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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第3章 英雄外遊編 ~ローリスからおそとへ出てみましょう~

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第69話 俺、「 n 回休む」のマスを踏んでしまう。

 俺とアリアが再び部屋のドアを開けて入ると、そこに「戦犯」が顕現していた。

 いつもの、白いワンピースに金の腰紐。それを見るだけすら、心がざわつく。


 俺のアリアを殺しておきながら、何も無かったかの様に普段着で出て来やがった。

 そう思ったのはアリアに即通じた様で、俺の手が少し強めに握られる。

 ハッとして、俺はソファーの背にもう片手を置いて、深呼吸をした。


 この相手は、拳では決して敵わない相手だ。

 だからと言って殴りかからない訳にもいかない。

 俺の無念はどう伝えよう。言えば分かる、そんな軽いもんじゃない。


 頭の中がぐるぐるし始めると、またアリアが手をキュッとつかむ。

 またハッとして、深呼吸に意識を集中する。


『アリアちゃん、良いわよその辺りで。言いたい事があるならば、無理に我慢させるのは寧ろ身の毒よ』


 言いたい事。そのフレーズに、俺のテンションは一瞬で沸点を突破した。


「言いたい事は我慢するなだと?! ふざけんなクソがぁ! 俺は、アリアの、妻の、バラバラにされた姿を、俺は、俺は!」


 言葉がまとまらない。言いたい事は山程ある。そう、山程あるはずだ。

 でも、ふと考えると、何もない様にも思える。単に、悔しかった、の一言でまとまる様な、それだけの気さえしてくる。


『言いたい事はそれだけ?』


 女神が言った。

 俺は再度口を開きかけたが、やはり頭の中はぐしゃぐしゃで、言葉が紡げない。俺は押し黙る他に無かった。



 女神は言った。


『まぁ……突然今言えって言われても、頭が付いてこなくて言えない、なんて事はよくあることよね。

 あんたの言いたい事、私が代弁するのもどうだかとは思うけど、自分の妻をその手で守れなかった、その悔しさ。

 そして妻を傷つけられた事への衝撃と、破壊された妻の身体へのショック。当然、破壊した側、つまり私への怒り・憎しみもある。


 一見すると複雑だけど、あんたの思いの中心は、アリアちゃんを殺された事への強い憤り。

 そこに乗せて、地下のあの時見たアリアちゃんの無惨な姿が、"映像として"こびりついてしまってる。

 それが、どんなに時間を過ごしても勝手にその映像が再生されて、憎しみも怒りも同じく復活してしまう、質の悪い悪循環を作っているわ。

 たとえ生き返った今でも、殺されたところまでが一つのショックを作っているから、考え方を変えない限り、ずっと付いて回るわね。


 あなたのアリアは、見ても触れても分かる様に、欠けるところ無く綺麗に生き返った。

 けれど、あなたの心は、死んだアリアに囚われたまま。その気持ちの持ちようを、アリアは望むと思う?』



 女神が言った事。

 俺は、アリアの死んだ時、その時に、心が囚われたままになっている、と。

 言われれば、確かにその通りだとしか言いようがない。不甲斐ない程に俺は小さな人間なんだなと、胸が痛くなる。


「アリアは……アリア本人は、決して望まないでしょう。けれど、俺は、その『殺された時』が本当に辛かった。辛かったんですよっ!!」


 俺が喉を絞り出して出た言葉は、俺自身ですら子供じみてると思える、幼稚な言葉だった。

 だが、事実それが、俺自身を傷つけ続けている『辛さ』であり、かき消すことが出来ずに囚われている『固執』でもある。

 歯を食いしばる。そうしないと、激情の涙がこぼれそうだからだ。アリアに、その涙は見せたくない。


