第19話 伝承に残された事を試すのは分かるけれど、もう少し現代的にマイルドにアレンジして欲しかった。
ヒューさんに尋ねた。
この世界の教会は皆あんなに質素なのか、と。
するとヒューさんは、少し渋い顔をしながら話し出した。
「教会は……昔からの姿と質素さを維持しておるのはあの教会、レリクィア教会くらいなもので、他の教会は何処も彼処も、質素倹約の精神を忘れ去ってしまった所ばかりでございます。
この城塞都市でもあるローリスには、15ほど教会がございます。されど、残る14の教会は、とにかく派手に聖像を飾り立ててみたり、最悪な所になると『回復所はこちら』などと商業看板を出しております」
ん? 回復所?
回復魔法は、ガルニア聖王国とかいう国に独占されてるってフライスさん言ってなかったっけ?
「回復所って、回復魔法が使える人がいるんですか?」
「はい。ガルニアより司祭が派遣されております。ガルニアの信仰神であるセント=サルヴェイスと、我らが女神様サンタ=イリア様が合祀されており、メインはサルヴェイス神、建物の中の、端の小さな一室に、小さなサンタ=イリア様の像があり……というのが現状です」
「サンタ=イリア様の国なのに、教会のメインはイリア様じゃない、と?」
「左様にございます。唯一の例外が、あの初めの教会と伝承の残る巨石の教会、レリクィア教会。レリクィア教会に、セント=サルヴェイスの像はございません」
唯一、この国的に『純粋な』信仰を保っているのが、わずか1箇所。
教会って、それに神様って、地球とは違って「超重要」なんじゃないの?
「レリクィア教会では、サンタ=イリア様を、一応何か問われた時には主神として答えられる程度には、崇めております。
ですが、聖職者達だけが礼拝をする最奥の礼拝堂には、サンタ=ペルナ様の像がございます。この国の建国が、サンタ=ペルナ様の御業による事を決して忘れないように、と」
うん、思った通りだ。文化レベル的にも、魔法の様な不可思議なものの存在からも、神様の重要性は地球とはかなり違う。
となると、俺もお祈り位はしておいた方が良いな。
「ヒューさん。レリクィア教会の、ペルナ様の所でお祈りを捧げたいんですが……」
「シューッヘ様の主神様は、サンタ=ペルナ様でしたな。先方の大司教殿に話を通します故、明日の昼前でよろしいでしょうか」
「もちろんです。大司教様によろしくお伝えください」
こうして俺は、転移の間ぶりにペルナ様の御姿(の像だが)を拝見する事になった。
***
翌日。地球で言えば「午前中」だが、ヒューさんがそういう区切りで時間を表した事は今までにはまだ無い。
昼前、日中、夕餉前、夜。そんな感じで表現をする。不便じゃないのかなと、地球出身者としては思ってしまう。
で、今は教会の目の前に、圧倒されて棒立ちで立っている。
「これが、レリクィア教会……」
近付いて見ると、俄然そのスケールに度肝を抜かれる。
お城から眺めても「巨石だなぁ」とは思っていた。
けれど実際近付くと、地球で言えば海運用のコンテナの2倍くらいの高さ・横幅があり、それを組み合わせたような構造になっていて、そこに入口がある。
入口は真ん中の石をくりぬいて作ったのか、手掘り感満載だ。屈んで入るくらいの高さで、ここからだと、その中は真っ暗にしか見えない。
「レリクィア教会には、面白い伝承がございましてな」
と、先行くヒューさんが入口の石の部分を軽く叩きながら振り向いた。
「さて、これは誰が作ったのであろう、というお話しです」
「誰がって……え、もしかしてこの建物、神様が建てたとかですか?!」
「さぁ、実際にはどうなんでしょうか。ただ、ローリスが城塞都市を建設する前。最初のローリスの民が散り散りになって1,500年ほど後。
新たにローリス開発の先遣隊がこの地を調査した時には、既にこの巨石群はあった、と伝えられています。それを教会にしたのは、その先遣隊の子孫達にございます。
故に、両女神様の像がございます」
1,500年前からある教会、しかも建国前からある素材で……
「では、中に入りましょう。礼拝日でないと通常は入れませぬが、シューッヘ様がお越しとなれば話は別、既に総司教殿に話しを通してございますので」
「あ、ありがとうございます」
「多少天井が低うございますので、頭にお気を付け下さい。中は暗闇ですので、左の鎖づたいにお進みください」
ヒューさんの後について、真っ暗な教会の中へ入る。
