第60話 女神様の特訓 ~英雄と神の戦い~
【残酷表現 注意】
「ハァッ!!」
フェリクシアの気合いが、離れたここまで届く。
フェリクシアはレーザーとその反撃との合間に更にナイフを抜いた様で、今は二刀流で攻めている。
『近接戦闘の仕方としては悪くないわね。ただ、武器が脆すぎるっ』
女神様がその金杖を大上段から振り下ろした。それをフェリクシアは、離れるのでは無く更に女神様に接近し、ナイフをクロスにして受けた。
激しい金属音が響いた直後、カラン、と乾いた音がする。よく見ると、右手側のナイフの刀身が、根元近くで折れてしまっている。
「ちぃっ!」
更に背中からナイフが出るが、どんどん短いナイフになっている。これではジリ貧だ。
「フェリクシアあっち側へ下がって!」
俺は指差し指示する。もうこうなれば、相手が誰だなんて関係無い、本気で行くしかない!
「[スポットライト状光線 光線域ガンマ線に固定 出力100キロワット]!」
俺は女神様に向けて、俺の最強の一手である放射線を放出した。
女神様は……変化が、ない? 出力が足りなかったか? いや、人であれば、フェリクシアの、アルファの時よりは強い出力のはずだ!
『亜空間や宇宙空間を行き来する神という存在に、放射線が効くと思ったのかしら? 愚かね、代償よ。[遠赤外線 照射]』
また来る……と思ったが、うっ?! の、喉が、肺が、や、焼ける?!!
俺はその場に膝から崩れた。時空魔法で……、……、……?!
(声が、出ない……?!)
肺が焼かれたからか、声帯が焼き切れたのか、何を唱えようとしてもヒューヒュー言うだけで言葉にならない。
マズい、マズいマズい、時空魔法が使えなければ、俺は生涯このままになりかねない。それに今も戦況は動いている、次誰かが死に瀕したら、詰む!
『特別サービス。詠唱に頼らず魔法を行使しなさい。古代魔法でその感覚は身につけたはずじゃないの?』
はっ! そ、そうか。別に古代魔法だから詠唱が要らない、って訳じゃ無くて、本質的に『詠唱は要らない』んだ。要るって事になってるだけで。
そうとなったら急がねば、時空魔法は戻す時間の長さでどんどん使用魔力が上がっていく、今すぐだ!
([時空魔法 俺の身体の状態を25秒前に戻す])
俺の周りに光が降り注ぎ、喉の言い知れない乾きも、肺の苦しさも、瞬時に消えた。
『ほらほら、ボンヤリしている場合じゃ無いわよー? ヒーラー役で留まるならば、それ相応の仕事しないと』
ハッとして前を、女神様の方を向くと、そこには目を覆いたくなる光景があった。
女神様の金杖が、深々と腹部に突き刺さり、そのまま杖で持ち上げられている、ぐったりしたフェリクシア。
「うわああああああああ!!」
俺は無我夢中で駆け出した。フェリクシア、フェリクシア、フェリクシアぁ!!
しかしそんな俺をあざ笑うかのように、女神様は串刺しのフェリクシアを右へ左へ振り回し、俺はフェリクシアに触れられすらしなかった。
俺は思わず腰の短剣を抜き、杖に斬りかかった。フェリクシアのナイフでは火花が散った神の杖も、星屑の短剣の前にはスパッと切断された。
「フェリクシア!!」
ドサッと地面に落ちたフェリクシアの目に、生気は無い。間に合うか?!
「[時空魔法 フェリクシアの状態を1分前に]!」
『魔法破壊』
俺は思わず言葉の主に目を向けた。
魔法は、発動した直後に消えたようで、わずかに舞い散った光だけがその残渣となっていた。
「じ、[時空魔法 フェリクシアの状態を1分前に]!!」
『魔法破壊』
ま、まただ。こ、このままだと、フェリクシアを、フェリクシアを失う!
考えろ、考えろ俺! 今この場からは動けない、フェリクシアの命は、恐らく本当に瀬戸際だ。
けれど、時空魔法を使うと、魔法破壊の魔法を使われる。その魔法を止めるか破壊するか……
そうか!!
