第4章 プロローグ4 訛りに女神様翻訳は効果無いらしい。
砂漠で夜を過ごすこと都合4日。
フライスさんが言うには、今日の夕方頃にはエルクレアに着くそうだ。
「結局、アリアの魔法の練習、あんまり出来なかったね」
そうなのだ。砂漠だからアリアの魔法も打ちっぱなしで大丈夫だろう、と。高をくくっていた。
確か3日目、ちょうど周りに何もない高台、という絶好のロケーションになったので、馬車を止めてもらって訓練にトライした。
アリアは意気込み、例の「レット・マギ・フル」で完全状態になり、その状態で古代魔法の初歩、[ファイアー]を唱えた。
あの魔法は、火の玉を自分の正面に生んで、それを的に向けて飛ばす、というだけのシンプルなもの。
ただ、この世界にある一般魔法の[フレア]と違い、その飛翔が相当早くて、敵が魔法に気付いた時には着弾してる。
そんな魔法を、アリアは高台から、特に的も何もない砂漠の窪地に撃ち込んだ。
その瞬間。地震かと思うほどの地鳴り地響きと共に、[ファイアー]が着弾したところがどんどん沈んでいった。
てっきり火柱でも上げながら爆散するかと思っていたが、違った。古代魔法の[ファイアー]は魔法自体に重量があるのか? 真っ白に輝く球が、砂漠に沈んでいった。
半分ほど白い球体が砂に沈んだところで、周りの砂をどんどん巻き込み始め、ほどなくそこが『ありじごく』の様になった。
しばらくして、光が消えてから近付こうとしたものの、熱が酷くてあまり近づけなかった。
遠目で確認すると、着弾した部分の砂漠の砂が、完全にガラス化していた。
俺と並んでその有様を見たヒューさんが一言。
「アリアの古代魔法は、神が人間を滅ぼされた時の出力に値するものですな」
……古代魔法神とかそういうのの誕生か?
俺自体古代魔法を自由に扱える訳でも無いし、アリアに何とか簡単に教えられたのが[ファイアー]だった、という程度。
使える場面があるとはちょっと思えない火炎魔法? の様なものを確認だけした形になった。
「ヒュー閣下、まだエルクレアには若干ながら距離あるはずですが、前方に住居の様な物が幾つかあります。どうされますか」
フライスさんが小窓に顔をみっちり寄せて、ヒューさんを呼んだ。
「エルクレアの正面ゲートより南側には、自活して生活している者たちの小さな村がある。知り合いもいるので、もう少し馬車を寄せて、止めてくれるか」
「はっ、かしこまりました」
そう言えば陛下への報告で、都市生活に馴染めない人が村作ってるって言ってたっけ。
「ヒューさん、2ヶ月の出張のうちに、新しい人間関係築いてたんですね」
「はっはっ、人間関係など、人が2人か3人かいれば自ずと出来るものにございますよ。シューッヘ様もお越しになりますか? 気の良い連中ですよ」
「エルクレアの……アレ? 国民、ですか? 確か魔族も一緒に生活してるとか言ってませんでした?」
「はい。あの村々は、人間と魔族が共同生活をしております。魔族をその目でご覧になって理解なさるのも良いかと存じます」
そうか。エルクレア自体が魔族の手に落ちている、けれど人間皆殺しとかにはなっていない以上、共同生活してるのは当然か。
そうなると、俺がサリアクシュナ特使以外の魔族と、この村で初めて出会う訳か。馴染めるかな……
「アリア、それにフェリクシア殿も是非ご一緒に。魔族領の魔族が友好的かは分かりませんが、ここの魔族は皆、人間に友好的です」
「そうなんだ。ヒューさんがしっかり見た人たち、アレ? 魔族の人たち、で良いのかな、魔族は人間じゃないけど……」
「村では、互いに『人間さん・魔族さん』と呼び合っておりますよ。我々もそれにならえば良いかと思います」
「それではヒュー殿、その魔族さん方からご主人様をお守りする様な場面は生じそうか?」
「まず無いでしょうな。わたしもヨソ者としてあちらの村へ入りました際に、まあ爺さん一杯飲んでいけと陽気に誘われましたし」
ヒューさんからすると、数ヶ月ぶりの再来、という事になるのか。
ついどうしても『魔族さん』の有り様の方ばかり気になってしまうが、この村は人間と魔族の共同生活の場。
どちらを悪くいう事もないように、少し気をつけておかねばなるまい。
「アリア。マギ・フルの状態にならないままで、周りの人間・魔族の考えをちょっと見ておいて。危なそうなら、教えてほしい」
「うん。ヒューさんは旅人風で来たんでしょうけど、あたしたち如何にもどこかの偉い人風だもんね、この馬車も目立つし」
「そうそう。ただの旅人を演じていたんだろうヒューさんにはあたりが良くても、貴族には……とかもあり得るし」
俺とアリアが顔を突き合わせ打ち合わせをしていると、ヒューさんが割って入ってきた。
「お二人とも、ご心配は分かりますが、誠にここら辺りの村は危険がございません。どうぞこの爺をお信じください」
