第82話 明日、いよいよ魔族領へと出発。最終打ち合わせ。
あれから2週間。ドタバタしているうちに1月は終わってしまった。
2月と言うと、日本にいた感覚だと、陽キャ専用イベントバレンタインとかあったが、ここにはそういう習慣はない。
毎年2月14日は、息を殺して空気に化けてたっけ、そう言えば。
それが今では、2人も妻が居るというこの状態。俺リア充。まさにリア充。
金あり・暇あり・女あり。これこそイメージ通りの超リア充って感じの生活をしている。
が、そんなのんきな生活とも、しばし離れる日が、いよいよ来た。
明日、ローリスを発つ。目的地はエルクレア。そのまま行ければ、魔族領内へ。
ルートは、行程の容易らしいオーフェン経由ではなく、ヒューさんが取った砂漠直行ルートを取る。
俺には[アジャスト]の魔法もあるし、古代魔法を付加魔法として使えば、その[アジャスト]の発動中心を「場所」ではなく「人」にも出来る。
つまり、俺が常にアジャストの傘の中心にいる状態を作れる。もちろん広域魔法なので仲間も全員快適な旅が約束される。
普通であれば砂漠の馬車旅など死者が出そうだが、気候さえ何とかしてしまえば、そこまでキツくはないだろう。
ヒューさんが言うには、強靱馬を使って早駆けしていけば、3日目には着く程の距離なんだそうだ、エルクレア。
強靱馬は、以前俺の領地に行った時の、アレだ。スポーツカー並みのスピードで砂漠を疾走出来る、トンデモ馬。
そして、その強靱馬をメインで操作するのは、久々のフライスさんである。まさに最強布陣。
何でも、今回の馬車は大型の馬車で、4頭立てで引くらしい。
あの強靱馬を4頭。そうまでしないと走破出来ないルートなんだろう。
「これで準備は大丈夫かな。衣服類が少ない様にも思うけど」
フェリクシアの指示に従い、俺も自分の荷物を木箱にまとめている。
俺の荷物は、木箱にわずか1つ。アリアは2つ満タンにして、もう1つ作っている。
「今回の砂漠の旅程では、衣服の汚れが発生したらすぐ魔法洗濯で洗ってしまう。乾くしな。だから枚数が要らないんだ」
「なるほど? となると、わずかこれだけの枚数で良いって訳か」
上着とズボン、セットで普通のが3枚、上等なのが2枚。
後は適宜下着を入れて、後は俺が書いてる古代魔法のメモ。
メモと言っても、束ねた紙に書いているのでノートの様な感覚だ。そこにタオルが数枚。
古代魔法と言えば、アリアも基本のダブル詠唱は出来るようになった。
アリアから聞くに、別にダブル詠唱が出来なくても、魔力が底尽きる事は絶対にないんだそうだ。
ダブル詠唱の一番のメリットは「魔力枯渇での死を避ける」のだが、それ以外にも使い道はある。
「アリアは準備進んでる?」
「うん、大体整ったかな? あたし、武器も防具も持ってないけど、どうしよう」
「扱えない武具持ってても仕方ないから、そこは俺なりフェリクシアなりでカバーするよ。アリアは古代魔法の[ファイアー]発動の練習、砂漠に入ったらガンガンやろうね!」
「うん! 砂漠なら人もいないから、巻き込んじゃうこともないもんね!」
うむ。古代魔法の火炎魔法、ファイアーとかフレイムとか火炎弾とか、本によって呼び方はマチマチなんだが、単に火の玉を発生させ、対象にぶつけるシンプルな魔法。
そのシンプルな魔法でも、アリアの15,000倍が乗ってると、どれだけの破壊力になるか分かったもんじゃない。砂漠でしか練習は不可だ。
「俺個人の荷物はこんなもんで……後は2人に任せちゃって良い? 俺、ヒューさんの所へ行ってきたいんだ」
「うん、分かったよー。個人的な忘れ物じゃなければ、エルクレアで買う事も出来るかもだしね」
「ご主人様、恐れ入るがヒュー殿に、本を安全に携行出来る箱の様な物は無いか聞いてもらえるか?」
「本を? つまり、携帯本棚、みたいな?」
「そういう事だ。図書館で借りた貴重な古書だ、道中読みたいが、雑に扱ってはいけない」
フェリクシアは最近、本の虫である。あの古代魔法大法典を、ゆっくりだが確実に読み進めている。
果たしてフェリクシアに合う古代魔法があるかは分からない。
