第4章 プロローグ3 ガルニアメインのバザールだったらしい。しかし弓兵とは意外な……
「こちらは、書籍を購入いたしました。思いの外珍しいガルニアの書籍が多くあり、買いすぎましたな」
と、俺の所まで木箱を持ってきて、ふたを開けて見せてくれる。
箱のサイズ感は、日本の宅配便で言えば80サイズくらいの、ちょっと大きめサイズ。の木箱。
その木箱に、まさにみっちりという感じに、本が詰め詰めに詰められている。
「凄い本の数ですね。主に何の本を買ったんですか?」
「主には、ガルニアに伝承される魔法の関連ですな。回復魔法は今でもガルニア聖王国の独占、と言うのは以前申しました。
それに加え、時空魔法が最後に失伝した、つまり最後の使い手がいたのもガルニアです。何かシューッヘ様にも役立つ本であればとも思い、手当たり次第購入しました」
「回復魔法に、時空魔法もですか。俺の使い方、今使った回復魔法もですけど、我流も我流だから、参考になる本はありがたいです」
「シューッヘ様であれば、きっと何かにお役立て頂けると思います」
ヒューさんが、ちょっと誇らしげな笑顔を浮かべる。
俺も釣られて、そんな嬉しい本の差し入れにニマニマしてしまう。
「もう1箱はなんです? これも本ですか?」
「いえ、これは少々怪しげな武器でございます」
と、もう1箱も俺の横に持ってきた。
サイズとしては、武器と言われても、俺の短剣を斜めにしても入りそうに無い程小さい。
投げナイフみたいに短めのナイフが出てくると納得できるサイズ感の箱である。
ヒューさんがふたを取った。
「ん? 綿?」
箱の中は、白い綿の様なもので満たされていて、入ってるらしい武器は見えない。
とは言えサイズ的に、これに槍が入ってます斧が入ってますとかあり得無さそうだし、小さめな武器なんだろう。
「この中には、小型の弓が入っております。『魔導弩弓』と呼ばれるものだそうです」
まどう『どきゅう』? 弩弓って、確か凄く大きな弓に使う言葉じゃなかったっけ?
俺が首を捻っている間に、ヒューさんが綿を箱から出した。結構綿はたくさん入ってて、なかなか弓は見えてこない。
「その魔導弩弓って、この箱に入るサイズなんです? 弩弓って言われても何か違和感が……」
俺がそう言った時、ようやく弓が姿を表した。
小さい。弩弓どころではなく、携帯型の小弓もいいとこだ。
ただ、金色に輝く弓本体は金属で出来ている様に見える。金色、と言っても純金の色とは違う。
デザインは華麗で、左手でホールドする持ち手には白い革巻きがされている。
本体は弓だから当然だが上下対称のデザインで、金属をねじった様なフォルムだ。
俺がまじまじ観察していると、ヒューさんが弓を「正しく」持った。
白い革巻き部分を握りこんで、だらんと下に下げた。
「わたしも弩弓と聞きまして、この商人は何を言っているのだか、と、一度は思いました。
されど、店主に勧められて空に向けて試射をして、なるほど弩弓の名にふさわしい強弓だと思い直しました」
ヒューさんは言いながら弓を胸の高さに持ち上げて、俺が見やすい様に動かしてくれる。
うーむ。これで弓なのか。マジか。
弓にしては、構造が色々とおかしい。弓は矢を射る道具、つまり矢を射るための弦が必要だが、その弦がない。
弓の形をした美術品だ、と言われた方がむしろ納得が行く。金かは分からないが金色だし、ねじりのデザインも豪奢で華麗だ。
「ヒューさん、この弦の無い弓を、どう試射したんです? 弦は別売りパーツとしてこの中にあるとか?」
「いえ、これだけで、魔導弩弓にございます」
とヒューさんがその弓を俺の方にグッと突き出してきた。手に取れ、という事か。
俺は無言でその弓を受け取った。重さは、見た程のずっしりでは無い。
革巻き部を持ってるので金属的なひんやり感もない。革自体は、手に馴染むしっとりした握り心地だ。
