第22話 神像をあんまり精巧に作り過ぎちゃうお茶目な女神様は、イスヴァガルナ様の性格を読み違えたようだ。
熱い議論を交えていたヒューさんであったが、王様との謁見の前に幾らか片付けたい事があると言って、部屋から出て行った。
時間が空いた。お昼ご飯までも、まだ1時間……1レア? ある。25分割された時計の文字盤がどうにも慣れない。
この世界は、地球の24時間ではなく、25時間で動いている。もっとも、人間の体内時計は25時間らしいので、こちらの世界の方が調子は良くなるかも知れない。
と……そんな事を暇潰しに考えていても、何ら発展性が無い。だから、女神様だ。
もっとも、たとえばヒューさんみたいな身分の人を、単に俺の暇潰しの相手にしようって考え自体がイケてないなぁとは思う。
そして同次元かそれより上の話として、女神様とお話しして時間潰そう、というのもまた、まるっきりイケてないと、思いはする。
けれど、俺のスキルの事にしろ、魔法の効果的な使い方にしろ、聞ければ嬉しい事はたくさんある。
女神様も転移の間では、暇が潰れて嬉しいみたいな事を言っていた。丁寧な対応を心掛ければ、大丈夫、と……信じたい。
女神様、女神様……俺は小声で呼びかけた。
『んー? どうかした? あたしのしもべくん』
い、いつの間にかしもべになってしまった。
いやまぁ、相手は女神様でもあることだし、俺に圧倒的な能力をくれた恩人(恩神?)だ。
「ちょっと時間が空いたので、女神様とお話ししたいなぁと思いまして」
『うん知ってる。暇潰しの相手に丁度良いとか考えてたことも、知ってる』
うぐっ、そう言えば女神様には心丸見えだった……
「あのー……すいません。暇潰しはちょっと無礼でした」
『いや、良いわよ別に。神様に年がら年中1分も空けずにずっと話しかけてくる奴の方が、よっぽどウザくて嫌よ』
「ザックリですね」
「ザックリよ。昔いたの、そういうの」
そりゃ女神様も懲りる訳だ。ほとんどストーカーだし、神様だからって事で断る事も出来なかったのかなきっと。
まぁ、それより今日は少し、あの教会でのことの振り返りと、魔法の話とか伺おう。
「と、ここまでも丸見えなんですよね、女神様」
「そりゃ確かに丸見え・丸わかりだけど、言葉あんまり端折るのは行儀悪いわよ?」
「はーい、すいません。今日は、さっきの教会での出来事と、俺の魔法について伺いたいと思います」
「あら、言ったらすぐ改善するのは偉いわね。褒めてあげる」
何となくだが機嫌の良さそうな御声になっている。
神様がご機嫌良いのは、何にしろ決して悪いことはないだろう、良いことだ。
あ。御機嫌が良ければ、お願いしたいことがあるな……
『あら何お願いって。突然思いついたみたいだけど』
「あのー……女神様翻訳の精度を、もう少し上げて頂きたいと思いまして」
『なにその女神様翻訳って。言語翻訳は十分に出来ていると思うけど、不都合でも?』
「概ねの不都合は無いんですが、どうにも時間の表記だけが慣れないんですよ」
『ふーん……つまり、時間の単語を自動で翻訳して欲しいって訳ね』
「とどのつまり、そういう事になります。出来ますでしょうか」
と、沈黙。ちょっと待ってみても、沈黙。
あれー、俺何か良くない事したとか、無理すぎるお願いだったとかかなぁ、と思い始めたその時。
『はい出来た。これで適宜、時間の表現も自動で直るわよ。意識すればどっちにも聞こえるし、聞かせられるようにしてあるわ』
「おお、早速にありがとうございます。これで1つ面倒から解放されます。因みに、距離は? スピードは?」
『勘弁してよ。めんどくさくて、あんまり仕組み変えるのイヤ』
う、拒否られてしまった。仕組みを変えないといけないらしい。
これ以上御機嫌を損ねない内に本題に入らないと、帰られてしまってはいけない。本題に入ろう。
「と、言う訳で本題です。先ほどの教会で、女神様の真の像がある、という話を伺いました。因みにどんな像です?」
「いきなりの本題ね。で、どんな像、ね……なかなか言い表しづらい事を聞くわね、んー……あ、見せればいっか」
うん? 見せる?
