第3章 エピローグ2 ローリス城塞都市出立 ~いざ目指すはエルクレア~
出発式でのサンタ=ペルナ様の乱入には肝を冷やした。
が、取りあえず女神様的にもメリットある結論になった模様だ。
俺達が今の形であるのも、女神様のおかげ。その女神様が得する事なんだから、良い事だ。
「シューッヘ、お前さんは此度の遠征で、どこまで行けると考えているか。正直なところを聞きたい」
今は謁見の間で、陛下からの最後のお声掛け、と言ったところ。
形式的な感じかと思ったが、陛下は中身のある話がされたい様だ。
「俺としては、魔王城までは行きたいと考えています。魔王との謁見がなるかどうかは、正直なんとも」
「魔王が話したいと思うだけの材料は、何か心当たりはあるか?」
「いえ、残念ながら。人間側のメリットは多いけれど魔族側のメリットがそもそも少ないのが、人間と魔族との交流案ですので」
「ふうむ……まぁ、何かしら危険を侵してまで魔王との対話をせずとも良い、シューッヘ。お前さんを失うのはあまりに損失として大きいからな。
魔族領地の大臣クラスにでも会えれば、少しは今後のつなぎにもなる。くれぐれも無理をせず、その辺りを目標にしておいてくれ」
「はっ。かしこまりました」
俺は陛下に改めて深く頭を下げた。
「アリア、フェリクシア。2人は英雄の妻として、魔族女性がシューッヘの元に来た時の、検閲役だ。
何処の世界でも、男を接待するのに女をあてがう文化はある。善し悪しは別としてな。だが、魔族と関係を持つ事がどういう意味を持つか、不明だ。
関係を持ったら必ず結婚しなければならない、など文化的な定めがあったりすれば、魔族をローリスに住ませなければならなくなる。防波堤として、働いてくれ」
ちょっと斜め後ろを見ると、アリアもフェリクシアも真剣な顔をしている。
「はいっ、あたしの出来ること、なんでもします!」
「ご主人様の安全を、生け垣となり盾となって守ります」
二人も、俺の事を考えてくれている。
俺自身がひょいひょい魔族の女性についていくような事が無いようにしないとな。
「そしてヒュー。今まで与えてきた中でも最大級の任務になる。お前もこれが済んだら、そろそろ引退だぞ?」
「引退ですか。まだわたしは若いつもりでおりましたが、陛下から引退勧告を受ける歳になったものですか」
「ああ、そうだ。今回英雄を無事魔族領へ往復させたら、後進の指導職としてお前を国で召し抱える。専門の部局も作る」
「陛下、畏れながら。その様な形式は、引退とは申しません。単に職種変えに過ぎませんが」
「ああ、そうだな。危険を伴う一切の任務から縁遠くなってもらうのだ、お前にとっては引退以外の何でも無いだろう」
「御意でございますな」
ヒューさんは余裕があるようで、陛下とのやり取りに薄く笑顔を浮かべている。
そっか、これがある意味、ヒューさんの最後の花道にもなる訳か……後進の育成も、大事だもんな。
「では、ワシの親書をシューッヘに託す。事前に言ったが、3通ある。いずれも見た目は、ただのロウの封印だが、封印魔法を施してある。
封印魔法を解除せずに中を読んでも、中の文言は読めない仕組みになっている。ヒューが解除魔法を得意とするので、相手に渡す前に、ヒューに解除させろ」
陛下がワントガルド宰相閣下に目配せをすると、ワントガルド宰相閣下が幕の中に下がり、トレーに載った3つの、紙を丸めて棒状にした物を持って出てきた。
そのまま俺の前に来たワントガルド宰相閣下が、俺にトレーごと受け取るように半ば無理矢理促してくるので、トレーごと受け取った。
見ると、それぞれ紙をくるくる巻いてそこに赤いロウで封印がしてある。
一番右端の1つは、寸が短い。半分くらいしか無い。
と、ヒューさんがにじり寄る様に俺の横に来る。
「これは……随分と厳めしい封印をなさいましたな、陛下」
いかめしい封印?
