第66話 アリア、回復する。超長髪はどうして良いか、悩んだ結果。
アリアが本格的に元に戻って、今日で3日目になる。
エリクサー・ウォーターで一気に『再成長』を遂げたアリアは、何だか以前より明るく、笑顔の似合う女性になっていた。
今日は、ようやく元に戻った事を、アリアの養親のヒューさんに報告に行く。ヒューさんも、気を遣って言わないだけで、心配してただろうし。
「アリア、準備は進んでる?」
アリアの部屋の前。ドアを眺めて声を掛けてみる。
「うーん、まだヘアスタイルが決まんなくて。もうちょっと時間掛かるから、下で先食べててー」
「分かったー、下にいるねー」
アリアのヘアスタイル問題。別に問題って程のことでも無いが、腰より長い長髪になった。
何でも、アリア自身もそこまで長髪にした事は無く、扱いが分からず困っていると。
家に居る女性で言えばフェリクシアもいるが、フェリクシアも同様にそこまでのロングヘアーの経験は無いのでと、アドバイスなども控えている様だ。
「ん? ご主人様だけか?」
「あー、相変わらずまだ髪の毛と格闘してるらしい」
「ふむ、ロングの女性は、聞いていた以上に大変だな。毎日ともなると……切られるのをお勧めすべきか」
「うーん、アリアがアレを気に入ってるなら、時間くらい掛かっても良いって言えるけど……困ってる風にしか見えないんだよね。切った方が良いかなぁ」
フェリクシアと話しつつ、いつも通り席に着く。
朝一なのでまだ俺はパジャマにスリッパ。アリアもそんな感じだろうが、出てこられない程度に髪は乱れている模様である。
既に、テーブルには氷水入りのピッチャー。グラスへ移して飲む。
この砂漠地帯で、朝から氷水をがぶ飲み出来るのは、相変わらず贅沢なことだと我ながら思う。
今日のメイン。ヒューさんの所へは、アリアの回復報告が主な話題だ。
ただもう一点、報告しないといけない事が出来た。
ウロボロスの瞳。
アリアが出て来たさなぎの中に、それがあったのだ。
もちろん粘液まみれで出て来たので、綺麗に洗浄はしてもらった。
どれか石が割れているとか、肝心のウロボロスの瞳の輝きが無いとか、そういう事も無く、見た感じ以前の通り。
ただ俺自身、鑑定魔法は正直領域外。誰かに調べてもらうにしても秘密を守れる人で無いといけない。
ウロボロスの瞳はそれだけの格式のある魔道具だ。そもそも何処から来たのか来歴も不明。
俺が聞きたいのはただ一つ。ウロボロスの瞳は更に再使用が出来るのか、という点だ。
再使用が出来るのであれば、何度殺されても死なない、かと言ってアンデッドな訳でも無い。不死者の誕生だ。
不老ではなく不死だけが得られる魔道具……万が一そうであるならば、それはそれで考え物とも言える。
人間、どうしても老いる。
それでもずっと蘇り続けて死ねない。
これはこれで、拷問に近い気がする。
更に女性であれば、美しさ。若さの問題も出てくる。
若さが保存されるのなら誰でも喜びそうだが……その辺りも聞ければと思っている。
この問題、ヒューさんより女神様に伺う方が向いてると、頭では分かっている。
ただ、ちょっとなぁ……何となく、レベルだが、話を持ちかけづらくて俺自身避けてる。
女神様のお身体を、あろうことか粉砕した人間が、しれっと今まで通り女神様に頼りっきりになって、良いものか。
ろくすっぽお詫びも出来ていないし。かと言って、アレはあくまで、アリアを殺された時に取った行動で、俺には俺の正義がある。
その正義とやらを女神様に主張するのは、どうにも間違いな様な気がしてならない。けれど、許せない、という意識も強くある。
その辺り自分でも一筋縄でいかず、イマイチこれまでの様にはお声掛けしづらくなった。
きっと女神様のことだ、こんな俺の逡巡なんぞ既に見抜いていらっしゃって、それでいて出てこられないのでは、と思ったりもするんだが。
「お待たせシューッヘー、何とかまとめたわー」
トントントンと階段を降りる音がする。ブーツの音だ、もう着替えも済んでいるんだろう。
アリアがトンと階段を降りきって、俺に視線を投げてくる。うん、今日も可愛い。
アリアはその場でくるっとターンをしてくれた。長い髪がふわっと大きく動く。
その髪は、今日は太めの三つ編みにしている様だ。下の方を、光沢のあるピンク色の太めのリボンで、大きな結び目で縛ってある。こりゃ可愛い。
「アリア、今日は一段と綺麗に仕上がってて、可愛いね。リボンもすごく似合ってるよ」
「ふふ、ありがと。でも、さすがにこれだけ長いと不便ね。あたし、動きたいタイプの人間だし」
「動くのにも邪魔? それだけ長いと」
「うん。今までが極端に短かった、って言うのもあるけど、動きやすいし洗いやすかったし……今、シャワーもすごく時間掛かるのよ」
と、髪に触れながら俺の横の席に座る。
「アリアの新しい髪自体は、凄く綺麗だよね。艶のある黒髪で、コシもしっかりある感じだし」
「そう、そこなのよね。変な毛質だったら迷わず切っちゃうんだけど、ここまで綺麗な髪だから、切るのも何だかもったいないって言うか」
「分かる気はする。これ切っちゃって、もしもう一度戻したいってなったら、何年とかでしょ? 伸びるまで」
「そうね、年単位。10年くらい掛かるかも知れないわ。それを、偶然っぽく手に入れちゃって、さーどうしよう、って感じ?」
