしら?」
「わたし以外、エルクレア名物自体知らぬので、初心者にも食べやすい食材で頼みたい」
「分かったわ。エルクレア料理は量が多いから、余ったら持ち帰りも出来るからね!」
と言って下がった女性は、すぐワイン・クーラー的な物にボトルの入ったのを持ってきて、また去って行き。
次はグラス類をまとめて持ってきて、また去り。次はカトラリーを持ってきて並べて、ようやく止まった。
「ウェルカムワインは美味しいけどほどほどの物よ、良いの開けるかい? ヒューさん」
「主賓のシューッヘ様が、強い味のワインが苦手でらっしゃる。白かロゼか、赤でも軽い口のものを」
「発泡白ワインの良いのがあるけど、それなんてどう? 甘口で口当たり良いよ!」
「良さそうだな、シューッヘ様いかがでしょう?」
「は、はい。それを頂きます」
発泡白ワインって事は、つまりシャンパンって事だよな。
シャンパーニュ地方が無いからシャンパンとは呼ばないだろうけど。
皆のグラスにワインが満ちたところでヒューさんが乾杯の音頭を取って、想定してなかった大昼食会が始まった。




