第65話 急成長をもたらすエリクサーは成長痛も伴うみたいです
「シューッヘ、おそいー」
何とも可愛らしい不満そうな顔をしている。口を尖らせて、むー、とか言いそうな顔だ。可愛すぎて困る。
トレーを、机の上に置いて、俺の定位置の椅子に腰掛ける。
「ごめんごめん。お水の用意をしてたんだけど、アリアの回復が早まるように、少しだけお薬を入れてたんだ」
「おくすり? にがい?」
「ううん、苦くないよ。少し爽やかな、えーと、すっきりする感じの香りがするお水、かな? まず俺が飲んでみせるよ」
言って、コップを取り一口含む。ハーブ風の香りが口に広がる。多分この風味なら嫌な感じはしない、と思いたい。
と、身体が火照ってくる。うん、相変わらずワンテンポ効果は遅れて来る。今は元気なのであまり変化は感じないが。
「もし飲めなかったら、無理しなくて良いからね。あと、飲んで少ししてから、身体がポッポって熱くなるけど、お薬が効いた証拠だから安心して」
俺はグラスをアリアに差し出した。アリアは少し困った様な顔をしながら、グラスを両手で受け取った。
「シューッヘがいうなら、のむ」
と、アリアは口では言ったが、普通の水を飲む様子では無い。恐る恐る、と言った感じで、手も少し震えている様に見える。
ゆっくり、口元にグラスが近づいて……飲んだ。一口飲んで、口を離した。ダメだったか……?
「これ、おいしい! あたし、すき!」
俺の目を見てニコッと笑う。うわなにこの反則級の可愛さ。抱き締めたいんですけど。
そんな俺の動揺をよそに、アリアはグラスを再度口に運び、グビグビと一気に飲んでしまった。
「すぐ身体が熱くなると思うけど、心配は」
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然アリアが叫んだ。持っていたグラスは床に落ちて粉々に割れた。
アリアは全身をガタガタ震わせながら苦悶の表情を浮かべ、その後すぐ顔を床に向けた。
「どうした! 奥方様が叫ばれた様だが」
「分からない! エリクサーを飲み干して、少ししたら!」
アリアは両腕で自分の身体を抱きかかえる様に、いや、押し潰す様に、ぎゅうっと締め付けている。
下を向いてしまっているので表情は見えないが、さっきの叫びからして、尋常で無い何かが起きているのは間違いない。
「フェリクシア、原因、調べられる?!」
「今やってみる。[イン・ビュー][マギ・アナライズ]!」
そうしている間も、アリアは苦しそうに唸り声を上げている。
俺は、もしかしたらとんでもない失敗をしてしまったのではないか……?
「アリア! 痛いのか?! それとも、苦しいのか?!」
俺が呼び掛けても、アリアはその身を締め付けながらうぅぅと唸り声を上げている。顔も上げてはくれない。
「フ、フェリクシア! 原因は分かったか!」
「マギの流れが異常に活性化している。マギ・エリクサーならともかく、エリクサーで起きるはずの無い反応だ」
「なにか、なにかアリアの苦しみを和らげる方法は無いのか!」
「効くかどうか分からないが、精神の緊張を解く強い魔法を使おう。[レベルスリー・メンタル・リリース]」
フェリクシアが魔法を唱えると、柔らかいピンク色の光がアリアを包み込んだ。
魔法が効いたのか、アリアの唸り声が止まった。しかし額には冷や汗の様な汗がびっしょりだ。
「アリア! アリア!」
俺は頭がゴチャゴチャになってしまい、アリアの名を呼ぶことしか出来なかった。
何度呼んでも、アリアの視線はこちらを向かない。床を向いたまま、自分の身体をキツく抱き締めている。
「ご主人様。ひょっとするとだが、今奥様は『急成長』なさっているのかも知れない」
「え、急成長……?」
「そうだ。ウロボロスの瞳で失った知性・知能・その他の、即ち脳が司るものが、一気に回復をしていると考えると、合点がいく」
「この、アリアの苦しそうな姿も……?」
「うむ。思春期などの急成長期に、一時的に心身のバランスが崩れる事があるだろう。それの、相当苛烈なものではなかろうか」
「そ、そんな……俺がアリアの回復を焦ったばっかりに……!!」
アリアの苦しむ姿が、とても見てはいられない……俺の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。
「ただ幸い、エリクサーはあくまで『全快に戻す』薬だ。全ての脳の機能が戻れば、苦しみは消えるだろう」
「で、でも! 今こんなに苦しそうで、それも俺のせいで! どれだけ続くかも分からないしっ!!」
「シューッヘ、落ち着くんだ。急成長しているのであれば、成長が終われば、奥様は完全に回復した姿に戻る。一時の苦しみは、耐えてもらうしかない」
淡々と語るフェリクシアの口調に、俺の頭の熱さが少し冷めるのを感じる。
もし急成長でなかったら……? もし、何かの都合で毒だったりしたら……?