アリアが片手を上向きに、皿を乗せる様にする。最近知ったジェスチャーだ。日本では両手でやると同じ意味になる。
俺は頷きながら、トレーの上のもう一つのグラスに水を注ぎ、アリアの前に置いた。
「切っちゃったら、戻せないよね。かと言って、今の長さは不便もある、と。うーん、俺がどうこうしろって言えない気がする」
「んー、あたしも決め手に欠いてて、だからこそって言うとなんだけど、あたしはシューッヘの好みにしちゃって欲しいなって思うわ」
「俺の好み?」
俺が自分の事を指差しながらアリアを見ると、アリアは可愛らしい目をしたままこくんと頷いた。
「あたしよりあたしの事見てるのって、シューッヘじゃない? だったら、そのシューッヘが好きな髪型にしちゃいたい」
と、言った。アリアの目は結構真剣で、おちゃらけで言ってる感じは全く無い。
「アリアよりアリアを見てる、か……確かにそうだね、うん。じゃあ、アリアの髪、この辺りまで切って欲しい」
と、俺の胸板の上部くらいの場所を指して示した。
「その位ね、分かった。あと、カラーとか入れたりしたいとか、カットの仕方に指定とかってある?」
「それって、切る時と同時じゃ無いとダメ? まだ切った後の感じも、想像付いてなくて」
「あ、じゃ追加で何かしたりは、まず切ってからにしようね! あたしの髪で、好きに遊んで良いのよ?」
「図書館で何か髪型雑誌みたいなの借りてこようかな」
「あはは、シューッヘまじめー。そんなん適当で良いのよ。あたしを好きにいじって、ね?」
俺の顔を覗き込む様に、斜めにカットインしてくるアリア。
今はこの長さ、これをあの辺りまで切ってもらって……
……うん、切る。切らねば。バストラインがよく見えなくて邪魔だ。
分厚すぎる長髪は、俺的楽しみな見栄えに響く!!
「あれ? シューッヘなんか……朝からムラムラ?」
「んひゅ?! ん、なことは、ないよ?!」
「そう? まだフェリクからもらったおくすりも試してないし、気分が乗ったら教えてね」
「んぐ、う、うん……」
えへへ、と少しにんまり顔のアリア。俺を眺めてニヤニヤしている。
そう言えば女神様の御業で、アリアは俺の心が丸見えに見える。
最近のドタバタで忘れていた。それ自体は受け入れられたが、如何せん急に急所を突かれると、キョドる。
とそこに、皿同士が当たるカチャカチャ言う音が響いてきた。
「奥様、おはよう。今日は余り物の有効活用で申し訳ない、ゴールドトーストだ」
配膳された皿には、うん、これはフレンチトーストですね。はい。
「ゴールドトーストって言うんだ。俺の元いた国にも同じような料理があったよ」
「そうか。やはり何処の世界でもパンが堅くなると食べづらい、という認識はあるようだな」
ゴールドトーストに、サラダが添えられている。これはいつものこと。
米食で味噌汁で、みたいなので無い限り、サラダが必ず付いてくる。
俺自身そこまでサラダ好きではないが、世界は違えど人類には野菜が必要なのは変わりないらしい。
一時期ボイコットして野菜残してたら、アリアからは子供扱いされるわ、トイレは臭くなるわ、ろくな事が無かった。
なので、あまり食べたい訳でも無いんだが、サラダは残さず食べる事にしている。
「それで、奥様の髪型については、決着が付いたのか? ご主人様が何か言われていた様だが」
「あー、うんあのね、この位で切ってって言われたわ。どう?」
「肩より下か。その辺りだと、結んだり束ねたりアップにしたり、色々楽しめそうな長さだな。さすがご主人様は分かっておられる」
「ふぇ?! そ、そうなの?」
突然のフェリクシアの評価に、俺の口からは変な音が漏れた。
するとアリアがすかさず、俺の太ももをパンと軽くはたいた。
「もうっ、シューッヘ、堂々としてればそこ、俺はセンス良いんだぜー、って言えるトコだったのにー」
「ははっ、ご主人様にはきっと天性のセンスがおありなのだろう。何も苦手意識を持たれる必要も無い」
フェリクシアが笑いながら椅子を引いた。
「それじゃ食べようか。いただきます」「いただきます」「いただきまーす」
いただきます、が最初のルール。結局それとセットになるごちそうさまも、基本ルールに加わった。自然の流れだ。
「ご主人様。ヒュー殿の在室を確認しておくか?」
「いや。いなかったらいなかったで良いし。それよりベッドの弁償どーしよ。結構値が張りそうな、多分オーダーメイドだろうし」
「そこは私がメイドとして、ヒュー殿から費用や調達について伺い、適宜やっておく。ご主人様に手間は掛けさせない」
「ごめんねフェリクシア。俺の後始末させちゃって」
「主人の始末を付けるのは、メイドの標準業務の内だ、何も気になさる必要はない」
俺と話しながらも、フェリクシアは着々とゴールドトーストを減らしていく。
俺とアリアの皿には、3片のゴールドトーストがある一方、フェリクシアの皿には6片。
体力使う系女子は、やはり腹も減るんだろうな。
「ではお先に、ごちそうさま。ご主人様、そうなると直接取りあえず行ってみる、という感じか?」
「そうだね。ついでにヌメルス像でも引っ叩いておこうかな、年も明けたし」
愚者ヌメルス像は、王宮にある。誰でも叩いて良い事になっている。
取りあえず、ヒューさんに会う為に王宮に行く事にはなるので、ついでに出来る事があれば探しておこう。
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