小型な弓「風」な何か。どう見てもそう思える。そもそも弓なんて今まで持ったこと無いから色々分からないけれど。
金属なりのずっしり感は、あるがそこまででもない。木の弓よりは重いんだろうが、金とかみたく重くはない感じだ。
「この弓も魔道具でございますので、魔力を流して使います。馬車の扉が開いておりますので、そちらへ向いて頂きたい」
何だかきょとんだが、言われるままに馬車の入口に向いた。弓の革巻き部を左手でしっかり握り直す。バランスは良く、安定して持てる。
「シューッヘ様。今持たれている左手に右手を沿えて、魔力を放ちつつその右手を引いてくだされ。魔力の弦と矢が形成されます」
言われてもピンと来ないが、これも言われるまま、弓の中央を持ってる左手に右手を沿わせ、魔力を放出した。
その瞬間だ。
弓が白く光るエネルギーの様なものを放出した。そして右手を少し引くと、元からそこにあったかのように弦と矢が生じる。
矢は、白く強い輝きを放っていて、右手で握ってる部分が一番後ろ部分になっている。
矢じり部分が弓の前部に出っぱっているので、まだ矢は引ける。
更に右手を引くと、矢に弦が自然と掛かった。すっと自然に、抵抗も無く掛かったが、本来の弓はこうじゃないはずだ。
そのまま、更に引いてみる。
これだけ小さい弓で強い矢を放つとなると、相当弦は固いものだと思うんだが、力はほとんど入れていない。
腕の力としては、単に真っ直ぐゆっくり腕を引いているだけで、いわば太極拳のスピードだ。
ただ、力はほぼ入れてない一方で、身体の中の魔力が強引に、弓に『引っ張られる』感触が強くある。
俺はそのまま矢を引き絞り、矢じり部分がが弓の内側を超える手前で、右手を開いた。
それはまさに一瞬だった。光の細い矢が、弦の光も巻き込むように吸い込んで、目で追える限界ギリの豪速で飛んでいった。
矢が飛び去った直後、馬車の中に風が吹き荒れた。あの矢は一見光だが、魔力で出来てるせいか、空気を押しのける物理の力もあるらしい。
光の矢は、遙か彼方まで飛んで行っている。まだ見える。
豪速だったが、まだその光は夜の砂漠に光の点として見えている。次第に小さくなって……見えなくなった。
段差でもあれば刺さって止まりそうなものだが……オアシス都市とほぼ反対側に射た。そちらは起伏の無い堅い土の大地なので、何処までも光の様子は追えた。
「さすがシューッヘ様ですな。わたしが射た時は、空の星の大きさになるや光が消えました」
あの光の矢、当たったらどうなるんだろう。
属性の色が無いエネルギー、単純な魔力そのものを飛ばしてることになるはず訳だが……
「ヒューさん、これ、的に当たるとどうなります? 貫くとか、燃えるとか」
「矢に魔力が残っている限り、対象を爆散させつつ貫通する、と店主より聞きました」
爆散、ぐぇっ……。なんたる恐ろしい魔導兵器。
「この弓は、魔法の行使が皆様より遅いわたしが、即座に使える武器として調達いたしました。
この歳で新たに弓兵の新人になるとは思ってもいませんでしたが、なかなかわたしに合うと思いまして」
「ヒューさんが弓兵かぁ……連射とかも出来るんですか? 矢をつがえる必要とかも無さそうですけど」
「連射も可能ですし、慣れれば矢の軌道を直角に曲げる事も可能、とのことです」
それは……本当に、弓矢、なの?
「魔族領では何が待ち受けているか分かりませんので、キャラバンで偶然にも武器商がおり、高位の魔導武具を扱っていたのは、幸運でした」
「ま、まぁそうですね……出来れば戦闘の無い、交渉がメインで魔族領には行きたいですけど……」
「はい、わたしもそう思います。ですが、備えておかねば万が一もございます。めったやたらには使いませんのでご安心ください」
微笑むヒューさん。いつもより嬉しそうに見えるのは、俺の偏見がそう見せてるのか?