俺は次々浮かんでくる不安に、頭を思い切り振ってそれらを払いのけようとした。
「見ろ、既に奥様の身体の震えは止まった。唸りもかなり治まった。汗が酷いからタオルを持ってくる。着替えも必要かも知れないな」
サッとその場から廊下へと消えていく。
俺には……見守ることしか出来ない。不甲斐ない。俺に出来る事は、何も無い。
俺が変な思いつきをしなければ。時間がどれだけ掛かっても、自然に回復するのを待っていたなら……
フェリクシアが、数枚のタオルを抱えて戻ってきた。
「アリア、額と顔を拭くぞ、目を閉じてくれ」
フェリクシアは、タオルを軽く押しつける様にして、アリアの顔を拭う。
「アリア、聞こえるか? はい、いいえだけで、首を振って答えられるか?」
フェリクシアが言う。するとアリアは、少し首を震わせながら、ゆっくりだがその首を縦に振った。
「ご主人様、アリアはもう大丈夫だ。今はまだ急成長のショックの真っ只中だが、最低限の意思疎通も出来る。ご主人様の策は間違っていない」
フェリクシアが俺の肩をポンと叩いた。俺は頷いた。
「アリア、身体に痛みはあるかい?」
アリアの首が縦に振られる。YESだ。
「頭も、痛いかい?」
YES。
「さっき飲んでもらったのは、エリクサーだよ。エリクサー、分かる?」
これも即答でYESだった。
間違いない、アリアの知能は回復してきている!
「今アリアは、エリクサーで急成長して、以前の状態に戻る途中なんだ。今の辛さ、耐えられる?」
返答は……少し迷ったのか、遅れて縦に振られた。
「光がまぶしいとか、部屋が寒いとか、椅子が辛いとか、そういう不快感はある?」
YES。
「光?」
YES。
俺は即立ち上がって、魔法行使の準備に入った。
ひたすら魔力を放出する。更にその形状を操作して、俺とアリアを包むドーム状に溜めていく。
「[結界生成 侵入する光の5分の4を吸収]」
フッと周りが薄暗くなる。辛うじて色が見える位の暗さになった。
アリアは、大きくフーッと息を吐いた。さっきまでハッハッと細かい呼吸だったが、光の刺激が強かったようだ。
「他にして欲しい事はある?」
その問いに、アリアは首をゆっくり横に振った。
光を大部分遮断した事で、アリアに落ち着きが出た。荒れていた呼吸が、かなり穏やかになった。
薄暗いので呼吸音くらいしか様子は計れないが、今はちょっと深呼吸気味に、大きく息を吸っている。
「アリア。もし大丈夫だったら、顔を見せてくれる? 顔色、見たいんだ」
YES・NOで応答が出来るところまで「復活」しているならば、簡単な行動くらい出来るかも知れない、そう思って言った。
アリアは相変わらす自身の身体を腕で締め付けてはいるが、ゆっくり、顔を上げて俺の方を向いてくれた。
アリアの顔色は、思った程には悪くなかった。寧ろ熱でもあるのか、少し赤みが強く見えた。
表情は、とても辛そうだ。身体を自分で締め付けていないといられない程だから当たり前なのかも知れない。
目の周辺に凄く力が入っている。今気付いたが、歯も食い縛る様に固く閉じられていた。
「アリア、不安だね。怖かったね。でも、もう大丈夫。今の辛さが終われば、これまで通りに戻れる」
俺の言葉を、しゃべる様子を、アリアの視線がしっかり捉えていた。
さっきまでの何処かふわついた視線とは違う、物をしっかりと見る目線だ。
俺の言葉に、アリアは目を閉じつつ頷いた。今の辛さ……これはいつまで続くんだ。
「ご主人様、奥様のご様子はどうだ。何か飲み物でも持ってくるか?」
「アリア、何か飲む? 温かい物とか」
俺が言うと、アリアはゆっくり口を開いた。
「……冷え冷えの、果物の、ジュースが欲しい……」
声はか細く、かすれた様な声だったが、アリアはしっかり自分の意見が言えるまでに復活した!
