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第2話 俺は、真っ暗な中に突然放り出されたんだが、上からの怒声がかなりヤバい。


「いてっ」


 ふわっと浮いた感覚があったのを感じた直後、そのまま尻から落下した。

 幸い、床か何かだったようで、堅くて痛かったが怪我などはしていないようだ。


 ろうそく? 薄明かりに囲まれて、俺が尻に手を当てようとすると、


「動くな!」


 怒声に近い、強くキツい声が俺めがけて飛んできた。

 チャキ、と金属音が目の前で鳴る。目が慣れず、しばらく見ていたが、それは鋭い槍の先だった。


「ひっ」

「動くなと言っている!」


 反射的に後ずさりしてしまった俺の眼前に、槍が更に突きつけられる。

 目線だけ動かして周りを見ると、ろうそくを燭台に立てて構えている黒服に囲まれている。

 見えるだけで、6人。俺を取り囲んでいるようにも見えるので、後ろにもいるかも知れない。

 振り返ることなど許されそうにない中、上の方から別の大声が飛んだ。


「何をしておる、医療魔法士! すぐに召喚者の状態を調べよ!」


 その声と共に、槍はさっと引かれた。その代わり、白服の人が3人周りに来ると、何かをつぶやいた。

 その声に応じるように、俺の衣服の上に深い青色の光の模様が6つ現れる。

 突然現れた、魔法陣としか思えないその光の文様は輪を描き、くるくると回って、次々消えた。


「医療班より御報告っ、過剰な緊張状態ではありますが、生命状態・身体状態に異常ございません!」

「よし次だっ、鑑定士共、あらゆる角度からこの者の素性を暴け!」

「はっ!」


 さっと白服がいなくなり、変わって俺の周りにまた3人、今度はいかにも成金風な衣服の男たちが、俺を囲んだ。

 それぞれの男達が、色の違うふちのモノクルを片目に付けている。そのモノクル越しに、俺をじっくり「見て」いる。

 男達はしばらく……と言っても多分1分もない……そうしていたが、男達同士互いに目線を交えると揃って頷き、その中の一人が大声で言った。


「鑑定士として上申つかまつります! この者の職能スキルは『英雄』、但し、階位は第1階位に過ぎませんっ」

「なっ?! 第1階位だとぉ?!」


 上からの声が、怒りというより、驚いたようだった。そして、ひときわ大きな声で叫んだ。


「か、鑑定士共! 他に何かないのか!」

「見る限り、光の女神の加護を受けているようでございます。されど、詳細は不明」

「詳細不明とはなんたる……しかも、英雄職とは言え第1階位で何が出来ると言うのだっ!」


 吐き捨てるような言い方の、上からの声。次第に目が慣れてきて、槍も引っ込んだままなので、上に目を向けた。

 ろうそくの薄明かりでギリギリ見える限りだが、上には、貴族の観覧席のような張り出したブースがあった。

 そこに、冠を、髪の無い頭にちょこんと乗せた、脂っこそうな中年男性がいた。

 服装からして王族とか、そんな身分の高い人だとは思うんだが……全然品が無く見える。動作もバタバタしていてお粗末だ。

 顔色までは見えないが、あの落ち着き無く怒ってそうな様子からすると、きっと真っ赤なんだろう。


「なんてことだ! 貴様らが神への供物や未開地の祭具が必要だと言うから、冒険者共を集めに集め、金を止めどなくつぎ込んだ結果が、これか!」


 上の声は、随分怒っておられるらしい。権力者らしいのは分かるので、変に睨んだりしたら即処刑とかありそうと思い、俺は目を向けるのをやめた。

 改めて周りを見てみると、俺の2mくらい離れた位置に、ぐるっと円を描いて燭台を持つ黒尽くめの人がいる。この人たちは、まるで動かない。

 その後ろに、さっき俺に槍を突きつけてきた人も含め、槍や剣、その他痛そうな物を抜き身で持っている人たちがたくさんいる。

 ここから見える正面や周りはそこまでで、武器を持ったその男達が人垣になり、向こうは見えなかった。


「おい各国の大使共! この責任をどう取るのだ! 金を使ったのは、このオーフェン王国だぞ、この儂だぞ!」


 上の声の人が何か叩き付けたのか、ドン、と響く音が鳴った。

 多分、観覧席の柵かな。叩いたらあんな音はしそうだ。


「オーフェン国王陛下に申し上げます」


 老人の声だ。枯れた声だが、場に動じない堂々たる声でもあった。


「誰だっ! ろくでもない話であったなら、この場でこの召喚者もろとも斬って捨てるぞ!」

「ローリス国・全権大使の、ヒューと申します」

「ローリス……貴様らが、この神聖なる勇者召喚儀式に、何かやらかしたのだろう?! 違いない、殺せ、この賊を殺せ!!」


 叫ぶ声に武器持ちが一斉に動き出した。

