第51話 結界リトライ。変な戦い、着火の勢い。
謁見の間から降りてきて。
帰路、ちょっとしたお通夜モードな俺に、アリアがしきりに話しかけてくる。
「女神様もさっ、結界自体は使って良いって言ってくださった様なものなんだから、大丈夫よ!」
「うーん、普通の魔法と同じように、って仰ってたけど、今まで何の使用感も無く口先の宣言だけでも発動してたからなぁ」
「実際、試しに発動してみたら? もちろん、女神様に不敬にならない範囲で、にはなるけど」
「そっか、やってみる事は大事か。じゃ[絶対結界 各辺50センチの立方体形状]」
唱えた。けれど、何も生じない。一応念じていたのは、今までの全てを阻む結界の方。
だから、結界が生じれば、鏡面光沢のある立方体が宙に浮かぶはずだった。
「ダメだ、出来ないや」
「出来ないや、じゃなくてさっ、出来る範囲を探してみよ? 最初から全部を弾く結界じゃなくて、まずは光、次は矢、みたいに、さ」
「うーん、でも今まで、それ自体意識した事無くて、改めて分けて考える方が、俺にとっては不自然なんだよね……」
「不自然でも何でも、使えないと魔族と戦えないんでしょ? だったら、練習するしかないじゃない!」
「そ、そりゃそうなんだけどさ。うーん、あれ程自然に出来てた事だからこそ、改めてどうすれば、って思うと、難しい……」
と、逆の後ろ側から、フェリクシアが首を伸ばして入り込んできた。
「ご主人様、例えばだが、他の魔法にある結界魔法を使い、そこから転用してみてはどうか?」
「他の魔法? 例えば?」
「例えば、火魔法属性の簡単な結界魔法に、吸熱型結界というのがある。正しくは、魔法吸収と熱吸収の両方なのだが、通例、吸熱型と呼ばれる。こういう結界だ」
と、フェリクシアが前方に手を伸ばすと、楕円の形状に空間に歪みが生まれた。
「これはご主人様の結界とは違い、熱と魔法しか吸収しないので、光はそのまま通るし、矢なども通過する」
「これを俺が使ってみて、それを変化させる、ってことだよね。出来るかな」
「ひとまずこの魔法をそのままご主人様に渡すので、受け取ってくれ。[リリース・コントロール]。今これで、魔法は所有者を失った。奪うようなつもりで魔法に向かうか、所有権保持の魔法を使ってくれ」
「奪う様な……魔法、来いっ。えいっ。ど、どうかな……?」
「残念ながら浮遊したままだな。テイク・コントロール、というのが魔法の所有権を取る魔法なので、それを用いてみてくれ。魔法として唱えるだけで大丈夫だ」
「分かった、[テイク・コントロール]。おっ、何かつながった感じがある」
「それで今、私が使った火魔法結界とご主人様とがつながった。そのまま、結界の変成をさせてみてくれ」
「変成、変化……結界よ、光を弾け!」
俺が強く念じて言葉に出した瞬間、目の前の歪みは霧散した。
「む、ダメか。結界としての性質に差があり過ぎるのかも知れないな」
「もうフェリクシア、シューッヘと女神様の話、あなたは聞けてない外野なんだから、ちょっと黙っててよ!」
「ア、アリア。ちょっとフェリクシアへのアタリが強いよ、どうしたの」
「どうもしないわよそんなの! シューッヘがいけないのよ、ちゃんと女神様に解決策まで伺わないでお話し終えちゃうからっ!」
う、うーん、言われれば、それはあるな。
女神様の『ううん?』を聞いて、血の気が引くような思いを感じていたら、自然通信が途絶えてしまった。
俺がわざと対話を終えた訳では無いが、アリアから見ればそう見えてもおかしくは無い。
「ヒューさん、何かアイデアってありませんか? 何だかこのままだと、ずっと再習得出来ない気がして」
「シューッヘ様は新年早々随分と気弱でいらっしゃいますな。何てことはございません、今一度女神様にお伺いを立てれば済む話かと」
「それは、そうですね、『もう少し詳細をっ』なんて言っても、それで怒る女神様じゃないからな。ヒューさんのお部屋、借りても良いですか?」
「ええどうぞ、先に行ってお迎えの支度をしておきます。そのままお入りくださいませ」
と、ヒューさんは駆けていった。
「ねぇアリア、アリアは結界の類は使えないの?」
「あたし? 結界は……使えなくは無いけれど、実用性はゼロよ。発動に時間が掛かり過ぎちゃうから」
「フェリクシアは、ほぼゼロ秒で結界発動できるよね、しかも無詠唱で」
「……詠唱が無かった事は、ここだけの話にしておいてくれ。魔法に詠唱は必要、というのが建前でな」
「ふーん? 分かった。そう言えばデルタさんにカッパさんのお仕置きが云々なんて話もあったもんね。懐かしいな……
いや、今はそんな話に浸ってる場合じゃ無くて。アリア、その時間の掛かる結界、どういう風に作ってる?」
「参考になるかなぁ……あたしのは、対物理のみの結界で、堅いガラスのイメージ。そこにそれがある、という意識をしたまま魔力を流して、実際に『ある』ところまで持っていくの」
「そこにそれがある、か。それ大事かも知れない。俺は今まで無意識で、当然結界が発生する、って意識でいたから、そこを敢えて『こういう物がある』って意識にすればあるいは」
俺は手を前に差しのばした。
そこに鏡が既にある、けれど見えていない……そんなイメージで、見える様にする為に、魔力を流す。
じっくり……手に力が入らない様に気をつけながら、魔力を、流していく。
「うーん……どうだろう、結界は現れてないけれど。何か変化はある?」
「特に変化は感じない。ただ、莫大な量の魔力がこの辺りを漂っているのは分かる」
「シューッヘ、その魔力を結界に、丁度水を氷に変えたみたいに変えられないの?」
水から氷? なるほど、そのイメージかっ!
