第80話 休暇明け、久々登城でいきなり本件に入る。
「おうシューッヘ。具合はどうだ?」
謁見の間。陛下はいつもと変わらない調子で話してくれる。ありがたい。
王様の他に、ワントガルド宰相閣下と、見慣れない人が玉座向かって左に立っている。誰だろ?
「しばらく休息を頂いたおかげと、オーフェンで失った絶対結界を取り戻せた事もあり、万全です。
王様や国の偉い方々には、ご迷惑をお掛けしていた事、女神様から伺っています。大変失礼致しました」
俺は膝を突いたまま、可能な限り深くと意識して、頭を下げた。
「まぁ国を回す側の人間は、いつなんどきでも苦労をするのは当たり前の話だ。お前さんが気に病む必要は全く無い。
気鬱に陥った者の中には、そのまま戻れなくなる者も多い。英雄たるシューッヘがそうならず、それだけでもワシは嬉しいぞ」
満面の笑み、とまでは行かないが、とても上機嫌な様子で歯を見せて笑っている。
「ありがとうございます。そう言って頂けると、気持ちが楽になります。これからも頑張っていける。そんな思いです。
ところで王様、魔族領への渡航については、今のところどんな感じのお話しになっていますか?」
俺が言うと、王様はちょっと口の端を上げ、眉間にうっすらシワを寄せ、目線が斜め上の方へ向いた。
この王様がこういう、何とも困ってる顔をするのは珍しい。余程難航してるのかな。
ただそんな表情も長く続くことはなく、その代わりという訳でも無いが、俺に視線が真っ直ぐ来た。
「少しお前さんに確認したい。我が国の政治体系について、どの程度理解しているか?」
「政治体系、ですか? 申し訳ないです、俺が知ってるのは、王政で、あと元老院っていうのがある、程度しか分かっていません」
「ふむ。まぁそうだろうな、お前さんはどうも野心が無いようだしな。国政に、そもそも興味すら無いだろう。違うか?」
「は、はい、まさしくそうですね。貴族の地位を頂いているので少し勉強しないといけないなと、今、思った始末で」
言っててちょっと恥ずかしいなと思った。
ローリスの貴族が、ローリスの国家体制を知らないって。やっぱそれは、うん、ダメだろう。
が、陛下は俺の言葉に、声を大にして明るい声で笑った。笑い飛ばした、って感じだ。
「ははっ、シューッヘらしいな。まあざっくり言うと、ローリスは王政国家だが、2つ議会がある。貴族院と元老院だ。
貴族院は、貴族の地位にある者の中から選出する。選出というと語弊があるな、役職者以外はほとんど持ち回りで、任期3年で交代していく。
それに対して元老院は、ごくわずかの例外を除いて、貴族院議員の中で特に功績のあった者が、終生の議員資格を持つ。
そういう仕組みだから、貴族院は40名を最小定員とするが、元老院に定員は無い。が、実際議員資格を持てる者も少なく、今は院長含め6人で元老院を構成している。
ここからが国政のややこしいところで、今回ワシが頭を抱えることになった話だ。
少し小難しいが、シューッヘなら理解くらいは出来るだろうと思うので話すぞ。
貴族院の議決に対しては、ワシは拒否権や修正権限を持っておって、極論、従わぬ事も出来る。が、元老院に対してそういう権限は無い。ワシとて議決に従うのが大原則だ。
強いて言えば、元老院の意見にワシが賛同出来ぬ場合には、8名まとめてかそれぞれか、いずれにしても説得工作をワシ自らせねばならん。なかなか骨な話だ。
まぁ、幸いと言うか、元老院にまで登り詰める者は、国の運営の裏も表も分かっている者ばかりで、単に政治的意見でしか物言えぬ貴族院の議員とは格が違う。
そこのヒュー元・元老院長もそうだが、ローリスが何故現状で安定しているか、国益を考えれば何が最適か、細部に意見の違いはあれど、根幹は理解しておる。
故にそうめったやたら、意見が食い違う事もない。が、なぁ……その『めったやたら』が今回の英雄派遣については起こっていてな。
いつもは一枚岩な元老院内部でも、まるで意見がまとまらん。ある者は英雄温存・籠城に近い事を主張し、ある者はオーフェンとの関係を言い、ある者は魔族との融和の可能性を言う。
ワシなりに思うところを元老院に意見もしたのだが、そうしたら余計に議論が四方八方に向いてしまってな。現在収集がまるでつかん状態になっておる」
……聞くだに大変そうな状態になってるな、元老院。結婚式の時に来てくれた今の元老院長さんも結構なご年配だったし、貴族院の上位だから、皆高齢、または老齢だろう。
それでも、ヒューさんを見ていてつくづく思うが、この世界の老人はパワフルで元気で、知性もレベルが高い。そんな人たちの集まりの元老院が、意見割れるのか……
「このまま議論を続けさせておいても、延々時間が掛かるだけで意義ある議論になりそうにもない。故にワシは、お前さんの意見をそのまま元老院に伝えようと思っておるのだ」
へっ?!
国会的な所に、俺の、個人の意見を?!