俺の頭にハテナマークが飛ぶが早いか、目の前にスクリーンの様な物が現れる。
ちょうど、ステータスウィンドウをもっと大きくしたような、半透明の板状のものだ。
そこに、銀色の、パッと見小さそうな像がある。てかこれってフィギュア? 凄い精巧なんだけど。
「良い出来映えでしょ? 一目でどの神か、見て分かるように精巧に作ったのよ」
「え?! 女神様のご自作何ですか?!!」
「え? そこそんなに驚く?」
くすくすと笑う声が聞こえた。
「そりゃ驚きますよ。だって……いや、それって、えー……」
「なによアンタどうしたの? 頭の中グチャグチャよ?」
「そりゃ頭もバグりますよ、って事は、イスヴァガルナ様に与えるために女神様が作って、埋めといたと」
「あら鋭い。そうよ、丁度星回りが良くて地上に降臨できる時だったから、埋めたの」
「でも、もしイスヴァガルナ様が寝坊して他の誰かが拾ったりとか、そういう心配はしなかったんですか?」
「ふふーん、対策してないと思った? しっかり『夢のお告げ』で朝一に行って直ちに掘るように言ったわ」
おぉ……教会の話だと、偶然早起きしたイスヴァガルナ様が掘り当てた、みたいな話になっていたが、女神様直々の指図によるものだった。
「その時から、このスクリーンの形ですか」
「そうよ、あら何か言いたいことがありそうね」
「フィギュア収集系のオタ相手じゃないんですから、ここまで精巧に作っちゃダメですよ逆に」
「あら何それ。じゃもっと不細工に、スタイルも悪く作れば良かったって言いたいの?」
「そっちも方向性違います……そうでなくて、もっとこう、抽象的な感じの、ありがたい感じでとか」
「抽象的でありがたい……こんなとか?」
スクリーンに、オスカー像の女性版みたいなのが映る。
「あーそうですそうです、こんな感じの」
「これじゃ、可愛くないから捨てられちゃったりしたら困るじゃない」
「いやー寧ろ可愛すぎるフィギュアレベルのって、ヒく人はヒキますよ?」
「むー。でも、幸い上手く行ったから良いじゃない」
「まぁ、結果オーライですか……」
スクリーンには、再び女神像が映し出されている。
俺はちょっといたずら心と言うか、興味でもって、そのスクリーンをさっと右から左へなでた。
すると、スクリーン上の女神像がくるくるっと右回りに回転した。スマートスクリーンなのこれ?!
「そうそう、回してよく見てよ、背中のシルエットとか作るの、結構苦労したんだから」
言われて、背中の辺りがよく見える様にスクリーン上で回す。
軽く反るように、というか胸を張ったことによって反るようになった背中の、曲線的な美は素晴らしい。
ちょっと回して正面。バスト周辺は、写実的とでも言うべきか、誇張もされずに自然に、服装との調和が取れている。
ワンピースの裾周辺も、今にも風にたなびきそうな位、活き活きとした様子が伝わってくる。
「ん? これって……」
ちょっと下から上にスワイプしようとしたら
「ぐえっ?!」
顔面に重めのスライムでも叩き付けられたような感触で、顔が封じられた。
あまりの重さに後ろに倒れてしまった。
「この変態! 衣服の開いているところから覗こうなんて!」
「うぅ、あいたた……別に女神様の秘密の領域を覗こうとかそういう意図はないですよ」
俺は、この現代フィギュアすら軽く凌駕する精密な人形に興味があっただけだ。
特にその作り込みについて。よく、見えない所まで作り込んでこそ、みたいな事を聞くので、見えないところを見ようとしただけだ。
……ってそれってイコール、見ちゃいけない所を見ようとした、って事になるか。
「女神様申し訳ありません。自分の間違いがよく分かりました」
「ふん、まぁ分かったなら良いわ。見られるのは初めてじゃないしね」
