第81話 親書のつくりかた 思ってたんとちょっとちがう
俺は、魔族に対して少しひいきしているところがある。それは俺自身、よく分かってる。
きっかけは、サリアクシュナ特使の発言、これも間違いない。魔族世界が、人間世界より圧倒的に『近代的』と感じた。
この世界では、野盗が出たりするのは当たり前で、俺自身も2度出くわしている。
俺やパーティーメンバーは強いので、そこいらの野盗にやられる気はしないが、一般市民であれば話は別。
誰か腕の立つ人を雇いでもしないと、国と国の間を安全に移動も出来ない。むろん、一般市民の方が多数派なのに、だ。
日本で、少しだけ習った『人権』。それがあるのが魔族世界で、無いのが人間世界。
そうざっくり考えてしまうと、人間世界の方が劣っている様に思えてならない。
かと言って、人間世界は人間世界で、それなりに仕組みがあったり制度が作られたりしていて、事実運営されている。
もしこれが、村々が集まっただけの社会だったら、魔族領に併合してもらうのが最適と俺は考える。けれど現実はそうではない。
ローリス一国を取っても、軍事面も内政面も制度化され、陛下に権力が一元化された専制『国家』体制が回っている。
上手く回っている国であれば、仕組みなどを変えるのは無駄も多くなるし煩雑だ。仕組みをいじると混乱の元だし。
通商交渉など、互いが互いの土俵にいつつ、それでいて互いそれぞれに益がある方向が良いだろう。
うん、大枠はまとまった。陛下に話をしていこう。
「まず王様、今回の外交の最終目標は、互いの領地間の自由交易です。関税等を掛けず、互いの産品の輸出入が出来る約束を取り付ける事。
ただ、サリアクシュナ特使の話などから推測する範囲では、自由交易を実現しても、魔族側にとってのメリットが少ないです。
ローリスの産業は人力の魔力がメインで、それで魔道具の魔力充填などを主産業としていると聞きますが、魔族はきっと、自前で魔力の補充程度は出来るでしょう。
となると、後は俺自身がどこまで『過大評価』されるかにもよりますが、英雄としての俺が魔族領、そして魔族を敵としない事、つまり個人的不可侵条約の様なものを掲げます。
上手く行くかは正直分かりませんが、魔族が英雄に危機感なり危険視なり、何かあれば、自由交易実現のこちら側が出せる条件としての不可侵条約は意味あるかもと思います。
もし王様が魔族領から得たいものがあれば、直接交渉が実現出来た場合より強調して伝えますが、何かありますか?」
陛下の真剣な顔付き。同じく横の書記官さんも、眼に力が入っていて、緊張している様に見える。
「シューッヘが仮に魔王と直接話が出来たとしたならば、本当を言えば、過去の賠償として、お前さんの領地から根こそぎ奪われた魔導水晶の返還を言いたい。
ただそれを言って通じる相手とは思ってはいない。魔族にとっても恐らくだが、魔導水晶は便利な道具であろうし、過去の獲得分を破棄する事はあるまい」
「王様、もしその魔導水晶の件が一番の懸案であるなら、相手の事を先回りして考えず、まず言ってみましょう。
サリアクシュナ特使から聞く魔王の印象からすると、話し合いくらいにはなりそうに思います」
「そうか。シューッヘがそう言うのであれば、その件を親書にも含めよう。ただいきなり過去の賠償をせよではあまりに不誠実な外交とも言える。
あくまで、相互自由貿易の交渉の中で、もし流れがあれば、という辺りだろう。相互自由貿易の親書とは分けて、隠し持って魔族領入りしてもらうことにしたい」
「それは構いません。確かにいきなり賠償を言い出したら、話し合いにすらならずに追い出されそうですね。
魔王ガルドスですが、サリアクシュナ特使の口ぶりからすると、相当度量が広い感じでした。ただあくまで、魔族にだけ深い度量、かも知れませんし」
陛下とそうこう話していると、ふとした瞬間にヒューさんが声を上げた。
「畏れながら、宜しいでしょうか」
「どうしたヒュー。何か懸念があるか?」
陛下の声に俺も振り返ってヒューさんを見る。顔付きが渋い。何かありそうだ。
「魔族領内に入る為には、食料などの準備も含めエルクレアを経由することが必要になります。
既にエルクレアは魔族の手に落ちている以上、エルクレアに入国した時点で、魔族に対してシューッヘ様の存在が伝達されるでしょう。
