第74話 <side アリア> 尋ねられるならば……。
<side アリア>
最近、シューッヘと上手くいかない。
原因は、分かってる。あたしが彼の心を見て、ついそれに反応して口を挟んじゃうから。
あの日。女神様の御前に行けた時、女神様は仰った。
シューッヘの心を常に観察し、彼が人間を見限らない様にしてちょうだい、と。
そうしてあたしは、彼のだけでなく全ての人の心を、自在に読む力を授かった。
でも……シューッヘが、人間を、見限る? 今も思う、ちょっと想像が付かない。
確かに、魔族と仲良くしていこう、みたいな気持ちは、以前から感じていた。オーフェンの時くらいから。
サリアクシュナ特使の言葉が、シューッヘにはとても響いたみたい。
だからって、シューッヘが人間を見限る……うーん、つながらない。
ちょっとでも融和したらダメ、って判定なのかなぁ。分からない。
そんな『使命』を頂いたけれど、今はその足下がグラグラになっちゃってる。
シューッヘとの仲が、本当に上手く行っていない。フェリクにも強く言われた。
「ご主人様の心を覗くのは辞められよ。嫌われてから立場を改めても遅いんだぞ」
シューッヘに、嫌われる。それはイヤだ。あたしは絶対、シューッヘの横にいたい。
心を読む力も、きっとその役に立つはずと思っていたけれど……逆方向に働いているみたい。
でも、この力、あたし自身で「停止する」って事が出来ないんだよね。
ただただ、読めちゃう。
その人の背後だったり手前だったり、位置はまちまちだけれど、文字で出てくる。見るなって方が無理。
しかも、不思議なのは、その文字を読まないでも意味が入ってくる。
だから、浮かんでる文字の一部でも見えちゃうと、シューッヘが思ってる事が全部、分かっちゃう。
いっそ目隠しでもしようかしら。でも、壁越しでも見えるから、目隠ししても意味ないかも。
困った。与えて頂いた力が、足を引っ張っている。
いっそお返ししてしまいたいくらい。あたしが呼び掛けても、女神様、答えて下さるのかしら。
今は……フェリクシアは買い物に出掛けてるし、ホールには私一人。
試してみる分には……良いわよね?
「……女神様」
手を組んで、目を伏せて。いつもシューッヘが祭壇に見立ててる壁に向かって、頭を下げて。
すると、ふわっと何かがそこに『いる』感覚があった。この感覚は……
「女神様、来て下さったんですね」
壁の辺りに変化は無い。御姿は表されないが、しっかりと気配だけは強く感じる。
『アリアちゃんどうしたの? そんなに悩み込んでしまって』
女神様の御声が頭に響く。あくまでお優しいお声。あたしの事を案じて下さっているのがとてもよく分かる。
「女神様、その……あたしに下さったお力なんですが、あたしが全然つかいこなせないせいで、シューッヘとの仲が悪くなってしまって」
『使いこなし、そんなに難しい? 見たい時に見る、ってだけの、シンプルな機能にしたつもりだけど』
「見えちゃうんです……シューッヘが話し始めると、その考えてる事の全部が、文章になって、彼の後ろや前に出てきて、分かっちゃって……」
『ええっ? あなたにそこまでの権能を与えた事はないはずなんだけど……ちょっと魔力路を見せてもらうわ、力抜いててね』
そのお言葉の直後、壁に光の球が現れた。
何となくその球を見つめてみると、やはり思考が浮かんでいるのが分かる。
そんな事ないはずなんだけどなぁ、そこまでだと人間の身じゃ耐えられないはずだし、ウロボロスの力も出始めで封じたはずだから……って。
女神様のお心さえ読めてしまうのは、きっと女神様の側で何かミスがあったんだろう。
『ちょっ、アリアあんた私の心読んだわね?!』
突然、焦った様なお声が頭の中に響く。
「は、はい。その光の球を見つめていたら、見えてきました」
『あちゃー……何処かで間違えがあったわね。原因を究明する必要があるわ。一度こっちへ来て頂戴、ゲートは開いておくわ』
ふと、球の下に、光が湧き上がる様に光っている床の一部が生じていた。
ゲートって、アレよね。前にヒューさんの部屋で、女神様の御前に至った時と、同じ……。
あたしは緊張に喉の渇きを感じながら、椅子から立ち上がって、光の立ち上がる所へと足を踏み入れた。
光が、私の外周を包むように眩しく近づいてくる。頭の上まで包まれる……あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。
『私の領域へようこそ、アリアちゃん。2回目ね、シューッヘよりも多いわよ?』
目を開けると、正面に女神様が座っておいでだった。
女神様は、全部白い石で出来たティーテーブルとチェアに、白磁のカップを片手に、リラックスしておいでのご様子。
『人間の世界で調査するとどうしても使える方法・使えない方法があって、こっちに来てもらったの。あなたも掛けて?』
女神様が空いている席を手で勧めてくださる。ここまで来て怖じ気づいていても仕方ないので、勧められるままに座った。
つい、女神様と目が合う。案の定、その思考が入ってくる。
どこで間違えたかな、あそこか、ここか、と、あたしの生まれ直しの場面や、前回ここで授与なさった時の光景を思い出されている。
『あら、私の内心を読んでるわね? それはちょっとした違反よ?』
「す、すいません」
女神様は笑顔で仰ったが、背筋がゾクッとした。
急いで頭を下げ視線をテーブルに落とし、女神様の目を見ない様にした。
『でもホント、どの段階でのミスなのかしらね。ここなら安全だから、アリアちゃんの魔力の天井を外すわ、[魔力抑制 抑制全解除]』
女神様のお声が終わった瞬間に、私の身体がカアッと熱を持った。身体が焼き切れそうな、痛みを伴う高熱。
最初身体をギュッと抱えたけれど、とても追いつかなくて、あたしは椅子から崩れ落ちて雲の地面に這いつくばった。
『その痛みは、数分で治まるはずよ。って言っても、痛いのはイヤよね? [アンチペイン]』
女神様が聞いたことの無い魔法名を唱えられるや、直ちに痛みが消失した。
熱感の方はかなり残っている。痛くは無いから不便は無いが、身体が火を噴きそうにすら錯覚してしまう。
地面に這いつくばったままでは失礼かもと思い、燃え出しそうな身体を手で抱えながら、再度席に座った。
『んー、とんでもない倍率が掛かってるわね。ウロボロスの瞳との相性が抜群に良かったんでしょうね』
「ば、ばいりつ……?」
身体の熱さのせいで頭にまで意識が回ってくれない。気になった単語を繰り返すことしか出来なかった。
『ええ。ウロボロスの瞳で蘇ると、魔神獣ウロボロスの加護を受けて最低でも1,000倍の魔力を手に出来る。
今までの最高は、オーフェンの賢王ユリアス王で、ざっと9,600倍。あなたその比じゃ無いわ』
女神様が、目を、大きく開かれて、大げさに胸元で手を広げている。
比じゃないって、もっと上ってこと……? そんな魔力を、あたしが……?