 が、その全員が、キョロキョロして、そのまま右往左往するばかりであった。


「何をしておる近衛兵共、何のためにお前らに大金を渡しておると思っておるのだ!」

「お、畏れながら! 声の主がいずこにもおらず、対応のしようがございません!」

「バカな! 声がしたではないかぁ!」


 上からの声の主、オーフェン王国の陛下様とやらは、近衛兵と指さされた武器持ちと一緒になってパニクっている。


 逃げるなら……今がチャンスか? 女神様がくれた「らしい」光の魔法を使って……

 ……って、どうやって使うんだそれ。魔法なんて無い地球生まれの俺には、きっかけすら分からない。


 さっきの、医療班の人たちは、何か言葉を使った。言葉に反応するように、魔法陣が現れた。

 かと言って、どんな言葉でもOKって訳じゃないよなきっと。特別な魔法の詠唱とかなんだろう。


 もらった魔法も、使えなきゃ絵に描いた餅だ。

 ヒューと名乗った老人に、ともかくこの場は賭けよう。生き残りを。


「陛下、こちらにございます」


 声は上から、丁度国王が叫んでいたところから聞こえた。同時に「ひゃっ」という情けない(こくおう)の声も聞こえた。


「き、貴様っ! 儂を愚弄するか! こ、この席をなんと心得る、王専用の席であるぞ!」

「ご無礼はひらにご容赦を。しかしながら陛下、召喚されてきた人物には、並々ならぬ可能性を感じます」

「いや、これは貴様らローリスの賊共が、この儀式に干渉したのだろう?! 基礎要素ですらないエレメントである光、その女神なぞ、最弱ではないか!」

「光の女神様は決して他の神々に劣らぬ御力をお持ちと、わたくしどもは信じております」

「貴様らの信念なぞ知るか! 光の女神を祀る貴様らが、単に貴様の国に欲しい人材を呼んだっ。この儀式に干渉してだ! これは我が国への宣戦布告と言って過言ではあるまい!」

「信じていただけないやも知れませぬが、ローリスから来ているのはわたし一人。到底干渉など出来ませぬ。そして、わたしがこの儀式に到着したのは、陛下がこちらを叩かれた音がした際でございます」


 ふと、冷静が戻ってきた。ここにいるほぼ全員のフォーカスが、上方に集まっているからだ。誰も俺を見ていない。

 みんな上を向いている。よほど国王陛下が怖いのか、何か口にする者・騒ぐ者はおらず、国王とヒュー老人の「声」だけが、天井の高いこの聖堂? の様な建物に響いている。


 俺の位置から見てると、ヒュー老人は見えない。「国王専用」ブースは、奥行きも広くなく、見通せる。けれど、大人の姿どころか、子供の大きさの人すら、そこにはいない。

 さっきから、声の応酬はある。国王は、ブースの前の一点に向けて叫んでいるから、国王にだけは、見えているのかも知れない。

 これも魔法なのか? もし「そこ」にいるのだとしたら、ヒュー老人は浮いていることになってしまうが……


「では陛下。わたしとその召喚者を始末なさるのは結構です。ですが、ローリスがお貸しした国の宝『月明かりのアミュレット』のご返還を願えますか」

「な、なにぃ?……おいっ、召喚支柱のてっぺんに載せた飾り物はどうなってる」


 近衛の中でも、少し身軽そうな人物が、剣を収めて俺の横を駆け抜けた。

 振り返ると、俺の真後ろに寸の低い柱が3本あり、それぞれの上に宝箱のような箱が載せてあった。

 近衛はその内の、一番右の箱を開けた。その途端、焦げ臭ささと共にもうもうと箱から黒煙が上がった。


「陛下。我が国の宝、よもや何事かあった、などと言う事は、ございませんでしょうなぁ?」


 ヒュー老人の、ゆっくりした粘り着くような声が響く。


「い、今確認する! ど、どうだ近衛! 異常は無いか!」

「あ、ありません!」

「おっ……ど、どうだ! 異常は無い! すぐに貴様の国が供した召喚具は返還できるぞ!」

「陛下、違います! 中にあったはずのアミュレットが、ご……ございません!!」

「な、なんだとぉぅ?!」


 国王はブースから乗り出して、煙を立ち上らせる宝箱を見ようとしているようだ。

 しかし、丁度建物の梁の影になっているのか見えないらしく、首を右に左にしている。


「ほほぅ……我が国の誇り、国宝のアミュレットを、毀損されましたか、オーフェン陛下」

「い、今確認中だ! 近衛それは確かなのか!」

「ふ、召喚封印箱の内部は高熱に焼かれたようになっており、お、畏れながら……中には宝具の金具のみがわずかに、溶けた状態で残っております!」

「ふざけるな! こ、これも貴様らの仕業だろう?! 自作自演だ!」

「陛下。ご存じのはずです。あのアミュレットは、我らの祖先が3000と36年前に、一族の2/3の命を神に捧げ、引き換えに得た力で討伐した、暗黒魔竜の竜魔石を削り出した物」


