第57話 むさ苦しい軍議の末の、乾いてる湿気ってる論争。
「恐れ入りますシューッヘ様、ヒューにございます」
割とハッキリした声が、扉からリビングまで聞こえた。
普段は防犯上俺が玄関を開けることはダメってなってるのだが、相手が明白だから良いだろう。
玄関を開けると、ニコニコ笑顔のヒューさんが、両手に何か持っている。
片手には、箱みたいな頑丈そうなバッグ。もう片手には、化粧布が貼られた小型のケース。なんだろ。
「シューッヘ様、部屋にこれをお忘れになっておいででした」
と、化粧布のケースの方を俺に差し出してくる。
受け取って、チラッと開けて、ハッとした。中には星屑の短剣。あのゴタゴタですっかり忘れていた。
「これは、とんだ忘れ物をしちゃいました。ヒューさん、ありがとうございます」
「いえいえ、あとこちらはお話しのありました内容を含みそうな本です。中までお持ちします」
俺が受け取ろうとするも、ヒューさんの空いた手でもってその試みは阻まれた。
仕方ないのでヒューさんにそのまま持たせたまま、リビングに案内する。
「本ですが、さすがに『それだけ』に特化した本が無く、幾つかに分かれております」
リビングテーブルの上にバッグを置くと、中から4冊の分厚い本が出て来た。
その中の1冊は、背表紙の部分に斜めの焼けた筋が通っている。俺のやらかしだ。
「あぁぁ、これも随分上等そうな本なのに。すいません、ほんとに」
「本の価値は、中身にございます。装丁は、著者の趣味嗜好に過ぎません。お気になさらず」
と、それらの本を次々パッパと開いていく。既に俺が読むべきページの目星は付けておいてくれているようだ。
「こちらは、光魔法の上級以上の魔法一覧、こちらが天空の光に関する記述のあるもの」
本が俺の手元に寄せられる。なるほど、光魔法の上級以上という本は、字が小さくて簡単には読めそうに無い。
もう片方の、天空の光? の本は、見開きスケッチの様なイラストになっていて、パッと見で理解が出来そう。
「それにこちらは、この世界での光の性質の研究書、最後のこちらは」
と、背表紙に焼き傷が入った本をラストに俺の前に寄せた。
「伝承にある『光の御業』に類するものを記載した本。どちらかと言えば、宗教書に分類されます」
「このイラストの本で描かれているの以外は、ちょっと読むのに時間が掛かりそうです。借りても?」
「ええ、もちろん。是非ご研究頂いて、より良い魔法行使が出来ますことをお祈り致します」
恭しく頭を下げるヒューさん。いやいや、今日はヒューさんがゲストなんだからっ。
「ヒューさん、取りあえず向かいに座ってくれますか? 本のことも聞きたいですし」
「かしこまりました。それでは、こちらの椅子をお借り致します」
そう言って、真正面の椅子を使ってくれた。いつもフェリクシアが座っていた所だ。
……その「いつも」もまた、考え直さないと行けないのかも知れないな。
第一夫人は俺の横の方が良いのか? それともメイドだから、キッチン側になるあちらの方が良いのか?
