第79話 図書館で本を読む人眠る人
久しぶりの外出。普段より日の光が眩しいようにすら感じる。
「ねぇシューッヘ、図書館にはどの位いるつもり?」
「まぁ、夕飯前辺りまでかなぁ。アリアが覚えないといけない量、凄いから」
「はぅぅ、今から4時間以上も本と格闘するのね、頭痛くなりそう」
アリアと並んで歩いている。フェリクシアはメイド意識なんだろう、俺達の後ろを静かに歩いている。
アリアはあれ以来、俺の心を覗いて話をするのをキッパリ辞めてくれた。
一時は本当にどうしたものかと思ったが、まさか女神様の抑制魔法すら追いつかないとは。
ある意味バグの様な事で、見えないはずの部分まで見えてたと。内容としてはアリアからそう説明を受けた。
そのアリアだが、女神様から古代魔法習得のオーダーが出ている。
古代魔法は、遙か昔から伝えられている魔法で、今一般的に使われる魔法と結構根本的な部分が違う。
魔力の使い方からして違うので、単に頭で理解しただけでは発動は難しい。理解・体得・実践。全部大事。
今日はとにかく知識収集の初日なので良いんだが、理論を実践して体得してもらわないといけない。
それはそれとして……15,000倍魔力が古代魔法を駆動して、果たして安全性が確保出来るか、不安はある。
前回の勉強では、俺は攻撃魔法ばかり見ていた。どれも破壊力や面での攻撃が出来る、優れた魔法が多かった。
逆に言うと、攻撃魔法では面で攻める様な大規模魔法の方が主流で、少数の敵対戦に向かないものばかりだった。
どんなに弱めな古代魔法でも、アリアの以前のあの威力よりは圧倒的に強い。
だから俺としては、アリアが存分に古代魔法を練習出来る、安全な魔法を探すことが今日の目的だ。
因みにアリアは、古代魔法大法典を読んだら3分で寝付けそうな気がするので、解説書の系統を読んでもらう。
フェリクシアは、あの屋敷を買った時最初に書棚を欲しがった位に本が好きな様なので、適当に図書館を楽しんでいてもらおう。
「ご主人様。図書館だが、今日はグループ室は使うか?」
「ああそう言えば、グループ室ってあったね。飛び込みでも使えるものなの?」
「空きがあればだが、誰でも使える。大小幾つか種別があるが、大きい部屋の方が良いか?」
「うーん、部屋の大きさは前に使った部屋より小さくても良いんだけど、黒板があるとありがたい」
「黒板は全てのグループ室に、それぞれの部屋に合わせた大きさの物が備え付けられているので大丈夫だ。
それでは先に行って、良さそうなグループ室を押さえてくる。ご主人様方はゆっくり来られよ」
俺が頷いて、続いてありがとうと言おうと思った時には、既にフェリクシアは俺の横を遙か通り越していた。
「は、早……あのペースでないと優秀なメイドにはなれないのかな」
「フェリクが格別にせっかちなんだと思うよ? だって、デルタさんがあの動き出来るとは思えないもん」
デルタさん。あぁ……俺達が歩いて行くのを、汗かきながら後ろからのろのろ駆け足で追いかけてくる図しか浮かばん。
「メイドさんって言ってもそれぞれか。元いた世界じゃ、日常にメイドさんなんていなかったからなぁ」
「前にも言ってたね。貴族がいないってなると、メイドさん雇える位のお金ある人、少なかったの?」
「うん、多分。もちろんお金持ちはいて、そういう人は『お手伝いさん』って形で人を雇ったりしてるとは聞いた事あるけど」
歩きながらのよもやま話。話題は有って無い様なもので、のんびり歩きながら気を遣わずに口にする。
「そういや話変わるけど、ノガゥア家の王宮からもらえるお金って、年始めとかなのかな。それとも前回から1年?」
「どうだろね。他の貴族だと、1月いっぱいまでに領地からの納税をして、恩賞なんかが出るのは精算終わってからって聞くよ?」
「そっか。幸いまだ俺の分の1,000枚はほぼ丸々残ってるし、心配は無さそうだね。アリアの分は足りてる?」
「あたしのは、あの……バルトリア工房でのお支払いで、結構減ってて。あと300枚くらいかなぁ」
「300枚あれば、大きな買い物しなきゃ大丈夫そうだね。あーそう言えば、新発見の地下5層の工事、どうしよ」
うちの屋敷は地下に4層の地下室がある。だけのはずだった。
が、女神様に強制転移させられた場所は、まだ床が土と砂な感じの工事現場な「地下5層」。
しかも、1~4層までと比べて、数倍は広い場所である。
今は、地下にワインと蒸留酒の巨大酒樽を安置してるので、地下3層4層は使用不能だ。
5層のあの広さがあれば、ちょっとした演習も出来る。四方はミスリル混の壁で魔法を吸収してくれるし。
「あ、見えてきたわよ、図書館」
言われて正面をしっかり見ると、遠くに大きな建物が現れていた。
外から見ると、くすんだ白にペイントされた壁の、でっかくて3階建ての建物。
中に入ると2階部分までしか見えないのだが、3階はアレかな、閉架の貴重書の保存とか?
