第21話 ペルナ様でないペルナ様が偉そうに立ってるのを見ると、さすがにかなりの違和感があった。
「のう大司教殿、わざわざ暗闇を進もうとしておるが、光魔法で照らしてはいかんのか?」
立ち上がって真っ暗になったところで、ヒューさんが大司教に尋ねた。
「単に慣習的なもので、別にいかんという事はない」
「ならば、シューッヘ様が躓かれでもなさったら宜しくない故照らすぞ、エンライト!」
ヒューさんのエンライトの魔法は、会話と魔法名の詠唱が特別に区切られる様子も無く、ごく自然に行使された。
カタリアの時に見たのと同じ、電球色に光るヒューさんの手先。
「ヒューさん、俺もその『エンライト』の魔法、使ってみても良いですか?」
「宜しいかと。生活魔法として有名なものですので、アリアからもそのうち教わりますぞ」
「ひ、ヒューさん……」
やっぱり、ちょっと、気になっちゃう。アリアさんの事。
でも今はそこじゃない。明かりを付ける魔法「エンライト」。
これを、出力とか指定しないで使うとどうなるかを試したい。
俺は息を吸って、吐いて、集中をしたら吸いなおし、唱えた。
[エンライト!]
すると、左右の手が両方とも、街灯並の強い光を放った。
「ま、まぶし」
「左様ですな、通常エンライトは、その方の魔力総量が基準になるのですが」
ヒューさんも目元を光っていない方の手で隠すようにして、俺の作った光を避けている。
「取りあえず、弱めたい時はどうすれば?」
「弱いエンライトを唱えて下され。それで上書きすれば良いのです」
やっぱり出力無制限・代償無しの魔法力は底が見えない。
俺は、普通の電球程度の出力に、両手の光を調整することにした。
[エンライト 出力40ワット]
唱えると、さっきまでの直視できないまぶしい光が急にしゅんとして、トイレの電球並になった。
それでもこの場所、元々全く光が無いので、40ワット電球が両手なので2つ、その光源でも十分によく見える。
「シューッヘ様。今唱えられた、ワット? というのは、如何なる符号にございますか」
「えっ? ワットは地球上で使っていた、電気の出力量? の単位です、簡単に言うと」
「電気?? 魔法とはまた別のエネルギー源でもって、光を作るのですか」
「えーと、電気を使うと……色々工作が必要なんですが、光を発するだけでなく、遠方の人と会話したりも出来ます」
「念話通信とはまた別なので?」
「あーこの世界だと魔法があるので必要性は無いかも知れません。俺のいた世界は魔法が無かったので、電気で動くものばかりでしたよ」
ふと考える。俺は今、魔法の世界では通用しないはずの単位、ワットを使って、魔法を制御した。
これは多分、女神様のご加護なんだろうな。強盗団殲滅の時から意識せずやってたけど。
全くもって……女神様にはお世話になりっぱなしだな。お礼の一つも出来ればいいんだが。
「では宜しいですかな」
大司教がこちらの顔を伺うように言葉を発した。
俺は大司教とはあまり口を利きたくないので、単に頷いて応答した。
大司教は3つの光源に照らされながら、狭い洞窟の通路のような教会の中を進んでいった。
しばらく進むと、突然天井が開けた。いや違うな、凄い高い天井に、採光のためか穴がある。
俺とヒューさんはエンライトを消した。消し方、一瞬考えたが、「ライトオフ」と明確に意識したら消えた。楽だ。
「こちらが、礼拝室にございます」
大司教の後をついて進んでいく。部屋の真ん中でひるがえると、そこには石像があった。
石像は、高さは人間の背より少し高い。女神様をかたどっているのか、ワンピースっぽい衣服の女性である。
顔までしっかり作り込んであり、優しげな微笑みを称えた像だ。女神の印なのか知らないが、金の紐だけは後付で石像の腰に巻かれている。
「大司教様、この礼拝室で、聖職者の方々がお祈りを?」
「はい。サンタ=ペルナ様の像にございます」
言われ、まじまじとその像を見た。
確かに、威厳はある。存在感も十分だ。大きさ以上に何か言い知れぬ力を感じる。
だが、顔がそもそも違う。ペルナ様に会ってる俺からすると、「誰これ?」である。
慈愛に満ちた表情は、ペルナ様のご性格とはズレてる感じがして、似合わない。
『誰が慈愛の無い女神ですって?』