『シューッヘ。あなたの気持ちは、確かに受け止めたわ。可愛い奥さんを、目の前で惨殺してしまった事。詫びさせてもらうわ』


 いつもの軽い雰囲気ではない言葉の女神が、伏せた視線のまま、軽く頭を下げた。


「せ……誠意が感じられないっ! 俺が、俺、俺が受けた気持ちの傷が、そんな、ただのそんな一言で」


 言葉と言葉が連結してくれず、浮かぶ言葉を片っ端から口に出して叫んだ。

 と、また手がギュッと握られる。今度はさっきより長く、ぎゅうぅぅ、と握ってくる。

 俺は切れ切れの息でアリアの顔を覗き見た。



 アリアは、切なそうな、哀しそうな、困ったような、俺にはその気持ちが読めない顔で、言った。


「シューッヘ、あたしね。あなたがそれだけ女神様に怒りをぶつけてくれて、実はほんの少し、嬉しいの。

 あたしは、女神様の一撃を、避ける事も出来なければ結界とかで守るなんてことすら出来ず、ただ打ち砕かれた。

 あたし、戦いになると人に頼り切り。オーフェンの時もそうだった。誰かが守ってくれる……そんな事、無いのにね。


 だけど、シューッヘはいつも、あたしの事を守る事に、本当に心血を注いでくれてる。あたしが幼児帰りした時も、凄く優しかったよね。

 それで今は、あたしをボロボロにした女神様に、どれだけリスクがあるか分からない危険なことだってシューッヘも分かってるはずなのに、盾突いてくれてる。

 あたしがこんな事言っちゃ、また女神様に滅ぼされそうだけど……本当に、嬉しいんだ。あたしの事、死んでも思ってくれる、それだけじゃなくて、行動までしてくれるんだ……って」


 だから、とアリアが言葉を続ける。


「女神様が、詫びるって言ってる。人と神様とじゃ、詫びるって言葉の意味も違うかも知れないけど、偉い神様がシューッヘ一人の心傷つけた事に、頭下げたんだよ。

 今のあなたには、その言葉が単なるセリフみたいに聞こえてる様に、あたしには見える。でももしそうでも、あなたは神の頭を下げさせたの。凄い事よ……」


 そう言い終わると、アリアがふと俺に近づいて、背中に回って、俺を抱き締めた。

 突然の事で、俺は思わず息を飲んだ。と同時に、困惑もした。アリアは黙って俺を背中から抱き締め続ける。


「シューッヘは、勝ったの。女神様とのやりとりで、神様が出来る最大限の譲歩を引き出した。あなたの勝ち。

 だから……これ以上追撃しないで。あなたがこれ以上追撃して、女神様から何かされると思ったら、あたし……」


 ぎゅぅぅっと抱き締められる。泣いている? 息をすする様にして、でもそれを懸命にこらえている様に感じられる。


「アリア……」

「もうこれで、決着にしよ? 深追いしても、何も得られない。そればかりか、今度は本当に女神様の御不興を被って、あなたが……」


 背中でスンスンすすり泣く声がする。

 アリアは、俺を案じてくれている。アリアが、ここでの決着を強く望んでいる。

 殺された、一番の被害者……そのアリア本人が、ここで女神が頭を下げた事で、結論にして欲しいと懇願している……


「……女神様」


 俺は辛うじて前を、女神様の目を見て、呼び掛ける事は出来た。

 だが、言葉が続かない。アリアの思い、俺の思い。女神様にだって言い分はあるはずだ。

 その女神様が、頭を下げた。女神様はご自身の行動に、理由の説明はされたが、弁解も言い逃れもしなかった。


 要するに……俺がまだまだ圧倒的に子供だって事なんだろう。アリアも、女神様も、大人だ。


『シューッヘ。あまり自分を責めない様にね。必要だったとは言えあなたの気持ちを深く考えずに行動したのは事実だし、私の落ち度でもあるわ。

 責めたければ、思い切り責めなさい。罵って気が済むのなら、そうしなさい。あなたとアリアが、かけがえ無いつがいとしてやっていけるのを目の当たりに出来ただけで、私は満足だし、安堵出来たわ』