「[時空魔法 フェリクシアの状態を1分半前に]! 汎用反魔法起動!!」
俺は時空魔法を唱えてすぐ女神様に向け翻り、手にしていた短剣を上段から中段に構える様に振って、切っ先を女神様に向けた。
『正解。汎用反魔法の魔法阻害は、およそ30秒続くわ。その間、私はあらゆる魔法が放てない』
そう言うと、女神様が歩いて近づいてきた。
俺は思わず身体をすくませたが、女神様はフェリクシアの落下の際に抜け落ちた杖の先を回収して、元の位置に戻っていった。
「う……ご、ご主人様。また私は、手を煩わせてしまったか……」
「フェリクシアに命じる! ヒューさんの辺りまで後退、後方よりの魔法攻撃に専念、加えて俺の結界が完成するまでの間、仲間と、お前自信を……絶対に守ってくれ!」
「かし、こまった」
フェリクシアは、時空魔法で万全に戻したはずなんだが、フラフラしながら下がっていった。
俺はそれを見届け、すぐ女神様に向き直った。短剣を、最強の魔剣を正面に構えて。
『あら、あんたまで接近戦? 結界の訓練なの、分かってる?』
「分かってます! けれど、俺はまだ、結界魔法で自由が利かない。俺がこの、女神様の杖を切り裂く短剣で斬りかかれば、女神様は結界で守るでしょう。そこから俺は学び取ります!」
『それは殊勝ね。だけど、あんたの相手をしながら後陣を攻撃するなんてたやすい事よ? 回復の切り札がこんなに突出して、本当に大丈夫? 後悔しない?』
「……行きます」
俺はワイバーンブーツに意識を向け、敢えて天井にぶつかるような角度で、全力で飛んだ。
一瞬で距離は詰まる。短剣は正面に構えたままだが、飛んだ角度が角度なので、女神様の右目に短剣が迫った。
その瞬間、女神様の右目の少しだけ前に、板状の結界が生じた。結界の守りに突き立つ星屑の短剣が、ギギギギと嫌な音を立てる。
そのまま俺は飛んだ勢いを利用して、床方向に向けて短剣を切り下げた。女神様の衣服に迫る、また結界に阻まれるかと思ったが、刃は確実に、女神様の身体を捉えた。
『つっ!』
そのまま後ろに少しよろめいた。痛そうな顔をしていた。女神様のワンピースが、切り裂かれた所から、血の色に染まっていく。
強引に着地した俺は、更に地を這うように前のめりで低くなって飛んだ。狙うは足首、ふらついて前に出ている足に刃を当てに行く。
と、そこにもまた円形の結界が生じ、押し込む力と拮抗しギギギと鳴った。それを確認してすぐに、俺は軽く脱力して刃を結界の上で滑らせ、奥の足に刃を通した。
今度も短剣は見事に女神様の足首を切り裂き、一瞬だが白いものが見えた。骨、だろう。神様にも骨はあるんだな。そう考えるだけの余裕は出来ていた。
『くぅっ!』
まだだ。手を止めれば、後方が攻撃される。俺は意識した、高圧ガスを。両手、両足に、そして胴体にも、高圧ガスが吹き込んでくる様を描き、そこに魔力を載せる。
そのまま、立ち上がる力を利用して、床と水平に跳んだ。女神様の真横を抜ける様に。星屑の短剣にも同様に、高圧ガスの様にして魔力を突っ込みながら。
「覚悟!!」
俺が女神様の真横を豪速で通過するタイミングで、星屑の短剣をフルスイングした。手応えはあった。
かなり離れた位置で着地し、すぐ俺は振り返った。女神様は大きく抉り取られた脇腹に手をやりながら、後陣にもう片方の手を差し出していた。
「しまっ、間に合え反魔法!」
俺は短剣を振り上げ、それを下ろし掛けた時に悟った。
間に合わない、と。
後ろ向きの女神様が差し出した右手から、尋常では無いエネルギーが発された。
光でも無く、火でもない。強いて言えば光の大蛇の様な正体不明の力の奔流は、女神様の手が光った瞬間には既に、着弾をしていた。
俺は星屑の短剣を振り下ろした。反魔法が発動され、そのエネルギーもまた消えた。
猶予は30秒しかない。俺は再び全力で跳んだ。
後陣に着地すると、辛うじてフェリクシアと、その後ろにいたヒューさんは無事だった。
フェリクシアの前には、色の違う結界が2枚。その手前には、ガラス質の、結界だったろう物が散乱している。
アリアは?! 俺はアリアを探して左右を見回して……見つけ、た。身体が、ぐちゃぐちゃになってしまっている、アリアを。
駆け寄った。
余計にその身体の損傷が、まさに致命傷である事が、分かってしまった。
「ア、アリア……アリアーー!!」
俺は叫んだ。ありったけの声で叫んだ。声はこだまし、部屋中に響いた。
「今戻す、アリア!」
『それは許さない。その娘は既に死んでいる。私の前でその娘は生き返らせない』
「ならば貴様を討つのみだぁっ!!」
反転し、飛び出し掛けた俺の腕を、誰かが強くつかんだ。
「!! ヒ、ヒューさん?! 何を?!」
「シューッヘ様。女神様がなさったことにございますれば、これがアリアの天命、寿命でありましょう」