と……そこまで言われてしまうと、疑って掛かるのはヒューさんに対して悪い感じがしてしまう。
まぁ、ちょっと程度の危険であれば、このメンツの誰も、意に介さないだけの力はある。心配は、やめるか。
「ヒュー閣下。馬車は柵より手前の開けた所へ停めれば良いですか?」
「ああフライス。フライスも、わたし達と共に来なさい。馬車の鍵だけは掛けて」
「私もですか? 私が行っても、食べたり飲んだりしか出来ませんよ?」
「それで良いんだ。村が来客にするもてなしは、食事と酒。どこもそうだからな。一人馬車で仲間はずれになど」
言いながら、ヒューさんはスリッパから靴に履き替えている。俺もドラゴンブーツに替える。
既にステップが付いている馬車を降りると、なるほど人の居住地域が近くにある匂いがする。
何か焼いてるのか炙ってるのか、食べ物の匂いだ。
「この村は、エルクレアを目指した際、最初と最後に立ち寄った村でございます」
いつの間にかヒューさんが横にいた。フライスさんは手に鍵を持ってこちらへ。
アリアとフェリクシアも、パタパタと馬車から降りてきた。
「では参りましょう。多少言葉に訛りがあり、聞きづらいかも知れませんが、言ってくだされば通訳いたします」
ヒューさんを先頭に、村の方へと進み始めた。
と言っても、そこまで距離がある訳でも無い。50メートル程度かな。
外側が木の柵で囲われていて、丁度正面に、ちょっとしたアーチ状の木の細工がしてある入口がある。
入口と言えば、普通門番的な人がいそうなものだが、特に誰もいない。ヒューさんはそのまま村に入っていく。
「お? あんれま、ヒュウでねっか! ロールスぬぃけぇるってたから、ぶずぃざゃあるまいと思うておったんでぅぞ?」
「おおっ、アリウル! 達者でおったか! 孫はどうした孫は、無事産まれたか?」
「おぉおぉ、んまーかわいっこでアレがおでのまぐぉっこつぁすんずぃらるぇぬぇえほどんぬだ!」
アリウルとヒューさんが言った男性、腹の出たおじさんって感じだな。確かに危険な感じはまるでない。
しかし、訛りが凄いな。可愛い孫が産まれたらしい事は分かるんだが、そこしかつかめない。
少し面食らってた俺だったんだが、アリアがすっと前に出て、俺にちょっとウィンクしてみせた。
「アリウルさんは、初孫さんですか? 可愛いって、女の子?」
アリアがアリウルさんの顔を覗き込む様に声を掛ける。
「あぁそぅ、かわええ女ぬ子だよ? おぞぉぅぢゃんは、アレか? ヒュウのん孫娘かなぬかか?」
「あたしはヒューさんの養子で、アリアと言います。こちら、主人のシューッヘ・ノガゥア子爵です」
「すぃすゃくさま?! そんだばどえらい方が、こんな外れの村さ何しにきただ?」
ちょん、とアリアが肘を当ててきた。
「えーと、俺達はエルクレアに向かう途中なんですよ」
敢えてそこまでで言葉を止めた。魔族領入りの話は、のべつ幕なしにして良いものではなかろう。
アリアが訛ってる言葉に阻まれないのは、内心を読んでるからなんだろうな、あのウィンクからして。
「エルクデアかぁ……おではくぃらくぬぃすりょうすて獲物とらむぁえて売りぬ行くくらいしか、お城下ぬぃはいかんなぁ」
えーっと? 何だって?
「シューッヘ。アリウルさん、狩猟して獲物を売りに行く時くらいしか、城下街には行かないって」
「あぁ、そういう……」
「スーッヘすぃすゃくは、お急ぎか? 急いでなかんば、ヒュウも一緒によ、ほれ、今朝すとめたばっかのワイルドボアもあるしよ、どうよ?」
「おお、ワイルドボアを仕留めたのか。これは是非、一同で今晩世話になりたいな。シューッヘ様、よろしいですか?」
「えーと……宴会?」
「はい。詰まるところ、ワイルドボア食べ放題の宴会にございます」
こうして俺達はアリウルさん始め村の皆さんと、ワイのワイのと酒と肉とではっちゃけた。
酒が強かったので少し失言をした覚えがある。外見が人間に近いが少し違う相手に、あなたは魔族さん? とストレートに。
その相手は別に怒る訳でもムッとする訳でも無く、ただ「そうですよ」と言ってたが、再び俺の所へ来る事は無かった。
魔族である事は隠しておきたい事なのか、それともヨソ者に魔族だと指摘されたのが腹に据えかねたのか……
結局翌朝、その村を発って再び馬車に乗っても、その時の俺の軽々な発言をした、という思いは消えなかった。
酒が悪い、なんて言い訳も出来るけれど、俺の中にまだ「人間」「魔族」という区別があるからこそ出た発言だろう。
エルクレアでこそ、気をつけなければいけない。
「では皆さん、エルクレア城下街に向けて出発いたします。城下の馬車停留所に入れれば良いのですが、大型馬車ですので場合によっては外縁部になるかも知れません」
フライスさんは丁寧に説明してくれた。
そうして、馬車は再び動き出した。いよいよ、目と鼻の先の、エルクレア国へ。