更にじっと見ると、図書館の入口付近にメイド服が見えた。
ずいぶんゆっくり歩いてきたから、結構待たせてしまったかも知れない。
手を振ってみる。すると向こうも手を振り返してくれた。
とことこ歩いていると、以外と早く着くもんだった。フェリクシアに合流出来た。
「グループ室だが、多少小型の部屋しか空いていなかった。3人であれば事足りるとは思う」
「ありがと、フェリクシア。そこも防音、掛かってるんだよね?」
「ああ。お互いに指導しあったり質問したり、発言は館内に気遣い無く自由に出来る」
フェリクシアがひるがえって歩いて行くのを追うように、俺達も図書館へと向かった。
***
図書館に入って、既に3時間。
俺とフェリクシアは黙々と読書を続ける一方、アリアは本を開くや、うつらうつらし出した。
難しい本を読んでいると眠くなるのはよく分かるので責めないが、何度起こしても寝てしまう。
アリアと活字の属性は酷く悪いようなので、俺は頭を切り替えて、俺が学んで後で教えるスタイルで行く事にした。
フェリクシアは、本来で言えば古代魔法を学ぶ格別の必要性は無い。
元々本が好きな子なんだから、何を読んでくれてても構わないんだが、原典の1巻からかじりつきで読んでいる。
原典は、真面目に読むと5~6時間は平気で掛かる分厚い本なので、1冊目から進んではいない。
「フェリクシア、今日の夕飯だけど、買い物は大丈夫?」
「ん? ああ、今日は魔導冷庫の中も野菜類も、比較的充実しているぞ。何かリクエストはあるか?」
「これと言って無い。いつも困らせちゃってるけど、何かテキトーに作ってくれれば」
「分かった。アリアも寝入って随分と経つが、そろそろ引き上げるか?」
「そうだね。俺も今回はかなり収穫があったし」
俺の収穫。まだ読了してない原典1巻はフェリクシアに譲って、2巻と3巻の魔法名を拾い読みした。
すると、これが結構生活魔法っぽい様な、それでいてほとんど超能力な魔法が、結構あった。
今日発見した魔法を使えば、アリアに後で教えるのもそれ程難しくはないと思う。一応魔法の立式自体はしっかり覚えたつもり。
「ご主人様、この本は借りていきたいのだが、良いか?」
「うん。俺もこの2巻と3巻、出来ればその先も借りてきたいな。俺自身で図書館で本借りたこと無いけど、登録とか必要だよねきっと」
「ああ。ご主人様は新規登録だが、貴族の場合は難しい事は無い。図書館側で人物照会はしてくれるので、少し待ちはするがそれだけだ」
おおう。普通日本だと身分証明書を出して云々ってところ、貴族だと向こうが勝手に俺っていう人物を調べてくれるのか。
「では司書のいるカウンターへ行こう。アリアは、まだこのままで良いか」
「だね。ぐっすり寝てるし」
静かにグループ室を出て、司書さんのいるカウンターへ向かう。
因みに今回グループ室で色々黒板に書いて説明を……と考えてたんだが、アリアが早々に寝入ってしまったので黒板使わなかった。
「失礼、こちらの方を新規での登録と、私の登録住所の変更をお願いしたい」
フェリクシアが女性の司書さんに話しかける。
司書さんはおっとりした調子でこちらに顔を向け、ニコッと笑顔。マニュアルっぽいが、悪印象はない。
「大変失礼致しますが、こちらの男性はシューッヘ・ノガゥア子爵で間違いございませんか?」
「間違いない。我が主人の、ノガゥア卿だ」
「それではノガゥア卿、恐れ入りますがこちらの紙片にサインを頂けますか?」
と、診察券大のカードが出て来る。見る感じ紙の様だが、日本で見かけた事の無い頑丈そうで分厚い紙だ。
紙片には、図書館利用者識別証、と書かれていた。いや女神様翻訳堅すぎないか? まぁ意味は分かるから別に良いんだが。
カウンターに近づくとペンを渡されたので、そこに漢字でフルネームを書いていく。何故かこの文字、読んでもらえるんだよな。女神様凄ぇ。
「ありがとうございました。ではお連れ様のご住所変更は、こちらの用紙に新住所をご記載ください。ノガゥア卿、本日は借りていかれますか?」
「あ、はい。今、借りていきたい本持ってきますね」
カウンターで書類を書いているフェリクシアを残して、俺はグループ室に戻った。
相変わらずアリアは寝ている。そろそろ起こそう。
「アリア、そろそろ図書館引き上げるから、起きてー」
「んみゅ? あえ、寝てたあたし」
「寝てたよ。もうあれから3時間位経ってるよ」
「あうう、1冊もまともに読めなかった……ごめんシューッヘ」
「いいよいいよ、アリアと活字の相性の悪さはよく分かったから、別の方向で行く事にするさ」
話しながら、テーブルの上にある原典3冊、フェリクシアの分もまとめて持つ。既にこれだけで腕は痛くなる程の重さだ。
アリアが扉を開けてくれたので、そのままカウンターへ。カウンターの空いてる所に、積み上げる。
「もう2冊くらい借りていきたいんだけど大丈夫?」
「はい。貴族のご当主様とその関係者様は、4週間・1度に20冊を限度に借りて頂けます」
「20冊。いっそ借りれるだけまとめて借りていこうかな……」
「失礼ながら、そちらのお嬢様も関係者様であれば、3人分で60冊までまとめて借りられます」
言われて振り向くと、アリアも付いてきていた。3人分・60冊なら……
「アリア、フェリクシア。ちょっと古代魔法系、まとめて借りたい。枠、借りて良い?」
「ああ、読んでみるとなかなか面白かった。私も色々読んでみたい」
「あたしとても読めないけど、枠は使ってくれて良いよ」
「じゃ、古代魔法の棚に行こう。俺だけじゃ持てない」
こうして、古代魔法の書棚とカウンターを何往復もし、原典の大半を借りることが出来た。
60冊もの枠を使っても、古代魔法大法典の原典全てすら借りられない。まだ少し残った。