「面食らっているな。まぁ、そうだろうな。恐らくお前さんがこれから言う言葉が最優先の方向性となって、国としての動きが決まる。責任は重いぞ?」
「え、えーと……王様、本気ですか? 俺まだ、18歳の若造ですよ? 元老院の、その……人生の先輩方でもあり政治家でもある方々に、俺の意見など」
「つまり老人に意見するのにためらいがあるという事か? 構わん、英雄は立場から言えば元老院議員と対等かそれ以上だ。遠慮は要らない」
「遠慮と言うか……正直言って、俺のその、個人的な思いだけで、国の命運が決まってしまうようなのは、あまりに重くて……」
「ふむ、それも理解はする。だが、誰か影響力のある者が言葉を使わねば、もうまとまらぬところまでこじれているのだ。悪いが覚悟と諦めを持ってくれ」
俺は文字通り呆然とした。口が半開きになってるのには少し後で気付いた。
「とは言え、いきなり元老院で演説しろというのは無理だろう事は分かる。ワシにであれば、少しは話せそうか? それとも、ヒューを介するか?」
どうも「まだやりません」という選択肢すら、端から無い模様だ。
今日のこちらのメンバーは、フルメンバーである。妻たちも、ヒューさんもいる。ヒューさんは元老院の元・長だから、元老院の事は詳しいだろう。
けれど、ヒューさんに間に入ってもらうのは……気分的には楽かも知れないが、俺自身が考えている事が曲がって伝わってしまうかも知れない。
事が事だし、実際魔族領に行くとしたらこのパーティーで行く事になる。ヒューさんの、俺を思ってくれる気持ちが逆に作用してしまってもいけない。
「王様に、直接お話ししたいと思います。ただ、まとまりのある話が出来るかは、全く自信がありません」
「それは気にせずとも良い。古老のくせ者ばかり集まっている元老院ですら『まとまりのある話』とやらが出来ぬ程混乱しておるのだ。
魔族領遠征という前代未聞の大作戦の原案者の方が、まだ又聞きの元老院よりはマシだろう。もしマシで無くとも、失望もせんし責めたりもせぬよ」
と王様が一言、書記官、と言った。
ワントガルド宰相閣下の隣の男性が、はっ、と一言発した後何やら唱え、その顔の前辺りに指を伸ばした。
指はうっすら光を帯びている。これはアレか、フェリクシアも使ってた、魔導筆記の魔法か。さすが書記官、こういう使い方が王道か。
「えぇと、では。まず最初に、実現可能性の低い理想論から述べます。魔族領の優れた知識や観念、権利擁護の仕組みなどを、人間の世界に『輸入』出来ればと思っています。
それこそ、魔王ガルドスとの直接対話で安全保障を確保しつつ、もっと実務レベルの官僚さんなどに、魔族領の治政を学んでもらって、より良いローリス、また人間世界を目指せれば、と。
サキュバスのサリアクシュナ特使、魔族領では一般人か平の軍人か、その辺りの様に思えましたが、彼女ですら、魔導水晶の粉体の危険性を知っていたりと、技術や知識面でも、魔族の方が上です。
果たして人間が、永年恨んできた魔族から何かを学ぶ・教わる事を良しとするか、という問題はありますが、仮に出来たとすれば、人間社会の大きな発展に寄与すると思います。
ただやはりそれは理想論ですし、それこそ1回俺が魔族領に、無事に入れたとしても、『最初の一歩』的なものにはなるかも知れませんが、多くは得られないでしょう。
となると、まず先遣隊と言うか無謀な代表と言うか、そんな立場で俺達パーティーが魔族領入りし、出来るだけ偉い魔族と話をし、親書を魔王に取り次いでもらえたら、辺りが限界かと思います。
王様としては、親書はどういう内容にされるおつもりですか? 俺としては、出来るだけ平和的な、今後の外交関係が作れる様な内容にして頂けると個人的には嬉しいのですが……」
いつものように頬杖を突きつつも、目だけはしっかり力の入った様子で俺の話を聞いてくれていた王様は、一言、うーん、と唸った。
「親書は、あくまで方向性があって初めて作れるものでな。もちろんワシがその方向性を作る立場の場合はワシが自由に書くが、今回その役はシューッヘが担っている。
それ故、国王親書として何らか書く事はするが、シューッヘの考えに沿った内容に寄せて書くことになる。無論人間側として譲れぬ部分はそれはそれとして、ではあるが」
「その『譲れない部分』というのが、もし『魔族はあくまで敵である』といった中身だと、俺は宣戦布告文書を持って行く事になってしまう訳で……」
「んっ?! あぁ、それを案じているのか。ローリスが魔族に虐げられたのは、もう遙か昔の話だ。イスファガルナ様のご活躍以降、魔族がローリスに危害を加えた事例は、偶発的な事故以外に無い。
故に、それこそお前さんが宣戦布告を望めばそう書くが、通商交渉などを求めたいのならばそのように書くぞ。この、魔族領関連の件については、ワシですらお前さんの下請けだ」
ははっ、と苦笑いな顔をしながら王様は笑った。