「アイタタタッッ」
「ど、どうされましたかシューッヘ様」
「い、いえ、ちょっとペルナ様の事を考えていたら、虎の尾を踏んだようで」
「トゥルラノヲヲ……?」
「あぁ、地球独自の表現の様でした、要するにお怒りを被りました」
痛みも独特。喩えるなら、脳に直接フォークをグサグサッと4本くらい刺された感じ。
「よ……宜しいですか」
「あ、大司教様。どうぞ何か話でも?」
塩対応を心掛ける。
「先ほど、シューッヘ様を通して伺った女神様の御言葉。その中にあった偽の像とは、恐らくこの像を指しております」
言われると、寧ろ納得してしまう。
顔が違うからか、それとも別の要素か、神々しい像ではあるが、ペルナ様とは思えない。
「確かにペルナ様ではない神像ですねこれ。ペルナ様とはお顔がまず違います」
「な、なんとシューッヘ様は、女神様にお会いになられたことが?」
「ありますよ。長い時間ではなかったですけれど、お顔も、印象も、ハッキリ覚えています。だからこれは違うと断言出来ます」
「やはり……私の判断は誤っていた……」
総司教がガクッと膝を付いて、両手もついてうなだれた。
「総司教様。俺もお祈りしたいので、イスヴァガルナ様が掘り当てたという真の女神様の像を出してくれますか?」
「……ここには、もうございません」
「えっ」
と、俺とヒューさん二人ともの「えっ」が重なった。
「総司教殿、それはどういうことだね。ペルナ様にまつわる秘宝でこの教会に無いものはないはずでは?」
「イスヴァガルナの女神神像は、50年程前に、私が……オーフェンの国営商会に売り払った」
ざわっ、と聖堂内の空気が変わるのがハッキリ分かる。
魔力がそうさせているのか、それとも別の何かか。
分からないが、一気に殺気だった空気が場を支配した。
「な、なんと! 総司教殿、いや、貴様! それは国としてどういう意味を持つのか分かっているのか!」
「今考えれば……。だがあの頃は、私も若かった。総司教に若くして推挙され、苦しかった」
「へー、大司教さん苦しければ何やっても良いんですかー?」
まさに棒読み。
ふるふる震えている様にも見えるが、ペルナ様への不敬、俺への殺人未遂とで、優しくしてあげる気になれん。
「何をと、今責められたとしても、既に神像は手元に無く、その対価も使い果たしてしまった……」
「貴様。神像を売り払って、その金で何を手にした。何に手を染めたのだ!」
「賭け事だ……。私はまだ、聖職者としてやっていけるほどに、枯れていなかったのだ」
詰め寄るようにしていたヒューさんが、とっとっと2、3歩下がって、ため息を吐いた。
「呆れて物も言えんわ……ならば何故、推挙を受けた時に辞さなかった。このような事態を招いてからでは……」
「権力も欲しかったのだ。ただ、手にして分かった。この大司教という権力には、自由が無い。遊びも無い。退屈で……」
「へー、退屈だと、女神様の伝説の像を売り払って、そのお金を遊びのために使うのも、教会としてはOKってことで?」
「う、うぐう……無論、いけない事をしておる意識はあった。だが、我慢も出来なかった……」
実に呆れる。そりゃ伝説の神像なら、さぞかし凄い価格で売れたことだろう。
と同時に、ペルナ様が可哀想だ。地球時代に読んだラノベの設定の中には、信者の祈りがあって強くなる神、みたいな話が多かった。
ペルナ様がそうかどうかは分からないが、お供え物をリアルに持って行く価値観の女神様が、祈られさえしない、では、あまりに……
それこそ言ってはなんだが、魔族に滅ぼされてしまっても文句が言えないようにすら思える。
「んー大司教さん、そうなると、供物の儀? でしたっけ、アレが成功したことも、あなたの代では無い、とか?」
「信者や聖職者には、ペルナ様は奥ゆかしい女神様であるから、地上の物は取っては行かれない、と……」
「噓を流して誤魔化した、と」
「……」
下向きっぱなしで表情は読めないが、俺の悪態に怒りで対応してくる程の余裕は無いようだ。
「大司教、貴様、この問題は国王陛下に報告する。おって沙汰もあろう、首を洗って待っていろ!」
ありゃ。
首を洗って待つ、という表現はこの地でもあるんだ。虎の尾を踏む、は無くても。
俺は、血管切れそうな顔色をしたヒューさんの後を付いて、教会を足早に後にした。