「ああ。国王玉璽が持つ力でもって封印してある。ヒュー、お前ならば、解けるだろう」
「解けますが、他の者が迂闊に通常の解除魔法を用いると、文書が爆発・焼失しますぞ。宜しいのですか」
「魔族の偉い連中が、親書を覗こうとする様な相手であったなら、交渉も無意味というものだ。そうしたら、すぐ帰ってこい」
ヒューさんがただ一言、はっ、と言って、またずいずいと下がっていく。
「お前さんから見て左から、エルクレア国王宛て、魔王宛て、そして賠償の親書となっている。間違えるなよ?」
陛下がニヤッとなさって仰る。
賠償のは寸が違うから間違いようがないが、エルクレア宛てと魔王宛ては見た目では違いが分からない。
「ヒューさん、これ、見た感じ違いあります?」
と、トレーを身体の横にスライドさせヒューさん側に寄せて助けを求める。
「御璽の押され方が異なります。エルクレア国王陛下宛は紙の垂直線に沿い、魔王宛は斜めになっております」
「こ、この細かい違いで……」
うっかり間違えないようにしないと、一大事になりかねないな。気をつけよう。
あ、でもヒューさんが封印解かないと読めないんだから、そこはヒューさんに任せれば良いのか。
と色々考えていると、陛下がすっとお立ちになった。
俺達一人一人にゆっくり目線を投げられて、一度大きく頷いてから、仰せられた。
「英雄は交渉役、その妻達は英雄の警護。ヒューは親書の番人だ。それぞれの役割を果たし、成果を持って無事帰ることを望む」
はっ! と俺達一同声に出し、頭を下げた。
「では出発せよ。お前さん方の旅の無事を、ワシもサンタ=ペルナ様に祈るとしよう」
俺は今一度深く頭を下げてから立ち上がり、一礼してからひるがえって、謁見の間を後にした。
***
「お疲れ様ですー、フライスさん」
城から出ると、そこにフライスさんがいた。つい手を振ってしまう。
「シューッヘ様、ご公務ごくろうさまにございます。改めて、今回の旅の手綱を握ります、フライスにございます」
「そーんな堅っ苦しいの良いですよー、フライスさんの凄い馬術、期待してますよ!」
「ありがとうございます、私はこれしか出来ませんが、こればかりは自信がございますので」
フライスさんとは昨日も会ったが、いざ公務に掛かるその時に丁寧な挨拶を挟んでくるあたり、とてもしっかりした人だと思う。
ただ、馬がいない。もう門とかにつけてあるのかな?
「今回はご公務でいらっしゃいますので、王宮より、最上位の馬車の使用が許されました。こちらです」
促す様に言うフライスさんの後ろを、ぞろぞろと4人で付いていく。
歩いて行く方向は、王宮から真っ直ぐ南。大通りになっていて、更に進むとイリアドームがあるが、店も無いのであまり使わない道だ。
階段を幾つか降りて、しばらく歩いて行くと、それは突然姿を表した。
「こ、これ、馬車ですか……」
鉄道のコンテナ、にしては居住性が良さそうな。港のコンテナ並みの大きさ。超デカい。総黒塗りだが、窓が幾つかある。
大型コンテナハウスの様なデカい箱物が、太い金属でがっちり、4体の馬で成る馬車部分と接続されている。
「これは、移動式客室馬車と申します。中の物品は適宜固定してあり、揺れましても物が落ちたりいたしません」
「移動式客室……窓もあるし、煙突も? 煮炊きも出来るんですか?」
「はい。排気扇が小型ですのであまり凝った物は難しいですが、食料は中の小型魔導冷庫にもございます、また」
とフライスさんがコンテナハウスの後ろを指す。もう少し小型のコンテナが連結されていて、その前に荷物が山になっている。
アレは、荷物入れなんだろうな。箱がたくさん、網を掛けてまとめてある。二山ある。
「食料、水といった物資は、補給の必要が無い程度に積載しております。どのような状況に陥っても、万全です」
「す、凄いですね。料理出来ちゃうとか。ベッドも中に?」
「はい。ソファーが全てベッドに変形するスタイルの物を、都合4台、搭載しております。それとは別に、テントも積載してあります」
まさしく『仰天』。こんなリッチな装備で、魔族領に行けるとは思ってもみなかった。
「因みに、トイレまであったりします?」
「はい。但しトイレは、砂漠に出てから使用可能になります。そのまま配管を通って外に出してしまうので……」
ああ、なるほど。城塞都市の中でトイレをすると、垂れ流しのまま馬車が駆けて行ってしまう訳だ。そりゃ迷惑だ。
「準備の整った方から、どうぞお乗り込み下さい。今ステップをお付けし、扉を開放します」
フライスさんが、御者台の所からステップを持ってきて、コンテナハウスのドアにつけた。
黒塗りのドアも、錠が外されるとスムースにスライドして開かれた。
凄いなー、みたいに俺がぼんやり見ていると、フェリクシアがサッと前に出てステップに足を掛けた。
一段一段、グッと踏む様にして昇っている。ドアの取っ手にも触れ、力を掛けているようだ。
「ご主人様、安全上の支障は一切無いようだ。ステップもドアも頑丈で、ドアは開けた状態でロックされている」
「わお、今のちょっとした動きだけでそこまで?」
「大事なご主人様をお乗せする客車だ、念には念を入れて安全は確かめるさ」
フェリクシアが何だか格好いい。
アリアはアリアで、フェリクシアに続いてトントンっとテンポ良くステップを上がった。
「結構高いわこれ。中はどうなってるのかな」
と、言うや客車内に消える。消えられる程にデカいんだな、この客車。
確かにステップも5段もあって、うっかりすると浮いてる様にすら見える。
