第77話 俺、初訪問に成功する。
「アリアの時は、どうやって女神様の元をお訪ねしたの?」
お茶をすすりながらだが、ワクワクが高まってしまって味がよく分からない。
ただ、さっきのアリアの肯首から、期待感の高まりが止まらなくて落ち着けない。
「あたしの時は、女神様から来るようにって言われて、行けるゲートみたいな光が現れて。1回は見てるわよね?」
「うん、ヒューさんの部屋の時だよね。でも俺、今までに1回も、女神様から呼ばれた事なんて無いからなぁ」
招待制? とでも言えば良いのか、女神様が来いと言わないといけない、のかも知れない。
ただ俺としては、是が非でも行きたい理由がある。絶対結界の復活。理由はそれただ一つ。
「シューッヘが女神様の所に行きたい理由って何なの? 何か欲しいものがあるとか?」
「うん。オーフェンで失った、絶対結界をもう一度手に入れたい。目的はそれだけなんだけどね」
「あれ? フェリクからは、新しい絶対結界を作ったって……」
「アレは女神様の絶対結界と比べたら危険過ぎる代物なんだ。結界と言うよりは、攻撃魔法に転用出来そう」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、その魔法は攻撃魔法に進化させていくとして、絶対結界が欲しいのね?」
「そう。俺だけなら、自動で発動する部分でカバー出来るけど、仲間が守れない。大規模な魔法を使う時も、余波とか危ないし」
フェリクシアの最大魔法イフリートは、魔法自体が人格を持ってるから、余波はあまり考えなくても被害は出ない。
けれど、俺の最近の魔法だと……レーザーとか。あと女神様から喰らった遠・近赤外線。アレは俺も使えるだろう。
レーザーは点だが、貫通で何処まで行くか分からない。赤外線は範囲で照らすことになるだろう。
そのいずれも、照射方向に仲間や守らないと行けない対象があっても、撃つべき時はあると思う。
「女神様に正面からお願いするだけで大丈夫かな、どう思う?」
「言えば迎えてくれそうな気がするよ? 今まで、女神様の所に行きたいっ! って申し上げた事はある?」
「……そう言えば、無い。大体は、女神様の方からこちらに、話しかけてくださって云々、だった」
「じゃ、準備して早速女神様にお願いしてみたら? もし足りない様だったらあたしからもお願いする!」
「うん、そうだね。手をこまねいていても仕方ないし」
俺はカップのお茶を一気に飲み干した。もう既に大分冷めていた。
席を立ち、いつもの場所に足を進め、片膝を折って屈む。
「女神様、どうか俺を女神様の所へお連れください……」
文字通り、祈りを深く籠めて……
呟いて、しばらくして、その気配はお越しになった。
『あら、あんたまでこっちに来たいの? 何しに来るのよ』
んん、あまり歓迎されていないかも知れない感じがする。
「えぇと、女神様の所に赴き、是非絶対結界を再度付与して頂きたいと……」
『そんな理由? 絶対結界は習得可能よ。もっと研鑽をしなさい』
「そうは仰いますが女神様! 研鑽すればする程、変な方向行っちゃうんですよ!」
『変な方向? どういう意味?』
俺は言うのを少し躊躇った。御不興を被るかも知れない。
けれど言ってしまったからには、ここで言葉を止める事も出来ない。言おう。
「何とか結界を作ろうとした結果が、ブラックホールです。下手に努力して、万一にも仲間を巻き込んだら、俺、生きていけないです」
『ふーん何とも腰が引けてるわねシューッヘ。ま、良いわ。最初の約束として付けるって言ったモノでもあるし。来なさい』
来なさい、のお言葉と同時に、ヒューさんの部屋で見た様に、俺の前に、腰高ほどの、外周だけの光の柱が立ち上がる。
背丈くらいのそこへ入れば……アリアが自然そうなったように、女神様の元に……
『早く来なさい。来ないなら片付けるわよ』
「あっ、はいっ今すぐ!」
俺は光の柱の中に駆け込んだ。
すぐ光の柱の高さが上がり、俺の背丈を超える。もう外は見えない。
転移魔法、って言っても良いのかも知れない。光が目隠しになっているが、場所から場所へ……
『いつまで考え事してんの、あんた。もう着いてるわよ』
えっ?
言われて、俺は光の柱から足を踏み出した。ふかっとする踏みごたえ。記憶がある、ダンプに跳ねられた、直後の……
光は壁などではなくスッと超えられた。辺りに、随分と広い空間が広がる。そして、石の椅子に腰掛けた女神様がおられた。
俺は女神様を見つけ次第にすぐ、膝を折って頭を下げた。
『ねぇあんた、家でも短剣、離さないのね。間違えても斬りかかってこないでよ?』
「め、滅相も無い。あの時は、女神様が敵役をされたので斬りかかりましたが……」
『敵役だから、って程冷静な様子は無かったように感じたけれど?』
「そう、ですね……あの時は、冷静さは無くしていました。女神様、改めてお怪我は大丈夫でしたか?」
『ちょっとお酒が足りないなー、強いお酒があったりすると良いのになー』
「へっ?」
『薬草も欲しいけれどあんたに言っても仕方なさそうだから酒ー、色んな種類の色々なお酒ー』
「は、はいっ! 帰り次第仕入れて、お供えします!」
『それは重畳。身体を一度完全に破壊されて、再度作成してるから今の身体は万全。でもそのために随分魔力を浪費する羽目に遭ったわ。
酒はね、生命の恵み・神の力の源なの。地球上がりのあんたに言うなら、微生物と人間の共同作業、更にそこに、生産者の思いが乗ることで、祈りの力も含まれる。
だから、エタノール供えれば良いって訳じゃ無いのよ。人が自然の力を使って仕込んだ、天然のお酒でないと、神の力にはならない。ユーノー?』
女神様が人差し指を立てて仰る。
お身体が完全に刷新……果たしてどれだけの魔力を使えば、そんな事が出来るのか分からない。
分からないが、尋常では無いのは分かる。帰ったら馴染みの酒屋で買い占め級に買うか。
『あら分かってるじゃなーい。じゃちゃっちゃと準備しちゃうわね』
仰り、椅子から立ち上がられる。そのまま、屈んでいる俺の前までいらした。
『頭しっかりこっち向けて上げなさい』
ん? これって確か以前……
ガツッ!!!