『正確に測定しても意味が無い位に倍率が掛かってるからざっくりで言うけど、15,000倍はあるわ。そりゃ身体も苦しいわけよ』
「この、熱さは、魔力の、せい、で、すか……?」
『そう。試しにあなたの得意な魔法を放ってごらんなさい。15,000倍って言う馬鹿げた力がどの位か、少しは理解出来るかも知れない』
と、女神様が空間の奥の方に手を向けられると、そこに「的らしい的」が現れた。中心が赤く、黒い円が何重か。
距離は、ざっと300レア位……いやもっと、かも。
真横にあるティーテーブルセットの他に何も無い、がらんとした空間だから、遠方の距離感が酷くつかみづらい。
「あ、の的を、射落とせ、ば……いい、です、か……」
『ええ。使用しない魔力が体内で暴れてる状態だから、出せば少しはスッキリするわよ?』
そんなトイレ行くみたいな感覚で言われても……
ただ、この熱さが何とかなるならば、やってみる価値はある。
「で、では……[フレア・ボール][プレス]!」
身体に馴染んでいる火炎圧縮魔法の構築。最初の段階を、立て続けに詠唱をした。
いつもより発動タイミングが遅いな、と思った瞬間だった。
『適宜結界は張ってるから、全力でね』
「ひゃ、ふぁい!」
的に向けた手のひらの先に生まれた、小さな火球。
大きさは、いつも通り。密魔法[プレス]も効いて、サイズ感は変わらず。
けれど、そこから来る熱波が凄まじい。女神様のお言葉の一瞬前に、手が焦げそうな程の熱を感じた。
女神様の結界が手のひらを守ってくれている様で、手のひらから尾を引いて、こちらにキラキラと光の粒が散る。
あたしは冷や汗が首筋を垂れていくのを感じつつ、火炎圧縮魔法の完遂までのプロセスを紡ぐ。
「[フレア・ボール][プレス]……[ダブル・プレス]!」
2つの圧縮火炎球を、更に倍の魔力で圧縮して1つの火炎弾に圧縮する。
着弾すれば爆轟必至、のはずなのに、イリアドームで簡単に敗れ去ったあたしオリジナルの魔法。
「的に向けて……[ダブルプレス・フレアボール]!!」
放ったと同時に、身体の熱っぽさがスッと引いた。完全にでは無いが、苦しい程では無くなる。
余る程の魔力を持つってこういう事なの……? 今まであたしが感じた事の無い世界。
けれど、そんな感傷に浸っていられたのは少しの間だった。
あたしの、速度の遅い火炎弾が、遠く離れた的に当たった、その瞬間。
ありとあらゆる物が、空間が、まばゆく輝き一瞬視界を失った。
着弾地点で、真っ白で強烈な光を炸裂させた火球は、爆散の波動をまき散らした「らしい」。
自分が結界で守られているのはよくよく分かった。
私の横にあった白い石造りの机と椅子が、遙か後方の上空へ吹っ飛んでいた。
気付いて目で追ってみると、そのまま遠く遠くに落下して、木っ端微塵に壊れた。
的は当然、そこにあった痕跡すら無く消失した。焼失? 分からない。吹き飛んだだけかも知れない。
他に何もない女神様の空間で、正確な距離は分からない。
けれど、テーブル、300レアで利くかしら……500レアくらい超えてそう、あの飛び方。
爆心地からは今も風が来るのは分かる。
けれど、あるはずの熱感は、わずかにしか感じない。
『ヒュウ、やるじゃない! これが地上だったら、5クーレア程度の範囲は熱だけで殲滅ね』
「はっ?! 5クーレアですか?! えっ、でもあたし、今そんなに強い風は……」
『女神の結界の中に居るからね、気付けないとは思うけど。今吹いてる風はおまけ。爆発の瞬間に、痛烈な熱波が周囲5クーレアを一瞬ですっかり焼いてるわ』
「ご、5クーレア……」
あたしが手にしたことの無い、シューッヘやフェリクが使う様な規模感の、魔法。
あたしは自分の手のひらを見た。
この手のひらから、5クーレアに死を撒き散らす、火炎魔法が……
『驚いてるみたいだけど、魔力抑制魔法の限界値を超えちゃってるから、そのままにしとくわ』
そのままにされる事の方があたしにはよっぽど驚きだった。
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