第20話 前任の救世主様は、俺とは随分志が違って高潔な人だったようだ……俺で代わりになるの? ねぇ。
総司教は言った。伝承では、最後の戦いが起こって残るのは魔族だ、と。
すると、極端な言い方をすれば、俺という救世主らしい人間が出てきた以上もう人間のターンは終わり、みたいな事が予言されているのか?
疑問に思いながら、総司教の次の言葉を待った。
「……ただ我々人類とて、3,000年前ほど無知でもなければ力が無い訳でもない。予言の通りにただ滅ぼされるとは、思っておりません。
されど、3,000年継承してきた予言の一内容は今日、今まさに、現出を見ました。シューッヘ様、あなたです。
となれば、予言が単なる世迷い言だった、では片付けられませぬ。良い事も、悪いことも。どちらも現実となることでしょう。
ただ、分からぬ事は多々ございます。例えば最後の戦いが始まるまでにどれくらいの猶予があるのか、また極論すれば、最後の戦いに救世主様は参加なさるのか。それすらも、伝承では分かりませぬ」
総司教は言い終えると、手元の本を閉じた。本と言っても、紙を綴じただけの簡素なものだ。
そしてその本を、くるっと向きを変えて持ち上げ、俺に差し出した。
「予言の写本にございます。救世主様に必要かは分かりませぬが、我々の拠り所の全てにございます、お持ち下さい」
「は、はぁ……」
幸い、女神様パワーでこの本も読める。表紙にはシンプルに「大予言書」とのみ書いてある。
「うーん……ヒューさん。ちょっと意地悪な事を聞いても良いですか」
「はい。どのような事でも」
「ヒューさんは、ローリスに俺を連れてくるに当たって、俺がこの本で言う救世主である可能性を思ったのはいつでした?」
「カタリナの宿に向かう直前、でございます。シューッヘ様がサンタ=ペルナ様のご加護を受けていると伺い、直感しました」
「じゃ、もし俺が、サンタ=イリア様側の人間で、英雄の階位も1だったら、どうしてました? 捨ててました? それとも、ヒューさんが手に掛けてましたか?」
ヒューさんが眉を潜めるのが、薄明かりに浮かぶ。
「確かに我々は、救世主様の再臨を望んでおりました。されど、望んでいなかったとも言えます。滅びると予言されているからです。
もしシューッヘ様がサンタ=イリア様のご加護を受ける方であったとしても、決して捨ても致しませんし手にも掛けません。
先だって少しだけ申し上げましたが、サンタ=イリア様は豊穣の女神様。故に、いずこかの教会への所属を勧めていたであろうと思います」
ヒューさんは、俺の意図するところが読めない様子である。
「教会勤めを……凄く失礼かも知れない事を聞きます。良いですよね?」
「はい、お答えできることでございましたならば」
「シンプルに言って、女神様のご加護を受けている人間が、その女神像に祈りを捧げると、ぶっちゃけ何かありますか?」
一瞬、ヒューさんがギョッとした顔をした。がすぐに表情は戻った。
ヒューさんって、そこまでポーカーフェイスではないので、個人的には付き合いやすい。
「そうですなぁ……根拠が伝承のみ故、誇張や創作など、真実ではないかも知れない、と前置きしてお話し致します。
サンタ=イリア様のご加護を受けた王、我々は同時期の王もまとめて『賢王』と申し上げておりますが、4カ国の王全て、サンタ=イリア様のお使いとされています。
そのお使い様方がとりまとめた人間の新たな国家体制が、亜人の差別解消を始めとした、今の繁栄に繫がる施策でございます。
また各王はそれぞれに王宮内に礼拝堂を設け、各王自らもまた王の居室に女神像を御安置し、常に祈りを捧げていたと伝えられています」
「賢王様たちが素晴らしかったんですかね。それとも、賢王様達に女神様が指示出ししてたんですかね」
俺が言うと、ヒューさんは目を見開いた。ふと気になって総司教を見ると、こちらもゆっくりだが反応していた。
そこに、俺は思ったことをそのまま発言した。
「もし、賢王の方々に女神様が助言などをなさっていたのであれば、人間が滅びる予言は覆るかも知れません」
俺の言葉に、ヒューさんと総司教は互いに顔を見合わせた。
「シューッヘ様、あなたは……サンタ=ペルナ様から御言葉を賜れるのですか」
総司教が言う。顔に書いてある、「まさかそんなことは無いだろうが、念のために聞いておこう」と。
だから俺はハッキリ答えた。
「ペルナ様とは、女神像なんて祈らずともお話し出来ますよ。分からない事があれば教えて下さいますし、無礼が過ぎればバチが飛んできますし」
「おぉ、おぉぉ……」
総司教は、うめくように身体を丸め、両腕を机に預けて顔も机と同じく平らにした。
相当驚いているのか、それとも別の予言とか何か引っかかることがあったのか分からないが、かなり動揺しているのは間違いないと思う。
「何だったら、試しますか? 今総司教様が何か不安に思っていることでも何でも、女神様に伺ってお答えしますが」
「女神様を試すなど……いや、しかし……」
「遠慮は要らないと思います。俺の知る限り、ペルナ様って遠慮とかあまり好きそうじゃない方なので」
「さ、左様ですか、では……」
かなり総司教をうろたえさせる事に成功し、何となく気分が良い。
俺をいきなり殺そうとマジの投げナイフ飛ばしてきた奴だ、偉い人だと頭では思っていても、腹が収まらない。
「シューッヘ様。サンタ=ペルナ様にお尋ねしたく。魔族がこの国に侵攻してくるのは、いつになりましょう」
「じゃ、それ伺いますね」
と、俺は膝立ちになって手を組み、目をつむった。
(女神様女神様、今日も今日とて一段とお美しく)
『あんたねぇ、まだ私とコンタクト取れてない状態で《一段とお美しく》なんて、どういう見ようがあるっていうのよ』
「総司教様。会話が繫がりましたのでこのまま伺っていきます」
「は、はい。宜しくお願い申し上げる」
(と、女神様。先日は魔法使えるようにして下さって、ありがとうございました)
『あんた礼儀は良いかも知れないけれど、主題忘れてない?』
(主題、ありますけどねぇ。ペルナ様のことだからもうご覧になってて言ってらっしゃる、でしょ?)