考えるだに余計ややこしくなってしまって、何が正しいのか正直見当も付かなくなる。困る。
「まずその鉛筆画が印刷された本ですが、気象記録、と言っても良いかも知れません。本のタイトルこそ『空の光の研究』とありますが」
「へえ、空の光の研究。何処の世界でも、自然の観賞や記録をする人ってのは、いるもんなんですね」
「シューッヘ様の世界にもおられますか。やはり、大きな自然相手に、人間は小さきもの。そこから学ぶ事も、世界は違えど多いのでしょうな」
手元にその本を更に寄せて、じっくり見る。
ページをめくると、それぞれ見開きで、空と光の有様が描かれている。
「例えばシューッヘ様、このページの光のように、空から帯の様に攻撃性の光を落とす、などはいかがでしょう」
いきなりの攻撃魔法の提案。綺麗な光景の描写に見惚れていたから、その落差は大きい。
「えぇと……出来なくはないと思いますが、うーん、この規模だと、どの光を使えば良いのか分からないなぁ」
「どの光? 光には、幾つも種類が?」
「ええ。単に『見える・見えない』の部分って事もありますが、俺の世界では、紫より向こうの紫外線、赤より向こうの赤外線ってのが、見えない光のツートップでした」
「ほう。赤より向こう、ですか。確かに何色かと考えても、あまり想像は付きませぬな」
「そもそも見えないんで、何色とかってのは無い、って考えるべきかもです。赤外線は、出力とかによるんでしょうけど、物を熱します。紫外線は、強いと身体に有害です」
「見えない光に害があるのですか。それは、シューッヘ様の御業である『光』とは違うのですか?」
「アレは、厳密にはちょっと違って……光ではあるんですが、粒子なんです。目に見えないほど小さな」
「光ではあるが、粒子でもあると。つまり、光る粒子、でしょうか」
「とも違って、波と粒子の両方の性質があるもの、辺りでしょうかねぇ。俺も詳しい訳ではないので間違ってるかも。それで」
俺は改めて考えた。アルファ線、ベータ線、ガンマ線。放射線3兄弟。別口でX線とかの括り方もあるが、ひとまず気にしない。
「俺が使う光の粒子は、物を貫通するんです。これも3種類あるんですが、貫通力の弱い順にアルファ、ベータ、ガンマ線と、それぞれ呼ばれています。総称して、放射線と呼びます」
「戦いに於いては、それらを使い分ける必要があるのですか?」
「いえ、単に皆殺しにしたいだけであれば、一番貫通力が強いガンマ線でドカンとやれば、何かの陰に隠れていても、もれなく死にます」
「それはなかなかに……シューッヘ様の初陣の際に用いられたのも、そのガンマ線というものですか」
「はい。平地で遮蔽物も無かったので、別にガンマ線である必要もないんですが、一番攻撃性が高いのを選びました」
俺が言い終わると、ヒューさんがふむと声を立てた後、言う。
「では、貫通力が弱いアルファ線などは、建物の外のみ掃討する様な使い方が出来ますか」
「理屈上は。ただやはり目に見えないので、どこまでアルファ線が届いたか、届いてないのか、測りかねますね」
「すると、シューッヘ様の、いえ、女神様の御光を攻撃に用いるとなると、圧倒的な死を放射する事こそ真骨頂であり、細かい調整は難しい、ということでしょうか」
ヒューさんの分析が非常に的を射ている。放射線での攻撃はまさに、調整が分からない。範囲も厳密に区切れない。
放射線で貫通するとは言っても反射もしうるだろう、きっと。アルファ線だから柱の陰に安全域がある、と考えるのも危なっかしい。
いずれにせよ、放射線を喰らった全ての物質は、程度・タイプは違えど物質として変性する。生物なら、DNAのらせんが切断される。
「そうですね。大規模にドーンとやる分には幾らでも行けますが、細かく・小さく、となると、そもそも使えないです。だからこそ俺はレーザーを望んだ、ってところもあります」
そう。放射線攻撃だと、どうしても「点」の攻撃は出来ない。最低でも「線」、普通は「面」での攻撃だ。
狙う敵含む「面」を攻めきれば良いだけの戦いならば、ガンマ線どーん、でおしまいに出来る。
だが、その「面」の中の誰かを生き残らせたいとか、逆に面の中の誰か「だけ」殺したいというのは、放射線では難しい。
「なるほど、それであの細く真っ直ぐな光線を、新たに攻撃の手札に加えようとなさったのですね。合点がいきました」
俺の説明も何とか伝わったらしい。ヒューさんはうんうん頷いている。
「シューッヘ様のお話しを伺うに、放射線を扱う際には、御自身にも結界などの防御が必要かと思われますが、やはり必要ですか」
「はい、必要です。遠く離れた所だけに限定して放射線を当てるとかであれば、必要ない場面もあるかも知れません」
「ふむ……シューッヘ様の大規模攻撃はまさに大規模以外の何ものでもなく、敵・仲間の区別なく一掃する御業……途方もない御力です」