地球でも、寺院に「胎内巡り」と言う真っ暗なところを歩くというのがあったが、それ並みに真っ暗。
左手に触れている鎖が無ければ、まるでどうにもならない。
カチャン、カチャと音を立てつつ進むと、前方の道が左に曲がっているのが見えた。
左奥の方から、ろうそくの明かりとおぼしき光が暗闇を照らしているからだ。
「お邪魔しますぞ、総司教殿」
「おお、ヒュー殿。お待ちしておりました。後ろの若者が……?」
「そう、この若者こそ、サンタ=ペルナ様の御寵愛を受けし救世主様です」
ヒューさんが凄い持ち上げてくる。ただ、それも今までの調子で少し慣れては来た。
室内は狭く、少し屈まないと立ってはいられない。ろうそく1本だけの明かりで、決して十分な明るさではないが、目が慣れたのか室内は見通せた。
総司教様? とヒューさんが声を掛けた人物は、白い光沢のある薄物のローブを身につけ座った老人。
総司教様の前には小さなテーブルがあり、開かれた書物があった。読書をして待っていたのだろうか。
ろうそくと、本と。それだけがあり、またそれだけしか乗らない程、小さな机。
ちょうど日本のサイズ感で言うと、ベッドサイドテーブル位の大きさだ。
「総司教様、シューッヘ・ノガゥアと申します。今日は礼拝を受け入れて頂きありがとうございます」
「シューッヘ様と申されますか。お会いして早々失礼ながら、一つ試しても宜しいですか?」
「はい、俺で分かることなら、なんなりと」
と、答え終えた瞬間だった。
俺の喉元目がけ、短いナイフが飛んできたのがギリギリ見えた。
見えた、が……それ以上もうどうしようもない。のけぞるにももう遅い、避けるだけの素早さは元々無い、飛んでくるナイフが少しゆっくりに見えてきて、俺はもうダメだと諦めた。
が、次の瞬間。
キィィーン、とやけに甲高い音がして、それからカランカランと、ナイフが石の床に落ちる派手な音がした。
一瞬遅れて危機が去った事が理解出来、総司教を見ると、その手はナイフを投じた形のまま、俺の首元に向いていた。
「総司教殿。これでそなたも信じて頂けますか、この方がまさにそうだ、と」
「うむ。疑いようのない、伝承通りの出来事を目の前にし、ついに時が来たと」
二人はなにやら納得でもしているかのような調子なんだが、いきなり総司教から投げナイフの洗礼を受けて、何故か刺さらず無傷で、無傷だからってすっごいびっくりしたのに二人ともなにこの態度?!
「あの。総司教様。今のナイフは、一体どういう意味ですか」
ちょっとさすがに頭に来ていたので、問い詰める口調が自然と出た。
「救世主様。尋常ではないご無礼、平にお詫び申し上げます。
伝承によると、サンタ=ペルナ様の御寵愛を受けし3,000年前の建国の祖であり、この世界の救世主様であるイスヴァガルナ様。彼には如何なる攻撃も通じず、魔物の炎、鉄槌、死の鎌さえも、救世主様の肌を傷つけることあたわず、との事でした。
故に、もし貴殿が同じく救世主様ならば無傷で済むはず、と」
……理由は一応分かった。
けれど、沸々と煮える怒りは収まらない。
「理由は分かりました。けれど、それだからと言っていきなり喉元にナイフを投げつけて良いって理由には到底ならないと思うんですが」
「失礼は承知にございます。お怒りが解けざるなら、我が命をもってしてお許しを請い申し上げるも辞さず」
うぐ。これを言われると、穏便がモットーな日本人の俺は弱い。
俺が怒ったからと言っても、命で代償を払わせる、というのは、どうにも俺の感覚的に無理だ。
「総司教様。俺は、命で償うという言葉は大嫌いです。人の命はそんなに軽いものじゃない。謝罪のお菓子の代わりに首を持ってこられても、気分も良くないし怒れる気持ちが収まる訳でもありません」
俺にしては珍しくちょっと熱くなって話しているのを、総司教様は伏せがちな目で、特に頷きもせず、じっと……聞いているのかそもそも。
何の反応も示さない総司教の態度に、さっきのナイフの洗礼がまた思い出されて、余計にムカムカしてきた。
「もし俺が救世主様の生まれ変わりだったらどうするって言うんです。俺は俺、野川修平です。シューッヘと呼ばれるのも慣れたけれど、名前すらマトモに発音してもらえない、ただの部外者ですよ。
そんな部外者の俺が、ひょんなことから女神様とご縁があって、救世主様とやらと同じ『不意打ちできないスキル』みたいなものを持っていたとして、それで何です? 何をさせたい? 一体何なんですか」
