第75話 <side アリア> 女神様の3つのプレゼント
<side アリア>
「え、え? それは、どういう意味でしょうか……」
あたしの……信じられないけれど、元の15,000倍になったとか言う力を、そのままになさる?
シューッヘから聞いた限りだと、1,000倍とかで既に危ないから女神様が封じた、って聞いてたのに、その15倍を、放置?
『うーん、放置とはちょっと違うかな。重要監視下に置かせてもらうわ。あなた一人で、世界を蹂躙出来かねない力だから』
世界を蹂躙??
あ、あたしは、一体何になってしまったの?
『戸惑ってる様だけれど、その身体・その魔力こそ、魔族領行きに必要な力、と思ってくれれば、違和感が減るかしら』
あっ。そうか……あたしが「死」を通り抜けなければ行けなかったのは、女神様のお見立てでは、あたしは魔族領で役立たずになってしまうから。
今のこの、15,000倍? 実感も無いけれど、その力があれば、シューッヘの事も助けられる魔導師になれるのかしら……
『あなたは少し、魔法の幅を学んだ方が良いわ。決め手の魔法が1つだけで、後は生活魔法じゃ、ちょっとした戦闘にも対応出来ないじゃない』
「は、はぁ……」
『ああ、逆か。ちょっとした戦闘"には"対応出来ない。大規模戦闘だったら、さっき放った火炎圧縮魔法? を使っても良いんだし』
「……はぁ」
『いずれにしても、あなたの"読心"が変に効果強すぎたのは、15,000倍もの魔力を封じ切れてなかったから。
逆に15,000倍の魔力はあなた自身のものだから、あなたが上手く制御しようとして意識した方が、余程綺麗に制御出来るわ』
「は……はぁ」
『あなたさっきからそればっかりね、大丈夫? 頭付いて来られてる?』
「いえ、15,000倍が既に実感出来て無いので、その先は全然……」
『うーん、そうねぇ……じゃアリアちゃんには、"魔力の切り方"を教えてあげるわ。大した話じゃないんだけど』
「魔力の、切り方? 切断? するんですか?」
『そっちじゃなくて、端的に言うと15,000ある力を、1より少ない、限りなく0に抑える方法ね。スイッチを切る様な。それを常にしておいて、いざという時に力を解放して使えば、安全でしょ?』
「すいっち?」
頭が付いていきそうになる度に、女神様が規格外の事を言うのであたしの頭はいつまでも付いていけない。
『これ自体は古代魔法にあるから、誰でもアクセス出来るわ。マギ・ダウンと似たもので、魔力を制御する言葉、みたいなものね』
「それだと、あたしでも、その……苦労せずにすぐに、使う事が出来ますか?」
『ええ。マギ・ダウンのコードが世界に織り込まれたものであるのと同じく、これもそういう性質なの。だからセリフを覚えるだけ』
「お、お願いします、教えて下さい!」
自分にも出来る事がある、と聞いて、ようやく頭も追いついてきた。
ふと見ると、女神様の、白かったはずの椅子が、真っ赤に焼けた色になっている。座ってて熱そう。
『じゃコードを教えるわ。基本は3つ。魔力を、魔法使えないレベルまで抑える[レット・マギ・クローズ]。
それから、自然体の状態に戻す[レット・マギ・フロー]、最大レベルで固定する[レット・マギ・フル]。この3つを覚えて頂戴』
「えーと、レット・マギ・クローズ、それから」
『ほら、今の魔力状態、自分で分かる?』
「えっ? あ、あれ? 魔力が、無い?」
『そう。あくまで"あるけれど蓋をしている"ような状態だから、魔力切れとも魔力枯渇とも違う。健康体のまま、魔力だけを抑えるの』
「じゃ、レット・マギ・フロー」
『どう?』
「んー……さっきの状態に戻った感じです、魔法を打ち終わった後の」
『そう、それが今の、自然な魔力の状態よ。じゃ最後。もし身体に堪える様だったら、的無いけど魔法撃って良いからね』
「は、はい。レット・マギ・フル」
その言葉を口にした瞬間、私の中の見知らぬ力が、腹で腕で、わぁっと沸き立つ様に持ち上がった。
す、凄い力……身体も熱い……! この状態で常にいるのは、無理っ、魔法を……
「[フレア・ポール]!!」
的があったはずの場所、念のため自分からうんと離して、フレアポールを立てた。んだけど……
何アレ……建物の柱って感じで出来るはずなのに、見るだけで大樹じゃん、高さと言い、幅と言い。
でも、魔法として魔力を吐き出したら結構スッキリしたわ。魔力も溢れてるとあんまり良くないのね。
「[レット・マギ・フロー]」
唱えると、身体がカッカする状態が止まる。ふう、と一息つく。
最後のフローだけは少し魔法的に唱えてみたけれど、差は無かった。
マギ・ダウンのストップコードと同じで、口ずさむだけで効果があるらしい。
あくまで女神様からの賜り物だから誰にも言えないけれど、本来なら世界的な発見ね、これ……
『あら、別に言いたければ言っても構わないわよ? ただ、どのコードも一般人には役に立たないと思うけど』
「え? でも例えば、クローズのとかなんか、ひっそり隠れたい時とかに使えそうな気がします」