「ねぇヒューさん、あたしもその弓、ちょっと撃たせてもらっても良い?」
「ああ、構わない。ただ、アリアの場合は女神様の魔力増強の問題があるので、空に向かって射る様にしなさい。何処まで飛ぶか分からないから」
アリアがぴょんとソファーから降りて、ブーツを履き直した。
ヒューさんから弓を受け取ると馬車を降りた。俺も、アリアが見える様に、入口付近に移動した。
「シューッヘ見ててね、全力で行くよ! 久々のぉー、[レット・マギ・フル]! で……こう、かしら?」
弓を真上の天空に向けた途端、弓自体がもの凄い発光をした。
俺の時の比じゃない。俺の時は光の矢と弦が生まれた程度だが、アリアのは弓自体が強烈に発光していて、眩しすぎて見ていられない。
「凄い光ね、眩しいからもう撃っちゃう」
そこまでのアリアの声は聞き取れた。
その直後、光がヒュッと空へ飛んだ瞬間に、ガガーンと爆音の様な凄まじい音が響いた。
「み、耳が……」
思わず俺は耳を押さえた。既に耳は、キーン、いやむしろギギギーンと極めて強い耳鳴りがする。
見ると、アリアも似たような事になっているらしく、しゃがみ込んで目を強くつぶり、両耳を手で押さえていた。弓は地に落ちている。
馬車内を見ると、そちらも似たような事になっている様で、フェリクシアもヒューさんも、耳に触れながら渋い顔をしていた。
と、ヒューさんがこちらへ来て、何か口を開いた。いや、しゃべってる? 何も声が聞こえない。
俺は身振りで、耳が死んでる事を伝えた。ヒューさんは驚いた仕草をした後、入口まで駆け寄ってきて、アリアに向けて何か言っているように見える。
が、そのアリアも同じく耳が死んでるようで、ヒューさんがさぞ大声を出していそうな仕草なのに、耳を押さえてうずくまったまま、顔すら上げないでいた。
音が聞こえないのは不便だ。がむしろ、このギーン、ジーンと酷く響く耳鳴りの方が、よほど不快だ。
治せるものなら、治してみよう。ものは試しだ、練習だ。
「…………っ、[……]」
俺は聞こえない自分の声に違和感を覚えながら、手を両耳に被せるように包み、回復魔法ヒールを唱えてみた。
すると、キーン……とその耳鳴りがスーッと遠くに去る様な感覚があって、音が聞こえるようになった。
と入れ替わりのデカい音は、ヒューさんの声だった。相当な大声で、アリアに怒鳴っている。俺を害した事か……アリアを本気で叱責してるな。
「ヒューさん、俺は何とか回復出来ましたので大丈夫です、アリアの方が心配です」
「はっ?! なにか仰いましたか?!!」
ヒューさんの声がとんでもなくデカい。
ヒューさんも多分、耳をやられているんだろう。自分の声の大きさが分かっていない模様だ。
手招きしてヒューさんに来てもらう。
近づいたその顔の横に手を持っていく。
「[ヒール]」
「何か……おや、耳鳴りが」
ふう。
ヒューさん年老いて見えないのが良いところなのに、耳が遠いといきなり年寄りっぽくなってしまう。
「俺はもう大丈夫です。アリアも多分耳やられてるんで、ちょっと行ってきます」
スリッパのままだが履き替えてる心の余裕もないのでそのまま地面に降り立った。
アリアの元に駆けて行く。よほど痛いのだろう、目を力一杯閉じて、耐えている様子だ。
「アリア」
多分聞こえてないとは思うが、目線が合う様に俺がアリアの下から顔を覗き込む様にした。
で、上手くアリアと視線が合った。俺はちょっと頷いて、アリアの目を見つめて、俺自身の胸を親指でトントンと突いた。
アリアは最初ぽかんとしていたが、意味が分かってくれた様で、俺の胸辺りを凝視した。
俺は念じた。アリア、回復魔法が使える様になったけれど、アリアは音の爆心地にいたからすぐ治るかは正直分からない。
でもそのままじゃ不便だから、新しい回復魔法[ヒール]を使って症状取り去る様に頑張るね!
最初は俺の胸にじっと視線が留まっていたが、途中から俺の顔に視線が来た。
嬉しいのか、まぶしい笑顔で俺を見て、何度も頷いてくれている。うん、可愛い。
俺はヒューさんの時と同じ様に、耳を包むようにして、[ヒール]を唱えた。
アリアは一瞬はっと息を吸ったが、すぐふーっと深く吐いた。
安堵の溜息、なんだろうな。深い溜息を吐いて、パッと飛び上がって俺に抱きついてきた。