が、以前、1つ発動させられそうかも、と言っていた大破壊魔法があった。だから、古代魔法自体は行けそうだ。
「フェリクシアの本棚の件と、あと明日の集合時間かな。じゃ、ちょっと行ってくるよー」
いってらっしゃーい、と女性陣の声を背中に、俺は屋敷を出た。
***
「おお、シューッヘ様。準備の方は進んでおられますかな?」
「大体かな? フェリクシアが指示出ししてくれるんで、俺は従って詰め込むまでで」
ヒューさんは、ははっと笑い、俺を部屋へと招き入れてくれた。
「此度のエルクレア出征は、この文明が迎える新たな局面にございます。明朝、出発式もございます」
「へっ?! 出発式の話、聞いてないですよ?!」
「これも急に決まったらしく、わたしも昨日の夜、宰相閣下から言いつけられました。全員絶対参加、だそうでございます」
「ほえー……俺ってそんなヤバい事しに行くんですかね。イマイチ俺自身、そこまで危ない橋だとは、思ってないんですが」
ちょっと頭をひねっても、サリアクシュナ特使が言ってた『魔王様』が、来客を粗雑に扱いそうな気がしない。
「どうでございましょうか。わたしのエルクレアでの経験からすれば、エルクレア『までは』安全かと思われます。
問題は、魔族領の内部へ入った後にございます。いきなり退路を断たれ、進むより他にないなど、十分にあり得ます」
「なるほど、来るなら奥まで来い、みたいな事はあり得る、と」
「それだけにございません。遠隔地の兵というのは、とかく統制の取れないものにございますれば、偶発的な事態も、あるやもと」
「偶発的な、ねぇ。蹴散らしちゃったら、魔王様とやらの心証、悪いですよねぇ。かと言って負ける義理もないけれど」
「如何にすべきでしょうか、わたしでも悩みます。此度の遠征があくまで平和外交でございますので、偶発的な戦闘にもまず相手指揮官との話し合いを、どうにか持てるようにするのを第一になさると、宜しいかも知れません」
ヒューさんが少し難しい顔をしながら言った。
そうだよなぁ、蹴散らすのは難しくないかも知れないし、難しいかも知れない。
でも、それをやっちゃうと、イスファガルナ様と同じ『侵略者』になってしまう。
今回の俺の主旨としては、あくまで『人間世界の発展の為に、魔族領との交流を持つきっかけを作る』ことだ。
間違えても、対魔族全面戦争の引き金を引くことでもないし、魔族殲滅を行うことでもない。
友好的に行けるかどうかは、相手次第の部分もやはりある。
こちらは、隊にも満たないような人数しかいない。が、一応人間世界では、貴族であり英雄でもある。
向こうに押しかけるにしても、こちらの格として、魔王に失礼という事は無かろう。いずれ本番の大外交は、陛下にやって頂くとして。
ともかく『先鞭を付ける』という意味こそ大事で、そうでなければわざわざ俺も出張らない。
もしかすると、ほったらかしにしておけば、オーフェン王とサリアクシュナ特使のコンビが上手くやってくれるかも知れないとは思う。
が、二国間貿易にされてしまうと、それはそれでローリスとして立ち位置がマズい。仮にもローリスは英雄を有する国。そこの主張もしておきたい。
「仮に……ヒューさん、あくまで仮にですけど、魔族領に安全に、戦いも無く入れた、と。最終目的地の魔王直領までは、どの位掛かりますか」
「距離としては、およそ1,500クーレアほど奥地になる、と言われておりますが、地図も無く正確な場所も分かりません。
至るルートも同様に不明です。仮に1,500が距離として正しく、山地や湿地の無い平坦な堅い道が続くならば、1週間程度です。が、もっとも……」
ヒューさんの眉間のシワが深い。
「……もっとも?」
あまり良い話は無さそうだが、聞かない訳にいかない話だ。
「友好的にしろ敵対的にしろ、魔王直領までの道のりに、街や村がございましょう。その辺りで、それぞれの思惑でもっての、もてなしや騙し討ちなど、あり得ます」
「も、もてなしはありがたく受けても良いけれど、騙し討ちは勘弁して欲しいなぁ……」
確かに、俺が今から行こうとしているのは、魔族たちの生活圏だ。