『隠密? アレは、魔力を発して周りの空間魔力と同調してるのよ。あなたが気配消す時も、自然とそうしてたのよ?』
「そうなんですか、じゃホントに、あたしの為だけにコードを……」
『そうね。さっきも言ったけど、一人で世界を蹂躙出来るだけの力だから、女神の監視下に置かないと、他の神々から文句来るし』
「女神様の世界も大変なんですね、大変なのは人間だけかと」
『人間の方が大変なのは間違いないわよ? 私らの世界は、まぁ文句は来るけど、実力行使で来るのはいないしね。
あと何か聞いておきたい事はある? シューッヘが、私とのやり取りを独占してる気分でいるから、あまり頻回にはここへは来ない方が良いから。聞きたい事があれば今、ね』
考えた。聞きたい事。
幾つか、ある。些末かも知れないけれど。
「あの、3つ、教えて下さい。あたしがシューッヘの心を見ない様にするには、クローズコードを使っておけば良いですか?」
『そうね。クローズの状態であれば、一切読めない。フローの状態でも、制御が完全に出来る様になれば、程よい"見え方"になるはずよ』
「ありがとうございます。えと、次に、15,000倍の魔力をもし使い切ったら、やっぱり死んでしまいますか?」
魔力枯渇は、命を落とす。これは魔法を扱う者の間で常識だ。
クローズの状態がかなり不可思議だけれど、『あるけれど、ないことに』的だから大丈夫らしい。
けれど、さっきの魔法もそうだけど、15,000倍の魔力、魔法に乗せた場合あっという間に使い切るかも知れない。
ダブルプレス・フレアボールだって、あんな威力……例えば15,000あった数値も、半分くらい削られてるんじゃないか……
『普通、そうね。でもウロボロスの力を継承しているあなたは、減るより回復する方が早いわ。決して枯渇はしない。だから、死なない』
「えっ、魔力切れを起こさないんですか?」
『ええ。湧いてくる泉を枯渇させるには、湧く量より多く削らないといけないでしょ? 上位の古代魔法以外でそこまで削り込む魔法は、出回っていないわ』
15,000倍というのが未だにつかめないけど、魔力切れをしないのなら、細かい魔法を幾らでも連打出来る。
火炎圧縮魔法は時間が掛かるけれど、あれだけ破壊的な威力になるなら、単に[フレア・ボール]だけ連打しても戦えるかも。
でも、女神様が言う様に、魔法の幅は広げた方が良さそう。
単に火の玉投げるだけじゃ、対策されちゃいそうだし。
『そろそろフェリクシアが屋敷に戻るわ。帰るべき時ね』
「あ、あのっ! もう1つだけ! あたしの魔法適性は?!」
『適性? 火魔法と、いわゆる生活魔法、つまり枠外魔法に大きな適性があるわ。枠外魔法は研究が進んでない分、まだ開発の余地は十分あるわ。
ただ、それは長期の目標・目的にしておいて、今からは適性を問わない古代魔法を研究しなさい。あなたの最大の武器になるはずよ』
それじゃ、と言った女神様が、あたしに向けてその手のひらを突き出した。
すると身体がふわっと浮く様な感じがあったすぐ後、唐突に後ろへと強烈に吹き飛ばされた様な「気がした」。
が、気付くと元いたホールの、壁寄りの位置に立っていた。
ガッチャン、と扉の鍵が動く音が響く。
「ん? 奥様は、何かと戦っておいでか? 虫でも出たか?」
少し前屈みになって床とにらめっこだったあたしに、荷物を山程背負ったフェリクシアはキョトンとした顔で言った。
ちょっとフェリクに見てもらお。
あたしの15,000倍って、どの位のものなのかしら。
フェリクに勝てる? まさかね。
「ねぇフェリク。ちょっと本気で魔力巡らすから、様子見てもらって良い?」
「構わないが……奥様の魔力量だと、細かい所までは見えないぞ?」
「良いの。[マギ・フル]」
あたしがフル・コードを唱えた瞬間、フェリクの顔が青ざめた。その次の瞬間、フェリクは背中に手をやり、あたしに半身を向いて構えた。
「えっ。フェリク?」
「お、奥様、でいらっしゃるよな? 擬態の出来る魔族などでは……」
「あー、そんなに違うんだ? あたしあたし。間違いなくあたしよ、アリア」
「そんなに、と言える程度の規模では無い。殺気こそ無いが、漏れ出る魔力に当てられるだけで気が飛びそうだ」
と、上の階でバタバタ音がする。続いてバーンと、扉を乱暴に開いたっぽい音までした。
「アリアっ、フェリクシア! 敵襲か?!」
「えー? シューッヘまでー?」
「えっ? へっ? あ、アリア?」
階段をほとんど降りた所であたしの顔見て、こっちもキョトン顔。
そんなに変なのかなぁ、この15,000倍の魔力って。思わず笑えてきちゃう。
「アリア? 凄い覇気をまとってる様に感じられるんだけど、一体何事? フェリクシア、事情を?」
「私が買い物から戻ったらこの有様だ。私も事情は知らない」
困惑している二人に、事の経緯を説明するのに30分掛かった。
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