第4章 プロローグ2 ニキビ・腰痛に。
「お、このスリッパ。軽くて良さそうだな」
バザールの中に入り込んでから、しばらく経つ。
俺とアリア、フェリクシアとヒューさん。その組み合わせで、自由に行動している。
ヒューさん曰く、バザールは楽しい一面と、値切らないと大損するなど特有の商習慣があるんだとか。
アリアは生活者ギルドでの勤めもあり物の相場が大体分かるらしい。値切れるだけの強気な面も持っている。
ヒューさんは経験知として、おおよその物の原産地などが分かるらしく、許せる値付けかどうか分かると言っていた。
「これって、羊の毛か何かで作ったスリッパ?」
「ああ、そうだよ! 軽くて温かいし、それでいて蒸れない。底も丈夫だから長持ちする。色も各種取り揃えてるよ!」
俺が一つのスリッパを手に取ると、待ってましたとばかりに箱一杯のスリッパが店の奥から出て来る。
店の人の言う様に、色は様々にあった。いやなに、馬車の中でずっとブーツだったのが気になったんだ。
「ねぇアリア、これ人数分買って、馬車の中はこれにしない?」
「あ、良いかも。色どうする? 揃える? それとも、別々にする?」
「別々の方が分かりやすいかな。俺この、白いのにしたい。ブーツと同色で」
自分の色が決まったので後はアリアとわいわいしながら5人分のスリッパを決める。
結局、アリアは赤、フェリクシアはライトイエロー、ヒューさんは濃いグレーに。
フライスさんのは、ヒューさんと同じグレーも迷ったが、発色の良い青にしてみた。馬車には入らないのでお土産用。
「さて、5足買うんだけど、お値段は?」
と、俺はそれだけ言って、ススッと下がる。代わりにアリアが前面に出る。
そこからは、高い、安すぎる、まだ下がる、いやこれ以上は、とスピードの凄いラリーで値段が切り下がっていく。
結局アリアの手腕のおかげで、1足辺り銀貨1枚で決着した。元々1足銀貨3枚ってのがスタートだったようだ。
アリアが代金の銀貨5枚に、銅貨5枚をチップとして渡すと、店主がニコニコしてそれぞれのスリッパを手つきの紙袋に入れてくれた。
まいどありー、みたいな言葉を背に、スリッパ買った店を後にする。
「今のね? ちょっとズルしてるの、実は」
「ん? ズルって?」
「実は、あの店主の内心読んでて、落とせる限界の一歩手前で止めたの。だから、変に揉めたりしなかったでしょ?」
「おー、確かに限界まで下げられたら、嫌な顔くらいしそうだよね」
アリアの奥義が静かに発動していた模様である。
「そこにちょっとなんだけどチップを付けたから、紙袋のサービス。コレ無かったら、別に買うか、全部抱えて持つかだもんね」
「そうだね、紙袋つけてもらえたのは凄い助かってる」
うん、確かに紙袋はありがたい。持ち手も付いてるので、ぶらぶらと下げるだけで良いのもありがたい。
「少しずつでも、女神様が下さった力の使い方にも慣れようと思って。これなら無害でしょ?」
「そ、うだね」
俺は思わず苦笑してしまった。今までが、無害じゃない使い方だった、と認めてるようなものだ。
「じゃ、衣服の店の通りに行きましょ! 2つ向こうみたい。可愛いの、あると良いなぁ~」
アリアが上機嫌そうにぴょんぴょん跳ねながら進む。
俺は、なんとも微笑ましいものを見ている感じで胸いっぱいで、アリアの後ろを付いていった。
***
「なかなかの収穫にございました。シューッヘ様の方も、良き買い物が出来たご様子ですな」
馬車に戻るなりスリッパを入口の所に並べておいたら、少ししてフェリクシアとヒューさんが帰ってきた。
スリッパをと促すと、フェリクシアはブーツを脱いで、すぐスリッパに替えた。
一方のヒューさんは、一瞬、苦い顔をした。何か良くなかったか? 色か?