「女神様……俺、もう、何を言えば良いのか分からないです。女神様への不満も、たくさん、たっくさんあったはずでした。でも、アリアの方がよっぽど大人で……」


『大人・子供でスパッと区切っちゃうのは、そこまで悪くはないけれど成長の妨げになる考え方ね。私は少し、その考え方には賛同出来ない。

 あなたはあなたで、やれる事はやった。けれど、そういう結果になった。要は相手が悪かったのよ。別の言い方をするなら、"マズい運命に囚われた"とかね。

 運命から逃れようと抗っても、概ね無駄に終わるでしょ? 神の力は、人にとっては運命と等しい程の力。神がアリアを一度殺すと意志を持って動いた以上、その結末は変えられない』


「……ですよね、女神様、ですもんね……。一瞬だけ、勝てるまでは行かなくても、何とか出来そうに感じたんですけどね……」

『それは傲慢ね。私はあの戦いで、ほとんど魔法を使ってないでしょ。あんな狭い空間で使うには不向きな魔法ばかりの手札、っていう制約はあったけど、圧倒するだけなら簡単よ』

「です、か……結局俺は、女神様の手のひらの上で、あの時も今も、ギャーギャー叫んでただけで……やっぱり俺、子供ですよ」

『じゃあ、あなたはまだ子供だとして、これからどう成長していきたいの? アリアとフェリクシアという2人の妻を抱えて、僕は子供でーす、じゃ通らないでしょう』


 ……女神様はいじわるだ。子供だから成長する、そんな決まった訳じゃ無い。

 地球には、幾らでも精神年齢おかしい大人がいた。きっと俺も、そんなのになるだけだ。


『黙ってても伝わるのは、私とアリアにだけよ? 言いたくない事だろうから無理矢理言わせたりはしないけど、あなたはもう大人にならないといけない立場。逃げないで立ち向かいなさい』


「…………」


 俺の口からは、浅い溜息が一つ、意図せず漏れた。

 もう、俺。限界だ。逃げる。逃げないなんて、もう無理。


「女神様、ヒューさん、アリア、フェリクシア……俺にしばらく、休暇を下さい。ずっと家に籠もって、ただ考える事に集中出来る、引きこもりな休暇を」


 俺の頭の中は、もう完全に回路がズタズタで、意味ある思考が出来ない状態にまでなっている。

 何を言ったら良いかとか、そんな次元の話ですらなく、言葉がまともに出ない。

 意識はあるが、それだけ。そんな風に感じる。


 休暇のお願いだけは、何故かスラスラと出て来た。

 俺の生存本能がそうさせた。そんな風に思えた。


『分かったわシューッヘ。アリア、フェリクシア。あなた達に命ずるわ。シューッヘは今、心を病みかけている。助けになるのは、あなた達だけ。

 甘やかせという事じゃ無く、心が疲弊しきった相手を見守り、必要であれば手助けをしなさい。一度生じた英雄を欠く事は、世界の秩序を崩す事。存外重い使命よ。

 それからヒュー。しばらく英雄は不在よ。国家関連の処理は任せたわ。王が成果を焦りだす様なら、私の名を出しなさい。くれぐれもシューッヘに新たに荷を背負わせる様な行動はしない・させないこと』


 俺の頭上を、女神様の足早な指示が飛んでいく。それぞれに名指しされた人が、それぞれに何か答えている。

 そっか……これが、心を病むってことなのか。はぁ……俺、そっち側に行く予定は無かったんだけどな。

 人生、生きてれば色々ある、ってことかな。早く屋敷に帰って、部屋真っ暗にして寝たい……


「うん、シューッヘ。すぐそうしようね。フェリク」


 俺の心の声を、直接読んで声がけしてくれる。今の状態にそれが、とてもありがたい……


「う、うむ? 屋敷、か?」

「そう。すぐにシューッヘが、くつろいで幾らでも、寝たいだけずっと寝ていられる様に、整備お願い」

「かしこまった。先に行く」


 フェリクシアが部屋を飛び出していった。俺は、ぼんやりしてきた。

 気付いたらいつの間にか、俺の頭はアリアの胸に抱かれていた。心地よい……

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