突然人間という『異物』が来れば、反発もあり得るし、今後を見越し、もてなして機嫌を取ろう、というのもまたありそうだ。
その『どちらもあり得る』というのが悩ましい。
相手が常に敵か、常にすり寄ってくるか、決まっていればこれ程楽なことはないだろうに。無理な話だが。
「そうすると、都度都度、街や村には逗留した方が良さそうですか?」
「そこは、場の空気次第でしょうか。人間に対して興味関心が強いであるとか、直領につながる役人などがいるのであれば、今後の為にも足を止めるべきと思います」
「逆に、敵対的でヒリヒリする空気の所であれば……」
「補給などで必要であれば寄り、向こうの言い値で物資の買い付けだけして、一目散に出て行くのが得策かと」
「ああ、そうか補給も……エルクレアまでは、強靱馬で3日と聞きましたが」
「はい。ただ3日で駆け抜けると、さすがの強靱馬も疲弊し、いざという時に足が遅くなります。道中はエルクレアで終わりではございませんので。
砂漠のいずこかで、追加で2泊ほど、野営するべきかと思います。エルクレアまでにはオアシス地域もあり、運良く当たればキャラバンから物資を買い入れも出来ます」
砂漠のキャラバンか。面白そうだな。
「ただ、キャラバンについては、元々エルクレア発祥の商売ですので、既に魔族の声が掛かっていると思われた方が無難です。接触なさるのであれば、お気をつけを」
んぐ。思っていたのが顔に出たか、釘を刺されてしまった。
「まぁ、どのような場合にでも対処出来るだけの戦力の部隊にございます。様々申しましたが、いざとなれば力押しでなんとかなります。ご安心ください」
「あんまり、力押しでどーんってやっちゃう場面は、避けたいんですけどね」
忘れてた。この人は深く掘ってくと昭和っぽい脳筋なところがあるんだった。
確かにまぁ、いざとなれば……結局魔力頼みで突っ切るしかないわな。でも避けたい。
「えーと、あ、そうそう。別話なんですけど、携帯出来る本棚って知ってます? フェリクシアから聞いてきて欲しいって言われてて」
「わたしの私物で宜しければ、少々かさばりますが、お貸し出来ます。本の形状は?」
「古代魔法大法典を持っていくつもりのようなので、この、これ、のサイズです」
と、手のひらで四角いブロックを縦横で描いてみせる。
「ほう、熱心ですな。あの本の寸であれば、もう一つ小型で深型の物の方が良さそうですな」
「ヒューさん、その携帯本棚っていうの、何種類か持ってるんですか?」
「ええ、わたしも本には目がない人間ですので、本にまつわる物はあれこれと、無駄に持ち合わせております」
ここにも本の虫がいた。確かに、前も左も書架で囲われた様な部屋の住人が、本の虫でないはずはない。
「軽く清掃しましたのち、お屋敷へお持ちいたします」
「ありがとうございます。良かったら、俺の分のも1つ良いですか? 本のサイズはもう少し大きいコレ位ですけど、冊数は10冊くらいで考えています」
「幸いそちらの判型は、一般的な書籍の寸ですので、最初に考えていた方の書棚が収まりよく入ります。それもお持ちいたします」
「何から何まですいません、助かります。それで、明日の集合時間と場所は分かります?」
「はい。こちらのお部屋に、朝8時30分にご集合ください。出発式自体は9時になりますが、そのまま陛下との最終謁見後すぐ出国してしまいますので、お忘れ物のありませんように」
出発式、で陛下から最後のお言葉を頂いて、そのまま出発しちゃうのか。
俺の絶対に忘れちゃいけない物って言えば、せいぜい腰の短剣くらいのものだが、他のメンバーは女性だし、色々ありそうだ。
俺はヒューさんにお礼を言って、城から下がった。
ヒューさんの旅支度は比較的軽量の様で、部屋の隅に大型のザックがあった。多分あれで全てなんじゃなかろうか。
次回2話はエピローグ扱いになります。14日2話投稿です。
本章も長々となりましたが、読了ありがとうございました!! m(__)m
重ねて、是非「評価」のご検討をお願い致します。
ブックマークがまだの方は、是非ブックマークもよろしくお願いします!!




