第55話 魔法レーザーの解説と実践 とその結果としての惨状
「ご主人様、レーザーと言うのは、さっき女神様が放たれた一直線の細い光の事なのか?」
女神様が去られた後の、ヒューさんの部屋。
ちょっとワクワクしてる様に見えるフェリクシアが、レーザーについて聞いてきた。
「レーザーは、単に直進する光って思ってもらえば良いかな。本当のレーザーは結構仕組みがややこしいから、魔法のは疑似レーザーにはなると思うけど」
「本当のレーザー? 光に本物と偽物があるのか?」
「うーん、光にってよりは、その作り方に、かな。でもこの世界で本物のレーザーは、少なくとも俺は作れないから、魔法レーザーが本物、でも良いと思うよ」
「フェリクシア奥様は、レーザーを使いたいと思うの? 光魔法への転換さえ出来れば、何とか出来そうに聞こえたけど」
なに? フェリクシア奥様ぁ? アリアが変なことを言うので、俺もフェリクシアも揃って変な顔になってしまう。
「奥様、それはあまり似合っていない。奥様は今まで通り、私の事を名で呼んで下されば良い」
「えーだって、第一夫人よ? 第二夫人が気を遣わないのも変じゃない」
「そうは言うが、突然『フェリクシア奥様』と呼ばれても、立つ瀬が無いぞ私は」
「アリア、それは当てつけか何かなの? フェリクシアも困ってるよ?」
「ううん、当てつけじゃなくて、ケジメ。やっぱり第一夫人って一番だから。二番以降は、それに従うのが通例だもの」
う、うーん。アリアの言いたい事は分かるんだが、フェリクシアの様子を見るだに『フェリクシア奥様』呼びは望んでいない。
と言って、アリアとフェリクシアに任せていても永遠そんな問答しそうだから、ここは……
「俺の、当主としての決定。アリアはフェリクシアを以前通りに呼ぶこと。フェリクシアも同様、以上」
俺が言うと、わちゃわちゃ言っていた女子2名は黙った。
と、椅子を立っていたヒューさんがほっほっと笑いながらこちらに来た。
「当主として統制をお取りになられる辺り、ご夫人を2人持たれ、成長なさいましたな。シューッヘ様」
何だか好々爺の様な事を言っているヒューさん。ニコニコしつつ、それぞれのカップにお茶を注ぎ足していく。
「まぁその……夫人同士だと決まらない事でも、俺がそこに入って俺の気持ちで決めちゃえば早いんじゃないかなと」
「賢明です。ただ場合によっては、夫人同士の諍いからは距離を取って放置しておく、というのが最適解の事もございます」
「あぁ、あるんでしょうねぇ。今のところそういう修羅場のシーンには出会っていないってだけで」
改めてホカホカになったティーカップを手に取り、すする。
うーん、相変わらずここの紅茶は美味しい。
「そう言えば、レーザーの話だっけ。女神様は、魔法粒子をこよりみたいに撚ってから光魔法に変化させるって事を仰ってたけど、フェリクシアは出来る? それは」
「出来ない事は無いと思うが、専ら魔法粒子からの直接移行は火魔法ばかりだったから、実際やれるかは分からない」
「試してみようにも、下手に成功して全てを貫通するレーザー光なんて出来ちゃったら、城に穴が空くしなぁ」
「シューッヘ、星屑の短剣を使えば? その疑似レーザー? が魔法なら、魔導水晶で出来た短剣は、魔法を吸収するって思うの」
「ああ、それは確かに。ヒューさんも試しにやってみます? 当てる的は、ちょっと小さいですけど」
俺は座ったまま腰の短剣を抜いた。
相変わらず、綺麗・透明・くすみ無し。完璧な美術短剣である。これがそこいらの武器を圧倒する代物には見えない。
「魔力の操作でしたら、わたしとフェリクシア様が恐らく同等程度に細かく出来ると思います」
「それじゃ、まずヒューさん試しにやってみてもらって良いですか? あ、誤射を考えると吊した方が良いかな短剣」
「吊す紐がありませんので、ベッドの柱に突き刺して頂ければ」
え。人様のベッドの柱に、短剣突き立てるの?