『そりゃそうよ。ローリスのレリクィア教会って言ったら、私の地盤みたいなものよ? 常時見えるし見てるし』
(ですよねぇ。で、ちょっと女神様に、先にお伺いしたい事があるのですが、良いですか)
『何よちょっと責めるみたいな口調で』
(一昨日の、『魔法返すわよ』の御発言でもって、とんでもなくキツい目に遭ったんですが、結界をテストするのってそんなにダメですか)
『別にダメじゃないわ。ダメなのは、女神の力を信じないこと。疑いがダメ。居合わす連中全てが心から信じているなら、結界のテストなんてしなかったんじゃない?』
(そうは言っても女神様、俺、そういうのに疎い地球人ですよ。何事もテストは大事じゃないですか)
『だったら言うけど、テストの結果、規模に関わらずあらゆる攻撃が防げることはよく分かったでしょ? 丁度今日のナイフも、小さな殺意も見逃さないってことも』
(確かにそうなんですが……一緒にいたヒューさんが決死の反魔法を使わなかったら、俺たち全員酸欠で死んでましたよ?)
『あー確かにそこはそうね。結界って、そう融通の利くタイプの魔法じゃないし。それで? そろそろ本題じゃないの?』
女神様に言いたいことは言えたので、少し気分が良くなった。
まぁ女神様を相手にストレス発散みたいな感じで申し訳ないことでもあるが、俺の器はそんなに大きくない。
(総司教とかいう爺さんが、予言の云々でどうのこうのってことで、いつ魔族がローリスに来るか知りたいそうです)
『そんなの知らないわよ』
(えー……思いっきり期待外れなんですけど女神様)
『黙らっしゃい、またバチでも欲しい? 魔族だって、魔族の中の都合があって動いてるんだから、いついつ来ます、みたいに決まるのはある程度直前になってからよ』
(じゃ、少なくとも《まだしばらくは》来そうにない、というところですか)
『そうね。魔族軍の集結状況、各部隊の鍛錬の段階、その他諸々考えると、向こう3年は無いと思うわ。小競り合い程度はあるかも知れないけど、終末戦争になるほどのをするには、魔族も全然準備不足よ』
(ありがとうございます、その内容を、大司教を唸らせる様に伝えたいのですが何かアイデアありませんか)
『あんた、意外と性格悪いのねー。まぁ良いわ。別話だけど、「真の女神像を隠して偽の像に祈らせる、その祈りは届かず、神は怒りを隠さない」。そう言いなさい』
(はーい、ありがとうございました!)
「ウォッホン! 女神サンタ=ペルナ様より、魔族の話とは別に厳しい御神託が降りました」
「御神託。そ、その内容とは……」
緊張した様子の総司教が、こちらをのぞき込むように伺う。
そりゃ緊張もするか、随分長々と女神様とのだんまり単独トークして、総司教ほったらかしにしといたからな。
いやでもせめて緊張くらいはして欲しい。その位の罰は、俺が与えても良いんじゃないか?