「馬車内を快適に過ごされるには良いのですが、いざ敵襲などあった際、靴でないと対応が一手遅れます」
と、ヒューさんはスリッパを拝む様に捧げ、自分のソファーの横に綺麗に揃えて置いた。
そうか。確かにスリッパだと、初動が遅れる可能性はあると言えば、ある。
だが、俺の場合特にだが、初手は結界を張るか致死光線で殲滅するかのいずれかになりがちで、別に馬車の外へ出る必要も無い。
「ご主人様。ヒュー閣下の言葉も一理あるが、私はスリッパで居て良いものか?」
「うん、スリッパで良いよ。初動が遅れるのは確かだけど、俺達の誰でも、足が使えない程度で初手に戸惑う事はないじゃん」
「それはそうだな。では、ありがたく使わせてもらう」
「ヒューさんも、スリッパ使ってくださいよ。敵襲があれば馬も気付くでしょうし、フライスさんもいますし」
「左様ですか。まぁ確かに、この面々であれば初手が多少遅れたところで、どうとなる事もありますまい。使わせて頂きます」
仰々しい程に深くお辞儀をするヒューさんではあるが、何はともあれここからあと6日も車内にいる生活だ。楽な方が良い。
「ヒューさんとフェリクシアは、何を買ってきたの?」
俺は自分のソファーに腰掛けながら二人に目線を投げた。
「今持って参ります。フェリクシア殿は、シューッヘ様にお飲み物などを」
フェリクシアが頷いた。ヒューさんはまだブーツのままだったのでそのまま馬車を降りていった。
フェリクシアが魔導冷庫からピッチャーとグラスを取り出し、横にあったトレーに乗せて俺の元へと持ってきた。
「ルトラの葉の薬草水だ。小型の魔導冷庫だから、そこまでは冷えていない」
そこまでは、と言う割には、ピッチャーの周りにはもう霜が付いているが。
薬草水は、若干ではあるが緑がかっているように見える。
ルトラの葉は数枚程度なのに、色が付くのか。何だか苦い予感がする。
ピッチャーからグラスへとフェリクシアが注いでから、そのグラスを俺の手の中に収めた。
「あれ? 十分冷たいよ? ん、んー……ちょっと薬草濃いね、少し苦いな」
「本来ルトラの葉は苦いものだ。早々取り出してしまう場合が多いんだが、薬効を求めると、この位濃い方が望ましい」
「ルトラの葉の薬効って、疲労回復とかだっけ?」
「ああ。後は魔力の回復作用もある。そちらの効果は、サンルトラやハイアルトの様な高級品が主だから、これは体力回復水と思ってくれ」
苦い。んだが、何だかクセになる苦みだな。
一口、また一口と、あっという間にグラスに少しだけ残る程度になった。
「うん、これ癖になる。あとなんかポカポカするね。フェリクシアは何か買えた?」
「うむ。珍しい香辛料と、他に幾らかの塩と。日常用に、ペッパーの亜種の実も少々。それと……」
と、メイド服のポケットから、何か分からない白い紙の包みを取り出した。
手のひら大の、板でも包んである様な包み。表と思われる面には、杖か何かのデザインの、赤い印が大きく押してある。
「これはガルニア聖王国からの渡来品で、使い切りの回復魔法の、小型スクロールだそうだ」
「えっ、回復魔法? その包みの中に、魔法が入ってるの?」
「どうだろうな。案外一杯食わされただけかも知れないがな。その辺りはバザールの面白さでもある」
フェリクシアが俺の横にぽんと腰を下ろした。
「ご主人様、肩が凝っているとか、口内炎があるとか、何か無いか?」
「何かって、回復魔法のターゲットになりそうなもの? 嬉しいんだけど、体調は万全だな」
「あーフェリクばっかりズルい」
と、反対側の俺の横を、アリアが陣取った。
「あたし、ちょっとここにニキビが出来ちゃった」
顎の下を指差すアリア。よく見ると、ちょっとだけ赤くなって、ふくれている。
「これは丁度良い。恐らくその程度がこのスクロールの限界だろう、仮に効果があったとしても」
「フェリクシア、そのスクロールって、どうやって発動するの? 燃やすとか?」
「中にスクロール本体を為している物があるはずで、それを破壊すれば良い。紙片だったら、破るとかな」
言いつつ、スクロールの包み紙を開いた。