「フェリクシア!」
「うむ、果実のジュースだな。奥方様は高山リモージをお気に召していたので、それを絞ろう。すぐ作ってくる」
結界の中からだとフェリクシアはほぼ影でしか見えないが、スッと来てサッと去って行ったのは分かった。
高山リモージか。ちょっと俺の苦手な、酸っぱい方のリモージだよな。高級品の。
フェザーンリゾートに遊びに行った時に初めて飲んで、それ以降は避けてる。リモージは、俺のは普通のリモージにしてもらっている。
「アリア、身体を凄く強く締め付けてるけど、その格好の方が楽?」
「違う、の……身体中が、痛くて、こうしてないと、耐え、られなく、て」
ぶつ切れの言葉が余計に痛々しい。それ程までに苦しい思いをさせてしまった俺は……
待てば良かった。3週間でも1ヶ月でも2ヶ月でも。アリアがアリアのタイミングで回復するまで。
俺が焦ったばっかりに、アリアにこんな苦しみを……
「シュー、ッヘ……あなたを、責め、ないで。あたしは、大丈夫、だから……」
表情に出てしまっていたのか、アリアに逆に心配されてしまう。相変わらず俺は……
薄暗い結界の中、アリアは今でも時折呻き、歯を食い縛るガリッと言う音すら鳴りもする。
「ご主人様、この結界は中に入っても大丈夫か? リモージジュースを持ってきたのだが」
「あ、あぁ。この結界は光だけ吸収する結界だから、大丈夫」
外からの声に答えると、フェリクシアが薄暗い中に入ってきた。
手には「トレー・ピッチャー・グラス2つ・コースター2つ」という『2人前様フルセット』。ピッチャーの中身はジュースだ。
かなり薄暗い中だと言うのに、テーブルの上に素早く持ってきた物を配置するフェリクシア。さすがだな。
グラスにジュースが注がれると、フェリクシアはその手でジュース入りのグラスをアリアの前に持っていった。
「どうだ、持てそうか? 持てなければ、そのまま口を付けてくれて構わないが」
フェリクシアが言うと、アリアは締め付けていた自分の腕を、ゆっくりとした動きで解いた。
身体の痛みは続いているのか、フリーになった手は震えている。それでもその震える手で、フェリクシアが差し出していたグラスを手に取り、口に運んだ。
「んん、……はぁ、生き返る……」
切なげに言うと、気が抜けたのかグラスを持つ手が緩みかけた。落ちそうになったグラスをフェリクシアが素早く支える。
「もう少し飲まれるか? 奥様」
「うん、喉がすごく渇いてて」
再びグラスがフェリクシアからアリアに渡る。今の一口で、随分回復した様で、グラスの持ち方がしっかりとしていた。
グラスをグッと傾けたアリア。あっという間に飲み干し、おかわり、と言った。フェリクシアがすぐピッチャーから注ぐ。
そのおかわりも、また一気に飲んでしまう。おなかちゃぽちゃぽにならないか? とは思ったが、さすがに3杯目は無かった。
「ふわぁ、何か元気出て来た。頭もスッキリしたし。まだ身体が少し痛むけど」
「アリア? もう元通りの、アリア……?」
恐る恐る問う俺に、ニッコリとしてアリアが言った。
「多分元通り! 凄く元気! とってもスッキリしてるの、今。生まれ変わったみたい!」
……事実生まれ変わってますがな、とはツッコめなかったが、アリアの復活に俺は心から安堵した。
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