第76話 アリアはあたらしいちからをてにいれた、らしい。
「つまりアリアは、女神様の元に訪れて、ウロボロスの魔力をフルパワーで手に入れた、ってこと?」
戸惑ってるのは寧ろ俺だ。女神様審査済み・15,000倍と言われるその魔力が解放されたら、一体どうなるんだ?
それに……
別にこだわる訳じゃ無いが……
こだわる訳じゃ無いけど……
俺より、飛び抜けて凄かったり、するのだろうか。
アリアの表情を覗くと、最近見なかった余裕のある表情をしている。
自然な笑顔。うん、この笑顔のまま、俺の心を読まないでいてくれると良いんだけれど。
「ついさっき奥様が、私の知らない魔法を唱えられ、魔力量をこの量に変化なされた。今の状態、感じられるかご主人様」
「うーん、俺には肌感で魔力ってのは、そこまで……魔法だから、アレか。[マギ・ビュー]」
マギ・ビューの魔法を唱えた瞬間、目に映った「力の循環」に、正直おったまげた。
アリアを中心に、ゆっくりエネルギーが、天井まで届く程に大きな『ドーナツ』の様に循環している。ドーナツの輪の位置がアリアだ。
中心にいるアリアは、これでもかとギラギラに光っている。光り方も、発光というよりギラギラしてる感じだ。
ハッと自分を見てみる。身体は同じく魔力で光って見えるが、それだけ。
アリアの様な大規模な流れは、全く無い。フェリクシアを見ると、俺より光は薄い。
「あ、アリア。それが、ウロボロスの力? 危険性はないの?」
ちょっと手のひらと脇に、精神的な汗が出て来る。
あまりに膨大で、今まで見たことの無い魔力の量。正直怖さも感じる。
「完全に、安全にも出来るよ。[レット・マギ・クローズ]」
アリアが魔法名らしきものを詠唱する。その直後、マギ・ビューで見えていた魔力の光は一切消えた。
だがこれもおかしい。マギ・ビューでは、その人の生態魔力も分かる様で、フェリクシアも俺も、魔力を高めたり魔法使用前ではないが、光っている。
幾らアリアの元々の魔力が少ないからって、マギ・ビュー下で完全に光ゼロは、違和感がある。
「今のあたしの自然な状態に戻すね、[レット・マギ・フロー]」
また新たな魔法が詠唱される。すると、俺やフェリクシアより数段明るいが、循環してしまう程の大エネルギーでは無い様で、アリアが光ってるだけになった。
これ以上眩しいものを見ていると、魔力の光ではあるが目がチカチカして来るので、俺もストップコードを口にした。
「マギ・ダウン」
「あ、今あたしが使った3つの魔法、シューッヘには2つだけ見せたけど、それってストップコードと同じように口にするだけで良いんだって」
さっきの30分で説明を受けた、新しい魔法3つ、ってのか。
アリアの魔力の状態は、3通りあるらしい。ウロボロスの力を最大に使える状態、自然な魔力状態、そして限りなくゼロに抑える状態。
それらを魔法で切り替えられると説明されたが……ただそうか、ストップコードと同じスタイルの『言うだけ魔法』なのか。
「ねぇアリア、今の、魔力が無い状態でも、俺の心って読めるの?」
「読めないわ。女神様もそう言ってたし」
「そうなんだ。俺としては……アリアには、その状態でいて欲しいなぁ」
「ホントごめんね今まで。心、読むつもりが無くても読めちゃって、自分じゃ調整とか出来なくて。それについて、女神様から言われてることがあるの」
「ん? 言われてること?」
「この状態じゃなくて、通常の魔力状態で、読む力を調整する様にって。もちろん今はもううんざりだと思うから、読まない様に頑張る」
「んー……やっぱり魔力が無いみたいな今の状態だと、不都合はありそう? 女神様から何か伺ってる?」
「ううん、伺ってはいないわ。ただ何となくだけど、無い風に見せてるし魔法も使えないけれど、動く分には支障は無いっぽい」
と、アリアがぴょんぴょんと2回跳ねてみせた。
「身体も別に重たくないし、変に疲れたりもしない感じ。それじゃ、あなたの前ではこの、魔力に蓋した状態でいるね」
「ありがと、アリア。ようやく……」
何だかドッと来た疲れ。
これまでアリアが心をいつも読んでくる事が、とても嫌になってしまっていた。
これからもそうであり続けるのかは分からないけれど、今はとにかく嫌だった。
それが、今この瞬間、ようやく解決された。バンザーーーーイ!!
心は大ジャンプしているが、疲れ感の方が勝ってしまい、椅子によろよろと寄りかかり、座った。
「奥様、最初の状態で魔法を使うとどの位の威力になるか分かるか?」
ちょっと見ないなと思ったら、キッチンでお茶の用意をしてくれていた様だ。
ティートレイに3人分セット乗せて、キッチンの通路からフェリクシアが現れる。
「んー、女神様の前で魔法使った時に、女神様は5クーレアは熱で壊滅ーみたいな事言ってたけど、さすがに大げさよね?」
その言葉に、お茶を配膳途中だったフェリクシアが表情もそのままに固まった。
5クーレア、つまり……5キロメートル? が壊滅? ちょっとした核じゃん。
そう言えばフェリクシアが使えそうだったって古代魔法だと、10クーレアが焦土になるとか言うけど。
この世界の、魔力籠め籠めな魔法って、どれもこれも大破壊な代物ばっかりなんか?