仮に平和的に事が進んだとしても、エルクレアから魔族領への侵入につき外交ルートでの支援がなければ、領土侵犯とされかねません。
つきましては陛下におかれましては、エルクレアの長を名宛て人とし、シューッヘ様の渡航を補佐する様に依頼する親書を出して頂きたく。
今のところエルクレアが魔族領と同等になっている事を『公的に』知っている者は、オーフェンの大聖堂にいた者とわたしだけですから、あくまでエルクレア国王宛てで良いかと存じます」
ヒューさんが相変わらずうやうやしい様子で陛下に進言をした。
確かに、そうか。魔族領の事ばかりを考えていたが、いきなり勝手に入り込んだら、領域侵犯でドンパチになってしまう訳か。
そうだよな、地球時代も、パスポートって外務省が証明書出して「この日本国民を支障なく旅させろ」みたいな事、確か書いてあったし。
そういうのを全く無しに、後ろ盾も後援者もナシでもって魔族領に入るとなれば、いきなり敵の軍隊が出て来ても、文句も言えない。
「ヒューよ。エルクレアの王権は維持されていたか?」
「わたしがいた期間、また旅人として接した限り、王家が廃されたという話は聞きませんでした。が一方で、王家に属する人物を見かける機会はなく、王城への進入さえも、後見人付きの許可制と聞きました」
「ううむ。既に王家が潰されたのを隠しているだけかも知れぬとも考えられるな。もっとも元々エルクレアの王族共は随分と非社交的だったから、単にタイミングが悪かっただけかも知れぬ」
エルクレアについては、俺は何一つ知らない。ヒューさんが行ってた所、って認識しかない。
もちろんそんな程度なので、ここは聞き耳バッチリ立ててひたすら聞くのみだ。
「実際に現地を見聞きして参りました立場から申し上げますと、エルクレアに王族・貴族の影はない様にすら思えました。場合によっては、貴族制度ごと王家も解体された可能性はあります」
「もしそうだとすると厄介だな。魔族の何者かがエルクレアの長として居るのか、または民衆政治制へ移行したのか……
民衆政治に移行したにしても、魔族との関係が著しく近い以上、魔族が政治内部にいると考えた方が自然であろう。
まぁ……魔族がエルクレアを属領化しているにしろ、していないにしろ、エルクレアはあくまで中継地点であって目的地では無い。
補給に支障があれば、エルクレアで戻ってくれば良いし、問題無く補給が出来れば、エルクレアの『実際の』支配者に宛てた書面で、魔族領入りを支援するよう求めるか」
陛下がフーッと息をつかれる。
「エルクレアを事実上の魔族領の入口と考えた場合、エルクレアとの外交で魔族領への安全な進入ルート確保は出来ぬものか?」
陛下がヒューさんに視線を投げた。
「可能性はございましょう。問題は、エルクレア統治をしている魔族、または人間に、魔族領本体に関わる権限が与えられておるか、にございますが」
「ふうむ。確かに、完全な属領であれば、本国に対してどうこう出来る権限はないやも知れんな。ただ、やってみて損失になる事はなかろう。よし」
と、陛下が立ち上がる。
「シューッヘ。向こう2日のうちに、魔族領支配者・魔王ガルドスに宛てて1通、経由地であるエルクレア国支配者に向けて1通、そして隠し持つ用としての、賠償の申し出を1通。
都合3通の親書をしたためる。全て魔法封印を施し、内部には国王御璽を押印する、真性の勅書・親書だ。作成後は中身の確認は出来ぬから、今のうちに聞きたい事があれば聞いてくれ」
聞きたい事。何かあったかな。
親書。王様直接の文書。落としたり無くしたりしたら一大事だな。
とは言っても、それ以外に何か、という事も特にない。内容はさっき話した内容になるんだろうし。
「俺としては特にありません。出発までにどれ位掛かるか、何が必要か、ヒューさんと確認しつつ準備を進めます」
「それは重畳。特に焦って出立する必要もない。エルクレアまで、ヒュー単騎であれば身軽に移動出来たが、パーティーでとなるとそうも行くまい。
今回の魔族領入りは、単なる旅行とは訳が違う。場合によってはいきなり国家対国家の戦争の最前線にもなりかねない。シューッヘも、仲間も、共に後悔のない様に備えてくれ」
「はい!」
俺と妻達の声が揃った。