「へっ? 見ることを許した相手が?」
「許したも何も、イスヴァガルナにその神像を与えたんだから、上から下まで、奥の奥まで全部見られたわよ」
今思い出しても恥ずかしい、と小声が付いてきた。
「で、そこからです。イスヴァガルナ様に、とんでもない数の贄を捧げるように言った、というのは本当ですか?」
「ええ、本当よ。ただ、贄を捧げるようにと『命じて』はいない。アイツが『魔族の支配から脱する方法』を聞いてきたから、答えただけ」
つまり……神様が神様として、指示命令を出して贄を建てさせた訳でなく、人間側の「現状打破」欲求に応えるとそうなる、みたいな答えになった、って事か。
「なんでそんな凄い数の贄が必要だったんですか? 俺にはこう、ひょいと、世界滅亡させられるだけの力を下されたのに」
「当時のあたしは、丁度休眠期の最後だったの。神力が落ちてて、奇跡も起こせない。星回りに乗らないと、地上にも降りられない。
そんな弱いあたしだったんだけど、イスヴァガルナの奴、とにかく神頼みがうるさくてね。他の神々も辟易してたわ」
「神頼みがうるさい? ん? ひょっとしてさっきの、1分おかず話しかけてきた輩って……」
「はいドンピシャ。イスヴァガルナよ」
うーん……俺、その人の再来だとか生まれ変わりだとか色々言われたよな。
猛烈ストーカーの生まれ変わりって、ちょっとイヤだなぁ……
「エンライトってあるじゃない?」
突然に、唐突に、ペルナ様が仰った。
「ありますね、何度か見てますし、俺も使いましたさっき」
「あたしがあの当時、何の捧げ物もなく授けられるのって、ヒューってあの老人が使ったエンライトと同じか、もっと弱い光魔法程度よ」
「えぇ?! ペルナ様にもそんな弱い時期がおありだったんですか」
「そうなの。何千年周期なんだけどねぇ、どうしても力が出せないから、長い眠りに着くのよ。で、起きたら地上が超荒れてて」
「荒れてて、とは?」
「地上の支配者が、人間から魔族に変わってた」
ぶっ! それ荒れてるとかいう次元じゃない!
「ちょうど1,000年位寝てて、起きたばっかりだったのね。そんな立場だから、他の神もあたしに仕事バンバン振ってくるし」
「そこへ持ってきて、地上のイスヴァガルナ様からは、助けて助けての連続アタックですか」
「そう。もう頭おかしくなるかと思ったわよ。けど、1,000年前まではちゃんと生活してた人類が、見事に飼われてて。神としては、しくじった、と思ったわ」
ペルナ様の御声には、ハッキリと悔しさが乗っていた。
「しくじったと? それは、『そこまで魔族がのさばるとは予定してなかった』とかですか?」
「それもあるんだけど、あたしが眠りに就く前には、必ず寝てる間にも大丈夫なだけの奇跡とか、神の御業みたいなのを、仕組んどくの」
「仕組む? それって、寝られてても自動的に発動する、みたいなですか?」
「そう。しくじったのは、トリガーを『祈り』にしていた事ね。1,000年の間に、あたしの信仰は途切れ、イリアに置き換わった。だからあたしの奇跡は発動しない。そこを魔族に突かれた形よ」
そうか、1,000年もあると、祈る対象が変わる事もあるのか。
そうだよなぁ地球でも……平安時代と現代では、宗教の立ち位置自体が全然違っちゃってる位だし。
「そこで、一発逆転の方法として、贄を建てることを?」
「正確には、贄は生命であれば何でも良かったの。それこそ、植物でも。単にその頭数のたとえとして、人類であればって感じで、当時のローリスの人口の3分の2って言ったの。
それで、贄を建てるためだけに使える、1回限りの魔力も、凄く頑張って絞り出して与えたわ、イスヴァガルナの魂に紐付けたの。そして同時に発動してイスヴァガルナを護る、絶対結界も。