「そんな事はない! 俺が女神を討ち取れば、死んだ後はダメだなんてルールは言わせない!!」
「シューッヘ様! 暁の女神様と真に敵対したならば、人間全てが滅びます! アリア一人の命と、この星の全ての人間と! 英雄ともあろう御方は愛だ恋だに引きずられ、大局を見失われるか!!」
パーンっ、と俺の頬が叩かれる。
……暁の女神……この世界を、残すか潰すか決める、神……
俺は、力を失ってその場に崩れた。
目の前には、アリアの遺体。さっきまで、あんなに元気だった、アリアの。
「アリア……アリア、アリアアリア、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は前のめりに崩れたまま、地面を叩いて泣き叫んだ。
「ご主人様、申し訳ない。距離があった奥様の事を、守れなかった」
「ううう、ぅぅぅううううぅぅぅぅぅぅ……あああぁぁぁ」
「アリアの事は、一生を掛けても、償う。私の事はどのようにしてくれても構わない。殺しても、それで気が晴れるのであれば」
「そんなこと……そんな事、無意味だっ! アリアは、アリアは死んだんだ! もう帰ってこない! もう、もう……」
俺はせめてアリアの顔が見たくて、もう少し近づいた。
首はあらぬ方向にねじ曲がり、床に伏している上半身と、天井を向いてる下半身と。辛うじて背骨と、幾つかの血管なのか神経なのかでつながって……
痛かっただろうなぁ……こんなに、こんなにも、こんなにもしなくて、いいじゃないか……
「あああああああああああ!!」
俺がもう一度叫んだその時だった。アリアの遺体の首の下辺りから、黒い光の様な、不吉ささえ感じる煌めきが生じた。
次の瞬間、強い漆黒の閃光が眩く輝き、目の前が一瞬真っ暗になった。思わずつむった目を開いた時には、その光は消えていた。
アリアのいた所にアリアの遺体はなかった。代わりに大きな塊があった。卵のような、片方の先が尖った形状だが、地球の恐竜の外皮の様な、ゴツゴツした表面の、何か。
その表面には、蛇がうごめいているかの様な、太い血管のような物が何本も浮き出ていて、それが拍動している。不気味でしかない。
俺が困惑しつつも目の前の「アリアだった物」を見ていると、ふと背後にゾクッとする存在感を感じた。
俺はとっさに身体を捻ってその卵を背にし、見上げた。片方の手で、ぽっかり抉れた脇腹を押さえる様にしている女神様が、そこに立っていた。
「あ、あ……」
『どきなさい、シューッヘ』
無表情なその顔から発せられた言葉に対して、俺は言葉が出せなかった。立て膝になっていた膝も、ガクガク震えだした。
けれど俺は精一杯、アリアだった物を守りたくて、必死に、ただ必死に、首を横に振った。
『シューッヘ。一度だけチャンスをあげるわ。今から私が今からソレに魔法攻撃を仕掛ける。防ぎなさい。一度きりよ』
そう言った女神様が、フリーになっている左腕をゆっくりと持ち上げた。
俺はもう、ただ首を横に振ることしか出来なくて、声も出せなくて、必死に目で訴えるくらいしか出来なかった。
『もう一度だけ言ってあげる。これがラストチャンス。あなたが私の攻撃を防げなければ、それで終わり。構えなさい英雄。むざむざ愛する人を失うつもり?』
俺は、ラストチャンスという言葉に、本当にこれが最後の機会なんだとようやく理解が追いついた。
なんでアリアが卵になってるのかは分からない、けれど、この卵を割られたりしたら、それは本当にアリアの死を意味するんだろう。
……護る。何がなんでも、絶対に。
「全てを吸い込む絶対の漆黒、来い! [超・絶対結界]!!」
俺が手をグッと前に突き出して叫んだ瞬間、俺の目の前に真っ黒な壁が出現した。壁が遮蔽となって、女神様の姿は見えない。
俺が意識したのは、ブラックホール。但し本当のブラックホールを万が一作ってしまうと、星ごと重力に潰されて何も残らない。
あくまで敵の方に向けてだけ莫大な重力が作用し、ありとあらゆる攻撃だろうが魔法だろうが、板状の重力場に飲まれる……それをイメージした。
結果は、どうだったのか。
俺はまだ魔力を籠めて「超・絶対結界」を維持していて、漆黒の壁の向こうは見えないので、分からない。
女神様の攻撃は、まだ来ない。結界に阻まれたと考えるのは、軽率だろうか……
「シューッヘ様! 結界をお止め下さい!」
声に向くと、ヒューさんが片身を結界の向こう側にやっていた。
「ま、まだ攻撃があるかもっ」
「それどころではございません! とにかく速やかに結界を!!」
ヒューさんの声の調子が、どうも尋常では無い。
俺は口先で、マギダウン、と唱えた。結界は霧散した。
しかし結界があった向こうに、女神様はいなかった。