「お、奥様。それは、真か……?」
「うん。結界で守って頂いてたんだけど、女神様が座ってた石の白かった椅子は、真っ赤になってたわ」
熱、喰らう位置で魔法発動したのか。
想定外だったのかも知れないが。
「あと、テーブルと私が座ってた方の椅子は、遙か彼方に吹き飛ばされてって、高い所から落ちて壊れてた」
……やっぱ核じゃん。
超高圧の熱風、核爆発直後に出来る、死の熱波。それと同じ様な事が起きてる。
どれだけ魔力籠めた魔法を撃ったんだろうか。
「アリアが使った魔法は、何か女神様から新しく賜った攻撃魔法?」
「ううん、火炎圧縮魔法。あたしオリジナルの、アレ」
なんと。
フェリクシアが結界1枚消耗せずに防ぎきった魔法が、もはや誰も防げない程の魔法に進化してしまうのか。
「アリアの魔法、ちょっと危険なレベルだね。生活魔法とかも、そんな感じになっちゃうの? あんまり生活魔法知らない俺が言うのもなんだけど」
「どうだろ、危なくないのを幾つか使ってみるね」
アリアはテーブルまで歩を進め、テーブルに手を付いて、
「[シャイン]!」
と力強く唱えた。が、何も変化は生じない。あれ?
「あ。今は魔力に蓋した状態だった、忘れてた。ここで解除するのは、危ないと思うから、真ん中の状態にするね」
と、アリアがレット・マギ・フローと口にした。
ふわっと。あくまでふわっとだが、存在感が増す。ただそれだけだ。
「あーうん。この状態だと、あたしの意志で魔力出す量も変えられるっぽい。じゃもう1回……[シャイン]!」
テーブルに、シャインの魔法。王宮住まいの時、メイドさん達がよくやってた。
シャインの魔法は、机には面白い作用の仕方をした。アリアの手がある所から、光の波紋が広がってテーブル全体を通過する。
通過した後を見ると、最近ちょっとくすんできた感じだったテーブルの表面に、新品ニスでも塗った様な艶やかさが生まれた。
「おー、見事だねアリア。机が、借りてきた時より綺麗かも知れない」
「シャインは苦手だったんだけど、全然苦労せずに出来たよ。魔力増えるって、良いね!」
「奥様のシャインは、熟練メイドですら敵わないかも知れない、ハイレベルなものだ。さすが生活魔導師」
「生活魔導士って何よー、あはは」
アリアが明るく笑う。
うん、やっぱりアリアは、こんな風にニコニコして、何でも笑い飛ばしてる方が良い。絶対良い!
「それでねシューッヘ、女神様から、『古代魔法の研究をしなさい』って言われちゃった。古代魔法、難しい?」
「古代魔法を? あー15,000倍って平気で古代魔法行ける量なんだね。難しいのも簡単なのもある、とにかく一杯ある」
「そうなんだ。古代魔法って言うとさー、空飛ぶ魔法が有名なのよ。アレ、あたしでも出来そう?」
「空飛ぶってと、多分[フライ]の魔法だと思うけど、基礎数10の結構重い魔法で、かつ制御が難しいって書いてあったな、そう言えば」
「基礎数10って、体感的にはどんな感じ? やっぱり疲れる?」
「今の俺だと、基礎数換算で20位までは、連続して発動は出来る。疲れずにやれるのは単発6までかなぁ。12までの範囲しか、本も読めてないから、それ以上のは俺も知らない」
「古代魔法の本って、あたしでも読めるかしら。もしかしてのもしかしてだけど、シューッヘが教えてくれたり……する?」
「それは構わないけど、最初の理論の部分は自分で身につけないと、古代魔法は発動出来ないから、そこだけは本にかじり付く必要があるよ」
「あーん、活字弱いのよねぇ……オーフェンで断片的に聞いたけど、凄いたくさん、分厚い本あるんでしょ? 耐えられるかなぁ」
「理論部分、原典で読むと難しいけど、入門書にもあるから、それで読めば良いと思うよ。結構簡単に理解出来る様に書いてあった覚えがある」
「あるんだ簡単なの! 良かったぁ、あたしでも何とかなるかも」
アリアの笑顔はキラキラしている様に感じる。
最近顔を見る度に陰鬱な雰囲気だったから、これは望ましい変化だ。
とは言え……女神様の足下で生まれたアリアだから俺より縁が深いのかなぁ。俺も女神様の元に行ければ、結界も元に戻せるかも知れないのに。
いや待てよ。最初から出来ない・行けないと決めつける必要は無いのかも知れない。
「ねぇアリア。俺が女神様のいる領域に行ける可能性はあると思う?」
俺の問いかけに、アリアはシンプルに首を縦に振った。