中には、THE・魔法陣、という感じのデザインが金色の線で施された、ちょっと固そうな紙のコースター的な物が入っていた。
「ここに矢印があるから、患部に向けるんだろう。アリア、少し顎を上げてくれるか?」
言われて、アリアが顎を上げた。
フェリクシアがそこに紙コースターな魔法陣を近づけて、パキッと音を立てて割った。
その瞬間、キラキラっと煌めく光がコースターから出て輝いた。そのキラキラはアリアの顎辺りにスーッと集まって、より激しくキラキラと光って、消えた。
「どうだ? 見た感じ、ニキビは消えたが」
「え……あっ、ホントだ! 治ってる!」
「あながち偽物では無かったようだな」
アリアは自分の顎をなでなでしながら、びっくりした顔をしている。
回復魔法、か。俺も使えるはずなんだよな、全属性を持ってはいるから。
「フェリクシア、そのスクロールって、魔法陣に魔法を封じてるの?」
「半ば正解、半ば間違い、と言ったところだ。この魔法陣は、典型的な封印魔法の伝承に沿っている。つまり、別の何かを封じる為の魔法陣だ。
この魔法陣で、回復魔法の力をこの紙片に封じ込めてある、とでも言うかな。魔法陣自体を正確に模写しても、単なる封印しか出来ない」
うーん、そうか。ガルニア聖王国とやらも、独占してる回復魔法をそう簡単にバレる様な形で出しはしないか。
「俺、女神様から全属性魔法の適性をもらってるんだよね。だから、回復魔法も参考になる物があれば行けるかと思ったんだけど」
「試しにこのスクロールをマギ・アナライズ辺りで観察してみたらどうだ? 簡素な作りだから、魔法の難読化はされていないかも知れない」
と、またポケットからさっきと同じ包みを取り出して、俺に手渡してくれた。
「マギ・アナライズは、俺ほとんど使ったこと無いんだよね。今でも出来るかな」
「ご主人様が出来なければ、全世界の魔導師はマギ・アナライズは使えないだろうに」
フェリクシアがふふっと笑った。
「じゃ、試してみるね。包みは取った方が良いのかな?」
「そうだな。包みが結界的な物になってる可能性はある。コースターそのものをマギ的に観察してみてくれ」
言われて包みを開け、コースターを左手に、平らに乗せる。そして、[マギ・アナライズ]を唱えた。
瞬間、凄い量の情報が入ってきたのは分かった。頭が付いていかない。
ただ、情報はループしている様で、同じ魔力の動きが繰り返し頭の中で再生された。
「こんな感じなんだ、マギ・アナライズ……結構負荷が高いね」
「そうか? それはご主人様の力が凄まじいからだと思うぞ?」
「んー……取りあえず、今読み取れた情報で、回復魔法を使ってみるよ。回復魔法の名称って分かる?」
「[ヒール]、[ハイ・ヒール][エクストラ・ヒール]と、この辺りは知られている。多分この簡素なスクロールだと、一番下位の[ヒール]だろう」
「じゃ試してみるか。アリアのニキビは治っちゃったし……お、ヒューさん」
ヒューさんが木箱を二つ重ねて持ちながら馬車に入ってきた。
腰をとんとんやっている。うん、腰痛に効くかな? 良い被験者登場。
「ヒューさん、腰、大丈夫ですか?」
「ああ、シューッヘ様。ご心配には及びません。多少重かったので、腰が疲れただけです」
「俺、回復魔法を習得出来たっぽいんで、ヒューさん受けてもらっても良いですか?」
「回復魔法をですかっ?! それは是非、受けてみたいものです。お願い致します」
俺はヒューさんの所に進み、手をかざし、[ヒール]を唱えた。
さっきの紙片の光より随分キラキラ、というかギラギラ激しく輝いて、消える。
「どうです、ヒューさん」
「おお……腰が10年くらい若返った様な感覚でございます。先ほどのスクロールの回復魔法ですか?」
「じ、10年って……そこまで大げさなものじゃないと思いますけど、スクロールのを分析して真似てみました」
「魔法の模倣は、とてつもなく難しいと言われています。それを事もなげになさるシューッヘ様は、さすがです」
随分と持ち上げられてしまった。
「ヒューさんの買い物は、この2つの箱ですか?」
「はい、今ご覧にいれますので、どうぞおくつろぎください」
俺は促されるままに自分のソファーに腰掛けた。