 国王の「うぐっ」という言葉がハッキリと聞こえた。


「言わば、精霊雄族祖先から続く3000年の誇り。それこそ『月明かりのアミュレット』にございます。すなわち……」


 声が一旦途切れる。静寂は、短かったが重かった。


「我ら精霊雄族全ての誇りを自ら焼き払う痴れ者など、当然ながらいようはずもございません」

「ぐ、ぐぅ……」

「術式を拝見するに、3支柱それぞれに捧げた宝具宝物に、あまりに軽重があったように伺えます。国王、覚えは?」


 問われた国王の返答は無かった。


「この術式に肝要なるは、3つの供物の対等なバランス。一つがあまりに偉大なれば、それに力が集中し、過大な負荷が掛かります」

「わ、我が国の魔法院の者は、価値あるものであれば何でも良いと言っておった、ぞ……」

「それは畏れながら、貴国の魔法院のお出しになられた結論に誤りがあった、ということです」


 国王はまた答えに窮したようだ。ここからでも見える程に、緊迫した顔と、汗まみれの顔。


「失礼を承知で改めてお尋ねしたい。国王陛下は何を捧げられましたか」

「き、大金貨、10万枚……」

「商人出身の国王陛下であらせられますれば、月明かりのアミュレットが大金貨何枚と交換出来るとお考えで?」

「交換の……しようもない」

「さよう。歴史を振り返っても、二度と得られぬ至宝にございます。それを貴国は煙とされてしまった。これは我が国への宣戦布告……」

「分かった、分かったっ! ぐぅぅ……貴国には、返せぬ恩義を貸し付けてしまった、何が望みだ。儂の首か、それともこの国かっ」


 半ばヤケになったように、国王は叫んだ。


「我々は安堵安寧こそ歴史の安定の要と考えまする。異界よりの勇者召喚術は、時として世界を滅ぼす大魔法。その結果が彼であるならば……」


 ざっと視線が一度に俺に向く。ビクッ、となってしまった。


「彼がどのような者か分かりませぬが、鑑定からすれば連合軍北端戦線の要員としては力不足でありましょう。我が国で保護したく思いますが、ご異論は」

「異論など……それで『月明かりのアミュレット』を棒引きにしてくれるのか……?」

「得体の知れぬ召喚者一人を得て、一族の誇りと釣り合いが取れる。国王はそうお考えなのですな?」

「……分かった言うな。賠償交渉、通商交渉を含め、貴国への最恵国待遇を、我が名をもって約する。それで足りるとは思わぬが、ここは引いてくれまいか……」

「老婆心ながら申し上げれば、身の丈に合わざる大魔法は、人のみならず国の運命すら変えてしまうでしょう。安易に手をお出しになられぬよう……」


 虚空に向いて叫んだり絶句したりしていた国王は、うなだれて奥へと去っていった。


「さて青年」

「えうわっ!」


 思わず叫んでしまった。俺の真横に、さっきの声の主が「いた」。まるでさっきからそこにずっと居たかのように、身動きひとつせずに。

 尻餅を付いた状態の俺からだと見上げるようになるが、重厚な真っ白のローブを頭までかぶった「THE 魔法使いのおじいさん」であった。

 薄暗い中、わずかに見える表情はさっきまでの剣吞としたやり取りなど無かったように、平静で柔和な顔だ。


「青年。貴殿の身元は、ローリス国が保証し、保護を与える。ついては、ローリス国国都まで来てもらう事になるが、良いかね」


 さっきまでの問い詰めるような口調ではなかった。老年の威厳は相変わらずだが、優しさを含んだ声音だった。

 もとより、女神様の場所を経由してここに来て、身寄りも何も無い。身元保証を国家がしてくれるんならこれに越した事はないし、保護までしてくれる。

 少なくとも、このヒュー老人がいなければ、俺は近衛兵たちの剣の錆になっていただろう、あの怒りっぽい国王の一言で。

 感謝こそせねばならない。未だにこのヒュー老人の正体やら、どうやって国王と話していたのか、不明な点は数あるけれど。


「ヒュー、様? にお任せします」

「様? はっはっ、わたしはそんな堅苦しい立場じゃないからな。まぁ、おいおい話していこうかの」


 ヒュー老人が差し伸べてくれた手を、俺は取った。

 ぐいっと床から引き上げられる。見た感じより随分力強かった。


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