そうしたらあの子、素直過ぎてバカなのか、真面目に当時のローリスの頭上で炸裂させたのよ、贄の光を」
命であれば何でもいい、のに、わざわざ同胞を。
ん? でも、もしかすると、女神様の伝え方に問題があったとか? 寝起きだし。
「イスヴァガルナ様には、どんな風に仰ったんです? 供物の数とかの話は」
「アイツには、『あなたに力を与え、人間が復権するのにあたしが手を貸すなら、贄が必要。数で言うなら、ローリスの全住民の3分の2程度。それだけの命を、あたしに捧げなさい』と言ったわ」
「……それに対して、イスヴァガルナ様の返答は?」
「暑苦しい声でただ一言、ハイっ!! って。そして、あたしの像を片手に、もう片手にはツルハシ持ったまま、街に駆け戻ったわ」
「へっ? 街に駆け戻った……ってまさかそのすぐに?!」
「そう。多分『ローリスの全住民の3分の2』って言葉だけが頭に入っちゃったんだと思うけど」
まー……なんたる単細胞というか。
せめて女神様に細かい条件とか確認しなかったのか。
「それでそのままローリスの街の外れに建ってた物見台に上って、あたしの像を掲げて『贄を捧げます!!』って。
その宣言に魔力が反応して、後は仕組んだ魔法がイスヴァガルナの意識にあった、空に浮かぶ恒星のイメージそのままに、死の光が、地球で言えばニア・ギガワット級で、ローリスにぶちまけられたわ」
「その炸裂条件だと、イスヴァガルナ様も含めて全滅しませんでしたか、ローリス」
「幸い、なんてとても言えないレベルだけど、光はベータ線域に絞って設定しておいたから、生き残れた人も少しはいたのよ。主に起伏による影や遮蔽物のおかげで」
「うーん……でも幾ら遮蔽物が分厚くあったとしても、反射光もありますよね? 即死でなくとも、被害は……」
「即死で無い被害を言えば、当時のローリス5,000人強は全員被爆の被害者ね」
「え? たった、5,000ですか?」
「あんた一体どれだけ栄えてる都市を想像してたのよ。魔族の支配領域で、単なる鉱山の集落よ? それでも5,000いたんだから、多かったほうよ」
3分の2、というのが最初から頭にあったから、数万人、数十万人が死屍累々の地獄を思い描いていたけど……
決して5,000人は少なくはないけれど、今まで勝手に想像していた規模とは、2ケタ違うなぁ。
「そこでイスヴァガルナ様も死亡ですか?」
『さっき言ったの聞こえなかった? 絶対結界も付けてあげといたから、発光中はあの子は暗い暗ーい結界の中で待機よ』
「なるほど、で、贄が届いて……って、供物の儀みたいにそちらの世界に死体が大量ワープ?」
「ならないわよ、やーねー。贄を受ける時には、その生命体の全エネルギーが純粋なパワーとして、神の元に届くの」
「それを受け取って、復活! と?」
「そう。3分の2より多い数の贄が建ったから、完全復活ね。すぐ約束通り、今のあんたとほぼ同じ力を、イスヴァガルナに授けたわ」
そうか、寝起きの女神様って、御力を使えないんだな……それで贄が必要だったと。
ん? 贄の件、イスヴァガルナ様の力の件は良いとして……イスヴァガルナ様、フィギュアな像はどうしたんだ?
「その後のイスヴァガルナ様については、ご存じですか?」
「当然知ってるわ。私の像を常におなかに巻き付けてね……あーさぶいぼ立っちゃう。勇敢に魔族に突撃して行ったわ」
「精巧に像を作られたが故に、悲惨な感じですね、それって」
「因みに像には、いくつかの加護が付いてたし、それに……」
と、女神様が言葉を切った。言おうか言わまいか迷っている?
いつも歯切れの良い女神様なだけに、何だか不思議だが、ちょっとご発言を待ってみた。
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