「ご遠慮は必要ございません。ベッドの柱など、別に折れていなければ良いだけの代物です、ささ、どうぞ」
強引に勧められて席を立ったが、うーん。人のベッドの柱に、短剣をねぇ。
近づいて柱を眺めると、ちょっと角を面取りしただけの普通の角材の様だ。触れてみる。触りも普通で、これなら折れても替えは効きそう。
俺はえいやとばかりに、その柱に直角に短剣を突き立てた。
相変わらずの鋭さで、ちょっと力を入れただけなのに、3分の1が埋まり逆側にちょっと短剣の頭が出てしまった。
「的の大きさは十分にございます。それではこちらへ。早速に、女神様が仰せになった方法を試してみましょう」
俺がソファーに腰を下ろすと、立ったままのヒューさんが手を伸ばした。
魔法粒子は目に見えないので、実際にレーザーが撃たれるまでは見えないが……
と、次の瞬間には、ヒューさんがかざした左手のひらの真ん中から、細い白色のレーザー光線が放たれた。
目をそのまま短剣に向けると、短剣の中心辺りに、その光は当たっている。
普通の光であれば、短剣が少し光を散乱して全体的にキラキラする。
ただこれは魔法の光なだけあってか、短剣の表面がスポットで光っているだけに見える。
短剣の後ろ……には、光は通っていない。透明な物で遮蔽って、何だか違和感があるが、どうやら短剣でレーザー光は止まっている。
「シューッヘ様、少々出力を上げても宜しいですか」
「ええ、星屑の短剣が壊れない程度で」
「星屑の短剣を壊せる程の魔法使いでしたら、とっくに私が王国の主となっていましょう」
と、笑った。
いや、冗談になってないから。ヒューさんの場合は。
ヒューさんの顔がより真剣になり、顔に力が入っている。
とは言え、レーザー自体は特に姿を変えない。太くなる事も無いし、色が変わる事も無い。
もちろん何か音がする訳でも無いので、出力の違いは、期待したが分からなかった。
そのうち、ヒューさんが息を吐く。と、点で光っていた星屑の短剣の光が消える。
「なかなかこのレーザーという魔法、面白いやも知れません。星屑の短剣が無ければ、どれだけ届くことか」
「そうですね、俺の世界のレーザーの話ですけど、レーザーの直進性は何でも数百メート……えっと、数百レアに至るそうです」
「ほう。光ですから鏡を中継すれば、相当遠距離への情報伝達にも使えそうですな。のろしなどが旧時代の物になりそうです」
のろし、か。確かにここは無線が無い世界だから、伝達となると、のろし、なのか。
でも魔法通信があるんだから、別にのろしをあげる必要はないのでは?
「シューッヘ、あのね? 通信魔法は、基本的に軍でも部隊に1人配備されれば良い方ってくらい、貴重なの」
俺の考えを読んだであろうアリアが、耳元でアドバイスをくれる。
何だかこれはこれで、秘密の知恵袋を持っているようで、俺にとっては助かる。しかも誰でも無いアリアの、声。そこも良い。
「ん、んもう、あたしの声なんて別に……」
と、不意に赤くなった。まぁでも、俺がアリアの声を気に入っているのは事実なのだ、それは揺らがない。
「ただ、レーザーは今のところローリスには秘匿です。これは女神様の仰せなので絶対です。そこは、お願いします」
「はい。シューッヘ様がおいでですのでこの場では用いましたが、シューッヘ様ご不在の際には一切使いません事をお約束します」
「そうしてくれると。じゃ次は、フェリクシアかな。今の見て、やれそう?」
俺が左手側を見ると、フェリクシアが頷いていた。
「行程に難しそうなところは無い。唯一、魔法粒子の転換が上手く行きさえすれば、出来ると思う」
そう言って立ち上がり、ヒューさんと同じく短剣に身体ごと向けて、仁王立ちに立った。
両手を真っ直ぐ短剣に向け、目を伏せた。何か口ごもっている様に聞こえるが……詠唱なのか?