「女神様は仰せになりました。
『真の女神像を隠して偽の像に祈らせる、その祈りは届かず、神は怒りを隠さない』
と。私には皆目見当が付かない内容ですが、心当たりは……あるようですね」
俺が朗々とペルナ様の言葉をまねっこして話し終えた頃には、総司教の顔色は真っ青を超えて真っ白になっていた。
「総司教猊下、『真の女神像』とは? わたしですらそれは聞いた事が無い」
「……女神像の伝承に、こういうものがある」
そう前置いて、総司教はゆっくりと話を始めた。
今からおよそ3,000年前。この時代は、魔族が人間を支配し、搾取していた時代。人間にとっては過酷な時代であった。
ローリスも、国と言うよりは単なる放牧地の様なもので、人間という家畜を集めておく場所、その程度の扱いであったと聞く。
今のローリス城塞都市より南に30クーレム程離れた所に、今はもう廃坑になった魔水晶鉱山があった。人間の男達はそこで働かされていた。
その炭鉱夫の中に、今や建国の英雄と称えられるイスヴァガルナ様がおられた。決して他の坑夫達と変わらず、真面目なご性格で、採掘に邁進されておったそうだ。
ある朝、まだ誰も来ていない鉱山に、朝の空気を吸いがてら、イスヴァガルナ様はお出ましになられた。
誰よりも一足先に炭鉱の中に入り、真面目でいらっしゃった故一人で作業を始められた。すると、ツルハシに堅い感触を得たそうな。
魔水晶よりも硬い、魔鉱石でもあるのかと、慎重に掘り出すと、暗い炭鉱内故によく見えぬが銀色に輝く像が出てきた。
場所は、鉱山の中でも大分掘り進んだ場所である。そんな物が自然に埋まっているなんておかしい。
そう思いつつも、手触りもなめらかなその像を、土を綺麗に拭うために、汗拭きで拭ってみたのだそうだ。
すると、その像から突然、女性の姿をした何かが飛び出した。これが、イスヴァガルナ様とサンタ=ペルナ様との最初の邂逅となる。
イスヴァガルナ様はサンタ=ペルナ様に、今の人間の状況を伝え、そして尋ねたのだそうだ。どうすれば人間は独立出来るのか、と。
するとその答えは壮絶・過酷に過ぎるものだった。「人間の3分の2の命を私に捧げなさい」。その言葉に、イスヴァガルナ様は言葉を失った。
その後もすぐに、どうすればそれだけの生贄を女神様に差し出せるのか、細かい方法と、それが実現出来る力が、イスヴァガルナ様に下賜された。
その力こそ、イスヴァガルナ様の「死の光輝」として残る、絶大な力を誇る光魔法であった。
イスヴァガルナ様は苦悩した。女神様に供物として差し出せと言われているのは、同じ人間の同志たちである。
けれど、さもなくば、魔族から独立するなど夢のまた夢であることは、イスヴァガルナ様御自身が一番分かっておられた。
故にイスヴァガルナ様は、誰に相談することも無く、お一人で、辛い決断をなさったそうだ。
当時ローリス方面を支配していたのは、暗黒魔竜という巨竜であった。竜族は当初は第三者の立場を保とうとしていたらしいが、魔族の全世界支配が完成するや竜族として魔族側についた。
暗黒魔竜は、いかなる刃物も通さないウロコと、何もかも炭に変えるだけの強大な火力のブレスを誇る枠外の化け物であり、人間が太刀打ち出来る相手ではそもそも無かった。
だからこそ、ローリスの民は誰一人、支配者である魔族側に反旗を翻すことは無かった。
イスヴァガルナ様は、女神サンタ=ペルナ様に問うたそうだ。もし生ける人間をその頭数捧げたならば、あの魔竜を倒せるか、と。
女神様のお答えは、イスヴァガルナ様の予想さえ超えていた。魔竜1体どころではなく、全ての魔族を滅ぼせる、というものだった。
そこでイスヴァガルナ様は御決意をなさり、既にお受け取りになられていた、今では禁呪とされる死の光輝「不可視滅殺光」を、ローリス城塞都市の上空で炸裂させたそうだ。
都市はその魔法一発でほぼ完全に壊滅、人々は何が起こったか分からぬ形のままに斃れ、死んでいた。
女神様はイスヴァガルナ様の奉公に大変喜ばれ、既に授けた光の操作だけでなく、何者もイスヴァガルナ様を傷つけられぬという「不死の絶対結界」を授けられた。
これが、今から3,000と36年前に起こった、「ローリスの贄」と呼ばれる歴史である。
そこからは、イスヴァガルナ様は単独で、魔族領の奥深くまで入られた。
如何なる敵も、イスヴァガルナ様が放たれる不可視の光を見ることは出来ず、その不可視の光の力により即死する。
イスヴァガルナ様御自身は、御自身で放たれた致死の光を絶対結界で防がれる故に無傷。
そうして魔族領の最奥まで進み、魔族の王と対峙し、交渉したそうだ。
……と、ここまでが、我ら聖職者が伝える、英雄イスヴァガルナ様のお話しである。
「イスヴァガルナ様の魔法って……」
俺は自分の手のひらを開いたり閉じたりした。不可視の、致死の、光。どの生物にも効く。恐らくは、波長不明だが放射線だろう。
自国の、仲間達の真上に放射線爆発を起こす決意は……とてもではないが俺には出来ないな。人類を救う決意、重い決意だ……。
「この言い伝えの中で出てくる像というのが、女神様が仰る『真の女神像』にございます。どうぞこちらへ」
そう言うと、総司教は立ち上がり、ろうそくの火をあおいで消した。
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