強靱馬もデカいし、御者台もデカいし、デカいものばかりで基準を見失うが、ともかく4人で馬車旅するには相当オーバースペックな馬車なのは間違いない。
「フライス、今回のキャラバンとは合流出来そうか?」
「昨晩調べましたが、ライラスのオアシス都市で開かれるマーケットには間に合いそうです」
「シューッヘ様。お楽しみのキャラバンですが、行程の序盤に合流出来そうでございます」
「え、わざわざ調べてくれたんですか!」
「わざわざなどと言うまでもございません。シューッヘ様がお望みの事を叶えるのは、老骨の仕事にございますので」
「まぁ調べたのは私なんですけどね」
「フライスさん、ホントにありがとうございます!」
「フライス! シューッヘ様に頭を下げさせてどうする!」
「はははっ、何となく偉くなった気分でも味わってみようかと。いや冗談ですよもちろん!」
ヒューさんとフライスさん、前にも感じたが、タッグとして長いんだろうな。
やりとりに、険がない。言ってる事は厳しそうな事だったりしても、心理的に責めてる感じがまるでない。
「じゃ、俺も乗り込もうかな。ヒューさんも一緒に行きましょう」
「ええ、参りましょう。ではフライス、南部地域だけは気をつけつつ、城塞都市をゆっくり抜けてくれ」
「了解です。都市内での揺れはありませんので、ご自由にお過ごしください」
ヒューさんと一緒に、客車に乗り込む。
中では、女性陣による場所決めが始まっていた。
「あたしこのソファー使うから、フェリクシアはあっちよね?」
「いや、これだけ場所があるならば、このソファーをご主人様のに寄せても問題無いだろう」
「ええ?! じゃ3つソファー並べちゃうの? で、でもその……」
「まぁ、奥様が望まれないのであれば、うんと下手へ控えるか、キッチン寄りにソファーを置くが」
「キッチン寄りを……お願いしても、良い?」
「分かった。ではソファーはそちらへ移動させよう。ああご主人様、ご主人様のソファーベッドは、この場所で決まりだ。真ん中だ」
俺の場所は決まってるらしい。
「魔導冷庫の中に、冷えたハーブ水もある。グラス類も中にあった。お望みならすぐに出すぞ」
「いや、まだ良いよ。取りあえずソファーに座ってみようかな」
「シューッヘ様。英雄閣下としてのお仕事がございます故、お待ち下さい」
へっ? 仕事?
「此度の遠征の主役は、英雄閣下にございます。送りに出ている沿道の民に、手など振って応えて下され」
窓に寄ってみると、位置が高いだけあって遠くまで見通せる。
周辺に人はいないのだが、中央市場近くに人がたくさん集まっているのが遠目に見える。
フェリクシアが、スタスタと客車後部へと歩いて行く。
「この荷物を開梱しておこうと思うが、ご主人様の移動書棚は、ソファーの横で良いか?」
「えっ? ああ、本棚、フライスさんに預けたままだったけど、アレはどうなったの?」
「ここに白布が掛けてあるが、これらが全て、積み込んだ荷物だ」
もう全て、ここで完結出来るらしい。
俺の、ローリス出発の最後の仕事は、窓から手を振ること。笑顔もキープ。
笑顔で、沿道に手を振る。
……
…………
長い。もう30分くらいこうしてる。笑顔筋がマヒしてきた気がする。
ただ30分馬車で進んだこの辺りは、住民の『目』が違った。
ここまでの、キラキラした目ではない。睨み付ける様な、そしてよどんだ、ある意味死んだ目。そんな目の人ばかりだった。
「ヒューさん、ここがさっき言ってた南部地域ですか?」
このまま手を振っていて良いものかと思いつつ、ヒューさんに聞いてみた。
「はい。貧民地区でもあり、ここで得られる仕事は命を軽々に失う様な仕事ばかりです」
「王宮近くに住んでたら、ずっと知らなかったな……ローリスの中なのに、こんなに」
と、窓にパチンと何か当たった。石か?
幸い窓は割れも傷つきもせずだ。
「いけませんな。結界を張った方が良いやも知れません」
ヒューさんが言って、直ちに何か詠唱を始めた。
窓の外を見ていると、ふと建物の中の暗いところにいた人と目が合ってしまう。
その手には、弓矢。えっ?!
こっちに向けて射られた矢が、凄いスピードで飛んできた。が、ヒューさんの結界の方が早かった様で、馬車に届かず中空で折れて、落ちていった。
「危なかったですな。矢まで射てくるとは思いませんでしたが」
「それだけ、住んでる人の気持ちはよどんでるんでしょうねぇ……」
一瞬見えた矢じりの鋭いきらめきが、妙に記憶に残ってしまった。
あの彼は、俺を射抜いて何を得たかったんだろうか。
「官吏に連絡を取りますか、シューッヘ様」
「いえ。ローリスの暗部が知れた事こそ収穫です。フライスさんは無事ですか」
「フライスは風の精霊魔法を用いていますので、矢などの遠隔攻撃は、フライスにも馬にも、決して当たりません。ご安心ください」
ふう……なら一安心だ。
幸先が悪い、と言ってしまったら、彼らに悪いだろう。
きっとあの矢には、それだけの生活の不満が乗っていたんだろうから。
俺は胸の重たさを幾らか感じながら、手を振るのを止めた。
程なく、馬車は城壁を抜け、見渡す限りの砂漠に出た。
いよいよ魔族領への旅の始まりだ。
これで第3章完結になります。読了ありがとうございましたm(__)m
通常の更新スケジュール通り、18日より第4章プロローグに入ります。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。
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