光の球を、額に……普通光の球だったら吸い込まれるなりしてくれれば良いものの、思いっきり物理で当たる。2度目、2回目、リターンズ。
チカチカする程の打撃に痛みとクラクラ感を感じながらも、再度お礼の気持ちを込めて頭を深く下げた。
『これで、あんたがこっちの世界に来た時と同じ様に、結界を自由に作成出来るわ』
「あ、ありがとうございますっ!! このご恩はお酒だけでなくどのようにでも何とかしてでもっ」
『あー汗臭い挨拶は要らないわ。あんたは堅苦しいからフランクに話せないのよね。だから私も長話する気に、なかなかなれないのよ』
「へっ? はぁ……」
『その"はぁ"って、夫婦よねあんた達。アリアちゃんも似たような反応してたわ。アリアちゃんは適度にほぐれてるから話しやすいんだけどねぇ』
「女神様も、ローリスの王様みたいなフランク対応の方が良いですか?」
『あれはやり過ぎよ。さすがにイラッとするわ』
「……俺には難しい調整なので、今まで通りで我慢してください女神様」
『ま、人間そんなに変われないって? 良いけどね、イスファガルナに比べれば随分マシな方だから』
あの人と比べてマシと言われても、何だか嬉しくない。女神様ストーカーなイスファガルナ様。
『これであんたの用事は済んだわね。じゃここからは私の用事ね』
その言葉に、思わず頭が上がってしまう。
女神様はいつもの微笑みを携えたまま、俺の前でくるっと飜り、椅子へと戻って行かれる。
『椅子、作ってあげるからあんたも掛けなさい』
そのお言葉に合わせて、女神様の椅子の近くに椅子が突然『発生』する。
俺は、ちょっとの戸惑いを隠しつつ、いそいそとその椅子に腰掛けた。
テーブルでもあれば良いのだが、椅子だけなので女神様との距離が近い。少しドキドキする。
『魔族領行きの話、国の方で大分議論が進んでいるわよ。あんた本気でそこまで動くつもりなの?』
と、女神様が少し真剣な眼差しで俺に問われる。
「俺としては、そのつもりでいます。今はちょっと突然の休暇に入ってしまったので、時期やタイミングは何とも言えませんが……」
精一杯答える。
俺としても、あの場で突然思いついた『だけ』でもなく、オーフェンで特使の話を聞いて、俺に出来る何かを探っていた。
『その休暇のおかげで、王や国家重鎮は、普段の政策決定より随分時間を掛けて議論が出来ているわ。国としては、望ましい態度ね。結論はまだ出ていないけれど。
問題は、魔族領に渡ったローリスの者がここ数百年単位、誰も居ない事。せめてエルクレアと、上層部が定期的な交流でもあれば良かったのにね。
全てエルクレアに任せて、費用だけで何とかしてきたツケが、今になって回ってきた形よ。まぁ、先日はヒューがエルクレアには入ったみたいだけど』
「女神様、ヒューさんがエルクレアに入ったその内容は、ご覧にはなっておられない?」
『ええ、見てないわ。元々私の管轄はあくまでここだから。いちいち公人全ての出張の調査なんてしないわよ』
「あぁ、それはごもっともです。そっか、出張か……エルクレアは魔族と融和出来てるらしいってのがヒューさんの見立てですが、実際どうなのか分かりますか?」
『私も知らないわ。エルクレアは、繰り返しになるけど管轄外だから見てないしね。ただあのヒューが2ヶ月も掛けて調査した結果なんだから、信頼してあげても良いんじゃない?』
ふむ……ヒューさん2ヶ月出張の結果、か。
公人として長いだろう人だから、冷静な眼で見てしっかりした根拠を持っての、あの日の発言だろうしなぁ……
『もしあんたが魔族領に入るとして、方向性はどうしたいの? 親書を届けるっても、宣戦布告文書から紳士協定文書まで、幅は広いわよ』
「俺自身、まだ『こう』と決めた形がある訳でもないんです、実は。さすがに宣戦布告は勘弁して欲しいところですが、平和的な外交文書であれば、良いなと」
『希望や方向性はそれだけなの? あんた親書の力って分かってないでしょ。随分と安請け合いしたもんねぇ……』
「えっ、親書って要するに王様の直接の手紙で、まぁ外交のやり取りってだけではない?」
『外交のやり取りには違いないけれど、一国の行く末全てが載るのが、国王親書よ。重さ、分かってなかったでしょ』
言われて、改めて頭の上に重い物が載る様な気分になった。
いやまぁ、陛下が何か書かれて、それを持っていくのだから、陛下のお考えなら全て何でもあり得る。それ位は意識はしてはいた。
とは言っても、実際にその親書が、それだけで戦争を開始出来る宣戦布告文とかもあり得るって事を突きつけられると……荷が重い。正直、重いと感じた。