***
と、俺の部屋。
ヒューさんがさっきから、部屋の中を行ったり来たりしている。
苛ついてもいるようで、時折吐き捨てるようなため息も聞こえてくる。
「ねぇヒューさん。あの大司教さんを、どうするつもりです?」
「まずは陛下に御報告申し上げますが……わたしとしては、打ち首の上さらし首が相応と」
「要するに死罪、ですよね。でも、どうなんでしょう」
「シューッヘ様は、大司教の死罪に反対のお立場ですか」
「いえ、俺だっていきなりナイフ投げてきた相手の肩持つ気なんて無いんですけど、その真の女神像って、そもそも知られてなかったんですよね」
俺が言うと、ヒューさんは歩くのをやめて、顎に手を持って行った。
「……そうですな。シューッヘ様がご指摘になられ、初めて像がある事、またつい最近まで我が国内に現存していた事も知りました」
「『誰もが知る宝物を私的に売り払った』のなら、死罪に異を唱える人はいないと思います。ただ今回問題なのは、国家的宝物ではあっても、そもそもその存在を誰も知らないという事。
もし国王陛下がご存じであったりすれば話は変わりますが、誰も知らないけれど宝物級、というだけでは、公知の宝物を私的に処分した事と同列に扱うのは、少々乱暴かなぁって思って」
ヒューさんは、冷静さが戻ってきたのか、目が難しそうな色合いを帯びてきた。
俺が言っている事は、別に難しい話じゃない。伝説の宝物ですっ、とみんなが知ってる宝を勝手に売ったら、罰は大きいだろう。
けれど、宝物認定されてない物を売った、またはそんな物があることさえ知られてない物を売った、それがたまたま宝物だったから、はい死罪。これはちょっとどうかなと思ったのだ。
別に、あの大司教が死のうが生きようが、俺は殺されかけたという思いが強いから同情はしない。
けれど、あまりにも「結果論が悪いから重く罰する」という方向に偏りすぎていて、どうにもバランスが悪いように思えてならない。
「結局あれかな、その女神像の歴史的価値はともかく、今どういう働きがあるか、かなぁ俺的には」
「シューッヘ様。歴史的価値というのも、国家建国の初めの物品ですから、決して無視出来る度合いではございませんぞ」
「そっか、建国のきっかけになった物、となったら、やっぱり重罰に偏るのはどうしようもないか」
俺はソファーの背に、自分の身体を預け天井を眺めた。
「でも、そもそもなんで、教会にそんな貴重な像がある事を、ヒューさんも、またもしかすると王様も、知らないんです?」
「基本的に、政治側の立場の者は、教会のあれこれには口を出さない、というのが暗黙の了解としてございます」
「でも、例えば政治側の人も、一信者としては出入りとかしないんですか?」
ヒューさんに視線を投げる。
別に責めている訳ではないが、つい意見が衝突しているので目つきがキツくなってしまった。
ヒューさんもその視線に気付き、頷いてから話し出した。
「他の教会であればいざ知らず、ペルナ様をお祀りするレリクィア教会は、聖職者のみが礼拝できる教会でしたので」
「あぁ……そんなに閉鎖的だったから、教会伝来の秘密の品物、みたいなのが出来ちゃった訳か」
「左様です。教会の聖職者達に対する情報網もわたしは持ちませんし、取り立てて何らの注意も払っておりませんでした」
うーん、結局、誰も知らない・教会の中だけで伝来する宝物。
けれど、そのお宝具合が半端なさ過ぎて、多分今もし現存してるのが手元にあったら、即座に王宮の宝物庫か何かに収容されるだろう。
そう考えると……やっぱり幾ら「教会の中だけの物」みたいな扱い「だった」としても、死罪クラスの重罪でないと、どうしようもないか。
「で、王様はいつ会って下さるって仰せでした?」
「夕方に時間を作り、追って人をよこして下さる旨、伺っております」
「じゃ、昼飯すら前の今の時点では、待ち確定ですね」
夕方までは、時間がある。かと言って、ヒューさんは多分根回しとかに走るんじゃないかな?
俺だけで出来ること、何かあると良いんだが……あ、女神様とこの際じっくりお話ししてみようかな。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