と、思っている間に、パッとレーザーが放たれた。こちらも白色レーザーで、ヒューさんのそれより少しだが太い。
「うむ、これは気をつけないと、コントロールを失いそうになる」
と、フェリクシアは言うんだが……短剣の一点の輝きがブレる事もなく、あくまで短剣にレーザー照射を続けている。
ふっと、フェリクシアから力みが消えた瞬間に、レーザーも消えていた。なるほど、発生も消滅も一瞬なんだな、魔法レーザーは。
「使ってみて分かったが、自分の身から魔力を上手く分離出来ていないと、恐らくレーザーはあちこち向いてしまうだろう」
「分離? それは、どうやれば?」
「私のやり方だが、魔力粒子を撚る時に、自分から意図して離しておく。あとは、離れた所の魔力を転換させる様にするだけだ」
「魔力粒子を撚ってこよりにする、のが俺は問題かもな。それって、フェリクシアかアリア、魔法的に観察できる?」
「出来る」
「出来る!」
二人の声が揃って、二人が互いに目を遣る。俺を挟んで、右からと左からと。
どちらも遠慮しているのか、ビミョーな空気が流れている。どっちでも良いので、決めて欲しい。
「じゃっ、あたしがまずやるね。失敗したらフェリクにお願いするわ。見たのを伝えるだけだから、難しくないから!」
と、アリアが立ち上がってソファーの後ろ側に立った。
いよいよ俺の番、というところで、俺と短剣の間に座る形になったフェリクシアはスッと席を立ち、ヒューさんの側へと移動した。
「じゃ、いっちょやってみますか」
俺は袖をめくり、右手を前に着きだして半身に構えた。
まず、自分から離した所に、こよりを作る、訳だよな。
魔法粒子、で、こより。魔力を集める感じで良いのかな……
「シューッヘ、もう少し前に魔力集めた方が良いと思う」
言われ、その『もう少し前』を意識し直して、魔力を集める。
感じるところ、手の熱感くらいしか実感は無いのだが、それを撚っていく……
「多分だけど、もっと細く出来た方が良いと思うわ」
もっと細くか。かなり細かい加減だな。今の俺だと厳しいか?
ともかく、言われた通りに、もっと細くキツく撚る意識で、魔力を動かしていく。
「これで、どうだろうな、アリア」
「うん、多分良いと思う。やっちゃえ!」
「やっちゃえ、か」
俺は思わずふふっと笑ってしまった。
この魔力のこよりを、光魔法に転換する。俺は目を伏せた。
光魔法……[エン・ライト]しか知らないが、あんなイメージに寄せれば良いんだろうか。
光、光……えいっ。
「うわっ、ストップストップ!!」
「え?」
俺は突然の声に、差し出した手はそのままに身体が左右にぶれた。目を開けアリアを見ると、顔面蒼白である。
と次の瞬間、ドスンっ、と突然何か落ちる音がした。ん、これはマズい予感しかしない、こういう時は。
「[マギ・ダウン]」
落ち着いてまずこれだ。魔法がヤバい時には、まず魔法を止める事が先決。これは体感的に学んだ。
その後で被害確認だが……ヒューさんのベッド、柱で天蓋を支える構造なんだが……
「ご主人様、魔力粒子の、ご自身との分離が不十分であったようだ」
冷静な口調のフェリクシアがソファー着席のまま言った。
天蓋は天井でも止められていたが、落下。
理由は明らかだった。横に転げ落ちていた、角材だった物。綺麗な切り口のそれが、手前に転がってきた。
ベッドの周辺は、柱の残骸と、レーザーが焼き切ったと思しき別の木材の残骸と、それとは別口に天蓋の落下で折れたであろうそれと、その落ちてきた天蓋とで、まさにしっちゃかめっちゃかである。
「あぁ、ヒューさんのベッドが……」
天蓋は屋根状の形状になっていたのを、落ちてきて初めて知った。それ位、上の方に吊されていた。
「なんと、シューッヘ様がレーザーをお使いになると、木材とて一瞬で焼き切りますか」
「す、すいません。焼き切るつもりなんて毛頭無かったんですけど……」
「いやいや、これは大きな発見にございます。着弾位置の調整の余地はありますが、まさに必殺の魔法となり得ましょう」
と言って、ヒューさんは『惨状』に進んでいく。
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