と、ヒューさんは張り詰めた感じの短い溜息を吐いた。
「ただシューッヘ様、これだけの力がある事が魔族側にも周知されれば、魔族側も無闇に戦端を開こうとは思いますまい。むざむざ餌食になるだけですから」
「その様に、考えてくれればありがたいんですけどね。魔族、って一括りに言っても、俺が知ってるのはサキュバスと、あとせいぜいイスヴァガルナ様のお話しに出てくる暗黒魔竜くらいなもので」
「昔の魔族はこの際忘れた方が良いかも知れません。オーフェン王の横に並び立つサキュバスの大臣も、単に魅惑の力だけでのし上がった訳でもないでしょう。それに……」
「……それに?」
「いえ、オーフェン外交使節団の非公式の報告書を読んだだけにございますが、サキュバスが言うに『魔王は作戦の失敗を知っている』と。魔族領からすれば相当な遠隔地であるのに、です」
「そう、ですね。オーフェンは魔族領から考えると……ローリスより遠い? ですかね」
「はい、遠うございます。それ故魔族が入り込む事すら無いと誰もが考えておりましたが……既にサキュバスが1体入り込んでおるのですから、他もあるやも知れません」
「どうなんでしょうね、そこは。あのサキュバス、サリアクシュナさんって言いますけど、サリアクシュナさんの口ぶりだと、他の魔族は、今回新たに砦を越えてきた連中だけ、の様ですが」
「それも攪乱の為、と考える事も出来ます。今の魔族が智略に通じているのであれば、幾ら何でも1体のサキュバスに国一つの陥落を任せるとは、少し考えづらく」
「なるほど、それは確かに。でも……もし魔族が他にいたとしたら、あの大使館の戦いに参戦しなかった事に理由がないです。
俺が参戦するまで、敵は遠距離でしたが戦線を維持していました。呼応して別方向から挟撃するとか、もしくは大使館戦のメンバーを個別に落とすとか、幾らでも『やるべきこと』はあったろうにとも思います」
「大使館の戦い……敵将アッサスが魔族であった、というのは、オーフェン国が正式発表として出しております。ただその仲間たる軍勢が、今もなおオーフェン王都から離れたルーカロット砦に、大挙している模様です」
「それも、どうなんでしょうね。アッサス将軍だけ、しかもあんな小規模の軍勢で、落とせる……高をくくってたのかなぁ。やるなら全軍で攻めた方が、間違いないだろうに」
「それは左様ですな。ルート的に、大規模な進軍で問題が生ずるケースには当たらず、軍勢を絞った理由が不明です。敵魔族はアンデッドであったと聞きましたが、可能性として、兵士の全てのアンデッド化が済んでいなかったのかも知れません」
「アンデッド化が済んでない? つまり、まだ中途半端な状態で、半分腐ってる、みたいな?」
「腐る、という表現は少々当たりませんが、アンデッドになりきるまでは、個体として脆弱だと聞いた事があります。やはり生死の境を向こう側に超えて初めて、アンデッドとして戦いにも耐えるのでしょう」
「うーん。国をまたいでの戦争状態は、俺にはちょっと荷が重いなぁ」
俺は椅子の背に体重を預けて大きく伸びをした。
と、そこへアリアが帰ってきた。
「何だか行き詰まってるわね、シューッヘ。ヒューさんはまだ余裕がありそうだけど」
何気なく言うが、まさにそうだ。昼前にこれだけの軍議は、まだ俺には重い。いっそ王様とか呼んでそっちに話投げたい。
「さすがに飲み物もナシで根詰めるのは良くないから、今お茶持ってくるわ」
そう言ったアリアはキッチンへの通路へと消えていった。
「シューッヘ様、失礼致しました。ご負担も考えず、べらべらと」
「あー、多分俺の方がこの位の負担には慣れないと行けないんだと思います。ホントの軍議だったら、もっと詰め詰めに詰めるでしょうし」
「そうですな……軍議ともなると、部隊単位での動きを全て、司令官は把握してこその軍議ですから、詰めますな」
「そう考えると、このメンバー程度が俺の最大単位なんだよなぁー……これより人が増えても、俺じゃ把握が追いつかない」
首を回す。固まっていたようで、ゴリゴリ言う。
「お待たせー、はいヒューさん」
ヒューさんの手元に、客用のカップが出される。使う場面は初めて見る。
「こっち、シューッヘのね。あたし、横座っても大丈夫?」
「あ、うん。話してる内容は」
言いかけた俺に、
「大体把握はしてるわ。アンデッド、乾いてるのなら、あたし大分見慣れたわよ? イオタさんが随分使役してたから」
乾いてる? ああ、骨の。
「俺がアッサス将軍の近くで見かけたのは、乾いてないアンデッドだったよ。あちこち穴空いてるのに動いてた。でも、魔導師を一掃したら、動き止まったな、そう言えば」
「えーそれって、イオタさんのアンデッドと違うね。自分では動けないのかな、その湿ったアンデッド」
アンデッドを乾いてるか湿ってるかで判断するのは、多分違う気がする。