「んー……結界、生成!」
バキバキっ、と音を立てて発生したのは、ガラス状の扉、かな? 横幅も高さもそんな感じ。
ドアノブとか付いてないので扉にしても失敗作だが、さて性質が分からない。ガラスなのか、氷なのか?
見た感じ透明で、女神様の結界の比ではなく駄作だ。光がダダ通しに通っているし、叩けば割れそうな質感。
「フェリクシア、これ、どういう物か調べられる?」
「やってみよう。[マギ・アナライズ]」
フェリクシアが唱え、少し近づきながら手をかざしている。
ある程度近づいたところで、むっ、と一言言って飛んで後ずさった。
「ありゃ、また危ない物作っちゃったかな」
以前、温度が低すぎて熱々の紅茶を凍らせる危険物を作った事がある。
あの時は、フェリクシアが魔法を引き継いでくれて、安全にしてくれたが。
「恐らく危険性は無いと思うが……反射型の結界、と思われる。触れて大丈夫かは、正直確信が持てない」
あちゃやっぱり危険物か。
敵中にポンと設置してトラップにするとかならそういうので良いんだろうが、自陣を守る為にはちょっとイケてない。
「シューッヘが作った物だから、あたしは大丈夫だと思う! 触ってみるわ!」
「お、奥様、危険だ。辞めた方が良い」
「あなたに指図されたくないの!!」
俺の横をズカズカっと突き進み、結界(?)の前に陣取った。
そのまま、スッと手を伸ばした。何かマズい事が起こるか……と見ていたが、その手は結界に触れた。
「ど、どうアリア、何とも無い?」
「うーん、何か、ふわふわするわ。見かけと違って」
「そうなの? じゃ俺も触ってみるか」
近づいて、アリアの横に位置取り、手を伸ばす。
結界に触れようとすると、その本当にギリギリの処で、押し返される。
確かに、ふわっ、と感じる。だが実際、結界には触れられていない。寸前で押し返されている。
「なるほど、触ろうとする程度であれば、危険は無いな。多分もっと強い力も、そのまま反射しそうだ」
「んー? それって、こうしたら危ない、みたいな?」
アリアがげんこつ固めてパンパンと逆の手をミットみたいにして受けてる。
多分、それは、危ない。
「恐らくだけど、げんこつの力の分だけ、正確に同じパワーで弾かれると思うよ、これ」
「ふーん、じゃ軽く……」
アリアが相撲取りのつっぱりの様に手を結界に突いた。
「痛っ!」
アリアが声を上げ、その場にしゃがみ込む。
「ちょ、大丈夫? 今、腕が変な方向に曲がったように見えたよ、骨とか大丈夫?」
「骨は、多分大丈夫だけど……あいたた、手がねじれちゃったわ。何この結界」
「うーん、反射型ってのは間違いない上に、存外強力みたいだね。これ以上の実験は、女神様の許可を得てからにしよう」
俺は例のアレを口に出して言った。
「マギ・ダウン」
目の前にあったガラスの扉っぽいものは、キラキラ輝きながら消えていった。
「アリア、大丈夫? 痛みが強い様なら、ヒューさんの所は後にして家に戻って、エリクサーでも痛み止めでも」
「大丈夫よこの位、ちょっと痛かっただけだから。ヒューさんの所に行って、あなたの結界を完全な物にするの。ね?」
「う、うん……アリアが大丈夫なら、それでいいんだけど……無理してない? さっきはフェリクシアとも」
「フェリクシアの事は言わないで。あたしまだ、ちょっと整理付いてないの。子供じみてるって、分かってるけど、今は……」
「……分かった。昨日の今日でここまで落ち着けたアリアは、それで十分に凄いよ。少しずつ慣れていこうね」
「そうね」
アリアの言葉は、ちょっと素っ気なさがあった。何だか寂しい。
「皆様、何かございましたかー」
通路の向こうから声がし、ついでその人物たるヒューさんが現れた。
「なかなかおいでにならないので、少々心配になり参りました。アリアは怪我をしている様子ですし、何かございましたな?」
「ええ、ここだとアレなんで、またヒューさんの部屋を機密保持出来るようにしてもらって、で良いですか?」
「えぇえぇ勿論。では早速参りましょう」
促され、俺達はヒューさんの部屋へと向かった。