つい詰め寄りながら言う俺に、ヒューさんが俺と総司教との間に割って入ってきた。
「シューッヘ様、いや今日まで失礼を致しました、ノグゥァシュウヘェゥィ様。お怒りはごもっともなれど、これには深き理由があるのです。どうかこの爺に、説明をさせる余地をお与え下さいませ、ノギュアァシュッヘゥェィイ様」
「……いつも通り、シューッヘで良いです」
ヒューさんが、薄明かりでもハッキリ分かる程、汗をかいて必死になって、俺の機嫌を何とかしようとしてくれる。
最初の出会いで俺の名がシューッヘになってしまったのも、一生懸命改めようとしてくれているのだが、確実に本気で一生懸命なのが伝わるのだが、発音がまとまらない。
これではヒューさんが俺に話しかけるのに、かなり支障が出てしまう。直ることを少し期待したが、やめた。
「ヒューさん。1つずつ説明してくれますか」
「はい、シューッヘ様にご理解頂けるまで、1つ1つ全て丁寧に説明致します」
俺は頷いた。何だか俺、偉そうだな。
内心嫌だけど、この場面で弱腰になるのはもっと嫌だ。
「総司教様は俺に突然ナイフを投げた。救世主の生まれ代わりか否かを判定する目的であれば、他に手は無かったんですか。それにそもそも、救世主様って誰なんです?」
立て続けにまくし立てる俺に、ヒューさんは沈痛そうに頷き、そして話し始めた。
「まずは、救世主様がどういう方であったか、というところからご説明申し上げます。
我々ローリスの者が単に『救世主様』と申し上げる場合、この国を3000年前に建国し統治したイスヴァガルナ王の事を指します。
イスヴァガルナ王は、当時魔族の奴隷と化していた我ら人間を、支配していた魔族から全ての人類を解放されました。
そのイスヴァガルナ王も当初は魔族に使われるだけの炭鉱夫だったそうですが、ある日鉱山の中で鏡のように輝く女神像を掘り当てたと言われます。
当時の人類は、統治側の魔族の思い一つで、処刑されるもあり、喰われるもありと、絶望しか無かった時代でございました。
イスヴァガルナ王もまた同様の絶望の中、掘り当てた女神像に願ったそうです。この魔族支配が終わり、人間が人間らしく生きられる世界を、と。
すると、手のひらに収まるほどのその女神像から、女神サンタ=ペルナ様が御現れになり、イスヴァガルナ王に力を授けられた。
その力こそが、「敵意の結界」と「光線無尽」と呼ばれる力でございました。
敵意の結界は、その名の通り、敵意を持って為された攻撃を全て完全に自動防御する結界。
光線無尽、これは恐らく後世の命名かと思われますが、光を自由自在に操る力。
我らローリスの上層部、及びレリクィア教会は、時代が変わっても、どれだけ人が入れ替わっても、この伝承が消えぬように、今日の日まで伝えて参りました。
そして今日、「敵意の結界」を発現なされ、そして一昨日には「光線無尽」と見て間違いない御力を振るわれたシューッヘ様。まさに我ら救世主様の再来と考えております。
敵意の結界は、本気の敵意が無い攻撃は、そのまま素通しで通した、との伝承がありまする故、それを試すが為に、総司教殿は『真に殺す気で』ナイフを投じた。
そしてその殺気に見事に反応して、敵意の結界は発動し、シューッヘ様を守った。長くなりましたが、総司教殿がいきなりナイフを投げつけた理由にございます」
ヒューさんは言い終わると、総司教の方を向き、促すように顔をのぞき込んだ。
「……シューッヘ様、と仰いましたな、今代の救世主様。
我々が途切れぬよう言い伝えてきたことは、何も救世主様がまた現れる、という内容だけではございませぬ。寧ろ、その後が問題です。
伝承によると、新たにこの地に救世主が降りたった時、魔族か人間か、いずれか片方しか残らなくなる最後の戦いが始まる。そして最後の戦いで最後まで大地に立っているのは、魔族であろう、とございます」
最後の戦いが発生して、魔族が勝つ?
だったらそれって、既に「救世主」ではないのでは……??
思ったが、ひとまず口には出さず、まだ話したそうだった総司教の言葉を待った。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
皆様からのフィードバックほどモチベーションが上がるものはございません。
どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




